47話 追放への報復
夕暮れ前の道端で、高校生ほどの少年4人が、自転車を引いていた。
彼らの形相は、怒りと苛立ちに満ちている。
「クソ共が、よくも追い出しやがったな」
先頭を進む少年が、罵倒を吐き捨てた。
自転車のカゴに積んだリュックは膨らんでいるが、大した食料は入っていない。
米2キログラム、ほかなら3キログラムという宿泊代は、捻出できなかった。
それでホテルから追い出されたのだ。
「若者が先に死ぬのがおかしいだろうが、ボケ。順番的にジジイから死ね」
「この国、狂ってやがるわ」
四人の男達は、次々と不満をぶちまけていく。
彼らは、元々は地域ごとに指定された避難所に居た。
だが体育館にマットを敷いた場で雑魚寝を強いられ、バリケードの作成や物資の調達などで、散々に扱き使われた。
危険な調達を行うのに、成果は取り上げられて、配給しか分配が無かった。
それで嫌気が差して、避難所から自発的に出ていった。
「これからどうする。避難所に戻るか?」
「無理だろ。好き勝手なことを言われそうだわ」
「確かに。俺達が集めた物資の一部を返してもらっただけなんだが」
避難所から出て行く際、取り上げられた物資の一部を返してもらった。
散々に運ばされたのだから、倉庫の場所など熟知している。
そして自分達が集めた物なのだから、持ち出しの許可など不要であろう。
だが相手は、好き勝手なことを言ってくると想像できた。
「それにまた扱き使われるぞ。老人がー、女性がー、子供がー、病人がー」
「マジ、ふざけんな」
避難所の人間は、あまり文句を言わない若い男性を扱き使った。
老人達からは、自分の子供や孫が可愛くて、他人の子供には危険な物資を取りに行かせても構わないという考えが透けて見えた。
赤子を連れた母親が、子供を抱いてしゃがみ込むのは、まだ分からなくもない。
だが老人、女性、病人は弱者だとアピールして、自分の安全を保ちながら、若い男性が行くのが当然だと押し付けてきた。
未成年でも、高校生ならお構いなしである。
中学生も、危険のある外で働かされていた。
彼らは1人につき、5人から6人分を養わされたという体感を持っている。
同世代からは、いくらでも死人が出た。
それでは老人が何をしていたのかと言えば、偉そうに場を仕切っていただけだ。結論として、『順番的にジジイから死ね』というわけだ。
避難所はクソで、そういう体制にした日本もクソというのが、彼らの結論だ。
若者を追い出したホテルもクソで、世の中もクソである。
「最初は上手くいっていたんだけどな」
「物資の取り合いになったからだろ。もう、大抵の場所は取られたんじゃないか」
最初の数ヵ月は、順調に物資を調達できた。
まだ物資の回収が不充分で、民家を漁れば手に入ったのだ。
山積みの食料でパーティをして、集めた酒も飲んだ。
だが時間が経つにつれ、市内の物資は続々と回収されていった。食品の消費期限も過ぎていき、食べられない物ばかりになった。
最近は民家を漁っても、成果無しの日が続いている。
「マジむかつくわ。ホテルの連中、痛い目を見せてやるか」
「どうするんだ?」
痛い目に遭わせることが否ではないが、ホテルの守りは強固だ。
人間が叩いた程度では、鉄筋コンクリートの壁やステンレス製の扉は壊れない。
「向こうに、大型ショッピングモールがあるじゃん」
先頭の少年が顔を向けると、後ろの一人が同調した。
「ああ、ゾンビが出てから1年くらいで滅んだやつね」
それは地元民にとっては既知の大型ショッピングモールだった。
全国規模で出店している有名グループが、田んぼだった土地を広く借り上げて、巨大な施設を建設した。
すると正面にホームセンター、隣接地に巨大マンション、後ろに全国的な病院グループの中規模病院が続々と建ち、発展していった。
そしてパンデミックは、裏手の病院から発生した。
診療を停止するわけにはいかず、厳重に管理していたが、感染爆発が起こった。そして病院から溢れ出たゾンビが、ショッピングモールに流れ込んだのだ。
2年前は、ゾンビの制御は出来ずとも、辛うじて秩序は保てた頃だった。
政府は民間企業に製品を大増産させて、国民には大丈夫だとアピールしており、略奪は殆ど行われていなかった。
店には多くの買い物客が居て、雪崩れ込んできた成り立てゾンビ達に襲われて、瞬く間に犠牲となっていった。
中貫市は自衛隊や警察の救援を得られず、そのまま崩壊した。
「あの辺りを自転車で走り抜けて、ホテルに戻ったら、仕返しできなくね?」
「え、マジで。ゾンビマラソンすんの」
確認したのは、倫理的な問題からではなく、自分達が危険だからだ。
自分達を追い出したホテルに対しては、心を痛める理由など無い。
それにショッピングモールとホテルは、どちらも郊外にあって遠くはない。
だがショッピングモールには、ゾンビが沢山居る。
「店のゾンビをホテルに押し付けたら、大量の物資が手に入るんじゃね?」
「あっ、マジか」
ショッピングモールには、大量の物資が残っている。
その光景を思い浮かべた彼らは、ゴクリと唾を飲み込んだ。
「店は開いていて、正面から裏手の出入口までは一本道で、左側が食品売り場だ。ベルを鳴らしながら走り抜けたら、そこのゾンビは全部来るだろ」
「店の中か。いけるのか?」
「2年も経ってるんだぜ。獲物を探しに行って、かなり減っているだろ」
「それは確かに、そうだろうな」
ゾンビは感染を広げようと、獲物を探し回る。
成り立てゾンビは賢いので、獲物が居なければ探しに行く。
店に残ったゾンビが居ても、2年も経てば待ち伏せする知能は無くなっている。
「通り道にゾンビが多かったら、駐車場でベルを鳴らしまくって逃げれば良い」
「それなら行けるな」
ほぼ完璧な計画であると、彼らは確信に至った。
「またパーティやろうぜ」
「いいじゃん。久々の豪遊だな」
自転車に跨がった彼らは、ショッピングモールへと移動した。
そこまでの移動は簡単で、ゾンビは殆ど居なかった。
ショッピングモール、そして正面に向かいにあるホームセンターに到着すると、どちらの建物も、3年前と殆ど変わりない姿をしていた。
駐車場には、沢山の車が停まっており、相応にゾンビが発生したことが窺える。だが駐車場を歩いているゾンビは、目視できる範囲で僅か5体。
ショッピングモールの正面出入口は、ガラスが粉々に砕け散っており、中の様子がうっすらと見えた。
その奥には、トンネルの出口のように、反対側の出口の光が見える。
自転車のライトは自動で付くタイプなので、暗くても問題ない。
「よし、いくぜ!」
このような時には、勢いが大切だ。
怖じ気付く前にと、主導している男が自転車を走らせた。
まずはホームセンターに向かう。
すると仲間達も、遅れまいと付いてくる。
「よし、鳴らせ!」
ホームセンターの入口に到着すると、自転車のベルを鳴らしまくった。
自転車のベルが高速でチリン、チリン、チリンと激しく鳴り響く。
そして結果を見ずに、そのままショッピングモールのほうへと向かった。
ショッピングモールのほうは、正面から入って、裏手から出る。
中に入ると、店内の床が予想以上に荒れていた。
商品を持ち出そうとして散乱させたまま、誰も片付けなかったのだろう。
自転車で走れると予想したが、良く見て躱さなければ車輪で踏んでしまう。
「よし、こっちも鳴らせ。いぇーい」
自転車のベルがチリーン、チリーンと、静まり返った店内に大きく響き渡る。
すると左手の食品売り場、右手のケーキや菓子売り場、左奥のお土産コーナーや薬局コーナー、右手奥のトイレやサービスカウンター、キャッシュコーナーから、ゾンビ達が続々と湧き出してきた。
「……マジか」
先頭を走る少年は、予想外に多かったゾンビに戦慄した。
どう考えても数十体、奥から数百体は姿を現している。
ベルを鳴らすのを止めろ、早く逃げるぞと言いたかったが、もう止められない。後ろからは3人が、盛大にベルを鳴らし続けている。
「くそっ!」
とにかく自分が逃げなければならない。
出口を目指して、ひたすら自転車を疾走させた。
だが進行方向の奥では、ゾンビ達が横手から通路側へと迫っている。
彼は右手のゾンビを避けようと左側に自転車を動かし、左手の薬局から現れたゾンビを見つけて、慌てて右に回避した。
仲間達も後ろで、それぞれ動く。
そして左後方から、自転車が倒される音が聞こえた。
薬局のゾンビだと、彼は確信した。
自転車で転倒した瞬間は、激痛で叫ぶどころでは無い。
だがその後から、言葉にならない悲鳴が聞こえてきた。
「くそがよっ」
出口が見えてきて、彼は光の世界に飛び出した。
自転車を漕ぎながら後ろを見ると、後方から2台の自転車が飛び出してくる。
そして3台目は、出てこない。
後ろの二人も、彼と同じように後方を振り返った。
そして彼は見た。
後ろを見ている仲間の前方、車の影からゾンビが歩いてくる。
「おい、前!」
「ん、あああああっ!」
仲間がゾンビに気付いたときには、回避が不可能だった。
避けようとハンドルを切りすぎて、そのまま右側に倒れてしまう。
そして目の前で人間が倒れれば、ゾンビが大口を開けて、のし掛かっていく。
一瞬の迷いは、ショッピングモールの裏口から溢れ出す数十体のゾンビを見て、振り払った。
数十体どころか、後方には数百体は続いているはずだ。
「全部、ホテルに引っ張っていくぞ」
もうそれしか、残された道は無い。
これまでの3年間、犠牲は幾らでもあった。
避難所だって、犠牲を出した上で食料を得ている。
犠牲を出しても、食料を得られるのであれば、それが正解だ。
彼はチリーン、チリーンとベルを鳴らしまくり、自転車の速度を先頭のゾンビと等速にして、ゾンビ達をキッチリと引き連れていく。
ゾンビ達の中には、ベルトなどを引き摺る者がいる。
その音なども響いて、大集団は数を減らさず付いてくる。
高校の全校生徒よりも遥かに多そうな集団が、長い列を成していた。
「なあどうする。ホテルの前を通り過ぎるか」
付いてきた仲間に問われた彼は、少し悩んで答えた。
「それだと、あいつらも通り過ぎるだけだ。足の速い奴だけを連れて、ホテルの周りを回ろう」
「何でだ?」
「ホテルの馬鹿共は客室の窓からゾンビを見て、声を上げるだろう。そしたらゾンビが気付いて、ホテルに関心を向ける。それで押し付ける」
「ああ、そういうことか!」
ゾンビ達は彼らを追うのではなく、人間を追っている。
別の人間を見つけさせて、自転車で引き離せば、別の人間に関心を向ける。
それだと頷き合った二人は、ベルを鳴らしながらホテルの駐車場に入った。
足の速いゾンビ達が数十体だけ先行して、彼らに付いてくる。
既にホテルの客室からは沢山の人間が見ており、「あっちへ行け」と身振り手振りで伝えてきている。
さらに誰かが叫び、直接指示してきた。
「へっへっへ、声を上げてんの。ばーか」
彼らはホテルの裏手へと進み、宿泊客の出入口になっている裏口の前を通って、建物をグルリと一周した。
そして建物の反対側から駐車場に出ると、数体のゾンビが疎らに立っていた。
「アホ共がっ。立ち止まってないで、客室の前まで進んでおけよ!」
客も馬鹿だが、ゾンビも馬鹿だと呆れた彼は、ゾンビの間を縫うように自転車を走らせる。
仲間も同じように動こうとしたが、ゾンビが包囲する動きを取った。
「おい、やべーぞ」
足の速いゾンビは、あまりゾンビ化が進行しておらず、賢い連中だ。
ショッピングモールには、2年前にゾンビに成った連中だけではなく、物資を取りに行って襲われた連中も居る。
彼が、その事に思い至ったのは、今だった。
「畜生がよ」
彼が自転車を立ち漕ぎするのと、ゾンビが猛然と走り出すのは、同時だった。
成り立てが混ざっていて、普通のゾンビの振りをしていた。
自転車には追い付けないと判断し、力を隠しながら周りに合わせて付いてきて、隙を窺っていたのだ。
ゾンビの手が、自転車の後ろの荷台を掴んだ。
前に進めなくなった自転車から降りて、駆けようとして掴まれ、引き倒される。
襲ってきたのは、20代くらいの若い男のゾンビだった。
老人のゾンビであれば、こんな事にはなっていない。
「日本滅びろよ!」
引き倒されながら、ゾンビの腹に蹴りを入れる。
ゾンビは軽く後ろに押されたが、ジャンプしてのし掛かってきた。
身体の前に左手を差し出して、左手を噛まれながらも右手で顔を殴ってやった。つまり終わりだ。
「クソがよ」
周りからもゾンビが迫ってきて、次々と身体を噛んできた。
ムカついた彼は、もちろん何発か殴り返してやった。


























