18話 ガソリン回収
ガソリンを回収するためのポンプとホースを手に入れた隼人は、霧丘市の中心市街地に向かった。
薬局があったシャッター街ではなく、駅を挟んだ反対側の大型ショッピングモールへと続く市街地だ。
霧丘市は、有り体に言って田舎である。
大型ショッピングモールは、霧丘市にとって貴重な娯楽の場であり、生活必需品から最新のファッションアイテムまで何でも揃う重要な施設だった。
モール内にはスーパーマーケットやドラッグストア、家電量販店などがあり、一度の訪問で多くの用事を済ませることができる。
――だから商店街が、滅びたんだけど。
計画当初は、それなりの抵抗があったらしい。
だが雇用の創出や利便性という正義の前に、商店街は抵抗やむなく敗北した。
そして一度滅び、夜の歓楽街として復活したのである。
そんな不死鳥である商店街の復活劇はさておき、大型ショッピングモールには沢山の人が訪れるようになった。
無数の店舗と食事処が並び、広いフードコートやキッズゾーンがあり、映画館やゲームセンターなどの娯楽施設も揃っていた。
車がズラリと駐車し、周辺市町村からも人が来て、大変賑わいがあった。
つまり現在は、山のようなゾンビが居るであろう危険地帯となっている。
ゾンビが大量発生した場合、ショッピングモールに逃げてはいけない。
『燃料供給が緊急車両限定とされた後、店員がゾンビ化し、警察が回収し切れず、ゾンビのせいで市民も回収できなかったガソリンスタンド』
その候補地として、隼人は中心市街地を選んだ。
ガソリンスタンド周辺のゾンビには、ぜひとも頑張って市民を追い散らしてほしいものである。
ついでに逃げていった市民を追いかけて、綺麗に居なくなってくれていれば、万々歳である。
隼人は自転車の速度を上げて、生存者を追ってきたゾンビを引き離した。
霧丘市が程々に田舎で、良かったかもしれない。これが渋谷や新宿であれば、万単位で付いてきたのではないだろうか。
高層ならざる建物の間を抜けると、やがてガソリンスタンドが視界に入った。
生憎とゾンビは、元気に歩いている。
舌打ちをした隼人は、自転車を下りて空間収納に仕舞い、槍を取り出した。
「速攻で行くか」
標的を正眼に構えた次の瞬間、隼人は一気に駆けた。
ヒグマは、時速は50から60キロメートル。
人の姿をした猛獣が猛然と迫り、爪よりも鋭利な金属を振った。
ゴスッと鈍い音がして、最初の獲物が狩られる。
二体目のゾンビが振り返った刹那、槍の尖端は新たな軌跡を描いて、そのゾンビの頭に吸い込まれていった。
バンッと弾ける音がして、二体目の獲物が倒された。
運動靴を履いた隼人の足音は、ほとんど無い。
周囲に響くのは、槍の先端が激突する衝撃音と、ゾンビが崩れ落ちる音だけだ。
何度かの音が響き渡り、音の数だけ動く死体が、動かぬ死体と化した。
圧倒的な力で周囲のゾンビを蹴散らした隼人は、槍を振るって血糊を払う。
対魔族戦で活躍した槍の先端は、傷一つなく輝いた。
隼人はガソリンスタンドの周囲を確認し、安全が確保されたことを確認すると、地面にある金属製の蓋に目を向けた。
フィルポートを見つけるためには、この蓋を開ける必要がある。
「まずは、蓋を開けるための道具があるか探してみるか」
隼人はガソリンスタンドの店内に入ると、工具や道具を探し始めた。
棚をひっくり返し、散乱する商品をかき分けながら、使えそうなものを探す。
しかし、そもそもよく分かっていないので、蓋を開けるための専用道具は見当たらなかった。
隼人はため息をつきながら、さらに店内を探し回った。
カウンターのレジは引っ繰り返っており、書類は散乱し、様々な物が引っ張り出されたり、持ち出されたりしていた。
店員がやったのではなく、家捜しされたのであろうことは一目瞭然だった。
見つからないまま、無駄に時間だけが過ぎていく。
「仕方ない、力でやるか」
隼人は店内から外に戻り、槍を手に取った。
そして地面の金属製の蓋に向かい、槍の先端を蓋の隙間に差し込んだ。
梃子の原理を使うと、重い蓋が次第に持ち上がっていく。
隼人は全身の力を使って蓋を持ち上げ、ついに蓋を取り除くことに成功した。
しかし、外した蓋を見ると、『UNLEADED』と刻印されていた。
「……やらかした」
ガソリンスタンドには、レギュラーガソリン、ハイオクガソリン、軽油の地下タンクがある。
レギュラーガソリンが『REGULAR』または『UNLEADED』。
ハイオクガソリンが『PREMIUM』または『HIGH-OCTANE』。
軽油が『DIESEL』と刻印されている。
そして隼人が見つけたSUVは、ハイオク仕様の高級車である。
つまりレギュラーガソリンを回収しても、見つけた車には使えない。
溜息を吐いた隼人は、ほかの蓋の上に移動して、ハイオク用のフィルポートを探した。
5つのうち3つがレギュラーで、1つが軽油で、最後に見た蓋がようやくハイオクだった。
「見つけたから、まあ良いか」
気を取り直して、ハイオク用のフィルポートの蓋を開けた。
すると、地下タンクにガソリンを補充するための入口が現れた。
そこにホースを差し込むと、地下タンクに繋がる。
大半の車がレギュラーガソリンなので、緊急車両限定となるまでに人々が給油をおこなったのは、レギュラーガソリンだと考えられる。
緊急車両限定になった後は、緊急車両もレギュラーガソリンを使うので、先にレギュラーガソリンが無くなったと考えられる。
レギュラー車にハイオクを入れても動くが、レギュラーガソリンが残っている状況であれば、緊急車両もハイオクは給油しないだろう。
するとレギュラーガソリンよりも、ハイオクガソリンのほうが、残っている可能性が高くなる。
「まずはホースを選ぶか」
隼人は手に入れたホースの中から、耐圧ホースを選び取った。
透明性が高く、ホース内の燃料を目視できるため、作業の進捗を確認しやすい。隼人はホースの長さを確認し、地下タンクまで十分届く7メートルを選んだ。
長いほうが届くが、あまり長くなりすぎると、回収が難しくなるかもしれない。そのためホースの長さは、程々とした。
「次はポンプだな」
隼人はハンドポンプとピストン式ポンプの両方を手に取り、それぞれの特徴を再確認した。
ハンドポンプはハンドルを手動で回すタイプだが、高所からガソリンを回収するには吸引力が足りない可能性があると言われた。
一方、ピストン式ポンプは吸引力が足りる。
ピストン部を上下させて吸引するタイプで、上下に動かすことで液体を吸い上げ、押し出す仕組みになっている。つまり隼人が力で押しまくれば良い。
「ピストン式のポンプで良いだろう」
程々に自重することとして、ポンプパーツを使い、ホースとポンプを接続した。
最後に、空間収納に入れていた空の水桶を出していく。
ようやく地上の準備が整うと、透明なホースをフィルポートに差し込み、地下タンクに入れていった。
下にあるガソリンを上に引き上げるのは手間だが、上から下にホースを入れることだけは楽だった。
ホースの太さも、通常給油するホースより細いのか、詰まったりはしない。
――ゆっくりやるか。
ゾンビは面倒だが、一気にやってドカンとは、なりたくない。
隼人は慎重に、ピストン式ポンプを上下に動かし始めた。
ポンプの動きに合わせて、ホースを通じてガソリンが吸い上げられてくる。
幸いなことに、ハイオクガソリンは残っていたらしい。
「順調に吸い上げられているな」
吸い上げられたハイオクガソリンが、空の桶に入り始めた。
ほかのガソリンスタンドでも、ハイオクガソリンは残っているかもしれない。
空の桶がハイオクガソリンで満たされるのを見届けた隼人は、それを収納して次の桶にガソリンを注ぎはじめた。
それから隼人は6時間を費やしながら、地下からガソリンを回収し続けた。


























