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国虎の楽隠居への野望・十七ヶ国版  作者: カバタ山
三章 敗北者達の叫び

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今村 慶満の訪問(地図有)

挿絵(By みてみん)


 「野根山街道(のねやまかいどう)」という道がある。高低差約一〇〇〇 メートル、距離約三六キロの街道であり、奈半利と惟宗 国長の本拠地である野根(のね) (現在の高知県東洋町野根)を結ぶ。古くは奈良時代に整備されていたと言われており、室戸を経由せずともこの街道一本で両地が陸路で繋がる。


 以前からこの街道には目を付けていたが、奈半利を北に進んだ先にある北川家の領地が蓋をしている事でずっと手が付けられないでいた。


 だが、俺達が北川家を丸々飲み込んだ事でその障害も無くなる。早速元北川村の住人を大量投入して再整備を行なった。大事な街道だけに大盤振る舞いをする。給金だけではなく食事も出る仕事からか皆が張り切り、恐ろしい勢いで整備が進んだ。


 これにより、野根及びその北にある甲浦を奈半利の経済圏に組み込む事に成功。具体的には生活物資その他が奈半利から安価に提供されるようになり、民の生活水準が上がった。なお、最南端の室戸に付いては、捕鯨基地として利用するために行なった港の整備で同じく経済圏に組み込んでいる。捕鯨の港に生まれ変わった事で室戸の民は皆、関連業種に就く事となった。


 こういうのを無血開城と言うのだろうか? いや違う。


 何が起こるか分からないこの戦国時代、例え友好的な家であろうと裏切りを警戒しないといけない。経済的により従属性を高めて依存させる、「半植民地状態」へと惟宗家の領地を転落させた。知らぬは当人達ばかり。安芸家を裏切った瞬間、物資の供給が途絶えるという爆弾が破裂する仕組みである。


 ……余計な事をしたからか、またもや食料買取の量を増やす必要に迫られてしまう。仕方ないので今度は長宗我部の領地や土佐七雄筆頭の本山家にも手を伸ばして買取を始める羽目となった。


 話が逸れた。野根山街道の再整備によって奈半利にこれまでよりも多くの人が集まるようになる。難所航路と言われる室戸岬を経由せずとも阿波方面から奈半利に来られるようになったので、当然と言えば当然の結果と言えよう。


 人が多く集まるようになるのは商売として考えるならとても良い事だ。ビジネスチャンスが増える。だがその反面、犯罪者を含めたおかしな奴等も同時に流れ込んでくるようになる。そういった事が起こらないよう、関所の役目は甲浦、野根の各港にしっかりと任せておいた……のだが、どうしても招かれざる客というのはやって来る。


「安芸 国虎様ですね。お初にお目にかかります。私は細川 国慶様の家臣の今村 慶満(いまむらよしみつ)と申します。以後宜しくお願い申し上げます」


「こちらこそ宜しくお願いします。家臣や兵達がそちらで失礼な事はしていないでしょうか? 何分私も含めて田舎者ですので、粗相がありましたらいつでも追い出してください。それと、幾らこちらが支援をしているからと言って『様』付けは止めて頂ければ嬉しいです」


「それでは以後は国虎殿と呼ばさせて頂きます。私の事も今後は気軽に義父上と呼んでくだされ。何せ此度は細川玄蕃頭家と安芸家の縁を結ぶためにこちらに参ったのですから」


「……申し訳ございません。仰っている意味が分かりません」


 その招かれざる客は何故か俺への縁談を携えていた。


 しかも、細川玄蕃頭家と安芸家の縁談だというのに目の前の彼が「義父上」であると言う。本当に意味が分からない。


「つい先走り過ぎたようですな。此度の縁談は今村家の一族の娘が国慶様の養女となり嫁ぐという形になります。そういった事情で安芸家は細川玄蕃頭家、今村家共に縁続きになるという意味ですな」


 俺の訝しげな態度にもたじろがず、爽やかな雰囲気で流れるように言葉が出てくる。切れ長の目に細面の輪郭、そして物怖じしない態度。エリートを絵に描いたような姿である。返す言葉に一際の迷いさえ見せない。交渉慣れしているのが分かる見事さ。さすがは態々京の都からここまでやって来るだけの人物と言えよう。ただのお使いとは訳が違う。


 それだけこの交渉を細川玄蕃頭家が重要視している事が分かった。


 この時代、婚姻というのは家同士が行なうものであり、基本的には本人同士の気持ちは関係無い。特に武家は政略結婚が当たり前という事からもそれは分かるだろう。


 しかし、それも時と場合による。何故なら人には好みや相性があるからだ。実はこの政略結婚というのは諸刃の剣であり、下手をすると婚姻した家同士を険悪にする事もままある。最悪の場合は戦にまで発展する危険な話だ。


 これが、互いに政治的な意味のある対等な政略結婚なら、(こじ)れても傷が浅くなるのでまだ良い。だが、中には従属の証として娘を差し出す等の上下関係のはっきりした婚姻もある。そういった場合、夫婦仲が拗れると目も当てられない。大義名分ができたと、娘を差し出した家を嬉々としてこの世から抹殺可能である。時には謀略として、最初からそれを狙って娘を差し出させる家もあるくらいだ。


 俺が昔馬路家の一族の娘との婚姻を断る事ができたのも、その辺の事情が根底にある。本人の望んでいない婚姻を無理に進めた結果、支援を打ち切られては意味がないからだ。特に俺は前世での美的な価値観がまだ残っているので、不仲になる自信がある。まだお見合い写真で好みの女の子を選んだ上で何度かデートを重ねての結婚なら何とかなると思うが、当然ながら写真はないので事前にどんな女性と結婚するかは分からない。ぶっつけ本番の結婚がこの時代の常識である。地雷を踏む未来しか予想できない。


 政略結婚というのはそれだけ難しい案件と言って良い。事実、歴史上では数多くの不幸な結末を迎えた婚姻が存在する。


 なら、ここで言う「養女との婚姻」とはどういう意味か? 本来的には政略結婚として使う娘がいない場合の苦肉の策だろう。とは言え、結婚をすればそれで終わりではなく、夫婦にはその後の生活がある。それがもしハズレの娘だった場合はどうなるか? 養女として迎え入れた先の家が相手の家と拗れるのは当然だが、元々の娘が生まれた家とそれを迎え入れた家の仲も拗れる。面目が丸潰れになるからだ。これでは何のために養女としたのかという話となる。


 そのため、養女の選抜は多くの場合厳正を極める。政略結婚を行なう両家にとって失礼にならぬよう、可能な限り良い娘を見繕う。これならまず間違いの無い結婚が行なわれるという寸法だ。


 結果、迎え入れる男の側からすればハズレを引く可能性が極端に下がるという、基本的には願ったり叶ったりのシステムと言える。


 今回の場合で言えば、ほぼ間違いなく俺からの援助をもっと引き出したいという意図を込めた婚姻である。だから先に俺の所に挨拶に来た。慣習通りに行なうなら安芸の実家に行って家同士で勝手に話を進めても良いが、俺がへそを曲げて支援を打ち切る事がないようにという配慮と言えよう。いや……その配慮はとても嬉しいのだが……。


「申し出はとても嬉しいのですが、無理に両家の縁は繋がなくとも支援は続けますので安心して下さい。それにまだ私は元服していないので婚姻には早いと思います」


 諸々の事情を鑑みても、馬路家と同じく婚姻は断るの一択となる。勿論言葉に嘘はない。天文一一年 (一五四二年)の現在、俺はまだ数えで一四歳だ。前世なら中学生の年齢である。そういうのは二〇歳を越えてからで良い。この時代は成人も結婚も前世より早いのは知っているが、どうにも前世の価値観が邪魔をしていた。


 それに俺は所詮は地方豪族の次期当主であり、名門出とは違う。そう身分に拘る必要もない筈だ。だから、結婚する相手は和葉が良いと思っている。自惚れかもしれないが、和葉も断らないだろう。田舎者の庶民同士で丁度つりあいも取れているというのもある。それに、都の女性とか……正直面倒臭い。


「支援を続けて頂きたいのはその通りですが、此度の婚姻の申し出はそれだけが理由ではありませんからな。北川 玄蕃殿や安芸家の兵達から国虎殿の話は聞きましたぞ。かなりの俊英だとか。それに商才もおありだと。その話は我が今村家に通ずるものを感じましたし、国慶様も国虎殿のような前途ある若者と是非縁続きになりたいとのお考えです」


 ……ここで身分を持ち出して高圧的にならない所が恐ろしい。申し出を断ったというのに全く意に介さずグイグイ攻め込んでくる。しかも懐事情が寂しい事を隠しもしないし、自尊心を満たすような言葉を平気で混ぜてくる。……何だこの優秀さは。このまま話を続ければ、「うん」としか言えない状況に追い込まれそうだ。何とかして目線を変えなくては……。


 ん? そう言えば今、面白い事を言ったような……?


「先程、『我が今村家に通ずるもの』と仰いましたか? それはどういった意味でしょうか?」


「もしかして、国虎殿は今村家の家業に興味がおありですか? 実は……」


 予想もできない話がここで飛び出る。今村家は京の小さな豪族であるが、何と安芸家と同じく商売で身を立てている家であった。武士と商人との両方の顔を持つ家だと言う。


 しかもだ。家業は塩及び塩を使用した加工品の流通である。現代的には塩関連製品の問屋業と言っても良いだろう。個人客に販売するのではなく、お店等に商品を卸す役割。偶然とは言え、こうした人物と出会えるとは思わなかった。


 これを利用しない手はない。


「『奈半利の塩』という言葉を聞かれた事がありますか? 以前に堺の塩市場から締め出しを食らったここの塩なのですが……今村殿が興味をお持ちでしたら、金額は勉強して融通しましょうか?」


 その言葉を俺が出した途端、これまで余裕の態度だった今村 慶満が真剣な表情で前のめりとなる。


「誠ですか!? 私が今日ここに参ったもう一つの目的が『奈半利の塩』です。今では製造をしていないと聞いておりましたので、是非国虎殿に業者を紹介して頂いて、製造の説得を行なおうと思っていた所ですよ!」


「製造も何も……今でも作ってますし、畿内への流通は加工品にしているだけですよ。製造しているのは安芸家ですからね」


 そこからの彼は興奮しっぱなしであった。「商品を見たい」と言うので倉庫に連れて行けば、子供のように大喜びする。俺は京の塩事情を知らないために随分と温度差があったが、ずっと商品確保に苦労していたのだという事は分かった。


 実際に話を聞くと長い戦乱により、京では何もかもの物価が上がっているという話だ。都近くの関所も値上がりには一役買っている筈だ。特に、塩の値上がりは大きな痛手となっており、民を苦しめていると言う。だからこそ何とかしたいという思いで、奈半利までやって来たそうだ。


 ……大袈裟な。


 また、魚醤や燻製肉といった加工品にも喜んでくれた。干物を軽く七輪で炙り魚醤を付けて食べてもらったら、瞬く間に平らげる。気持ちの良い食べっぷりだったので「お土産にお渡しします」と言うと、今度は泣きそうになる。


 婚姻の件は、これで何とか誤魔化せたと思いたい。彼の喜びようを見ると、今回の奈半利訪問はこっちが本命ではないかと思ってしまったほどだ。


 そうしたはしゃぐ姿の中でもポロリと零す「後は兵の数か……」という言葉。塩の件でも利益を細川玄蕃頭家に回す事をずっと考えていたのだろう。これだけでも彼が真面目な忠臣であると分かる。


 本音で言えば、安芸家には更なる兵を派遣して欲しいのだろう。だが、俺もこれ以上は勘弁して欲しいし、領地内での治安を考えると現実的に無理がある。そういった事情を分かった上でつい出てしまったのだと思う。その気持ちは分からないでもない。


 だが、兵の確保というのはどこかの領地から出してもらうだけではない。きっと真面目だからこそその点に気が付かないのだろう。今は戦国の世であり、畿内ではまだまだ戦乱が続いている。不真面目な俺だからこそ気付く一つの手。言うと怒るかもしれないが、何となく提案してみた。


「今村殿、兵でお困りなら良い方法がありますよ。木沢(きざわ)家を保護しませんか?」


「なっ、木沢家は少し前まで細川 晴元の家臣だった家ですぞ。それを保護するとは国虎殿は何を考えているのですか?」


「良く言うでしょう。『敵の敵は味方』というアレですよ」

数多くのブックマークと評価ポイント、誠にありがとうございました。


今村 慶満 ─ 細川 国慶の家臣。元は京で塩や塩関連製品の流通を取り仕切っている業者。半武士。当時の京では相当な実力を持つ家だったと言われている。三好 長慶の京支配は今村 慶満他の細川 国慶の元家臣がいなければ無理だった。公家の山科家と超仲が悪い。

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