16話 カー用品の回収
朝の光が窓から差し込む中、隼人と結依は食卓に向かい合って座っていた。
食卓には、異世界産であるライ麦パン、チーズ、乾燥肉、乾燥果物が並べられている。
「このパンって、異世界のものなんだよね?」
「そうだが、多分同じ物だと思うぞ」
地球の人間を何度も転移で連れてきているのだから、地球の植物が持ち込まれていても、何ら不思議はない。
ライ麦パンはライ麦を粉に挽き、水と塩を加えて発酵させた後、薪窯で焼かれたものだ。
外側は堅いが、中はしっとりとしており、風味豊かだ。
中世ヨーロッパでは主食の一つとして親しまれていた。
「チーズは?」
「それはヤギだな」
「居たんだ?」
「居たなぁ」
作り方もおそらく同じで、ミルクを凝固させて乳清を取り除いた後、塩を加えて発酵させていた。
数ヶ月熟成させて風味を引き出すと、コクのある風味豊かなチーズが出来上がる。
「肉も同じなんだ?」
その件について、隼人は沈黙を保った。
なお肉は塩漬けにしてから風乾させ、燻製にする。やや硬いが、ゾンビがはびこる世界で食べられるのであれば、贅沢だろう。
「果物はリンゴとかプラムだぞ」
「肉は?」
「リンゴ、誰が持ち込んだんだろうなぁ」
ジト目となった結依から視線を逸らして、隼人は果物に思いを馳せた。
乾燥果物は、果物をスライスして、太陽の下で乾燥させる。
砂糖や保存料を使っていないので、自然な甘みと風味が残っている。日本の市販品より手間が掛かっているかもしれず、ゾンビが居なくても贅沢品だ。
そして飲み物は、薬局で入手した粉末ドリンクを溶かした緑茶だった。
霧農の食事と比べて、どちらが豊かであろうか。
そんなことを隼人が考えていると、結依が丁寧にチーズをスライスして、隼人に手渡した。
隼人はパンに手を伸ばしながら、結依に告げる。
「結依、今日はカー用品店に行く予定だ」
「カー用品店?」
結依は、チーズを口に運びながら尋ねた。
隼人はバッテリーを回収に行く方針は伝えているが、行き先を伝えたのは今回が初めてだ。
バッテリーの入手先には、車の販売店や修理工場もある。
どうしてカー用品店になったのか、隼人は緑茶を一口飲んでから答える。
「車のバッテリーには色々な種類があって、新車販売店とか修理工場には無いかもしれない。だけどカー用品店なら、種類が揃っているだろうし、予備も手に入るかもしれない」
「そうなんだ?」
車の運転免許証を持たない結依は、あまり分かっていないようだった。
「まあ、工具とかもあるだろうからな」
カー用品店であれば、バッテリーを取り外すラチェットやレンチなども、豊富にあると思われる。
それらは食べられないし、ガソリンも得られないので、残らず持ち去られている心配はあまりない。
隼人が説明すると、結依はチーズを口元に運ぶ手を止めて、考え込んだ。
「危なくない?」
「大丈夫だろう。むしろ、結依のほうが心配だ」
隼人はゾンビを相手に無双できる。
翻って結依は、ゾンビ一体でも極めて危ない。
それでも結依は、隼人の目を見詰めて言った。
「気を付けてね?」
「ああ、行ってくる」
隼人は残ったパンを口に運ぶと、立ち上がった。
そして静かに玄関を出て、自転車に乗り込んだ。
霧丘市は、隼人の生まれ育った町である。
そのためカー用品店に行ったことが無かったが、場所自体は知っていた。
大通りに面した店舗に到着すると、店舗のシャッターは半ば壊されており、誰かに侵入された形跡が窺えた。
――どこでも荒らされているな。
自転車を空間収納に入れた後、隼人はカー用品店に潜り込んだ。
店内は薄暗く、空気中を漂う埃が、斜めに差し込む陽光に浮かび上がっていた。
隼人は空間収納から、火の付いたオイルランプを取り出した。まるで懐中電灯を持つような、手慣れた仕草だった。
ランプの温かな光が店内を照らして、商品棚が次々と薄明るく浮かび上がる。
棚の影は天井まで伸びて、ゆらゆらと揺れていた。
「さて、バッテリーを探すか」
隼人は、まるで平和な時代に店内を見回るように、軽やかに歩き始めた。
シャッターは壊されていたものの、商品の半ば残っていた。
タイヤやホイールが積み上げられた通路を過ぎ、カーナビやオーディオが並ぶ棚の横を通り抜けていく。
不意に棚の間で、何かが倒れた音が聞こえた。
――ネズミか?
人間が入れる隙間ではない。
そういうものも居るかと納得して、隼人は探索を続けた。
高い商品は、扱いが良いはずだ。だからバッテリーのコーナーを見つければ、高級車用のバッテリーは目立つ場所にしっかりと置いてあるはずだ。
しばらく探していくと、店の角にバッテリーのコーナーがあった。
高級車用のバッテリーは、新品の箱に収められて、整然と並んでいた。店の角という場所が良かったのか、あまり埃も被っておらず、状態は良さそうだ。
「よし、あったな」
隼人は満足げに微笑んだ。
バッテリーの次に欲しいのは、取り付けに使う工具である。
カー用品店の在庫は、豊富だった。ランプの明かりが照らす店内で、ラチェットセット、レンチ、ジャッキ、タイヤホイールセットなどを続々と発見できた。
目的の物を見つけた隼人は、空間収納の中身を整理する必要性に思い至った。
空間収納は、8畳の部屋10室分、ないし20フィートコンテナで10個分の容量があって、9個には1000人が1ヵ月行軍できる軍事物資を入れていた。
物資は残り10日分くらいなので、3分の1まで減っている。
9個分の物資が3分の1に減れば、空きは3個分になる。
1個は薬局の収集品、1個は結依用と伝えたので、残るは1個。
バッテリーや工具くらいは隙間に入るが、ガソリンを入れると収納限界だ。
「詰めれば空くけど、大雑把に1個分くらいは、空けておきたいな」
隼人は空間収納に入れている物資を思い浮かべた。
パン、チーズ、乾燥肉、乾燥果物、塩、水、槍100本、弓300張、弓掛300個、矢筒300個、矢4000本、オイルランプ340個、植物油、4人用テント260セット、毛布1040枚、私物。
端数は微妙に異なるかもしれないが、大雑把にはそれくらいだ。
「テントと毛布か」
隼人は、異世界で所属していた帝国の部隊を思い浮かべた。
過酷な戦場故、相応に入れ替わりはあったが、共に戦った仲間達が使っていた。野営は戦闘ではなく、食事と休息を行うタイミングだ。
酒が無いと不満を言う連中、賭け事をする馬鹿共、色々と居た。
だが、もう使う事は無い。
深呼吸した隼人は、店内の端に移動して、4人用テントと毛布を置き始めた。
置くのは中古の1000人分で、予備だった新品の40人分は残すことにした。
――新品は、勿体ないからなぁ。
毛布は、地球におけるカシミヤのような希少素材を使った超高級品だ。
とても柔らかく上質な肌触りで、保温性が高くて、ふかふかである。
1枚10万円とすれば、1000枚で1億円。
一方でタイヤホイールセットは、夏用と冬用の両方をもらっても、合計で40万円くらいだろう。3セットくらいもらっても、良いかもしれない。
バッテリーも、予備が沢山あって悪いことはないはずだ。
――今はカー用品よりも価値があるかもしれないから、対価ということで。
なお車の代わりに置き捨てた空の木箱とオイルランプ700個の件については、あまり深くは考えないこととする。
隼人は代金とした物資で店舗の一画を埋め尽くすと、次のスペースに移動して、出し切れない残りのテントと毛布を続々と置いていった。
かくしてカー用品店は、高級毛布店と化したのであった。


























