49話 中貫市ホームセンター
未だ日差しが傾きを残す、午前の終わり頃。
倒したゾンビから矢を回収した隼人は、周囲に広がる惨状に眉をひそめた。
周囲には、数百体のゾンビが転がっている。
「600本ほど使ったから、倒したのは500体くらいか」
死骸など戦場で見慣れており、今更気にはしない。
問題は、後片付けだ。
死体が残っていれば、ハエなどが湧く。
ホテルの従業員と宿泊客は、これから片付けをすることになるだろう。
――ここに残っていたら、ゾンビの後片付けに駆り出されかねないな。
異世界では、ネズミや虫などの発生を防ぐべく、空間収納の空き部分を使って、沢山の死骸を運ばされたこともあった。
だが、好き好んで片付けに参加したわけではない。
まして空間収納は隠しているのだから、手作業で手伝わされかねない。
そのような作業に従事させられるのは、まっぴら御免だ。
「このまま、ホームセンターにでも行くかなぁ」
現時点では、誰からも片付けの手伝いを求められていない。
今ならどこかへ行っても、文句を言われる筋合いは無いわけだ。
そしてショッピングモールやホームセンターからは、ゾンビが連れ出された。
ショッピングモールは多階層で、ゾンビが残っているだろう。だがホームセンターは1階建てが多くて、殆どのゾンビが連れ出されたはずだ。
物資を探しに行くには、今が絶好のタイミングに思われた。
「よし、行こう。ゾンビを倒した分で、最大の貢献をしたはずだし」
決断した隼人は、死骸の山から背を向けて、駐車場の先へと歩み出した。
そしてホテルの死角に入ると、自転車を出して跨がり、移動を開始した。
3月の陽射しは程よく温かいが、北風の名残を感じさせる冷気が顔を撫でる。
隼人は風の感触に心地よさを覚えつつ、前へと進んでいく。
「とりあえず、ポータブル電源とかが欲しいなぁ」
既に隼人の心は、完全にホームセンターへと向いていた。
発電機は持っているが、音が煩い上にガソリンを使うので、室内に向かない。
だがポータブル電源であれば、充電された物を使うだけだ。15デシベルほどの殆ど音が出ない製品もある。
それが部屋にあれば、冷蔵庫やエアコンが使えるし、米も炊ける。
――あれだけゾンビが居たら、誰も回収は出来なかっただろうし。
隼人は欲しい物を思い浮かべながら、自転車を走らせた。
ホームセンターまでの道には、多少のゾンビが残っていた。足が遅くて、集団に引き離されて迷った連中などであろう。
それらは倒さず、大きく迂回しながら避けていく。
ゾンビを倒せば時間を食うし、ホテルから後続が付いてくるかもしれない。
隼人が片付ける間に追い付かれて、後続に良い物を取られるのは、癪だ。
後続にポータブル電源などを取られると、目も当てられない。
そのため道端のゾンビは片付けずに進んだ。
やがて、大きなショッピングモールが見えてくる。
目立つピンクの看板、白い建物、全国展開されている有名店だ。
その脇には寄り添うように、平屋建ての広大なホームセンターが建っていた。
隼人はホームセンターの駐車場に進むと、自転車から降りて収納した。
「よし、ゾンビ500体を倒した報酬をもらおうか」
ゾンビが多かった分だけ期待を寄せつつ、隼人はホームセンターに踏み込んだ。
店内は、ほぼ無傷の状態で残されていた。
略奪が起きる前にゾンビが入り込んだのだから、当然かもしれない。
入口の脇には、ハシゴや台車などが置かれていた。
「一応2個ずつ、もらっておこうかな」
ハシゴは、何かに使えるかもしれない程度の感覚だ。
台車のほうは、駐車場からホテルに米を運び込む際に、往復回数が減る。
両方収納した後、オイルランプを掲げながら店内に入ったところ、最初に乾電池の陳列棚が目に留まった。
「おおっ!」
棚には、リチウム電池、充電式の単三と単四電池、充電器が陳列されていた。
単三のサイズ変換スペーサーも、単一用が8個、単二用が10個置かれている。
リチウム電池は需要の問題だろうが、充電式の電池は値段が跳ね上がっており、それが残っていた理由ではないかと隼人は想像した。
――日本が秩序を保っていた頃、ゾンビに襲われたのだったか。
略奪が始まる前にゾンビに襲われたことも、残っていた理由かもしれない。
すべて回収して進むと、LEDの懐中電灯やランタンのコーナーがあった。
商品の隙間は広く空いているが、1本9万円などの懐中電灯は残っている。
値段を見た隼人は、溜息を吐いた。
「1本9万とか、高すぎる。道理で、残っているはずだ」
懐中電灯が残っていたことは、僥倖だ。
隼人はオイルランプを床に置き、一番高い超強力LEDライトと書かれた製品の箱を開封して、出荷時に少しだけ充電されていた専用充電池を取り付けた。
明るさは、50、350、1000、3000、6000、12000ルーメンの切替式だった。
1000ルーメンに設定して点灯すると、眩い光が店内に迸った。
「うぎゃああっ、目がぁぁぁ!」
クマの視力は低いとされるが、それは全くの誤解だ。
殆どのクマ種は、昼間には人間と同等の視力(1.0ほど)を持ち、50メートル先の対象物をハッキリと識別できる。
クマの視力が低いという誤解は、聴力と嗅覚が優れており、視覚への依存度が低いために生まれたものだ。
クマの聴力は、人間の2000倍である。
嗅覚は、犬で最も優れたブラッドハウンドの7倍、人間の2100倍もある。
さらにクマは、夜間には人間の視力を圧倒的に上回る。
目の奥の網膜に、光沢のある物質の層・タペタムルーシダムを持っているので、人間の50倍もの光を集めることができるのだ。
明かりが必要なのは、月明かりが届かない建物内部を探索する時などだ。
すなわち現在の隼人は、人間の50倍のダメージを受けた。
「おあああああっ、俺の身体能力、落ちろーっ!」
隼人は強く意識して、自身の身体能力を人並みに落としていった。
そして肩でゼイゼイと息をしながら、50ルーメンまで光を落とした。
落ち着きを取り戻した後、隼人は懐中電灯を収納していった。
それから組み立て式の家具類や、ゴミ箱などが置かれているコーナーを抜けて、カーテンや文房具類の棚を無視して進んでいく。
途中で工具セットが目に留まり、高い物を3セット頂戴した。
工具類の隣には様々な種類の釘が大量にあり、奥には手袋類が並んでいる。
耐切創性のコーティングメカニック作業手袋。
ステンレス鋼ヒンジ付き安全作業手袋。
冬季断熱レザー作業用手袋。
スタンダードな軍手。
1組で数千円の高価な品から、1組数十円の安物まで、各種揃っていた。
「腐らないし、貰っておこうか」
ホームセンターにあれば回収されるが、移動させれば取られない。
弓を民家に隠したように、一時的に回収して、どこかに移せば良いわけだ。
隣には補助錠や屋外延長コードなどがあって、それも将来の拠点用に使えるかもしれないと考えて回収した。
棚の間を歩いて行くと、工業用・園芸用と書かれた結束バンドが目に入った。
工業用ケーブルや、園芸支柱を結ぶバンドのようだった。
それを見ていた隼人は、不意に昨夜のことを思い出した。展望風呂に入った時、結依が髪を縛っていたゴムを解いて、隼人の手を縛ったのだ。
――これで後ろ手に、結依の手を縛ったら。
すると隼人の手は、自由である。
それどころか結依の手は、縛られている。
その光景を想像した隼人は、ゴクリと生唾を飲み込んだ。
江戸幕府、激怒案件である。
だが結依は自称18歳で、大人だ。
合意があれば、セーフである。
「まあ、合意を取るのが無理なんだが」
そんなものを使えば、一時的に吉原遊廓ごっこができても、隼人が寝ている間に手を縛られて、廊下に放り出される。
結依は負けず嫌いで、絶対にやり返すタイプだ。
縛ったら縛り返す、ハンムラビ法典を心得ている。
廊下に転がされている時に、ほかの宿泊客に見られると、ばつが悪い。
『あの、何をしているんですか?』
『同居人が、ちょっと過激なタイプでして……』
あまりにも居たたまれない。
それでも、やはり捨てがたいと思った隼人は、完璧な言い訳を思い付いた。
「新秩序連合のような危ない連中が居るので、これはもらっておこう!」
隼人は真面目な顔を浮かべながら、粛々と各種の結束バンドの束を収納した。
いつか好感度が200くらいに上がったら、一緒に遊んでくれるかもしれない。ちなみに何時になるのかは、まったく分からない。
そんな事を考えながら収納したところで、隼人は不意に我に返った。
自分は、ここへ何をしに来たのであろうかと。
確か、ポータブル電源があると便利だと思っていたはずだ。
元々の目的を思い出した隼人は、なぜか棚が広く空いたスペースから移動して、ポータブル電源探しへと舞い戻った。
ゾンビが居ない店内を、グルグルと探し回っていく。
そして雑貨コーナーで、ようやく目的のものを見つけた。
「おおっ、あるじゃないか」
棚には2042Whのポータブル電源1台と、200Wのソーラーパネル2枚がセットで陳列されていた。
値段は、セットで198万円となっている。
ポータブル電源の相場を知らない隼人でも、明らかに高いと思える。
それでも棚には1台が残るのみで、飛ぶように売れたのだと推察された。
商品の箱を掲げた隼人は、箱に書かれている説明を読もうと覗き込んだ。
気になるのは、どれくらいで充電できるかだ。
懐中電灯で箱を照らすと、不意に、右肩を掴んで振り向かされる。
「おい、それを寄越せ!」
後ろを向いた瞬間、拳で顔面を殴られた。


























