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ゾンビがはびこる世界だけど転移特典持ってます!  作者: 赤野用介@転生陰陽師7巻12/15発売
第1巻

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26/61

26話 無情な策略

 陽が高く昇り始めた頃、隼人は自転車で霧丘農業高校に向かった。

 4回目の取引では、『ホースやポンプを渡して教科書をもらう』と見せかけて、自分用のシャンプーを混ぜて、結依と女性教師陣との妥協を図ろうと考えている。


「怖いんだよなぁ」


 力であれば、ヒグマは人間には負けない。

 だが人間には知恵があり、結果を得るために最も有効な手段を採れる。

 女性教師陣は、その知力を以て隼人に迫ってくるだろう。

 頭脳戦を繰り広げるくらいなら、最初からシャンプーなどを数本持っていき、「民家を漁りましたが、これしか見つかりませんでした」と言ったほうが早い。

 それなら女性教師陣も引き下がるし、大森や小林も仲裁してくれる。


「俺の分なら、問題ないだろう」


 そう結論付けた隼人の視界に、霧丘農業高校を囲むバリケードが映った。

 グルリと回り、隼人が最初に屋根に登って校舎を観察した民家のほうに向かう。

 すると今日は、正面門前に車の姿があった。

 それは第二次世界大戦で連合軍に広く使われた、オフロード性能が高く、頑丈なフレームを持つ四輪駆動車の新型車だった。

 隼人も欲したが、見つからなくて、ある程度は妥協している。

 車は正面門前に停車しており、4人の男達が車外に降りている。

 目を見張って凝視した後、隼人は民家の影に隠れた。

 幸い、見つけたのは隼人のほうが先で、相手には気付かれていない。


 ――おかしいな。


 ゾンビがはびこる世界で、外に出ているのはおかしい。

 訝しんだ隼人は、自転車を収納して足音を消しながら近付き、民家の影に隠れて聞き耳を立てた。


 人間は、10メートル先の会話を聞き取れる。

 隼人の身体能力はヒグマ並で、クマの聴力は人間の2000倍もある。

 音の減衰はあるが、クマは人間の20倍ほど先の音が、聞こえるのではないか。少なくとも隼人は、聞き取れる。

 隼人が集中すると、男達の会話が聞こえてきた。


「逸平、どれくらいで終わりそうだ」

「男子寮に半分以上、車に付いてきた残り半分弱が、女子寮のほうに流れました。生徒は終わったと思いますが、離れた教員寮がしぶといかもしれません」

「女子寮には流れる数は、もっと少ない予定だったがな」

「すみません。成り立てに付いてくる奴が、少し多かったです」


 ハキハキとした青年の問いに、隼人よりも若そうな男の返答が続いた。


「教師は何人だ?」

「はい、小倉さん。黒原からは、16人だと聞きました」

「男と女の数は?」

「半々ですね」


 中年の男が低い声で問い、先ほどの若そうな男が答えた。


「俺と逸平は、ここの連中とは面識がある。教師が俺らを見つけて逃げてきたら、助ける振りをして引っ張り出す。小倉と山下は、裏で教師を始末していけ」

「分かりました」

「そこに民家の塀がある。死体は内側に捨てて隠せ」

「はい」


 壮年の男の声がして、中年が短く答えた。

 要点を聞き終えた隼人は、民家に身体を隠したまま、意識の集中を解いた。

 男達のうち2人は、3回目の取引の帰り際に菜月が教えてくれた、「物資を取引してくれる人達」だった。

 彼らは、トラックで敷地内に入っていた。

 方法は分からないが、トラックにゾンビでも入れてきたのかもしれない。

 彼らの目的は、食料生産地の獲得だと、容易に思い付く。


 ――取引するよりも、直接制圧したほうが早いからな。


 現在、市内の物資が減ってきた。

 そして霧丘農業高校は、水田には稲が育ち、畑には農作物が育ち、果物も実る。200人が豊かに食べていける環境が、完成しているのだ。

 戦力も200人だが、生徒が大半で男女半々。

 武装も、農具や鈍器程度。

 襲う側にとっては、なんとも魅力的な場所である。


 彼らのグループが何人居るのか定かではないが、200人よりは少ないだろう。

 徹底的な悪徳に走るならば、反抗の可能性がある教師と男子生徒は、排除する。そして生き残った女子生徒だけを組み込む。

 農高生が数人残れば、農業高校内で育てていた作物の説明は出来る。

 霧農を制圧して、生き残りを組み込んだ組織の下っ端に農作物を育てさせれば、以降の食料供給は安泰だ。

 食料生産力が200人分から50人分に落ちても、50人分の食料は得られる。足りる分だけ人数を増やせるし、足りなければ他所から手に入れれば良い。

 彼らにとっては、それで充分すぎる成果となる。


 ――4回目の取引、無くなったな。


 隼人は担いできたリュックに触れて、それを収納した。

 食料自体や生産力の価値に比べて、自衛力が低すぎるのが、襲われる原因だ。

 部外者を全員断り、教師と生徒で運営したことが、徒となったのかもしれない。

 今回助けたところで、今後も霧農は狙われ続ける。

 そして隼人は、結依のウイルス感染を知る人間が居る霧丘市には、留まれない。


『生物の目的は生存して子孫を残すこと』


 隼人は個人的な思想において、それが自然の摂理だと考えている。

 結依を優先しているのは、好感度を上げれば良いと言われたからだ。

 現状では、隼人自身の生命に次ぐ保護対象で、霧農よりも遥かに優先される。

 それに結依が捕まれば、治療した自分も芋づる式になるので、なおさら霧丘市や近隣には居られない。


 隼人の心残りは、連れて行くのかを迷っていた菜月だけだ。

 菜月を連れて行けば、結依の好感度は下がる。

 だが菜月が付いてくるのなら、菜月もパートナーに成り得る。

 隼人は煩悩を捨て去った僧侶ではなく、少なくとも欲求的には、普通の男性だ。


「201号室だったかな」


 正面から向かって一番右端で、跳び越えてきても良い。

 そう教わった隼人は、正面門に屯する連中から見えない位置のバリケードから、霧丘農業高校の敷地内へと入っていった。


       ◇◇◇◇◇◇


 敷地内に侵入した隼人は、以前見た4階建ての女子寮へと向かった。

 ヒグマ並の速度で疾走した隼人は、何体かのゾンビに見られた。

 だが時速50キロメートル以上で走る相手が、獲物だと判断できなかったのか、腐り始めた首を傾げて困惑されたまま、見送られた。


「グァァ?」


 一応、追ってこようとする個体も居たが、隼人は圧倒的な速度で引き離した。

 そしてクリーム色の女子寮を視界に収め、速度を落とさないままに駆け寄って、ジャンプして2階のベランダに跳び乗った。

 窓ガラスは割られており、隼人は外から見られないように、靴を履いたまま室内へと飛び込んだ。


 最初に目に映ったのは、2人と1体。

 噛まれて傷だらけとなり、うつ伏せになっている小柄な少女。

 頭を破壊され、床に転がる大柄なゾンビ。

 そして部屋の壁にもたれた半座位の菜月。

 菜月の顔には疲労が色濃く、血の気は失せていた。隼人が近寄ると、菜月の薄く開いた瞼がゆっくりと動き、ぼんやりと隼人を捉えた。


「……どうしたんですか?」


 菜月が先に口を開いた。

 口調は冗談めいていたが、気力を使い果たしたような声だった。


「前に言われたから、来てみたところだ」


 隼人は室内を見回して、小柄な少女に目を向けた。

 隼人が窓から来るかもしれないことを、菜月は同室者に伝えると言っていた。

 だが同室者の意識が覚めることは、最早無いだろう。

 隼人は、菜月に視線を戻した。


「どこかに連れて行ってくれると思っていたのに、ちょっと遅かったですよ」


 言葉に迷っていると、菜月が端的に本音を吐露した。

 もう最期だからか、迂遠な言い回しはしていない。

 隼人も、正直に伝えることにした。


「俺も連れて行こうかと悩んでいたが、先に同行者が居た。一人だったら、迷っていなかった」

「恋人ですか?」


 菜月がわずかに顔を上げて、かすかに笑った。

 弱っているせいか、言葉に力を欠いている。


「いや。俺が助けた時、対価が見合わないと言っていたから、肉体労働を想像して身体かと呟いた。そしたら勘違いして、好感度を上げたら良いと言ってきたから、そういうことにした。そんな関係だな」

「なんですかそれ」


 隼人が真面目に説明すると、菜月は力なく、ふっと笑った。


「わたしだったら、連れて行ってくれるなら、別に良かったんですけど」

「同行者がいてもか?」


 隼人が問い返すと、菜月は静かに頷いた。


「良いですよ。もう遅いんですけどね」


 その声には力が無かったが、どこか安堵の色も混じっていた。

 隼人は口を閉ざして、しばらく無言で佇んだ。


「隼人さん、早く逃げたほうが良いですよ。未亜ちゃん、もう起きるかも」

「……今、連れて行こうかと真剣に悩んでいる」


 隼人が本気で検討している様子に、菜月は不思議そうな表情を浮かべた。


「私も明日くらいには、ゾンビに成っちゃいますよ」

「俺のほかに、さっき言った同行者が1人居ても良いんだな?」


 噛まれたことを気にしない隼人に不思議がりながらも、菜月は本心から答えた。


「最期でも、どこかに連れて行ってくれるなら良いですよ」


 最期になったが、自分が望んだとおり連れて行ってもらえるなら、それで良い。

 そのような菜月の言葉に、隼人は決断した。


「俺が結依に怒られたら、慰めてくれ」

「良いですよ」


 菜月の傍に歩み寄った隼人は、両手で身体に触れ、神聖魔法を発動させた。

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― 新着の感想 ―
おもしろい!早急にアニメ化してほしい!!!
かなり面白い。今後もかなり楽しみ。
まあ、そうなるな……読んだ限りでは明らかに武力たりてなかったもんなぁ とは言えいきなりここまでぶっこむとは思わなかった、まずは脅しか取り引きレート見直し程度かと でも警戒させて武力上げられるのも面倒と…
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