第十九話 ボクのだよ
□■□ Re:behind 首都 『よろず屋 カニャニャック・クリニック』 □■□
「……へぇ、そんな事があったのかい」
「ええ、大変だったんすよ」
「サクリファクトの閃きには、この【死灰】も思わず唸らされたと言った所だぜ」
激闘の対人戦をくぐり抜けた俺とマグリョウさんは、今はカニャニャックさんの店に戻って体を休めていた。
そうして事の顛末をカニャニャックさんと――ついでにさりげなく居たスピカに聞かせるため、アレコレ語るのだ。
「そんな短い言葉で、マグリョウもよく気づけたね? サクリファクトくんの策略に」
「……まぁ正直、わからなかったけどな。何言ってんだ? って思ったし」
「……えぇ、マジすか」
あの戦いの中、マグリョウさんを信じて言った俺の言葉は……実は彼にはきちんと伝わっていなかったらしい。びっくりだ。
マグリョウさんがあの後取った行動――――灰のオーラを纏う "死灰の偽物" を囮とし、ジサツシマスに明らかな隙を作り出したタイミングでマグリョウさんがここ一番の打撃を加える、という完璧な作戦通りの動きだったのに。
それをよくわかっていなかったと言うマグリョウさんには、驚くしかない。
「意味はわからなかったが、あの局面でサクリファクトが無意味な事を言う筈がねぇと、そう思った。そう信じた。状況を打破する何かが起きるって信頼を前提にして、その上で最善を取っただけだ。お前が俺を、信じたように」
「……なるほど」
「何しろ他の誰でもない、友人だからな。クールなお前が何かを弄する時、そこには必ず抜群な結果が待っているって事を、友達の俺は知っているんだぜ。ははっ」
「まったくお熱いことだね」
「……愚劣」
「うるせえぞ天球、黙ってろ」
そんなマグリョウさんの信頼はありがたいけど、割と危険な綱渡りだったのか。
運と偶然と信じる気持ちに託すばかりの、文字通り生きるか死ぬかの大博打。
不運な道化師相手でなければ、中々取りたくない選択肢だったな。
「……その後も大変だったんだぜ。あの『くやしい』ってアイテム効果で、サクリファクトが大暴れだ」
「ああ、その時取った行動がワタシは気になっていたんだよ。一体どのような動きを見せたんだい?」
「跳ぶ、這う、駆ける。とにかく滅茶苦茶に動き回って……地面を掘ろうとしたり店の壁を剥がそうとしたり、随分な暴れようだったぞ」
俺が使ったアイテム……カニャニャックさんの『くやしい……っ』ってアイテムは、効果時間が5時間あった。
そのランダムなオート操作が頭の中には効果が無いって事もあって、意識と口は自由が効いた。そしてそれが、逆に辛かった。
主に恥ずかしさ的な部分でさ。
「そうして終いには、服を脱ぎ始めるまでになったからな。いよいよ縛り付けて動きを封じようとしたんだが、太い荒縄も平気で引きちぎりやがってさ」
「へぇ、すごい膂力だね。サクリファクトくんの体だと言うのに」
「全くだ。フックショットの鎖で無理やり雁字搦めにして、ようやくモゾモゾ動くだけに――――デカいだけの芋虫のような無害な存在に収められたんだぜ」
「……ご迷惑おかけしました」
「……あれって、サクリファクトの……本性とかか? お前って現実じゃ結構、飛んだり跳ねたりするタイプなのか?」
「野蛮」
「いや、多分……そんな事無いと思いますけどね」
本性を曝け出す、と言った効果だとしたら……俺の根底にあるのは暴れながら全裸になろうとするクレイジーな露出狂って事になってしまう。それだけはしっかりと否定しよう。
っていうか "飛んだり跳ねたりするタイプ" って……何だよその分類。バッタ型モンスターくらいしか該当しないジャンルだと思う。
現実でそんな人物だったら、ヤバすぎだろ。
「ふむ、ふむ……なるほどねぇ。きちんと頭にメモしておこう」
「他に飲んだ奴を知ってるのか? カニャニャックよ」
「いなくもない、程度にはね。ああ、もちろんワタシも飲んだことがあるよ」
「カニャニャックさんも、俺みたいな感じになったんすか?」
「……いや? ワタシの時は――――この店の奥の倉庫に閉じこもり、ずっと膝を抱えているだけだったよ」
「ほぉ……随分おしとやかなモンだな」
「およそ5時間の筈だというのに、随分と長く感じたひとときだったね」
「へぇ……」
やっぱり意味のわからないアイテムだな。
社交的で活動的なカニャニャックさんが引きこもるのも、俺がおおはしゃぎするのも、どちらも人格によるものではない気がするし。
まぁ、どちらにしても……二度と飲む事は無いだろうけど。
「――――へぇ~。それじゃあもしボクが生きていたら……薬の効果でアグレッシブになったサクリファクトくんに、欲望のままに襲いかかって貰えてたのかな?」
「…………会話に入って来るんじゃねぇよ、変態女が」
「んふ、ひどぉい。死灰はもう少し、女の子の扱いを学ぶべきやよ?」
そう言ってニマニマと笑みを浮かべる、桃色の髪の少女。
俺が変なアイテムを飲む原因を作り出した女で――――極悪非道のPK。
死んだ女……『ジサツシマス』が、カニャニャック・クリニックの隅っこから声を発した。
◇◇◇
「どうかなっ? サクリファクトくん。かわいい? 食べちゃいたい?」
「……可愛いとは思うけど……食べたいとは微塵も思わない」
「んふふぅ~、ざんねぇん」
そう言って編み込んだ髪を見せつけるようにしてくる殺界は、服も着替えて体も癒し、ひと目見ただけでは何の影響も受けていないように見える。
「いつもはね、こうしてオシャレしてるんやよ。 "ツシマ" の振りをするからずっと髪を下ろしていたけれど、ボクだって女の子だからね。素敵でありたいのさ」
「……っていうか、何で平気な顔して居るんだよ。あんなにお別れっぽい空気で死んで行ったのに」
「死に戻れば首都のゲートに出るんだし、再会が近くても何も不思議じゃないでしょう?」
「それにしたって、もう少しさ……決着の余韻とか、敗者の思惑とか……色々あるだろ普通」
「ボクはそれより、我慢出来なくて。キミに逢いたいって気持ちを、抑え込む事が出来なかったんだもの」
「…………ケッ、道理のわからねぇ女だぜ」
「道化に道理を求めちゃだめやよ」
「……淫売」
「酷いや、天球――――ん? それって、ボクじゃなくてサクリファクトくんに言ったの? すごいね、んふふ」
まるで命を失ったばかりとは思えない態度の彼女は、意味深な目つきで俺を見る。
……やっぱりネコ科っぽい目だな。見られるだけで何となく後ろめたくなるような。
…………っていうか、顔に何か描いてある。
あれは……涙?
「……なんだよ、その顔の絵」
「ああ、これ? 髪の毛を編み込みながら、自分で描いたの」
「道化師に相応しいマヌケなペイントだな。そんなに泣きたいのならこの【死灰】がいつでも泣かせてやるぞ、クソ変態女」
「今日の出来事を、悔しさを……忘れないようにってね。思い出のティアドロップを残すのさ」
「ふ~ん、俺は早く忘れたいけど」
「後はね……こっちもやよ」
そうしておもむろに服を捲り上げると……彼女の下腹部には、輪郭だけのハートが描かれていた。
丁度おへその下辺り……その位置のせいもあって、随分と卑猥な感じに見えてしまうな。
そんな俺の視界の隅では、マグリョウさんが物凄い勢いで顔を逸らしてる。
……この辺も、彼的にはダメなのか。
「キミへの操の恋じるし。サクリファクトくんと結ばれるまで、この印は誰にも触れさせないし、消える事もないんやよ」
「……それだと、一生残る事になるだろうな」
「んふふ、そうならないように……頑張っちゃうからね?」
なんて迷惑な誓いを立てるものだ。どうしてそこまで俺に固執するんだか。
俺みたいな奴、探せばどこにだって居るだろうにさ。
「……尻軽」
「まぁまぁスピカ。そうカッカせず……何か飲み物でもいるかい?」
「拝領」
さっきからスピカの奴、淫売だの尻軽だの……俺を見ながら言ってないか?
何だよアイツ。それらはジサツシマスに言うべきで、俺はなんにもしていないだろ。
◇◇◇
「……っていうか、カニャニャックさん。いいんですか?」
「ん? 何がだい?」
「こんな悪名轟くPKが中にいたら、閑古鳥が鳴くこの店がことさらに静かになると思って」
「……随分な言い様だね。地味ながらに、商売は成り立っているというのに」
「え、そうなんすか」
「ん~、っていうか "サクリファクト" くん、そもそもね」
「ん?」
「キミが座るその椅子――――殺界のだよ?」
「え?」
「このお店、ボクとカニャニャックのおうちだよ?」
マジかよ。通りでカニャニャックさんが自然に受け入れてるわけだ。
そんな意外な事実はスピカもマグリョウさんも知らなかったらしく、二人して驚きの表情を浮かべている。
「それでは語弊を招くね。初期資金を二人で出したと言うだけじゃないか」
「二人のお金で建てたんだもの、独り占めはずるいんだぞぉ?」
「維持にもお金がかかるのだよ。好き勝手ふらふらするばかりのキミは、ここに来たのも随分久しぶりの事じゃないか」
「精神科学者の "加那子" とは、リアルで会っていたじゃんかぁ」
「別の世界はノーカウントだよ、イルカ学者の "優" くん」
そうして現実の名で呼び合う二人の間には、俺達よりずっと深い関係性が垣間見える。
まさかこんな所に繋がりがあるとは。カニャニャックさんが持つクレイジーでマッドな一面を、少しだけ納得させられちゃうぜ。
ああ、それにしても……マグリョウさん。
ぽかんと口を開けて、ジサツシマスとカニャニャックさんを交互に見つめるその姿は…………。
驚きと衝撃が入り混じっているのがあきらかで……凄く間抜けで、かっこわるくて。
それはまるで――自分の母親の知人にいたずらをしていたのがバレた子供のような、そんな顔。
◇◇◇
「最近仕事以外では関わっていなかったね~。折角の機会だし、今晩飲もっか?」
「……優は酒乱の気があるからね、我が家でやるなら歓迎しよう」
「いいね。前からカナコの秘蔵のボトルを開けたいと思ってたんやよ」
「あれはダメだよ。とっておきの日に開けるものだから」
それにしても…… "加那子" と、そう言ったよな。
加那子、カナコ……カニャコ……。
それに一工夫加えて、カニャニャック・コニャニャック。
意外と単純な名付けなんだな。
酒の話も弾む辺り、コニャックとかも好きなのかもしれない。
……と、名付けの何たるかを考えてみれば。
どうしたって気になるのは――――コイツの名前だ。
「……なぁ」
「ん? なぁに? サクくん」
「何でそんな名前なんだ? ジサツシマスだなんて、物騒な」
「……んふ~、ボクに興味を持ち始めたのかな? うんうん、よきかなよきかな」
口角をくいっと上げて、にまぁと嗤う……顔だけは美少女の危ない女。
変なふうに思われるのは癪だけど、聞かずにはいられない。そこまで刺激の強い名前だから。
「ボクはね、仮想世界に身を置く時は、いつもこの名を掲げるんやよ」
「何でそんな」
「それが目的で、その為にする事だからね。ボクはVRを用いて、死んでみたいだけなの」
「…………」
「Re:behindに来たのも、カナコが『従来の物より、よほど真に迫る体験が出来る』って言うからさ~。もっとリアルに死ねると思って、ここに来たんやよ」
…………思っていたより、単純明快な理由だった。
いや、その内容はまるで理解が出来ないけれど……『自殺するから、ジサツシマス』っていう部分は、嫌になるほどわかりやすい。
そんな所も、あの時コイツが語った事に関係するのだろうか。
「それも、イルカが死ぬとかいう事の関係か?」
「ほやほや。まさしくそう。実際に自分が死んでみれば、死に行く気持ちも理解出来るかな~って――――――」
「――――こんにちは。失礼します」
「……やぁ、初めてのプレイヤーだね。カニャニャック・クリニックへようこそ」
俺と殺界でそんな会話をしている最中、ドアが開いて会話を止める。
そうしてこの店に訪れたのは…………色とりどりの、4人組。
キキョウ、まめしば、ロラロニー……そしてリュウジロウ。
俺のパーティメンバーが、そこに居た。




