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国虎の楽隠居への野望・十七ヶ国版  作者: カバタ山
三章 敗北者達の叫び

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忍者と狙撃と時々薬売り

 あれから約二年が過ぎた。


 多くの悪い報せに日々頭を抱えながらも今も奈半利での生活は続いている。個人的に七難八苦は山中 幸盛(やまなかゆきもり)に全て受け持って貰いたいと思っているが、現実にはそうはならないという悲しさ。


 しかも、どういう訳かこういった時ほどヘビーな内容ばかりが続く。これで終わりだと思っていたら、もう一段落とされる通称二番底。いや、俺の場合は三番底と言った方が良い。


 まず、何となくそうなるのではないかと思っていたが、護衛任務として送り出した北川 玄蕃と常備兵の面々が京の都にそのまま残る形となった。炊き出しの追加支援に違和感を覚えていたというのもあるが……そう驚く報せではない。個人的に玄蕃が京に残るのは、今後を考えると悪い手ではないと思っている。問題は玄蕃の我儘に兵達を巻き添えにして欲しくなかった事だ。「都だから」と皆が皆、そこで生活を続けたい訳ではない。中には土佐に戻りたい者もいる筈。そういった気持ちを汲んで欲しかったという思いがあった。


 だが……その心配は杞憂であるらしい。役目を負え、奈半利に戻った横山 紀伊が教えてくれた。曰く一〇〇人の兵達は安芸家の武勇を日ノ本に轟かせると息巻いているそうだ。俺はそんな事は一言も頼んでいないのに、勝手に盛り上がって打倒細川 晴元を誓っている……と。


 ……頭が痛い。


 その話を聞いた瞬間、「マインドコントロール」という言葉がよぎる。勝手に決め付けるのはどうかと思うが、玄蕃始め兵達はほぼ間違いなく細川 国慶の話術に転がされたのだろう。


 細川 益氏様から少し話を聞いたが、彼は享禄四年 (一五三一年)の大物崩れの戦いからずっと最高権力者に近い管領の細川 晴元と戦っている。それも自身は地盤となる領地を持っていないにも関わらず、である。


 もうこの時点で確定だ。彼が行なっている事はゲリラ活動である。領地を持ち、兵を養い、戦で白黒をつけるというやり方とは違う方法である事が分かる。パトロンから援助を受け、仲間を必死で繋ぎ止め、ミラクルでも起きない限りは負け確定の無謀な戦いを繰り返す。並の能力なら集団を纏め上げる事さえまず無理な話と言えよう。相当なキレ者なのは確定であった。


「拙僧が見る限りとても清々しい人物でしたぞ。偉ぶった所も無く、名門らしくない腰の低さでしたな。兵達と共に同じ鍋の粥を平気で食べておりました」


 紀伊はこう評価するが、俺はその言葉で身震いした。覚悟のある人間はやる事が違う。「明日から本気を出す」と言って布団に潜るニートと比べるのが失礼なほどだ。この逸話だけで玄蕃程度の田舎者なら篭絡されるのが簡単に想像できた。


 話は少し横道に逸れるようだが、この時代は洋の東西を問わず人々の感情表現が豊かですぐ感激する。逆を言えば、怒らせた場合は刀傷沙汰に発展し易いが、まあそれは良い。実体験として俺も馬路村での出来事は覚えている。


 とどのつまり……落ちぶれたとは言え名門の御曹司が、兵達と同じ目線で寝食を共にする。身分の違いを意に介さず気安く話し掛ける。「腹を空かしたろう」と陣頭に立って炊き出しを行なう。民達と共に笑い、共に泣く。


 ──漫画の主人公のような人物だ。この時代の感性ならまず抗えないだろう。相手が一枚も二枚も上手(うわて)としか言いようがない。


 ……厄介な人物と縁を結んだ可能性が高い。ここが畿内から離れた土佐で良かったと思う。このまま付かず離れずの距離感を守れば何とかなると思いたい。


「後、それでですな……細川 国慶殿には余裕が無いので、安芸家の兵達の食料その他は定期的に送って欲しいと言っておりました」


「そうなるだろうな。まあ、それ位なら構わないぞ」


「ありがとうございます。書状は拙僧が書いておきましょう。此度は拙僧がいながら玄蕃殿を連れ帰れず申し訳ございません」


「紀伊が気にする事ではないから安心しろ。俺もこうなるとは思ってなかったからな。次からは輸送全ては雑賀衆に任せれば大丈夫だろう」


「そうですな」


 出費は痛いが、京での橋頭堡を確保したと考えれば安いと考えるようにした。所属上は皆俺の家臣達であり、兵達であるので仕方がない。


 もしかしたら、細川 益氏様はこうなる事をある程度見通した上で援助を渋っていたのではないかという考えが首をもたげてくるが、今更考えた所で後の祭りである。


 玄蕃の件は残念ではあるが、紀伊はきちんと役目を終えて奈半利まで戻ってきてくれた。甲賀、出雲では共に歓迎されたと言う。こちらの方で成果が上がったので良しとしよう。


 それに、この件は後に起こった出来事に比べれば些細な問題であるから、今はこう思えるのかもしれない。


 この二年で起こった特大級に悪い報せ──それは、お爺様と兄上が立て続けに亡くなった事である。


 二人共以前からその兆候があったが、結局回復には至らなかった。寝たきりの生活が続き、日々弱っていく。俺は稼いだ金でせっせと漢方薬を送るのが精一杯だった。


 お爺様に至ってはこの数年間はほぼ気合で生きていた。俺の奈半利での話を生き甲斐にしていると何度も話してくれた。他愛無い話でも目を細めて何度も頷く。自身の判断が間違っていなかったと俺が実家に帰った時はいつも喜んでくれていた。最後の最後まで「この目で奈半利を見れないのが残念だ」と無念を口にしていたが、死に顔はとても安らかだったのが印象的である。俺は少しでもお爺様の期待に応えられたであろうか? それが心残りである。


 兄上は完全に俺の応援者となっていた。何度も何度も「後の事は国虎に任せるから、好きなようにして欲しい」と言ってくれた。嫉妬の欠片もない。俺のしている事がただ嬉しくてしょうがないという印象だった。実家に戻った際、細川 益氏様から頂いた写本を持っていくと、痩せ細った体にも関わらず俺の手を握り、ただ頷く。見ているこちらが辛くなるほど弱りきっていても、俺への逆恨みは一切見せなかった。兄上の健気な姿に俺はひたすら涙した。


 いずれやって来るとは知っていたが、いざ直面すると深い悲しみがある。できればこの報せだけは聞きたくなかった。


 性質が悪いのが、二人からは今後は俺に全てが託されている事だ。父上も母上も亡くなった二人の意思を尊重して、すぐ実家に戻って来いと言わない。逆に後三年、奈半利一帯の発展に一層尽力してくれと言う。死んでも尚、二人は俺を応援してくれていた。


 しかもだ。三年後には元服をし、安芸城に戻って後継者としての教育を始める予定となっている。父上は俺が仕事を覚えたら隠居して当主を譲るとさえ言ってくれた。恐ろしいまでの過大評価である。家族の全面バックアップがあるのはとても嬉しいが、悲しんでばかりもいられないという変な状況へと追い込まれていた。


 俺は何かを間違ったのであろうか? 母上の俺を見る目が、以前より優しくなっていたのが何だか嬉しくもあり恐かった。


 この時代に転生した時から人の命の軽さは分かっているつもりであったが、身近な人の死にだけは直面したくはなかった。悪い報せというのは本当に続く。



▲ ▽ ▲ ▽ ▲ ▽



 こうも悪い報せばかりだと気が滅入るが、中には嬉しい話もあった。


 紀伊を京に送り出してから半年を過ぎた頃の話になるが、俺の書状を携えて甲賀の忍びがやって来たのだ。名を杉谷 与藤次(すぎたによとじ)と言う。彼の子供か一族に有名な杉谷 善住坊がいるのだろうか? まあ良い。もし杉谷家の中に鉄砲への適正がある人物がいたなら、いずれは鉄砲隊を組織して率いてもらおう。


 杉谷 与藤次は一見した印象は人の良い村人であり、どこにでもいるような平凡さである。特徴はこれといって無い。すぐに自身を大きく見せようとする実家の安芸家の家臣とは大違いであった。だが良く見ると姿勢が違う。ただそこに座っているだけなのに、何かが起こればすぐに動けそうな雰囲気があった。これまでに結構な修羅場をくぐってきたのだろう。


 ……うん。当たりだな。


「こんな遠い所まで来てもらって感謝している。ここに来てくれたという事は、家臣になってくれると思っても良いか? 土地は余っていないので渡せないが、俸禄は弾むつもりだ。後、早速で悪いが北川村の城代 (城主代行)を任せるつもりだから視察をしてきてくれ」


「…………」


「ああ、そうだな。いきなり城代と言われても困るか。必要な物はこちらで準備するから、いつでも申請してくれ。一羽、与藤次の案内を頼むぞ」


 そうと決まれば一気に畳み掛ける。いつも通りに隣に控えている一羽に指示を出すと、まるで事前に打ち合わせでもしていたかのようにテキパキと動き必要書類を準備してくれた。こういう時の呼吸の合わせ方は何とも頼もしい。


「あ、あのぅ……安芸様?」


「何だ?」


「某には今何が起こっているか理解できませぬ」


「う……ん? 難しい事を言ったか? 与藤次を重臣待遇で召抱えるから、『早速仕事に取り掛かってくれ』と言っているだけだぞ」


「国虎様。きっと杉谷殿はお疲れなのですよ。明日からにした方が良いのでは?」


「それもそうだな。与藤次が来てくれて気持ちが逸っていたようだ。悪いな。今日はゆっくり休んで明日また来てくれ」


「あっ、いえ……そういう訳では」


 俺が安芸家の当主になっていたなら話は別であるが、現状は次期当主でしかないのだから直属の家臣は少なく未整備の状態である。今なら誰もが重臣だ。けれども、そんなカラクリはここでは言わない。耳障りの良い箇所だけを相手に話す。


 北川村の城代も似た理由である。奈半利での人手不足を補うためにごっそり引き抜いたらあの辺りは人のいない場所となった。そのため、元玄蕃の城は現在管理者のいない城となっている。流れてきた山賊達がアジトにしないよう巡回をさせてはいるが、良い機会だから城主代行をさせ管理者にする事にした。


 これで浄貞寺の出張所を作り、経歴ロンダリング兼読み書きそろばんの教育を行なう事ができる。寺の名を借りた忍者村構想と言っても良い。


 しかも教育を終えた時は、名目上還俗した形となる。士分として堂々と召抱えても何も言われない。……最早詐欺だな。


「もしかして、一時雇いと勘違いしているのではないのか? こちらは家臣として雇い入れるつもりだ。繰り返しになるが、俸禄は弾むから安心してくれ」


「まさか……本当でございますか?」


「やはりそうか。その代わりにこちらに移り住んでもらう必要があるがな。希望する者は全員受け入れるぞ。老若男女全てだ。一族で来てもらって構わないからな。子供でも老人でもここではする事は山ほどある……と、そうか、忘れてたな。支度金を用意する必要があるな。移住には何かと物入りだろう。後で準備しておく。それで……どうする?」


「…………今後とも宜しくお願い申し上げます」


 ほぼ札束で引っ叩いたような勧誘である。俺の言葉を咀嚼し、何度も今の生活と天秤に掛けたのだろう。目が宙を漂う妙な間があったが、覚悟を決めたのか、最後には平伏してくれた。


 幾ら言葉を尽くしたとしてもこの時代だ。約束を反故にして掌を返す人物はこれまでに見てきたと思う。ましてや今の俺は大大名ではなく、単なる地方領主でしかない。そんな人間の言葉には信頼度が足りない。本来であれば一時雇いの仕事を何回かこなしてもらい、少しずつ互いの信頼関係を築きながら、となる案件だろう。


 ……きっと、最終的にはシノさんの紹介状が決め手だったのではないか? そんな気がする。そう思うと人の縁というのはとても奇妙なものだ。何がどう繋がっているか分からない。


 それはさて置き、ついに念願の甲賀忍者を味方に引き入れた。世間では「乱破」や「素破」と言われているが、諜報活動だけしかさせないのは勿体無い。俺の中で甲賀と言えば薬売りのイメージが強い。もし薬草の知識を持っているなら、土佐の地でそれを存分に生かしてもらいたいと思っている。


 惜しむらくは……この出会いがもっと早ければと思った事だ。お爺様や兄上が弱りきる前に出会いたかった。人の世というのは本当にままならない。

数多くのブックマークと評価ポイント、誠にありがとうございました。


山中 幸盛 ─ 鹿介の名前で有名。尼子三傑の1人。超強い。毛利家に滅ぼされた尼子家の再興のために戦う。「願わくば、我に七難八苦を与えたまえ」と三日月に祈った逸話が残っている。


横山紀伊守 ─ 長正寺の住職。安芸国虎の意向を受けて還俗した。1569年、長宗我部元親に内応する。裏切りの筆頭。息子の横山民部は安芸城の井戸に毒を投げ込む活躍。


杉谷 与藤次 ─ 甲賀五十三家杉谷家の当主。子供が杉谷 善住坊と言われている。甲賀五十三家筆頭望月家の近くに領地を持つが小さい。

杉谷 善住坊 ─ 甲賀忍者。織田信長を狙撃した事で有名。但し失敗。かすり傷しか負わせられなかった。その後は捕まって鋸引きの刑へ。

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