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ゾンビがはびこる世界だけど転移特典持ってます!  作者: 赤野用介@転生陰陽師7巻12/15発売
第2巻

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46話 風呂付き客室

「広ーーいっ!」


 結依の第一声が、1001号室にある15畳のフローリングに響き渡った。

 フローリングには、セミダブルベッド2台、大きな机、ソファーベッド、椅子、テレビ、エアコン、冷蔵庫、エスプレッソマシン、空気清浄機が置かれていた。

 ほかにも踏込、トイレ、洗面所、シャワールームが別々にある。

 そして結依が小走りで駆け、ガラガラと開けた戸の先には、テラスまであった。


 テラスは、左右両側と天井が、建物の壁で囲まれている。

 テラスの奥には腰ほどの高さの手すり壁があり、引き戸を開けると半露天風呂、閉めると展望風呂となる。


「お風呂、広いですね」


 菜月が感心したとおり、風呂もセミダブルベッドくらいの広さがあった。

 源泉からの天然温泉が引き込まれており、湯船にはお湯が張られている。

 温度は少しだけ熱いが、水を足せば簡単に調節できそうだった。


「部屋は37平方メートルで、テラスも20平方メートルあるそうだ」

「前の部屋は、どれくらいだったんですか」

「18平方メートルだそうだ」


 ホテルのツインルームは、目安が18から24平方メートルとされている。

 中貫天然温泉ホテルの場合は、ギリギリ標準の範囲内で、違法ではない。

 単にプレミアム客室が、立派なだけだ。

 格差社会、ここに極まれり。


「シャワールームとバスルーム、ガラス張りなんですね」

「カップル用の客室で、混浴風呂らしいからな」


 菜月の指摘に、隼人は受け売りの言葉を黙々と伝えた。

 自分で入ったことはないが、噂に聞くラブなホテルを想起しないでもなかった。

 もしかすると江戸幕府が「吉原遊廓でやれ!」と怒る案件かもしれない。


 だが、ここで焦ってはいけない。

 極めて冷静、かつ合理的な説明が求められる。


「狭い客室やバスルーム、見知らぬ他人と一緒の大浴場だと、ストレスが溜まる。それで探索すると、ミスの元になる。だから部屋は、広いほうが良い」


 はたして隼人の言い訳は、何点くらいだっただろうか。

 ガラス張りで見える件に関する説明は、微妙に為されていない。

 本音である「ちょっと見えるけど、探索を頑張っているから、ご褒美で!」を、政治家や役人のように取り繕いながら「お察し下さい」と言ったようなものだ。

 ジーッと無言で見詰め返す菜月の様子からは、本音がバレていると推察された。


「今日から、この部屋だなぁ」


 宣言した隼人は、広いソファーに重々しく腰を下ろした。

 テコでも動かないという意思表示である。


「……水出しコーヒーでも入れましょうか」

「ああ、頼む。今、粉を収納から出す」


 菜月からは、駄目だという言葉は発せられなかった。

 連れて行く際、自分なら良い、同行者が居ても良いとは言っていた。

 だが結依とハーレムでも良いとまでは、言っていなかったような気もする。

 そして現代の日本人女性は、基本的にハーレムを許さない派だ。

 1万円札の肖像になった渋沢栄一は、奥さんとお妾さんを同居させたそうだが、彼を選んだ財務省は凄いと感心せざるを得ない。


 ――やばいかもしれない、気がしなくもない。


 菜月のようなタイプは、爆発すると非常に危険である。

 以前、「未亜ちゃんを助けてくれたら、ハーレムでも良いですよ」と言ったので、あの時に物凄く頑張って、何とかすべきだったかもしれない。


「水桶と食料も出しておこうかな」


 隼人は誤魔化すように、空の水桶や木箱を出していった。

 洗面所があって、水を自由に汲めるのは便利だ。

 空の水桶を置くだけで良くて、水の在庫を減らさずに済む。

 いくつか桶を置いた後、隼人はフローリングの片隅にドサリと米袋を置いた。

 それは自分達の食事用に小分けした、5キログラム用の米袋だった。


「それ、お米?」


 はしゃいでいた結依が、米袋を目聡く見つけて戻ってきた。

 米袋を開けて、サラサラとした美しい生米に目を見開く。


「カントリーエレベーターから持ってきた。状態は、なかなか良いと思うが」


 隼人は追加で、モミを入れた30キログラム用米袋を出した。

 すると水出しコーヒーを作った菜月が戻ってきて、コーヒーを机に置いた後、袋に入ったモミを観察する。

 米袋の中をゴソゴソと漁り、結露や湿気、乾燥や酸化、カビや害虫などの問題が無いかを確認していく。


「サイロのどのあたりから取り出しましたか」

「建物の3階、サイロの真ん中辺りだ」


 停電後のモミの状態は、下のほうが良いと言われていた。

 だが一番下には、目視用のアクリル板は見当たらなかった。


 ――圧力の問題かなぁ。


 下のほうが圧力は増して、アクリル板を厚く作らなければならなくなる。

 真ん中辺りに目視用の窓を作るのが、板の厚さ的にも、モミの状態確認的にも、妥当だったのかもしれない。


「状態は、かなり良いと思います。どれくらい回収しましたか」

「20フィートコンテナ1個分。3人でも毎日3食のご飯を66年食べられる」

「お米―っ!」


 隼人が具体的な数字を挙げると、結依は笑顔を浮かべて、喜びを露わにした。

 それを見た隼人が、すかさず確認する。


「発電機を使って炊飯器で米を炊くためにも、714号室は手狭だろう。今日からここで暮らすということで、結依も異存ないな?」

「う゛っ」


 喜んでいた結依が、ピタッと停止した。

 そしてぎこちなく、ガラス張りのシャワールームへと目を向ける。

 やはり結依も、カップル用の客室が気になっていたらしい。


「この部屋だと、いつも白米を食べられるなぁ」

「う、ぐ、ぐっ」

「どうしても駄目だというのなら、714号室はキープしたままだから、結依だけその部屋にするか?」


 そう言った隼人は、傍に居た菜月を軽く引き寄せた。

 すると隼人に引っ張られた菜月が、隼人の腕の中に収まる。

 それを見た結依が、頰を引き攣らせた。


「はあっ、なんでそんなことを言うの?」


 ツンデレのツン、発動である。

 ちなみにデレは、あまり無い。

 隼人は内心では戦々恐々としつつも、ポーカーフェイスで勇敢に挑む。


「結依が、本当にどうしても駄目と言うのなら、714号室もあるというだけだ。結依もこの部屋で良いなら、何も問題はない」


 隼人は、菜月の顔が後ろに向くように抱き抱えた体勢で、結依に判断を迫った。

 その体勢にしたのは、アイコンタクトで菜月に同調するように指示を出させないためだ。

 結依は、うぐぐと呻った後、キレた。


「はいはい、分かりました。この部屋で良いですよーだ」


 結依の反応は、まるで第二次反抗期の最中にある14歳の中学生だ。

 もちろん隼人は気にしない。

 世の中は、結果が全てである。


 ――勝った。


 勝利を確信した隼人は、「これは一人の人間にとっては小さな一歩だが、人類にとっては大きな飛躍だ」などと、初の月面着陸をしたアームストロング船長の名言を阿呆に使いながら、勝利の余韻に浸った。

 そして「米は強い、稲作農家は最強だ」などと、農家を褒め称えたのであった。


       ◇◇◇◇◇◇


 そして、夜が訪れる。


「あー、今日も、疲れたなぁ」


 隼人はわざとらしく呟きながら、シャワーを浴びた。

 疲れたと言える作業は、カントリーエレベーターを往復して、サイロのアクリル板を壊して、モミの回収と精米を行ったくらいだろうか。

 異世界での労働と比べてどうかと問われたら返答に窮すが、一般的には、程々の労働かもしれない。

 身体を洗った隼人は、ガラガラと戸を開けて、展望風呂に出る。

 すると展望風呂には、先客の姿があった。


 ――だが、ここは天然温泉ホテル。合法の露天風呂だ。


 ホテルは以前から営業していたのだから、明らかに合法である。

 それでも隼人は、きちんと文化を踏襲した。


「えーと、あれだ。田舎者でござい、冷えものでござい、御免なさい」


 江戸後期の作家で、浮世絵師だった式亭三馬の『浮世風呂』(1809年)では、「田舎者なので江戸のマナーが分かっていなかったら御免なさい、冷えた体が当たったら御免なさい」などと挨拶して出入りするのが銭湯マナーだったという。

 ちゃんと挨拶した隼人は、半露天風呂に向う。そして身体に掛け湯をしてから、風呂に入った。

 完璧な作法である。

 先客が2人ほど居るが、日本の文化なので、特に問題は無いだろう。

 二人とも、しっかりと身体にバスタオルを巻いている。

 良く見ると、なんと隼人の知り合いであった。


「結依と菜月か、露天風呂で会うとは、奇遇だなぁ」


 口元をヒクヒクと引き攣らせた結依が、良く言うわねと表情で訴えてきた。

 身に覚えのない隼人は、首を傾げてみせる。


「……ちょっと狭いんですけど」

「そうかな。セミダブルベッドくらいの広さで、3人なら丁度良いと思うが」


 隼人に1001号室を割り振った西山は、慧眼であったと言わざるを得ない。

 だが結依が狭いと主張したので、隼人は渋々と菜月のほうに身を寄せた。

 そして左手を伸ばして、肩を抱き寄せる。

 菜月はビクッと身体を震わせたが、結依とは真逆で素直に引き寄せられた。


「ちょっと、何してるの」

「狭いと言うから、菜月のほうに寄ってみたのだが」

「はあ?」


 ツンなのに嫉妬するのは、如何なものだろうか。

 だが隼人は、この展開を予想していた。

 要するに、フローリングで菜月を引き寄せていたのと同じ戦法だ。


 最初から一直線に攻めても、結依は徹底抗戦の構えを見せる。

 だが結依だけを仲間はずれにすると、それはそれで怒る。

 その習性を利用して、「怒るのなら仲間に入れよう」という作戦だ。


「じゃあ結依も」


 隼人の右手が、結依の小さな肩に触れた。

 結依は頰を朱に染めており、内心では「ぎゃー」と叫んでいるのかもしれない。だが反骨心を見せて、隼人の右手を両手でガシッと掴んだ。

 右手を封じられた隼人は、手を自由に動かせなくなった。


「くっ、やるな」

「何を言っているのか、わかんないんですけどっ!」


 菜月のほうは、普通に肩を抱き寄せられている。

 手を下げれば首筋、そしてバスタオルへと行き着くだろう。

 隼人の手がバスタオルの下に入った場合、江戸幕府は許さないかもしれないが、きっと菜月と財務省は許してくれる。

 だが隼人は左手が利き手ではなく、右手は結依と攻防中で、集中力を回せない。

 右手と左手で別の作業をするのは、とても難しい。

 10人の話を同時に聞き分けたという聖徳太子は、まさに偉人である。


 隼人が苦戦する中、結依は自分の髪を縛っていたゴムを解いた。

 そしてゴムを使って、隼人の右手と『あやとり』を始めた。

 その複雑な動きに、隼人の思考力は大部分を割かれてしまう。


「子供をあやす親かっ」

「子供みたいなものでしょ」


 結依の言い分は、隼人にとっては遺憾の意である。

 ちょっと江戸時代の田舎者の作法を真似て、ふざけてみただけだ。

 こうなっては仕方がないと、隼人は正論を訴える。


「俺の努力に対する見返りが、ちょっと少ない件について」

「シャワールーム、ガラス張りなんですけど?」


 それは非常に頑張れるかもしれない。

 隼人は一撃で論破された。

 こうしてお米という大成果は、客室のグレードアップに変わったのであった。

毎日投稿は、本日までとなります。

以降は週2回(金・土)で20時に投稿します。


お詫びで「そして、夜が訪れる。」以降を加筆しましたので、

何卒お許しを( ˆ꒳ˆ; )

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― 新着の感想 ―
>二人とも、しっかりと身体にバスタオルを巻いている。 バスタオルを巻いたままの入浴はタオルの汚れや繊維などで掃除の妨げになったり場合によっては排水詰まりで、他の設備も巻き込んで使用できなくなる恐れが…
毎日投稿お疲れ様でした 週末楽しみにさせて頂きます
とくに意味はないですが ヒグマのオスって発情期だけ番になって出産、子育てはメス任せらしいですね あと、温泉にバスタオル巻いて入るのはマナー違反です(^^♪
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