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国虎の楽隠居への野望・十七ヶ国版  作者: カバタ山
四章 遠州細川家の再興

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海賊のお仕事

遅くなって申し訳ございません。

 その日の夜、俺は親信から聞かされた鉄事情を頭の中で整理するべく、和葉の膝枕といういつもながらの特等席で雑談交じりに過ごしていた。


「私にはどれだけ大変なのかよく分からないけど、ここなら海部様や津田様に言えば手に入るんだから、そう深刻にならなくてもいいんじゃないの? 親信さんも頑張ってくれるみたいだし」


「俺も最初はそう思っていたんだけどな。和葉、想像してみてくれ。もし明日から『鍋の価格や針の価格が値上がりする』と言われたらどう思う?」


「それは困るけど……あっ、そうか。海部様や津田様からそう言われるかもしれないんだ。それは大事(おおごと)じゃないの?」


「そうなんだよ。海禁は前に話したよな? それが厳しくなるだけでそうなってしまう」


 親信からこの時代の鉄事情を聞かされた時は気付かなかったが、鉄が密貿易でしか手に入らない以上はいつ高値安定してもおかしくない。


 現状は言うなれば、OP〇Cが原油の減産を発表したようなものだ。投機が集中して価格が高止まりする一歩手前と言って良い。しかもこの時代は戦続きと来る。どんなに高くても血眼になって手に入れようとする者が後を絶たないだろう。例え民の生活に影響が出たとしても。


 その悪影響が遠州細川領に出ないようにするのが俺の務めだ。職人達が製鉄を頑張ってくれるとは思うが、海部家から鉄製品の値上がりを告げられてもビクともしない磐石の態勢を築く必要を感じた。


 対策を考えるなら、最も手堅いのは新たな仕入先を確保する事だろう。他にも角炉を他家にも普及させるというのが考えられるが、これは口で言うほど簡単な内容ではない。


「やはりシャムからの輸入を本格的に考えた方が良さそうだな」


「『君沢形(きみさわがた)』だったっけ? 今は捕鯨に使っているけど、確か外国にも行ける船だよね。それを使えば何とかなるんじゃないの?」


 実は現在室津ではこの「君沢形」と呼ばれる縦帆の帆船が絶賛稼動中である。捕鯨船として。算長から捕鯨船建造用として借りた金で作っていた。


 分からない者には絶対に分からない悪辣さだ。先入観無しで見れば、捕鯨船建造用の金で捕鯨船を作ったとしか映らない。和葉の言った「外国にも行ける」というのも、広い太平洋で漁を行なうには必要な性能だと言われれば多くの者は納得する。


 そこが大きな落とし穴と言える。


 俺は船に付いては守備範囲外であるが、それでも「君沢形」なら知っていた。幕末に建造された西洋式帆船である。この時点で親信が何がしたいか分かるというものだ。捕鯨船建造に名を借りた軍艦の建造と言える。まだ練習段階だとは思うが、それでもこの時代の中型軍用船である関船より大きい。


 気付いた時には開いた口が塞がらなかった。


「船自体は和葉の言う通りだけど、問題は……いつも通り人が足りない」


「惟宗様にシャム行きをお願いしたら鯨を獲る人がいなくなる訳だ。いっそ雑賀衆の誰かに頼んでみたら?」


「最悪それしかないだろうな。畿内への荷運びを任せている上にシャム行きまで頼んだら嫌な顔をされそうだけど。あっー、何処かに喜んでシャムに行ってくれる海賊衆落ちていないかなー」


 とは言え俺もこの時代にそぐわない軍艦 (の元)を、性能の高さを利用して外洋航海に使おうと考えているのだから同じ穴のムジナか……。


「今すぐという訳じゃないんだらゆっくり探せば。……ってそれより国虎、何してるの?」


「ん? 和葉のおっぱい触ってる。いつでも触って良いおっぱいがあるならついつい触りたくなるじゃないか」


「まあ良いけど。本当、飽きないよね。これの何が良いんだか……」


 本当に和葉の言う通りだ。こういう時に焦っても良い回答は出ない。そう思うと一気に集中力が消し飛び、無意識に手を伸ばしていた。精神安定のようなものだろう。新婚だと思うと大人しくしていられないのは男の性とも言える。和葉には随分と依存しているな。


 こういう時、彼女は嫌な顔一つ見せずに俺の好きにさせてくれる。その分反応は淡白なのが残念ではあるが、長年一緒にいるとこういうものかもしれない。


 それでも一緒に寝る時には結構甘えてくるし、頼めば色々としてくれる。そういう所もまた可愛い。


「和葉」


「えっ、何?」


 不意に身体を起こし唇を奪う。抵抗もせずそれを受け入れ、蕩けたような表情になるのもまた彼女の魅力の一つだった。



▲ ▽ ▲ ▽ ▲ ▽



 そう都合良く海賊衆が落ちているとは思っていなかったが、世の中とは不思議なもので落ちている所には落ちていた。


「先日は私のために水軍の派遣をして頂き、誠に感謝しております。また、遠州細川の当主就任もおめでとうございます」


「お初にお目に掛かりやす。あっしは備前国は日比(ひび)で海賊衆をやっておりやす四宮隠岐と申します。遠州細川家の家督継承おめでとうございやす」


 今回宇喜多 直家殿と一緒にやって来た四宮隠岐殿がそれである。


 宇喜多殿はもっと早くに国長派遣のお礼を言いに来たかったようだが、ここまで遅くなったのは居城である乙子城周辺に出没する海賊掃討に手間取ったのが原因だと話す。


 国長からは、確か犬島海賊衆は宇喜多殿が配下に組み込んだと聞いた。それを戦力化……もとい再教育しながら同時進行で討伐を行っていたのだから時間が掛かるのも必然と言える。元が賊だけに言う事を聞かすには難儀したのは想像に難くない。さぞ反抗的な者も多かったろう。


 けれどもその甲斐あってか、今ではすっかり手足となって働いてくれており、海賊掃討にも大きく活躍したと嬉しそうに話してくれた。きっちりと飯を食わせて生活の面倒を見たのが良い結果に繋がったらしい。賊だけに元が食い詰めた連中も多かったのだとか。海でも陸でもその辺の事情は大差ないようだ。


 貧乏城主が一転、今では海賊の頭領とは恐れ入る。さすがの手腕だ。このままなら史実通りに備前国で更なる飛躍を遂げるのは間違いない。今後も良い関係を続けていきたい所だ。


 宇喜多殿はこの辺で良い。今回の土佐訪問はどちらかと言えば、彼の隣に座る四宮殿の紹介が主だと思われる。以前の話では乙子城周辺を荒らしていた海賊の中に四宮殿は含まれていた。それなのに今は二人が肩を並べている。随分と変わるものだ。あの時は確か「和睦しろ」と言ったと思うが、こうまでなるとはな。


 凄くどうでも良い事だが、二人が並ぶとつい四宮殿の頭髪の薄さに目が行ってしまう。


 原因は分かっている。直射日光だ。帽子無しで長年頭髪を晒しているとこうなってしまう。年配の百姓もこうなっている者が意外と多い。


 ……ウチの水軍衆には禿にならないよう、強制的にでも帽子を被らせた方が良さそうだな。


 そんな横道に逸れた思考をしている俺へ、現実に戻って来いと言わんばかりに四宮殿が挨拶もそこそこに本題を切り出してきた。


「あっしは腹の探りあいはできませんので、単刀直入に言います。今根城にしている日比から西に行くと下津井(しもつい)の港があるんですが、そこにはいけ好かない吉田 右衛門(よしだうえもん)が率いる海賊衆がおりましてですね……まあ、そいつ等とは縄張り争いを続けてるんでさぁ。それで細川様にはその海賊衆を叩きのめす手伝いをして頂けないかと思いましてですね」


 平たく言えば援軍要請である。以前に礼金を断ったのはこういう事だったのかと妙に納得してしまった。


 四宮殿は備前国児島に日比と八浜(はちはま)の二つの港を拠点として持つ海賊である。特に八浜は長年物資の集積地として栄えている港だと言う。この時代の児島はまだ本州と陸続きではなく、その名の通り島となっているからか瀬戸内海の水運の拠点となっていた。


 だが、それも今は昔。


 現在の児島は長年の堆積土砂によって北岸が航行困難となっており、八浜への寄港が激減しているらしい。結果これまで重要視されていなかった南側の航路が瀬戸内海での主流となり、日比の西に位置する下津井の港への寄港が大幅に増えたそうだ。そうなると下津井の港は急速に発展、それに釣られるようにそこを根城とする海賊も急速に勢力を拡大しているという。


 この状態で海の荒くれ者が大人しくしている筈がない。悲しいかな後はお決まりの海賊同士の縄張り争いへと発展。少しは仲良くしろよとは思うが、時代的にこんなものとしか言えない。


 片や斜陽の老舗海賊と片や新進気鋭の海賊との争い。どちらが不利なのかは聞かなくても分かる。けれども自分達の生活を守るためには四宮殿も負けられないとなる。


 これが援軍要請の理由であった。


「事情は分かりました。こちらも先日世話になりましたので国長を派遣するのはやぶさかではありません。ただ……お話を聞く限り、問題の根本はそこではないと思います。まずは収益の落ち込みを何とかするのが解決の道だと考えますがどうでしょう?」


「…………」


「言い方が良くなかったようですね。ではこちらも単刀直入に言いましょう。そんな事より銭儲けをしませんか? 良い仕事がありますよ」


「……あっしには細川様が一体何を言いたいのか分かりかねます」


 そこからは何故水軍の派遣よりも仕事の斡旋を口にしたのか順を追って説明していく。


 四宮殿の話を聞いていてずっと違和感を感じていたが、それが何かようやく分かった。


 そう、瀬戸内の海賊は港の運営を飯のタネとしているのだ。港での作業員が海賊の構成員の多くを占めているのではとさえ思った程である。


 惟宗家は海賊業もしてはいたが、本質的には武家だ。だからこそ領地を持ち、漁や港の運営で飯を食うのは当然と言える。また、犬島の海賊は海賊同士の空白地帯に乗じた不法占拠のようなものだと考えていた。


 他は分からないが、どうやら俺の知る限りこの時代の海賊は、海域の占有と港の運営がセットになっているらしい。


 この時代に来て、俺の中での海賊像は崩れっぱなしである。漁や海運、そして今度は港の運営と来たか。まるで日々のシノギを得るためにフロント企業を立ち上げる暴力団のようにも思える。元倭寇の海部家も似たようなものではあるな。


 ここで"賊"という言葉の先入観を取り払って四宮殿の話を聞くと、単純化されて見えてくる。両者の確執はある意味客の奪い合いの成れの果てだ。例えるなら古くからある商店街のラーメン屋が、新しく駅前にできたライバル店に負けたという、よくある話に聞こえる。

 

 そうした考えに立てば、ライバル店を潰せば昔のような繁盛店に返り咲くという四宮殿の主張は正しいと言えるだろうか?


 答えは当然否だ。一度そっぽを向かれたのだからその程度で客足が戻る筈が無い。確かに下津井の港は立地的に優れているかもしれないが、それだけで日比の港を袖にはしない。今のままなら仮に下津井の海賊を潰したとしても、児島から南にある塩飽(しわく)の港を利用するのが目に見えている。ラーメン日比屋の暖簾を潜ってもらうには、何らかの仕掛けが必要と言えた。


「つまり、港の整備をしてからでないと、抗争に勝利しても無意味になると考えています。その整備のためには銭が必要だという話です」


「はぁ……」


 俺の言った内容が理解できないのか、四宮殿は気のない返事をする。この時点でこれまで港の整備を一切してこなかったのが確定した。


「二つの港を直接見た訳ではないので自信はないですが、下津井の港は日比の港よりも立ち寄り易いんじゃないですか?」


「あっしには細川様が何を言っているのかちっとも分かりやせん。宇喜多様は細川様の言っている意味が分かりやすか?」


「何となくは。仮に下津井の港を奪い取ったとしても、今のままならいずれ他の港へ寄港するようになるという所でしょうか」


「さすがは宇喜多殿ですね。その通りです」


 今回の話は良くある目的と手段を取り違えているというアレだ。目的はあくまでも落ち込んだ収益をどのようにして回復するかの一点である。個人的には俺の依頼する仕事が落ち込んだ収益の補填となるなら港の整備さえも必要無いとは思っているが、ただそれだと四宮殿には受け入れられないと思われるので、港整備の資金が必要だという体にした。


 目まぐるしく表情を変える四宮殿を見ていると、ライバル店への威力業務妨害が相手の懐を涼しくする行為にはなっても、自らの懐は暖まらないと気付いていなかったのが丸分かりである。


「私としては日比を船の立ち寄り易い魅力ある港にすれば、無理に縄張り争いをしなくとも、相手が勝手に落ちぶれていくのではないかと思っています」


「まさか……」


「それで、最後のトドメを刺す時には国長を派遣しま……そこまでしなくとも大丈夫なような気もしますが。何にせよ、順番を間違わない事ですね」


「わ、分かりやした。どの道今のあっしらに銭が必要なのは間違いなさそうです。是非細川様の仕事を教えてくだせえ」


 港の整備による収益改善は理解できていない節があるが、それでも下津井の海賊との抗争に益が無いのは理解できたようだ。俺の提案に乗ってくれそうな雰囲気となる。


 こうもすんなり話が進むとは考えていなかったが、ここまで来たなら利用しない手はない。懸念となっていた鉄の地金の話を伝える。


「とんでもない仕事を言われるのは覚悟してましたが、まさかシャムとは……」


「危険は伴うし、時間の掛かる仕事だと思います。その分見入りは大きいので、是非挑戦して欲しいです」


 こちらとしては四宮殿に全てを丸投げするつもりはない。伝手を持っていない状態で海外に出向いても、何の成果も上げられないのは分かっている。


 だからこそ四宮殿には荷運びだけを担当してもらう予定だ。後は護衛を兼ねてもらうくらいだろう。現地日本人街への紹介状は算長に頼めば何とかなるし、鉱物の買い付け交渉は姫倉親子に任せておけば良い。その上で船はこちらが君沢形を用意する。


「……えっ? 船まで貸して頂けるんで?」


「どちらかと言うと、四宮殿の腕を見込んで乗組員として雇いたいと考えています。前に国長が乗っていた船を覚えていますか? あれと同じ船を任せるつもりです。これまでの船とは操船方法が違いますが、その分見合った性能はありますよ。どうです? まずは練習だけでもしてみませんか?」


「へ、へい。是非やらせてくだせぇ。あっしも海の男のはしくれ。そんな新型の船を動かせるとなれば血が騒ぐってもんでさあ」


 何だか話が横道に逸れているような気がするが、やる気になってくれているので気にしないようにしよう。


 ともあれこれで鉄の確保ができた。今後は領内での生産が追いつかなくとも供給に不安を覚える事も無くなる。しかも余った分は、そのまま転売できるというのも大きい。むしろこれが新たな外貨獲得の商品になるのではないかとさえ思っている程だ。


 それにしても、シノギで悪戦苦闘するのはこの時代も現代も変わらないという所か。海賊をするのも一苦労なのだろう。海にはもう少し浪漫があるのかと思っていたが、どうやらそれは現在お休みのようだ。

ブックマークと評価ポイント、誠にありがとうございました。


補足です。現代では岡山県の児島は本州と陸続きですが、この時代はその名の通り島であった模様です。ですが、本文にも書いてあります通り、室町や戦国期には児島の南側ルートが主流になったとの事でした。

なお、下津井の港は源平合戦で平氏の船が停泊するのに使われていた事から大規模な港湾設備が整えられていたと考えられています。

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