第十六話 最凶の蜥蜴
「……で、どうするか」
「それに頭を悩ませるのは、王たる余の役割ではない。姑息な貴様が考えるが良い」
「…………うん、まぁ、期待はしてなかったけどさ」
"囚われた仲間を救い出す" と、そう志を示した【金王】と共に、遠くに居る4匹のリザードマン共を見る。
ロラロニーが言った "ケツァルコアトルス" とかいう生物を撫でる青鱗。
金王のハーレム女をいたぶる黄色鱗と緑鱗。
そして腕組みの姿勢でそれを見る、黒鱗。
策を組み立てるにしても、あいつらが『どんな奴らなのか』を理解しないと……どうにもならないって物だけど……。
残念ながら、現状で得られる情報は……ほんの少しだけだ。
あの怪鳥(?)を撫でる青鱗が、ソレの飼い主。つまりは、調教師であると言う事。
下卑た笑いでハーレム女をいたぶる黄色鱗は……ローブを羽織っている所から、魔法系のリザードマンである可能性が高い事。
そして、 "人質を用意した" って所から……魔法師の魔法を止められるヤツは、いないという事。
そのくらいしかわからない。
難しいな。身軽すぎてさ。
黄色以外のどいつもこいつも、武器も防具も付けていない。
金王の滅茶苦茶な魔法でぶっ飛ばしたリザードマン共は、その点とてもわかりやすかった。これ見よがしに弓や杖を持って、馬鹿正直にそれらを使ってくれてたし。
だから『役割』がはっきりわかったし、それゆえ対応も簡単だった。
きっとコイツらは、それを警戒しているのかもしれない。
自分たちにある数の不利。そこに『役割』もバレバレとなると、どうしたってこっちに対応を許してしまう。
それを防ぐための、能力の秘匿。 "何をするのかわからない" と言う強みを保持するんだ。
……そこから感じるのは、場慣れ感。
俺たちのような存在と戦う時の、定石という物が垣間見える。
今思えば、金王に蹴散らされたさっきのヤツらは…………リザードマン界の初心者とか、そんな感じだったのかもしれないな。
「わかんないな。わかんないから、対策も練れないぞ」
「ふん、策を弄せぬならず者とは、現実世界の現金に等しいな」
「……どういう意味だよ、金ピカ」
「電子決済が主流の昨今において、『まるで使えぬ』と言う意味だ。そんな貴様にこの金王が、道を示してやろうではないか。その下賤な耳穴を広げ、謹んで拝聴せよ」
「…………御託はいいから、早く言え」
そんな俺の言葉を受けて、にやりと口角を上げた金王は。
ストレージからポーションを取り出し、地面に落とす動作を何度も何度も繰り返し…………小瓶の山を作り出す。
…………おいおい、まさか。
コイツ、マジかよ。正気かよ。
「今しがた、『治癒のポーション』を100ほど購入した」
「…………えぇ……」
「使え。いくらでも。どれほどの負傷をしようとも、死なずにあれば、いくらでも治る。やつばらの力をその身で知って、存分に味わい、そして打ちのめされて来い。今この場において『治癒のポーション』は、ただの水よりありふれた、無限に湧き出る物である」
「……マジか、お前…………」
「思う存分、探って来い。今から貴様がする行いは、『ダメージ・アンド・アウェイ』であるぞ。その身を白刃の下へと自ら晒して、リザードマン共の力を試して来い。やつばらめがひた隠すその能力も、無限の体力の前ではあけすけにならざるを得まいて」
何て戦略だよ。馬鹿かコイツ。
正々堂々とはまるで逆、金で直接ぶん殴るような……超・ゴリ押しの課金アタック。
癒やしの液体をがぶ飲みするというバリアを張って、敵に突っ込むと言う成金戦法。
どれだけダメージを受けようと、死なない限りは治せるアイテム。
癒やしの魔法のようなクールタイムや魔力消費もありはしなくて、単純に "高い" というデメリットだけを持つ課金アイテム――――『治癒のポーション』。
…………一つ、5万円だぞ。牛丼だったら、100杯くらい食べられるんだぞ。
小旅行にだって行けるし、最新の通信端末も買えるし、思念操作の網膜ディスプレイだって片目なら入れられるんだぞ。ホバーボードも買えるしさ。
それを使え、と? 文字通り『湯水の如く使いまくれ』と?
ペイ・トゥ・ウィンとはこの事か。
すげえやりたくないんだけど。
「余が名は【金王】アレクサンドロス。余が持つ力――――魔と金に飽かせて切り拓き、その覇道を進む大王である」
「…………俺は庶民なんだよ」
「ゆけ、サクリファクト。わからぬ事があるのなら、金の力で探り出せ。余が持つ金貨の輝きで、貴様が歩く宵闇を、まばゆく照らしてやろうではないか。明かりが無くて足元が見えぬ? ――――なら、金を燃やせば良いだけの事だ! ぬははは!!」
俺は知っているぜ。大正時代の風刺画だ。
暗くて困る女の隣で、紙幣を燃やして『どうだ、明るくなったろう』ってセリフを言うやつ。
そんな成金を揶揄する有名な絵そのままをするコイツは……とても、とても楽しそうだ。趣味悪いぜ。
◇◇◇
「――――そういう訳で、リュウ。行こう」
「……何だか俺っちは、釈然としない物があるぜ」
「大丈夫だよ。俺もだから」
「ふふふ、良いではないですか。またとないこの機会。存分に傷つき、浴びるようにポーションを飲みましょう」
「……意外だな。キキョウがそんなセリフを言うのは」
「ふふふ、そうですか?」
「てっきり『なんとデタラメな浪費ですか。私の美学に反します』なんて言うのかと思ったよ」
「そのような気持ちも、なくは無いですが……散々に突っ込み、治癒のポーションを開けたいだけ開けるというのは、中々出来ぬ貴重な体験かと思いまして」
「まぁ、そうだろうけどさ」
「それに…………ふふふ」
「何だよ? ニヤニヤして」
「実は私、こう見えて―――― "タダ飯、タダ酒、誰かの奢り" と言う言葉には、目が無いんですよ。ふふふ」
…………こう見えて、って何だよ。
そこは全然意外じゃないし、普通にイメージのまんまだよ。
金にあくどい越後屋なんだし。
……金に汚い『越後屋』と、汚く金を使う『成金』か。
似ているようでまるで違うな。この二人。
◇◇◇
「ウオオオッ! やいやい、外道トカゲ共ぉ!! その女を離しやがれぇっ!!」
「…………『一切れのケーキ』」
とりあえずの、ポーションを3つ。
リュウはサラシにねじ込んで、俺はベルトに結わえて突っ込む。
互いに身を晒しての、様子見だ。
「援護射撃するよっ! とりあえず、ローブを着てる黄色狙いっ!!」
「私は魔法を編みましょう」
「私と火星人くんは、こっちの守りを優先するね」
それぞれが今出来る事をして、弓への対応、スペルへの反応と、近接戦への適応力を計る。
待ち構える姿が堂に入った "リザードマン共" は、一体どのような手を打つのか……見せてみろ。
「ジャツァ? ジャアア」
「ギジャア……クルロロロ」
「シャー……シュルル……」
――――訳のわからん言葉で会話し頷きあって、まずの初めに動くのは……青鱗。
ケツァルコアトルスに跨がりながら、パシ、パシと光を放って空へ飛ぶ。
…………あれは、鎧か? 一瞬で防具を装着したのか。スペルか、それともそういうスキルみたいな物なのかな。
ノータイムでの着替えの動作。群青色の鎧と、大きな十字槍を片手に持って、怪鳥の背に乗り空へと駆け上がる。
「……クルロロロ。『ジィルシュルルァ』」
「……『ジィルギャア』ッ!」
次いで動きを見せたのは、黒い鱗と緑の鱗。
何かのキーワードのような物をはっきり叫ぶような真似をして、青鱗のように一瞬で装備を整えながら――――それぞれの鱗の色と同じな、緑のオーラと黒のオーラを纏った。
…………オーラ、オーラか。
……違うよな? クリムゾンさんとかマグリョウさんの物とは、別だよな?
ああ、背筋にぶるりと震えが来た。悪寒とか、そんな感じだ。
頼むから、【正義】とか【死灰】と同じであってくれるなよ。
「……リュウっ! とりあえず、俺が黒をやるっ!」
「応ともよ! そんなら俺っちは、緑だなァッ!!」
リュウが駆け寄る緑鱗は、防具を身に着けても軽装のままだ。
上半身は殆ど裸。下半身を覆うゆったりとしたズボンに、腕に取り付けた銀色の手甲。
そしてそのまま取った構えは――――何だろう。格闘技、だろうか。
「モンクとか、そういうのかな――――……うおっ!?」
「……クルロロロ」
そうして視線を遠くにやっていた俺の足元に、大きな違和感。浮遊感がした。
これは……泥? いや、それよりもっと抵抗がない。下を見れば、真っ暗だ。
黒。夜空より俺の瞳より真っ黒い、漆黒。
手に持った大剣を地面に突き刺した黒鱗のリザードマンが笑い、その剣先から闇のようなオーラが地面に漏れ出している。
…………おかしい。『職業』の範疇を、越え過ぎている気がする。
"闇を操る" なんてのは、Re:behindの職業に存在しないし、それに何より……この感じ。
『黒い鱗で、黒い鎧の……黒い大剣を持った赤目のトカゲが、地面を闇で覆い尽くす』とかさ。
そのテーマ性。キャラクター性。
それらを踏まえれば――――ああ、凄くアレっぽいよな。
「……お前、それ…………『二つ名スキル』とか、言わないだろうな」
「クルロロロ……『ジィルシュルルァ』」
「――――ッ!?」
危うい。呑まれる。足の先っぽ……くるぶし辺りが地面に沈みこみ、骨ばった何かに掴まれる感じがしたぞ。
何だか知らんが、これはヤバい。
行ったら戻ってこれないような、深くて怖い黒い闇だ。
そしてきっと、間違いない。
あの黒いモヤの気配は、【正義】さんのアレや、マグリョウさんのソレと同じ物だ。
――――こいつ、俺たちで言う所の…………『二つ名持ち』だろ。
◇◇◇
「ウオオオッ!」
「ジャアアアッ!!」
地面にインクを零したように、どろりと広がる黒い闇。
それから逃げ回りながらなんとか近づき、接近戦を挑もうとする俺の耳に、リュウと緑鱗が激しく吠え合う声が聞こえる。
「オラァッ!」
「ジャ! ジャアアッ!!」
リュウの大太刀。それはその大きさと重さを感じさせないほどに、軽やかに振るわれる。
それしか出来ない男だから、それだけはとびきりに得意としているし、実際にその鋭さはあのマグリョウさんすらも認めていた。
「……クッ! てめぇ、なんか……早くなってねぇかぁ!?」
「ジャアッ! ジャアアアッ!!」
「ちょ……っ!!」
リュウの刀と緑鱗の手甲がぶつかり合い、青白い火花を散らす。
拮抗。確かなトップである【死灰】も認める剣戟で、リザードマンと競り合う。
…………競り合っていた。最初だけは。
互いの獲物を5合、10合と打ち合わせる内に…………リュウの足が徐々に徐々に押され始める。
緑鱗の緑のオーラが段々と膨らみ、それに合わせて拳の速度も上がっている。
…………それも黒いのと同じく、『二つ名スキル』のように思えるぜ。
「――――ハァッ!」
「…………クルルル」
そんな中でようやく黒鱗に肉薄せしめた俺は、自分なりの全力で剣を突き出す。
体重を乗せた渾身の一撃――――だったけど、あっさり大剣で弾かれた。
力量、能力、その差は歴然。それを思い知らせるような、どこまでも片手間で振り払われている感じ。
そしてここまで近くに来た所で、ようやく見て知る……その鎧の姿。
黒くてぬらぬら光るソレは、ドクンドクンと脈動し、ところどころに赤い筋を通わせて。
…………レベルだけじゃなく、装備の質も段違いって所か。
どう見ても呪いの装備って感じだけど、とても強そうだし凄く高そうだ。
「その鎧…………趣味悪いな、お前」
「…………クルロロロ」
「悪魔の内臓って言われても納得す――――――ッ!?」
言葉は通じないとわかっていながら、何となく声をかけてしまった――――その刹那。
風を切る音が耳に聞こえたと思ったのも束の間、俺の眼前にとてつもない質量を持った何かが飛来して、体が思い切り吹き飛ばされた。
「うわぁっ!」
「シィィー……シュルル……」
――――青鱗。空には怪鳥が、その大きな翼を広げて。
お前がその上から落ちてきたのか。手に持つ十字槍を、地面に向けて。
青いオーラを、その身に纏って。
大地から垂直に伸びる槍、その刃の横に飛び出た部分に片足で乗り、顔を覆うヘルムの中からこちらをじっと見る青鱗のリザードマン。
…………竜ライダーならぬ、怪鳥ライダーか。
竜を模したような形のヘルムも、コイツのキャラを立てている。
ああ、そうだ。キャラクターが立っている。
それはこのRe:behindにおいて、すなわち力そのものだ。
だからやっぱり、こいつらは…………今までとは違う、最凶のリザードマンであると、そう思わされる。
今までのリザードマンたちとは違う、明らかな個性。
胸に秘めた強烈な方針が目に見えるような、強力な特徴。
『闇を操る黒い騎士』
『竜に乗って飛来する槍使い』
『殴れば殴るほど加速する格闘家』
ああ、いかにもゲーム的。
なりたい自分になれるこのRe:behindだし、そんなベタベタなゲームキャラクターのような存在も、この世界のどこかには居るだろうな……と思ってはいたけれど。
まさかそんなロールプレイを、プレイヤーではなく、トカゲ人間がしているとは。
俺はてっきり、海外勢がそれをするのかと思ってたぜ。
ファンタジー職業のなりきりプレイとか、外国人は好きそうだしさ。
米国人とか、独国人とか、その辺が。




