20話 大収穫
霧丘農業高校と取引を行うべく、隼人は物資を探すことにした。
隼人が欲しいのは、農作物の種だ。
霧丘農業高校は、多様な農作物を育てており、所有する種の種類は豊富だ。
稲=うるち米、もち米。
野菜=トマト、キュウリ、ナス、ピーマン、キャベツ、レタス、ほうれん草、ジャガイモ、大根。
果物=イチゴ、メロン、オレンジ、リンゴ、ブドウ、パイナップル、パパイヤ。
その他=しいたけ、緑化木苗。
それらのうちパイナップルやパパイヤは、温室などが無ければ育たない。
普通科の隼人では、育てるのに適した土地でも必ず育てられるとは限らないが、流石に全てに失敗するとも思えない。
空間収納に入れておけば状態を保持できるので、育てられる環境が整ってから、順番に出していっても良い。
どれかが育てば食生活が豊かになるので、ここで交換しない手は無かった。
――苗木のほうが早そうだけど。
リンゴで有名な地域に寄って、苗木を手に入れてから目的地に向かう手もある。
これから暑くなるので、一先ず青森県に移動して、夏が過ぎたら南に移動する行動も取れなくはない。
そんな取らぬ狸の皮算用をしながら、隼人はホースとポンプを手に入れたホームセンターを目指した。
ホームセンターはシャッターが壊されており、入れることを確認している。
そして、未だ沢山の物資が残っていた。
出入口付近にあった食料や電池などは、もちろん残っていない。
ほかにも色々なものが持ち出されているだろうが、ホースやポンプはあった。
そのため、何か交換に使える物があるのではないかと期待した次第だ。
「小林先生とかを連れて行ければ、何が役立つか分かって、早いんだけどなぁ」
自分では、現在の農業高校が何を必要としているのかが分からない。
そのことに悩みつつも、隼人は明かりを灯したランプを掲げて、ホームセンターに踏み入った。
ホームセンター内は、以前と変わらず薄暗い。
倒れた棚や、散乱した商品が、そのままになっている。
転移前に何度か来た場所だが、店内を充分に把握しているわけではない。
出入口付近にはめぼしい物が無いことを確認済みなので、あとは内部を歩いてみるしかないだろう。
「まずは、工具コーナーの隣あたりかな」
ランプを掲げた隼人は、脳内で店舗の構造を思い返しながら歩いた。
以前にホースやポンプを見つけた場所は、工具コーナーだった。
その隣にあるエリアには、変わった道具類が並んでいたように記憶している。
落ちた商品を踏まないように注意しながら足を進めると、棚にはいくつかの商品が残っていた。
「これは使えるか?」
目に留まったのは、除草シートだった。
除草シートとは、雑草が生えるのを防ぐために地面に敷くシートのことだ。
光を遮断して、雑草の成長を阻む効果がある。
草むしりをすれば雑草を取り除けるが、防草シートであれば、生えてくる前から防ぐことが出来る。
――問題は、重そうなことか。
霧丘農業高校ならば活用できそうだが、空間収納を使わなければ、畑に敷くほどの量を運んでいけない。
隼人が持っていけば、不自然極まりない。
有用ではあるが、回収して運ぶのは躊躇われた。
「除草シートは、使えないな」
自分用に持っていくのも微妙である。
断念した隼人は、隣のコーナーを見た。
隣には、稲や麦などの穀類を穂から分離する小型脱穀機、籾と玄米を分離する小型籾摺り機、一回通し型精米機などが置かれている。
脱穀機は、1時間で100キログラムのモミを茎から外せる。
籾摺り機は、1時間で100キログラムのモミを玄米にできる。
一回通し型精米機は、1時間で30キログラムの玄米を生米にできる。
だが電気が必要で、脱穀機が100V400W、籾摺り機が100V250W、一回通し型精米機が100V450Wと書かれている。
専業農家用にしては小型で、兼業農家が自分用に使う機械のように思えた。
「稲の機械は、自分用にするか」
霧丘農業高校のような本格的なところには、もっと良いものがあるはずだ。
だが隼人は自分で農作物を育てる予定なので、自分用にあっても良いだろう。
脱穀機と籾摺り機は1台しか無かったが、精米機は家庭用として使う家もあるからか、2台置かれていた。故障も考えて、両方もらっておくことにする。
問題は電源を確保出来ないことだが、それは後日の課題であろう。
そして隣を見て、隼人は目を疑った。
その棚の一番下には、大きなインバータガソリン発電機が置かれていた。
「嘘だろ」
そのインバータ発電機は、自動車用レギュラーガソリンで動くタイプだった。
コンセント個数は、交流/15A×2個+30A×1個、直流/1個。
定格出力(kVA)交流2.8。
つまり2800Wなので、450Wの機械は動かせる。
隼人が集めたのはハイオクガソリンだが、ハイオクでも問題なく動く。
燃料タンクの容量は12.7リットル。
エンジンオイルは、『10W30SP(API)CF』の20リットル缶が2つも残っている。
何故あるのか目を疑いながら調べると、発電機の後ろに防犯用の太いチェーンが取り付けられており、棚としっかり繋がっていた。
「チェーンで棚に繋がっているのか。道理で、残っているはずだ」
ホームセンター内にある工具を使っても、人力では破壊できそうにない。
納得した隼人は、長いチェーンを棚の前に引っ張り出した。そして空間収納から槍を出して、高く振りかぶり、力一杯に振り下ろす。
ガンッと鈍い衝撃音が響いて、チェーンが打ち砕かれた。
はぁっと息を吐いて、隼人は槍を収める。
――発電機の有無は大きいな。
1台だと軽々しくは使えないが、米を育てられるようになれば大いに役立つ。
店の在庫への期待値を上げながら、隼人はさらに奥へと進んだ。
すると棚の下に、何かが落ちているのが見えた。
しゃがみ込んで手を伸ばすと、作業用手袋の箱があった。
箱には、「ゴムコーティング、スマートタッチ、洗濯可能、12ペア」と書かれている。
「こういう消耗品は、いくらあっても困らないだろうな」
農業高校であれば、作業に手袋を使うだろう。
このような消耗品であれば、農作物の種と交換してもらえるように思えた。
手袋を回収した隼人は、ランプを持つ手を少し上げて周囲を見回す。
3年以上前の記憶では、通路の奥には雑貨が置かれていた記憶がある。
隼人は、そちらに向かって歩みを進めた。
隼人には、油断があったのかもしれない。
注意を散漫にして歩いていると、いきなり何かが足を掴んだ。
「うあっ!?」
思わず声を上げて足を引くと、足首を掴んだゾンビが引き摺り出されてきた。
ゾンビは倒れた棚に挟まって、身動きが出来なくなっていたらしい。
焦った隼人は、激しく足を振って、足首を掴んだゾンビの手を引き剥がした。
強大な脚力による蹴り払いが、傍に有った商品に激突する。
蹴られた商品棚が吹き飛び、奥のバックヤードの扉に激突した。
足首を掴んでいたゾンビの身体も、倒れた棚からグイっと引き出されたものの、隼人は自分を掴んでいたゾンビの手を引き剥がせた。
「ウァァ」
刹那、棚に挟まれていたゾンビが自由を取り戻し、掠れた呻き声を上げた。
顔の半分が潰れたその姿は、薄暗い店内の中で一際不気味に映える。
隼人が拾った手袋を収納する間に、目の前のゾンビが這うように隼人へと迫り、醜悪な手を伸ばしてきた。
嫌な予感がした隼人は、後退しつつ周囲を見渡した。
するとランプの明かりがかすかに届く範囲で、蹴り飛ばした商品棚がぶつかったバックヤードの奥から、さらに動き出す無数の影が見えた。
「商品が沢山残っていた理由が、よく分かった」
ホームセンター内には、相当数のゾンビが居た。
だから人々が商品を持ち出すのに苦労して、残っている物は断念されたらしい。
バックヤードにゾンビが居たのは、前回の探索者が追われて、そちらへ逃げ込んだからだろう。
追ったゾンビ達が棚でも倒して、せっかくバックヤードに閉じ込められたのに、隼人が蹴り飛ばして出してしまったわけだ。
解放されたゾンビ達は、店内の騒ぎに引き寄せられて、続々と迫ってきた。
「お前ら、何体いるんだ」
隼人は低く舌打ちをし、ランプを拾い上げて後退を始める。
もはや探索どころではないと判断し、出入口を目指して駆け出した。
ゾンビ達は薄暗がりの中、不規則な足取りで追いかけてくる。
「俺のほうが速いが、油断して転べば悲惨なことになるな」
ランプの明かりを失い、暗闇の中で次々と覆い被さってくるゾンビ達。
そんな光景を想像して、隼人は怖気が走った。
勝てるか勝てないかの問題ではない。自分が、小型生物Gよりも強いとしても、身体に触れられたくないのと同じ理屈だ。
――嫌なものは、嫌だ。
オッサンゾンビは、絶対に嫌だ。
元美少女ゾンビでも、遠慮願いたい。
足元に散乱する商品の山を避けながら、隼人は店の外へと走り続けた。
やがて壊れたシャッターが見えてきて、そのまま店外に飛び出す。
それでも振り返らずに、走り続けた。
シャッターの内側からは、掠れた呻き声が漏れてくる。声は次第に大きくなり、やがて出入り口からは、ゾンビ達がワラワラと溢れ出してきた。
「ここは、もう良いな」
捨て台詞を吐いた隼人は、自転車を出して、田舎道を走り出した。
おそらく追ってきているが、全力で引き離す所存だ。
こうして隼人が主催する第2回霧丘市民マラソンが、盛大に幕開けした。


























