閑話 Re:behindにおけるトッププレイヤーの日常 後編
□■□ 首都西側の荒野地帯 □■□
◇◇◇
「吟遊詩人ッ!! 貴様が囮になれッ!!」
「ええっ!? いやだよ、そんなのっ! こわいよっ! ミルフェーユのほうが美味しそうだってチーターも言ってるよ!」
「司祭の名において命ずる……お前が食われろダボがッ! レベル5の司祭の私が死ぬより、レベル4のあなたが死ぬほうが軽く済みます。吟遊詩人、あなたの事は忘れませんよ」
「ふざけてないで、いいから走れよっ! お前らっ!! レベルを言うのなら、6の剣士であるオレの言う事を聞けっ!!」
仲がいいのか悪いのか。お互いに餌役を押し付けあいながら、わちゃわちゃ逃げる四人組と、土埃を上げて追いかけるモンスター達。その歩みはまるで遊んでいるように――近づいては離れ、迫っては届かない、を繰り返していて。
本気で食べる気だったらとっくに終わっていたでしょう。遊び心のあるモンスター達で、彼らは幸運でしたね。
そんな記念にもう一つ、救いという名の幸運を与えるとします。
今日は彼らにとって、とても幸福な日。
――――『パッパラッパパッパパ、パッパラッパパッパパー』
この場に似つかわしくない、間抜けなラッパが音を響かせ。
――――『カン、カン、カカカン』
続いて何かを何かで叩くような、気になって仕方がなくなる音をば慣らし。
――――「魔物共よっ!! 私が相手です!!」
声に技能の力を乗せて、モンスター共の敵視をかき集めましょう。
四人組を追っていたモンスター達は少しの逡巡の後、標的を変更します。
逃げる四人より、逃げない一人。
放っておけばどこかに行く複数より、堂々と立ちふさがる単体を排除すべきだと考えたのでしょうか。
モンスターの思考はよくわかりませんが、大方まるまるとした僕を見て、美味しそうだなぁなんて思ってくれたんでしょうね。
そんな彼らは『敵視を集める音』と言う物も『何となく無視出来ない音』も知らず、それゆえにまんまと乗せられた自覚などは無いのでしょう。
「……そのほうがやりやすくて、良いですね。さぁ、皆さん! 今の内に逃げてください!」
右手の小盾、左手の中盾、背中の大盾。全身を盾で固めた壁役である僕は、その中から最も手に馴染む中盾をがっしりと構え、迎え撃つ姿勢を取ります。
まるまるとした僕の体は、この時の為に作られたようなどっしりとした安定感。
護る事に特化し尽くした、金城鉄壁なる我が身かな。
的確な敵視操作アイテム『夜にやたら鳴く隣の家の犬』の使用、そして盾を打ち鳴らしてモンスターの注意を引く技能『盾打ち』と技能『挑発』のコンボで追いかけるようにヘイトを集める慎重さ。
理想的な壁役の立ち回り。これが手本と言ってもいいでしょう。
情報収集と学習を重ねに重た自負は、持っておりますので。
「名も知らぬ壁役の方っ! ご助力はありがたいが、サイの突進はプレイヤーなんて簡単に――――」
剣士が言うが早いか、僕に最も近い位置にいたサイはあっという間に接触してきます。
僕の頭と同じ程度の高さに耳があるサイは、体はその二倍か三倍と言った所でしょうか。
ちょっとした自動車ほどもある、大きな体。
とてもではないですが、人間サイズの僕が受け止めきれる物ではありません。
普通なら。
鋭く太いツノが中盾と接触し、ゴズンという鈍く大きな音が鳴らされ、金属で出来た中盾とツノの間には白い火花が散ってすらいました。
剣士とその他の彼らは、その衝撃でダメージを負ったかのようによろめきます。
――――しかし、その程度では僕は揺るぎませんよ。
技能『大樹の如く』。地面深くまで根を張る、幾重にも年輪を重ねた古きを生きる大樹のように、しっかりと自分を地面に根付かせる技能です。
発動条件は、普通のプレイヤーであれば――
『盾の一定以上の熟練と、ガーディアンと呼ばれるジョブの一定以上のレベル』だったでしょうか。
それに加えて、技能発動時はその技能を高らかに呼ぶのが定石ですが、僕のような熟練者にとってはそれは"言っても言わなくてもいいもの"。
思えば発動する、技や技術ではなく、一歩も引かぬ固い意思のようなものです。
「……なんたる剛の者……どこの出だ……?」
「出ってなにさ……あの人は【脳筋】さんの相棒の人じゃないかな? 吟遊詩人のボクは知っているよ」
「【脳筋】……サーロインステーキさん、でしたかしら?」
「違うよ、ヒレステーキさんだよ。司祭は記憶力がないね? それで精霊句は暗唱出来るの?」
「偉大なる精霊の前でもってすれば、それは些細な違いです。精霊様の言葉にこういう物があります――――ヒレでもサーロインでも、どっちでもいいだろッ! 歌豚がよぉッ!」
「嘘つかないでよっ!! 精霊様はそんな事言わないだろっ!!」
(うるさいな、逃げろって言ったのに)
彼ら四人が僕の言葉を無視している間にも、サイは突進後にずんずんとツノを押し付け、盾を打ち破ろうとして来ます
猪突猛進の強くて甘い力の入れ方。笑っちゃいますね。
サイの力を逃し横に逸らして、前につんのめさせるような形でポイ捨てします。
次に迫りくるチーターの群れは、小回りが効き、刻むように爪で切り裂いてくる狡猾な奴ら。
小盾で応戦するのがベターでしょう。
両手で持っていた中盾を左手のみで持ち、右手の腕に取り付けた小盾を前へと突き出し迎撃の構えを取ります。
上から飛びかかるように迫るチーターの爪を小盾で力強く弾き、足に齧りつこうとするチーターは中盾を使って上から踏み潰すようにして対処。
左右同時に飛びかかってきた爪と牙を両手の盾を掲げて同時に防ぐと――そのまま右側の小盾で防いだチーターの前足に腕を絡めて"曲げてはいけない方向"へと曲げながらぐるりと回し、左側のものにぶつけて一度に二匹への叩きつけ。
最初に飛びかかってきたチーターが一呼吸置いて、小回りの効かない中盾を持つ左手側が狙い目と気付き、左後方に回り込んで首筋を狙う動き――機敏に反応し、しゃがんで背中の盾で後ろ一面の守りを固めて身を護れば、思わぬ防御で呆気に取られるチーターが一匹そこに生まれるでしょう。
まるで亀の甲羅のような背中の大盾は、まるまるとした僕にぴったりとフィットし、一分の隙間もありません。
そういう風に作られていますからね。
僕の大盾のような甲羅を持つ亀が遠くから迫る中、まともに動ける残り二匹のチーターは足踏みします。
すでに一匹が最大の武器である早さの源になる足を一本奪われ、這いずり。
僕の足元のもう一匹は首の骨が折れたのかぴくぴくとして、虫の息。
それを見て尻込みしているのでしょう。
圧倒的優位だったはずなのに、すでに半分に減ってしまった自分たちの群れ。
このまま済ます訳にはいかないが、だからと言って打開する策は思い浮かばず……と言った焦りが手に取るようにわかります。
モンスターの思考はよくわかりませんが、熟練の経験から来る、統計を元にした確かな信用性があるものですよ、これは。
それを裏付けるように、チーター共は一先ず爪が届かない位置に下がって、喉を鳴らして様子を伺うように威嚇をするだけ。
どうやらここは、僕の"場"になりましたね。
「すげぇ……四匹まとめて、まるで相手になんねーじゃん……レベルいくつだよ」
「すごいね! なんだかボクも、『盾つかいの歌』が思い浮かんできそうだよ!」
「司祭の名において命ずる……だっせぇ曲名だなッ!! オイッ!!」
「なんだよっ! いいだろ別にっ!!――――っていうか何も命じてないじゃんかよっ」
「なんたる剛の者……どこの出だ……?」
「それさっき言ったよね!? それしかないの!?」
僕、逃げてって言いましたよね? 記憶違いでしょうか?
何で普通に観戦しているのやら……まぁいいですけど。
そんな事より、いくら僕が熟練者であろうと、それでも所詮壁役は壁役。モンスターを討ち滅ぼす力は、殆どありません。
僕の身体にあるのは、守る為の筋肉なのですから。
では、肝心の攻める為の筋肉は、いずこ。
――――ゴズンッ
距離を取って前足で土を掻き鳴らし、再度突撃の姿勢に入っていたサイの頭に、唐突に飛来した"岩"が直撃しました。
僕が突進を受け止めた時より遥かに大きい音。
そしてその衝撃でサイの巨大な頭を思いっきり揺らした岩は、その役目を終えて粉々に砕けます。
サイはその小さな脳が頭の中で暴れたのか、脳震盪を起こしたようにぐたりと横たわって。
僕に纏わりつくチーターも、いよいよ僕の元へ辿り着きそうだったノロマな亀も、それらに追われていた四人も呆気に取られています。
っていうか、遅すぎませんか。
「何してるんですか。遅いですよ」
「丁度いい岩がなくてよ。さっきの『黒い大岩』は持ち上がらなかったわ」
「当たり前でしょう!? こんな時に何をしてるんですか!!」
「だってお前、大槌使ったら怒るじゃねーかよ」
「いや、骨使って下さいよ! いつも使ってる『何かの大きな骨』!!」
「おお!! そういえばそんなんあったなあ! 忘れてたよ!」
なんという【脳筋】具合でしょう。
岩を投げつけてモンスターを打倒し、自身の主武器の存在をほんの少しの時間で忘れる彼こそ――【脳筋】という二つ名と、愛する筋肉に呪われた男。
それに付き合わされる僕の、なんて不幸な事か。
「うわわ、ヒレステーキさんだ……本物だよ……」
「まるで原始人のようだな……」
「そのまんま、【原始人】って二つ名も持ってるのさ」
「野蛮な二つ名ですね。レベル7司祭の私【精霊に愛されし司祭】とは大違い」
「誰も呼んでないだろ、そんなのっ。この前ミルの事【一言で裏表両方の声が出るビッチ】って呼んでる人はいたけどさ」
「おお、精霊よ……矮小なるこの身にどうかひとひらの力を……――――そんな出まかせ言ったの誰だッ!! ぶっ殺してやるッ!!」
「……全くもって正しい二つ名だと思うけどね」
そうして彼は、ようやく自慢の『何かの大きい骨』を取り出し、肩にずっしりと乗せます。
白くて大きい、"何か"の大骨。
"何か"がなんなのかは知らないし、興味もなくて。
ただひたすらに、重くて頑丈だから武器として使っているだけの、本来は『建材』という種に属する『建築物用素材アイテム』なんです。
例え岩であろうが、丸太であろうが、ともすれば果物であろうが――――ダメージ判定が出るのならダメージが通る『Re:behind』の世界。
どんな物にも耐久力があり、それがゼロになった途端に壊れる訳ではなく、"耐久力に応じて、徐々に壊れて行く"現実に限りなく寄せた世界。
生半可な武器ではヒレステーキの筋肉に耐えきれず、大体が一度の戦闘でガラクタになってしまう毎日の中で、僕らが唯一見つけた『壊れない武器』。
特殊効果もなく、持ちにくい、武器種のアイテムではないので戦士の技能も使えない、と悪いところづくめのモノですが、ヒレステーキには"これぞ!"と言った具合の代物でした。
そのせいで【原始人】なんて呼ばれてしまうようになりましたが、【脳筋】よりはマシでしょう。
……本人は、【脳筋】のほうが気に入ってるらしいですが。
「【竜殺しの7人】のメインジョブの平均が、19くらいだっけ? あの丸いガーディアンの技能も見たことない奴だし、相当高いんだろうな」
「精霊の声が聞こえます。500くらいでは無いか? と」
「そんなにあるわけないじゃん、確認されてる最高値が30ちょっとくらいなのに。ミルってばかだね」
「おや、また精霊の声が……。吟遊詩人は貧乳なのに露出が多い服を着てて恥ずかしい? いやだわ精霊様ったら」
「なんだよそれ! 今関係ないだろっ!!」
「貧乳なのにエロい格好とは……なんたる剛の者……」
「うるさいよっ!!」
『職業認定試験場』、通称『ジョブ屋』と呼ばれる場所で試験を受け、一段階ずつ上げていく『Re:behind』のジョブシステム。
かかる費用は高額ですが、レベルを上げるごとに技能の"ヒント"が貰え、パーティなどに入る時の強さの目印ともなるレベルは、『Re:behind』プレイヤー達のとりあえずの目標です。
どれだけ自分が強いと主張しても、きちんとした数値で見れる物での確認が出来ないと、思わぬ危険に見舞われた際の責任の落とし所の問題になります。
公式RMTによる"ゲーム内クレジット"と"現実のお金"変換。そのお蔭でゲーム内のお金は現実の生活に直結し、そのゲーム内クレジットを失ってしまう"死亡時の罰金"は、非常に現実的でシビアな問題。
裁判になる事すらあるような、切実で洒落にならない問題です。
誰も彼もが、それを避ける為にパーティメンバーを慎重に探し、だからこそジョブレベルは必要とされていました。
――――と言うのが、この世界の"一般プレイヤー"たちの常識。
【竜殺しの七人】と呼ばれる最強の七人。
その中の一人、【脳筋】【原始人】の二つ名で呼ばれる、魔法も弓も一切使わない僕の相棒ヒレステーキ。
単純なぶつかりあいでは七人の中で最も強いと言われています。
そんな彼は。
間違いなく近接最強の、筋力最強で知能最低のどうしようもない僕の相棒は。
兎にも角にもジョブレベルを上げる事が強さの指針であるはずの、この世界の確かな頂きで息づく彼は。
最も高い戦士のジョブレベルが、3です。
『ジョブ屋』の試験を合格する賢さを持たずして……
モンスターも、武器も、金でさえも! 何でも破壊する無駄な筋肉のせいで!
馬鹿だから試験は超えられず、馬鹿だから再試験の代金も払えない!
【脳筋】という二つ名……呪いか何かですよ。
そう思いませんか?
『サイ』
大きく太いツノに鋼のような皮膚を持つ、地球上でも見られるような生き物。
しかし、生体はしっかりとモンスターをしており、主食は石や鉱石である。
生息地域が荒野地帯の浅い所の場合、単なる石や岩を摂取した身体は土色に染まるが、生息地域によって餌が変わり、取り込む物が変わると硬度や色も変わる。
確認されている中では、黒曜石のように真っ黒いもの、水晶のように透き通って臓腑が見えているもの、規則性のある四角いデコボコに包まれたものなどのサイがいる。
色や形で硬さが変わり、その皮膚の価値も変わる。
世界のどこかには、黄金の身体を持つサイや、ミスリルのサイもいるのではないかと言われている。
ちなみに、ペットとしてサイを飼っているものがサイに鋼鉄を食べさせても変化は見られなかった。自然界にあるものでなければ変化は現れず、そこから逆に「サイの色で、その地域で見つかる鉱石がわかる」とも言われる。
攻撃は突進からのツノでの突き刺し。また、その巨大な体躯で単に暴れるだけでも、プレイヤーの身体に被害を及ぼす、非常に危険なモンスターである。




