34話 拳銃入手
「一応、探そうか。まだ物資があるかもしれない」
「本当にあるかな?」
FAX用紙によれば、署員は撤収している。
消極的な結依に対して、隼人は偉そうに宣った。
「宝くじは、買わなければ当たらない!」
ちなみに隼人は、宝くじを買ったことは無い。
なんとなく良いフレーズなので、使ってみただけである。
「それじゃあ2階に行くぞ。菜月も遅れず付いて来いよ」
「今離れろと言われても、絶対に嫌です」
「それはそうだな」
結依と菜月を引き連れて、隼人は警察署の探索を再開した。
床に散乱した書類は、誰も片付ける者が居ないのだと、端的に示している。
廊下の壁には無数の擦り傷や打痕が残り、人間とゾンビとの少なからぬ争いがあったことを物語っている。
「警察に保護を求めたのか、拳銃が欲しかったのか。多分、後者だろうな」
「危険なのに?」
「銃を手に入れられるなら、リターンが大きいからな」
どんなに強い人間でも、拳銃には敵わない。
但し、結依が持っている『グロック19』は、日本の一般的な警察官が所持しているリボルバー拳銃の『M360J SAKURA』とは威力が異なる。
「サバイバルゲームをしていた同級生に教わったんだが、結依の銃と一般的な警察の拳銃は、威力が異なるらしい」
「そうなの?」
「ああ。結依の銃のほうが、射程が長くて、威力も2倍から3倍くらい高い」
グロック19は、銃身長10センチメートル、初速380メートル秒。
M360Jは、銃身長4.4センチメートル、初速260メートル秒。
実用射程は、50メートルと25メートルで、2倍の差がある。
銃身長が長く、弾丸の火薬量も多いグロック19は、M360Jの2倍から3倍ほどの運動エネルギーも持つ。
――警察の銃だったら、ヒグマパワーで防げたかな。
グロック19に撃たれた隼人は、警察の拳銃で撃ってほしかったと振り返った。
もちろん撃たれないのが一番で、最初から鎧を着れば防げた話だが。
そんなことを考えながら、隼人は2階への階段を上がっていく。
階段の手すりには血の跡があり、所々で乾いた汚れが剥がれ落ちている。
階段の踊り場に何かが転がっていたが、それは薄汚れたジャンパーだった。
「ここで何をしていたんだろうな」
「あのね隼人」
「うん?」
「あたし、ホラー苦手なんだけど」
「……すまん」
結依に謝罪した隼人は、ジャンパーを無視して階段を上がった。
すると2階の通路の先に、頭部を破壊されたゾンビが二体転がっていた。
――窓ガラスが割られていたのは、探索者の臭い対策かな。
それから2階と3階を探す間、ゾンビ10体に遭遇して、いずれも倒した。
ゾンビが呻りながら近寄って来るのは、隼人にとって脅威ではない。
だが結依のストレスチェックを行えば、とっくに上限を振り切ったはずだ。
菜月も、絶対に嫌と言ったきり無言なので、大丈夫なわけがない。
――大雑把に見たら、細かく調べないで切り上げるかな。
やがて隼人は、最上階である4階に足を踏み入れた。
4階の廊下は薄暗く、窓から差し込む陽光が、塵埃を浮かび上がらせている。
雨風が入ったのか、壁のポスターは一部剥がれている。
隼人は最初の部屋のドアを開けて、室内を目視した。
だが内部を探す前に、廊下の奥から、引き摺るような足音が聞こえてきた。
隼人は開けたドアをゆっくりと閉め、廊下に出る。
廊下の奥から姿を現したのは、警察官の格好をしたゾンビだった。
「……警察官のゾンビだ」
隼人の視線が、警察官の腰にある拳銃に向けられた。
そこには、探していた拳銃が収まっている。
次の瞬間、隼人は駆けた。
空間収納から槍を取り出し、流れるように穂先を滑らせる。
肉を切り裂く感触が手に残り、警察官ゾンビが4階の壁に打ち付けられた音が、廊下に重く響いた。
立て続けに振り上げられた槍が、ゾンビの頭部に流星のように落ちた。
「奥にも、有るかな」
ゾンビから拳銃を取り上げた隼人が、僅かに笑みを浮かべて後ろを振り返った。
すると結依は、まだ行くのかと抗議の表情を浮かべる。
「さて行くか」
どうせ結依達は、一人では帰れない。
覚えていなさいよという表情を浮かべながら、結依は渋々と付いてきた。
廊下にはドアが並んでおり、多くが半開きで、中の荒れた様子が窺えた。
隼人は扉をひとつひとつ確認しながら、結依と菜月を引き連れて進んでいく。
隼人にとっては残念で、結依と菜月にとっては幸いなことに、それ以降に警察官ゾンビは現れなかった。
そして最奥まで進むと、やや重厚な造りのドアがあった。
ドアノブに手を掛けて引いたが、引いても押しても開く気配がない。
「鍵が掛かっているな」
ドアノブの下には鍵穴があり、それを回して鍵を掛けるようだった。
重厚な扉にはゾンビが叩いた後がある。
もしかすると内部には、人が逃げ込んだのかもしれない。
「どうするの?」
「壊すしかないな」
結依に問われた隼人は、一度しまった槍を取り出した。
そして少し考えた後、以前ホームセンターで手に入れた作業用手袋を嵌める。
「色々持っているんですね」
隼人がお披露目した手袋を見て、菜月が感心した声を上げた。
「これは霧農との取引で、農作物の種を交換する対価用に探したやつだ」
「あたしが駄目って言って、良かったでしょ」
「確かに、役に立ったな」
手袋を嵌めた隼人は、槍を振り上げて、力強く振り下ろした。
ガンッと鈍い音が響き、ドアノブが付け根から折れる。
「その槍の穂先、何?」
「ダマスカス鋼」
再び振り上げられた槍の先端が、力強く叩き付けられた。
二度、三度と繰り返すうちに、ドアノブが壊れて落ちる。
ドアノブがあった位置には、穴が開いていた。
「どうするんですか?」
「指を突っ込んで、ラチェットセットでドアノブの下にある鍵を回す」
隼人は空間収納から出したラチェットセットから、名称が分からない金属の棒を見繕って、収納し直した。
そしてドアノブがあった穴から、人差し指と中指を突っ込む。
次いで空間収納から棒を取り出して、突っ込んだ指先で挟んで持ち、鍵のフックを上から押して、なんとかドアを開けた。
「はぁ、開いた」
チンパンジーに道具を扱わせたような、優雅ならざる方法で鍵を開けた隼人は、鍵が外れたドアを押して部屋に入った。
ドアの傍でデスクが横倒しになっており、ゾンビの侵入を防ぐための補強として置いたのだと思われた。
先方も、ヒグマパワーで強引に押し入られる展開は、想定外だっただろう。
部屋に入ると、片手に拳銃を握り、頭部を撃った白骨死体が横たわっていた。
「……白骨?」
明らかにゾンビではない存在の傍には、遺書らしき紙が置かれている。
歩み寄った隼人は、紙を手に取って中身を読んだ。
それは自分を再発見するであろう警察への報告のような遺書だった。
自殺した警察官は交番勤務者で、部屋の外にいたゾンビ警察官と一緒に警察署へ来たが、署員の移動が終わっていて合流できなかったらしい。
そして仲間がゾンビに噛まれて、1人で部屋に立て籠もった。
自殺の理由は、拳銃1丁で多数のゾンビを排除しながら脱出するのが不可能で、自身がゾンビ化することを避けたかったからだ。
「取り敢えず、事情は理解した」
隼人は、白骨化した警察官が手にしていた拳銃を取り上げた。
そしてシリンダーを開いて弾数を数えた。
銃弾は、4発残っている。
「さっきの警察官と合わせて拳銃2丁、銃弾9発。悪くない」
「はいはい、良かったね」
「もう充分だと思います」
成果報告に対して、同行者達から、不平不満が立て続けに上がった。
隼人は両手を挙げて、降参の意思を示す。
「この部屋はゾンビの侵入を防げていたから、今日はここで休もう。4階のゾンビと遺体は、全て片付けるから」
「……はあ?」
「もう夕方だし、車で寝るより安全だし、警察署のゾンビは全て排除したが」
隼人は結依と菜月を交互に見て、賛同者を募った。
そして反応が返ってこないので、さらに言い募る。
「この部屋のドアの穴は塞いで、鍵を掛ける。4階の階段は、署内で集めた机を敷き詰めて通れなくする。インバータ発電機と水もあるから、トイレとかも使えるんだが……」
好条件を提示して、機嫌を取った結果、その日は警察署で休むことになった。


























