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第七十三話 さぁゲームを始めよう




     ◇◇◇




「ウオオオーッ!!」「ぃよっしゃあああ!!」


「やたー!」「サクリファクトー!」「七色策謀っ!!」「クロスケェー!」




 リスドラゴンが横たわる戦場で、空気が揺れている。

 数え切れないほどプレイヤーが揃って勝ち鬨をあげ、俺の名を叫んでいるからだ。




「……ふぅ……」




 そんな声をどこか遠い出来事のように聞き流しながら、"無茶をしすぎたな"、と思う。


 ……何やかんやでこの身に得た数百の強化魔法(スペル)や強化技能(スキル)

 それによる万能感と、やらなきゃいけないって使命感と、あと上がりまくったテンションで全力を出しまくった。

 その結果が、これだ。




「……あ~…………ダルい……」




 頭が重い。足が痛い。体の端々からぎしぎしと音がする。

 完全にやりすぎた。頭と体のオーバーワークだ。


 ……だけどまぁ、後悔は無い。


 ドラゴンを倒せと願われて、俺なりのやり方でしっかりそれをやったんだ。

 その達成感が、立ち上がるのすら億劫になるド疲労を爽快なものに変えてくれていた。




「はは……あ~…………きついわ~…………」




 と言ってもまぁ、ダルいことには変わりがない。

 思わず地面に寝転んで目をつぶってみれば、あいも変わらずビカビカ光る自分自身が、閉じたまぶたを眩しくさせる。




「おおい! サクの字ぃ!!」


「サクリファクトく~ん!」




 そうして小休止をする俺の周りに、どたどたと何かが駆け寄って来る気配がした。


 その足音と声を聞けば、目を開けて確認するまでもなくわかる。あいつらが来たんだろう。




「こんにゃろう! えぇ!? やりやがったなぁ!? えぇ! おい!!」


「すごく早くて、すごく動いて、すごくすごかったねぇ」


「ふふふ、これぞ【七色策謀】、と言ったところでしょうか。まるで演劇のワンシーンのような一連の流れに、私は年甲斐もなく気持ちを高ぶらせてしまいましたよ」


「……なんかキキョウって、いつもそう言ってない?」




 どすんと隣に座るリュウに、とぼけたことを言いながら俺の顔を覗き込んでくるロラロニー。

 その後ろではキキョウが糸目を更に細くしながら上機嫌に語り、まめしばは珍しく控えめにツッコんでいた。


 なんだろう。

 すげえうるさいけど、なんだか妙に安心するな。




「…………まぁ、頑張ったよ、俺は」


「かかっ! てめぇで言いやがるか、こんにゃろうめ!」


「しかしながら、それも許されるほどの大義であった事は確かですよ、ふふふ」



「……つーかリュウ、アレは? あのデカい怪鳥は、もういいのか?」


「応よ。何でも奴らぁ、一旦てめぇらの群れに戻るみてぇでな。そんなら俺っちもってワケで、そこいらで降ろして貰ったのよ。まぁ……降りる時ぁ黄色ウロコが俺っちの腕にしがみついて、ギャンギャン吠えじゃくってたけど…………また後でつって、無理やりなぁ」


「……そうか。キキョウは?」


「私もリュウジロウくんと同じく、傭兵として雇った『恐竜軍団』のリザードマンたちとひとたび別れ、互いの陣営に戻って体勢を立て直す事となりまして」


「あぁ、あの怪獣ってキキョウが連れてきたのか」


「ええ、そうです。見ましたか? サクリファクトくん。私は二足歩行の大トカゲに乗ったんですよ、ふふふ」




 俺がチイカを探しにみんなと別れる前、キキョウは "それなら私も自分に出来る事を精一杯しましょう" と言っていた。

 それがリュウと一緒に居た奴らとは違う、別のリザードマンへの働きかけだったのかもしれない。


 にしても……アレに乗ってたのか、キキョウは。

 怪獣の大行進は見てたけど、こいつが乗ってたってのは知らなかったな。




「へぇ、そいつぁ良いな。つってもキキョウよ、俺っちにぁ大中小と色んなナリのトカゲが見えたぜ? そん中じゃあ、キキョウはどいつに乗ってやがったんだ?」


「そうですね……私が乗せて頂いたのは、大きな鳥のように立つ姿勢に、強靭な鉤爪とアゴを持つ、あの中では控えめなサイズのトカゲでした」


「ほぉ~」


「わ~! それってきっと、ヴェロキラプトルだよ! 良いなぁ、キキョウさん。ヴェロキラプトルに乗ったんだ~!」




 そんな会話に首を突っ込み、ヴェナントカという謎の単語を発する女、ロラロニー。

 ……そういえばこいつ、あの大怪鳥のケツァナントカって名前もささっと出してたよな。妙な知識ばかり豊富なやつだ。




「ほう、あれはヴェロキラプトルと言うのですか」


「うん、ヴェロキラプトル! 立った高さは人間と同じくらいでちょっと小さめだけど、頭はすっごく良いんだ」


「あぁ……なるほど。あのしなやかに動く恐竜は、それでいて乗っている時は意外なほどに揺れが少なかったんです。それが騎乗者への配慮だとするのなら、確かに彼らは馬のように頭がいいと言えるのかもしれませんね」


「良いな~、良いな~。私も乗ってみたいな~」


「ふふふ……ならば機会を設けましょう。そうして貴女がキュートに頼めば、きっと亜人のリザードマンとて、悪い顔はしませんよ」


「えへへ、そうかな~? そうだといいな~」




 そんなキキョウの言葉に、羞恥と期待でモジモジ顔を赤くするロラロニー。

 まるでアホな父親とアホな娘のやり取りだ。間違ってもこんな戦場でやるもんじゃない。


 ……つーか "乗る" で思い出したけど……ロラロニーが乗ってた『白いタコ』はどこに行ったんだろうか。

 大量のポケットがついた茶色いワンピース仕立ての冒険服にはどこにも白いものが付いていないし……ロラロニーの手の中にだって、変な紙みたいなものがペラペラしているだけなんだけど。




「……なぁ、ロラロニー」


「ん~?」


「いや、怪獣の話もいいけどさ。あの死ぬほどデカかったタコ――『火星人くん』は、どこに行ったんだ?」


「――あ、そうそう! ねぇ、サクリファクトくん? お水かジュース、持ってない?」


「……いきなり何だよ。喉でも乾いたのか?」


「そうなんだけど、そうじゃなくって。乾いちゃったのは私じゃなくて、『火星人くん』なんだ」


「はぁ?」


「ほら、見て? こんな風になっちゃったの」


「ん……? …………んん……?」




 そうしてふわ、と俺に風を送るロラロニー。

 その手には団扇のような白いペラペラだけしかない。


 え、なにこれ。

 まさかこれが、あのタコなのか?




「……うわぁ、マジかよ。すげえ干からびちゃってんじゃん、気持ちわりい」


「おいおい、まるでスルメじゃねぇか!」


「ええと……それはその、大丈夫なんですか?」


『――――口を慎め、小さき者共よ』


「うおっ!?」「なんでぃ!?」「……おや?」




 低くて重い声が、頭の中でエコーのように反響する。

 その言葉の端々には、ごぽごぽと水が泡立つような音も混ざっていた。


 そんな声と合わせて動く、干からびたタコの生意気な目。

 ソレを見れば、今のはこいつが発したんだとすぐに理解出来た。




『我は海のドラゴン、Re:behindが全海域の制定者であるぞ。さすればこの程度の乾き等何の事もない、さざなみの如き波乱に過ぎぬわ』


「……どう見ても滅茶苦茶やべー感じに見えるんだけど」


『黒き小僧よ、水を持て。塩の入った冷やっこい水だ。その塩分濃度は少なくとも3%以上、3.4%ならばなお良しとする』


「いや、注文が細かいな……つーか何より塩水なんて持ってる訳ないだろ」


『……無みとは、なんたる閑却かんきゃく。その上そのしゃあつき、正しく浅瀬に徒波である。塩水のひとつも準備せぬあほうが我が巫女に寄るでない』


「はぁ? 何でお前にそんな事言われなきゃいけないんだよ。焼いて香ばしくしてやろうか?」


「駄目だよ、火星人くん。仲良くだよ」




 何こいつ。

 パッサパサのしおっしおなくせに、すげえ偉そうだ。

 しかもなぜかロラロニーの保護者面をしてるってのも、無性に気に入らないところだぜ。




「……なぁキキョウ」


「……はい」


「このサクの字は、ドラゴンとガチンコのタイマン張って、ぶっ倒したヤツだよな?」


「ええ、そうですね」


「……このスルメとバチバチにやりあってる男が、本当にドラゴンを負かしたんだよなぁ?」


「……多分、そうだったかと思います。…………私も自信がなくなって来ましたが」




     ◇◇◇




 それから適当に話を聞けば、事の全貌が大体見えてきた。


 俺が【聖女】のチイカを探しに行ったあとの話だ。

 そこでリュウとキキョウは元々予定されていたリザードマンとの合流場所へ向かい、【エチゴヤ】の二つ名効果『亜人種と会話が可能になる』を利用して、怪鳥やら怪獣やらを傭兵として雇い入れたらしい。

 その道中で色々あった結果、リュウが黄色ウロコのメストカゲに気に入られ、そのパーティと行動を共にしていたようだった。


 そしてそんな2人とは別に、自分たちに出来ることを探していたロラロニーとまめしばは、タコの発案から思い出深い『海岸地帯』へと向かったようだ。

 そうしてそこで大量の海水を吸わせてあのサイズにまで膨れ上がらせたのだ、と嬉しそうに語るロラロニーと、それに相槌を打つペラペラのタコ。


 それを可能にしたのは、以前からわかっていたタコの特殊能力、『水を無限に吸える』『吸った分デカくなる』というよくわからない仕様だ。

 その他に類を見ないスペシャルな力があったからこそ出来たことで、それこそがこいつの正体を匂わせているものでもあった。



 この白いタコは、正式名称を『クラーケン』という、ドラゴン種。

 それはこのRe:behind(リ・ビハインド)の海を支配するものであり、本来は海の中だけで生きるもの。


 つまりこいつは『膨らむ』のではなく、『戻っている』だけだった。

 逆に言えば、あの30メートル近い大きさこまで膨らんだ姿こそが、こいつの本当の大きさだったと言うだけの話だったんだ。


 ……そう考えると、この白いタコの無敵の防御なんかにも納得が行く。

 あの広い海のヌシとも言える存在なんだから、そりゃあ硬いしデカくもなるだろって話だ。




「…………で、その吸った水を吐き出しすぎたから……」


「うん、こんな風になっちゃったんだ」


「……いや、馬鹿じゃねーのか。加減しろよ」


『さざめく渓流のように浅はかだな、たわけめ。これには深海より深い理由があるのだぞ』


「なんだよ、理由って」


『ならば教えてやろう。いいか? 聞け。我が葦の海の奇跡が如き水流を発し、矮小な野ネズミ共に海原の偉大さを知らしめていた――――そんな時だった。我が頭上に座らせていた我が巫女が、トビウオのように跳ねながら、言ったのだ。"すごい、すごい、火星人くんすごい" とな』


「……うん?」


『それを見て、我は思ったのだ。これは気分がいい、とな』


「…………」


『そうして我は水流を繰り返し吐き、そして気づけばこうなっていた。わかったか? これはなるべくしてなった事なのである』


「……結局はテンション上がって吐きすぎたってだけじゃねーか」




 はしゃぐロラロニーを見て気分が良くなり、その勢いのまま水を吐き出しすぎた結果、からっからに干からびる。

 言うなればそれは、キキョウの親馬鹿ぶりをことさらに強くした感じだろうか。


 薄々わかってたけど、このタコはロラロニーがとにかく大好きなんだろうな。

 だから過保護でやりすぎで、ドラゴンの役目も忘れてべったりな馬鹿なんだ。


 そんなこいつの言葉が普通に聞こえているのも、そしてあるいはそこまで好かれているのも、ロラロニーが持つ【ヒメミコ】って二つ名の効果なのかもしれない。

 ……その効果が『あんまり役にたたないけど、面白い』って感じであるのも、逆にロラロニーっぽいと思う。




「…………」


「……ん?」




 そんな会話を続ける中で、ふと気になることがあった。

 こういう時に必ずやかましく騒ぐ声が、今ここでは聞こえないという違和感だ。

 ……珍しいな、こいつが静かなの。




「……まめしば、どうした?」


「ん……うん」




 いつでもうるさい動画投稿者、さやえんどうまめしば。

 そんな彼女は静かなままで顔を伏せ、じっと手元を見つめている。


 そしてそこには、今まで持っていた木製のロングボウではなく、黒くていびつな形の弓が握られている。




「……それ、何だ? どっかで拾ったのか?」


「…………ううん、違うよ。これは…………置いてったの」


「置いてった? ……つーか、カブトムシはどうした? 姿が見えないけど」




 ぬらりとテカるその弓を見て、その色合いと似た虫を思い出す。

 まめしばが乗っていた俺たちのドラゴン、カブトムシ型。その姿がここには見えず、空を飛んでいる様子もない。




「カブトムシ、ね」


「ん?」


「死んじゃった」




 そうして顔をあげたまめしばは、目を真っ赤に腫らし、ぎこちなく笑う。

 その表情は、俺が今まで見たことのないものだった。




「…………死んだ……って?」


「あはは、うん、そう。死んじゃった。馬鹿なんだ、あいつ。なるべく皆が狙われないようにって、わざわざ低いところを飛んでてさ。しかも上に乗る私も守ろうとするから、翅を広げて矢とか魔法(スペル)を、全部受け止めてて……もうずっと最初から、すっかりふらふらでさ」


「…………」


「……すごく揺れて、逆さまになって…………私、何回も落っこちちゃって。……そのたびにあいつ、あの細くてキモい足で、必死につかみに来てね。そうするたびに……聞こえるんだ。ぼきぼきって足が折れてる音と……ぶちぶちって、足がちぎれる音。それで私が心配すると、決まって何度も、何度も言うんだ。"今の吾輩の活躍、格好良く撮れたか。撮れ高というやつか" って、繰り返し繰り返し……馬鹿みたいに」


「…………」


「……もう、ぼろぼろだったんだ。無理しすぎてたんだよ。だからもういいって、何回も言ったのに……聞かなくってさ。それで皆を助けるために……"吾輩は日本国のムシの王、大和の国のカブトムシだぞ" とか言いながらリスに体当たりして……あの時勢い付けすぎて、自慢のツノも折れちゃったんだよ? 馬鹿だよね、ほんと……あはは」


「…………」


「…………翅に穴があいて、足は半分なくなって、ツノはぽっきり折れちゃって。それでも私を体に隠して、必死に這いずりながら…………逃げて」


「……あぁ……」


「最後はもう、ツノも足もなくなって、芋虫みたいになってたよ。でも、それでも私を守って…………それで最後に、"楽しかったぞ、まめしば。お前の明日に祝福を" なんて…………全然格好良くなんてないのに、馬鹿みたいなこと言いながら…………最後にこの弓だけを残して、死んじゃったんだよねぇ」


「…………」




 きっと遠目で見ていれば、まめしばはいつも通りの姿に見えたんだろう。

 そのくらい普段と同じ立ち姿で、動画で見るようなオーバーアクションをしながら語る様子だった。


 ……だけど、俺たちは近くにいるから……いや、そうじゃなくてもきっとわかっただろう。

 まめしばは、泣いている。

 笑顔を崩さないまま、涙を零さないまま、泣いていた。




『……その弓からは、我が同胞の力を然と感じる。恐らくカブトムシ型が最後の力を振り絞り、貴様のために遺した物だろう』


「……うん、きっとそうなんだろうね。だってほら、見てよこれ。この光り方とか形とか……すごくムシっぽくて、趣味が最悪でしょ」


『…………しかしそれでも、彼奴が命を懸けて作った物だ』


「……いやいや、こ、こんなのさぁ……わっ、私に……似合わないじゃん? ほら、私って一応女の子だし、まめしばさんってこの可愛さで売ってるところもあるでしょ? ………………だから、こっ、こんな黒くて禍々しい、全然可愛くない弓なんて…………くれる必要、なかったんだよねぇ……」


『…………』


「……作る時は、まだ生きてた。じゃあ、これを作らなかったらさ……まだ、もう少し生きていられたかもしれないでしょ。ねぇ、そうでしょ?」


『…………』


「だって……だってドラゴンだよ? あのリスと同じ、すっごく強いやつなんだよ? だったら変なことさえしなければ、まだ生きていられて……それでどうにかして治ったら、また…………また元気にって……そうなったはずなんじゃないの? ……そうならないとおかしいよ。そうじゃなきゃ…………」


『……我には、どちらとも言えぬ』


「……私は、こんなのさ……いらないんだ。いらなかったんだ。こんなの貰っても……嬉しくなかったんだよ。こんな…………こんなのは……いいからさ。そうじゃなくって……私……っ、私は…………もう少し、あとちょっとだけでも…………っ」


「まめしばさん……」




 ……いらないと言いながら、まめしばはその言葉とは裏腹に、弓を強く、何よりも大切そうに抱きしめていた。



 "俺たち側のドラゴンが居なくなった"。

 それは戦局を左右する大変な出来事だ。


 だけどまめしばにとっては、これはそういうことじゃなくて。

 あのカブトムシが死んでしまったことを、ただただ悲しんでいた。




「…………まだまだ全然……ひっく…………撮り足りないからぁ…………ふぐぅぅ…………」




     ◇◇◇




「……なぁ、まめしば」


「…………」


「探してみないか?」


「………………え……?」




 重く、沈痛な空気の中で、しゃくりあげるまめしばに声をかける。

 それを聞いたまめしばが、涙でぐしゃぐしゃになった顔をあげてこっちを見た。




「いやさ、Re:behind(リビハ)のドラゴンって、結構謎なところがあるだろ?」


「……なにが?」


「だってほら、そもそもどうしてカブトムシが出てきたのかもわからんし、どこで生まれたのかだって誰も知らない訳だしさ」


「……うん」


「それならまだ、可能性は十分あるだろ? これはネトゲでモンスターの再配置(リスポーン)があるんだから、それがドラゴンだって……十分あり得ると思うしな」


「…………そう、かな……」


「そうだよ。だから、探そうぜ。Re:behind(リビハ)の世界はまだまだ広くて、誰も行ったことがない場所だってたくさんある。そのどっかに何があって、それがどういう風になるのかだって、誰も知らないんだからさ」


「……そんなこと、あるのかな」


「あるかもしれないし、ないかもしれない。だけど俺は、絶対あると思う。なぁ、リュウ? お前はどうだ?」


「かかっ! そうだなぁ! あぁ、そうにちげぇねぇや!」


「キキョウもそうだろ?」


「ふふふ、ええ、そうですね。知らないという事、不確定であるという事は、逆を言えば無限という事でもあります。それにここがゲームの世界であるのなら、何があってもおかしくはないのでしょうから」


「ロラロニー?」


「うん! きっとあるよ! だってこの世界には、恐竜だって喋るタコだって、どんなのだっていたんだもん」




 ……いつだっただろう。俺は考えたことがある。

 この荒野からも見える高い山。あの山頂には何があるんだろうっていう、無責任で他愛もない空想だ。


 それは夢で、妄想だと思う。都合のいい希望を語っているって自覚はある。

 だけど結局、ここはゲームの中なんだ。

 だったら『向こうにはどんな世界があるんだろう』って期待して、『あっちにはもっと凄いものがあるかも』って思い浮かべたって良いはずだ。

 そして、そういう期待に胸を膨らませて歩いていくのだって、決しておかしいことじゃないはずなんだ。




「……でも……」


「でも?」


「……もし、世界の果てまで探し尽くして……それで何も無かったら…………どうするの?」


「どうってそりゃあ…………」




 結局ここはゲームの世界。

 それなら世界に果てがあって、無いものは無いってなるかもしれない。


 だけどここは、ネットゲームの世界でもある。

 だから今はなくたって――――




「その時は要望送って、アップデートを待てばいい」


「…………あは……なにそれ、ずるいよ」




――――実装される未来を待ってみたって良い。


 月並みな言葉だけど、未来は無限に広がってるんだから。




     ◇◇◇




     ◇◇◇




「――――ギィ」


「ふむ、皆さん」


「……お? 起きやがったか?」


「ええ、そのようです」




 会話も一段落して、しばらく。

 もう誰も彼もが散々聞き飽きた鳴き声に、戦場がぴりりと引き締まる。


 ……今回の復活、ずいぶん時間がかかったな。

 まさか俺たちに気を使っていた訳でもないだろうに、どうしてこんなに遅かったんだろうか。




「さて、サクリファクトくん。君の強化魔法は、今にあってどれほどが残っているのでしょう?」


「ん~……体感5割くらいかな? 大分切れてる気がするぜ」


「ふむ、なるほど」




 キキョウに聞かれるがまま、ぼんやりと雰囲気で答えを返す。

 あいも変わらず俺の体は光っているけど、そのピカピカ具合はそれなりに落ち着きを見せてきた。

 それに加えて手足を動かす感覚は、やっぱりひたすらダルくって。


 そんな強化の消失と、疲労の感じを合わせれば、俺の力は『第9フェーズ』の5割と言ったところだろう。

 まぁまぁキツいけど、やれなくもないって状況だと思う。

 いや、やらなきゃいけないんだけどさ。




「……そんで、サクの字よぃ? 次のリス野郎の強化ってのは、一体どんなモンなんでぃ?」


「ん……? あれ?」


「お? どうしたぃ?」


「……あぁ、いや。すまん、知らん」


「応!」




 …………リュウに聞かれて初めて気づく。

 自分が次の強化を知らない、と。


 それがなぜかと言えば、当然、教わっていないからだ。

 ……なんでだ?

 どうして "MOKU" は何も言わない?


 まさかいきなり聞かなきゃ教えてくれないシステムになったのだろうか。

 ひどい勝手もあったもんだ。


 なぁ "MOKU"? 聞いてるんだろ?




「……尻尾が弾け、修復の光が飛んでいますね…………さぁ、いよいよ完治しますよ」


「おうおうおう! かかって来いやリス野郎ッ!!」


「……頑張ろう、頑張るよっ。リスを倒して、また明日! 私の動画も新シリーズで、カブトムシの卵を探しに行くんだっ」


「誰かお水持ってないかなぁ? 誰かお水持ってませんか~?」


『巫女よ、我は海水を求めているぞ』




 "MOKU" の答えは無い。

 今まであんなにうるさくて、だけどいつでも誠実で、俺の問いかけには一度だって無視はしなかったのに。


 そんな寂しさを感じる異変が、これからの未来を暗喩している気分だった。

 ……絶対とびきりやべーことが起こるんだろうなと、確信じみた嫌な予感だ。




「……おや? おかしいですね」


「あん? なんでぃ? キキョウ。何がおかしいって?」


「いえ……尻尾が消えて完治をし、その後もう一本が弾けたんです。まとめて2本の消失は、今までにあったでしょうか?」


「……う~ん、知んねぇなぁ」







『プレイヤーの皆様にお知らせいたします』





 ……あぁ、やっぱり。俺の予感は的中だ。

 おかしいことが起こり始めたぞ。






『おめでとうございます。現在荒野地帯に出現中のシマリス型ドラゴンが、"終結フェーズ" へと移行しました』


『これよりシマリス型ドラゴンは、プレイヤーの集落――通称 "首都" にあるゲートへ向かい、侵攻を始めます』


『そしてそれがゲートへと辿り着いた場合、あなた方は敗北となり、即座にDive Game Re:behind(リ・ビハインド)は終了となります』


『なお、ゲートが破壊された際の強制終了時には、Dive Game Re:behind(リ・ビハインド)専用ダイブ施設である各地コロニーの大変な混雑が予想されますので、混乱を避けるため、各プレイヤーの判断による早めのダイブアウトを推奨しております』


『それでは、引き続きDive Game Re:behind(リ・ビハインド)をお楽しみ下さい。以上』






「……は?」




 空一面に浮かぶクソデカい文字と、それを読み上げる機械音声。

 それを見て聞いた誰もが、呆気に取られていた。


 ……どういうことだ?

 ゲートに向かって、侵攻をする?

 それが辿り着いてしまったら、ゲームが終わる?


 何だ、それ。運営の意図がわからない。

 だってそんなの――――




「……とりあえず、死ね」




 びゅ、とナイフが一本飛ぶ。

 それを投げた灰色の男は、こういう時に決まって最初に動く彼……マグリョウさんだ。


 いや、本当にその通りだ。

 侵攻だとか終結フェーズだとか言ってるけど、そんなのここで終わらせてしまえばいいだけじゃないか。


 ……そう、誰もが思い、ナイフを見つめた。


 そして。







――――ぽよんっ








 誰もがその音を聞き、それを目で見た。






「…………あ?」


「え」


「なっ」


「オ?」


「わぁ……」






 強く弾いた訳じゃない。

 あくまで優しく、柔らかく。

 まるで中も、そして外ですらも、深い愛で包み込むような。


 それはここに居る誰も彼もが、身を持って経験したことのあるRe:behind(リ・ビハインド)の仕様だった。




「…………オ……オオオオオオッ!!」


「……たぁーっ!!」




 物わかりの悪いヒレステーキさん。

 諦めの悪いクリムゾンさん。

 そんな2人が直情的に、リスドラゴンへと突っ込んで行く。


 どうかそれはやめてくれ、と。

 そういうのは無しにしてくれ、と。

 そう願いを込めて、めいっぱいの勢いを付けて。







――――ぽよんっ


「オ…………」




――――ぽよんっ


「ぁ…………」





 しかし、無情な愛はそこにある。

 誰も傷つけないよう、悲しいことが起こらぬよう。

 そこに居るものを、何もかもから守り抜く慈悲のバリア。


 ……あぁ、今になって自分の言葉が突き刺さる。

 さっきの『第9フェーズ』で、リスの腕を斬り落とした時の言葉だ。


<<前に "MOKU" が言ってたぜ、俺たちとドラゴン(おまえ)は同じ愛し子、すべからく公平であるべきだって。それってそういうアレだろ >>


 同じ愛し子、平等な存在。

 ならば俺たち全員が持っているその『権利』を、こいつが持ったって不思議じゃない。

 ……例え強さに不公平があったとしても、"MOKU" にとっての命の価値は、プレイヤーもドラゴンも公平であるべきなんだろうから。




「――――…………『接触防止バリア』」




 プレイヤーが持つ最後の砦。

 悲しみの繰り返しが起こらぬよう、あらゆる悪意とすべて害意から守りぬく、無敵で完璧な絶対障壁。


 その見慣れた輝きが、リスドラゴンの周囲を優しく包み込んでいた。












――――絶望。


 それはほんの一瞬のことだった。


 なぜなら誰もがすぐに気づいて、可能性を見つけたからだ。


 あそこにあるのは『接触防止バリア』。

 それは普通は無敵のはずで、本来であればどうにもならないはずのもの。


 だけど俺たちは知っている。

 それを無視する優しさが、その中にまで届くことを。

 そしてそのかけがえのない優しさが、命を奪うほどに重すぎるということを。



 そして全員、プレイヤーの皆で一斉に。

 ほとんど同じタイミングで、1人の少女に目を向けた。




「…………?」




――――【聖女】のチイカ。

 その頭の先から爪の端まで真っ白い姿に、『接触防止バリア』を貫通する、チートなヒールの返り血を、幻視して。




     ◇◇◇




     ◇◇◇




「おいおい、こいつぁ……難儀だなぁ」


「どうするの? サクちゃん」


「サクリファクトくん……」


「……サクリファクトくん、どうしますか?」




 パーティメンバーたちが不安げに、視線をさまよわせながら聞いてくる。

 その目が動いているのは、俺とチイカを行ったり来たりしているからだろう。


 そしてそれは、こいつらだけの話じゃない。

 少し離れた位置の彼ら【竜殺し(りゅうごろし)()七人(しちにん)】も、そして周囲のプレイヤーも、その全員が俺とチイカを見比べている。




「…………」




 ……いや、見比べているんじゃない。

 手を止め足を止め、一切合切何も語らず、()()()()()()をしているんだ。




「……ギィ」




 ずし、と大地が静かに揺れる。

 うつろな目をしたリスドラゴンが、その足を一歩踏み出した。


 ……どうする? と皆は俺に問いかけた。

 だけどそれは、ほとんど確認のような意味だと思った。


 "チイカのヒールで何とか出来ないか?" という、この場に唯一残された、誰だって思いつく選択肢を示しているんだ。




「……ギィ」


「…………」




 接触防止バリアは絶対だ。

 それが発動する限り、大岩を貫く一矢でも、大木を切り倒すほどの斬撃でも、地形を変えるほどの大魔法だって、絶対に傷はつけられない。


 そんな無敵のバリアを持ったリスドラゴンは、チイカのヒールで何とか出来るのか。


 ……そう問われれば、俺は "多分出来る" と答えられる。

 今この場には二つ名効果がないけれど、チイカのヒールは俺の脳みそを余裕で痛めつけたんだ。

 それに最初にリスと睨み合った時だって、チイカの『エリアヒール』でリスははっきり苦しんでいた。

 それならきっと、リス1匹に全力ヒールをしたならば、なんとかなる可能性は十分あると考える。




「…………」




 ……出来るか否かなら、出来る。

 それは間違いないし、試す価値だってある。


 そしてそれは、俺とチイカにしか出来ないことだ。

 ほんの少しばかりだけど唯一チイカと会話が出来る俺が、あいつにそれをしてくれと頼んで――――それをさせる。


 それだけが、この場にあるたったひとつの正解なんだろう。




「…………」




 たくさんの視線を浴びながら、【竜殺し(りゅうごろし)()七人(しちにん)】の近くで座るチイカに向かって歩き出す。


 …………わかってる。それが正解だってことは。それをするべきなんだってことは。


 この戦争に勝ちたい。Re:behind(リ・ビハインド)を続けたい。みんなともっと遊びたい。

 そのためには、このルール上の最善を尽くすことが……絶対に必要なんだってことは。




「………………」




 ……わかってる。

 それをすれば、どうにかなるんだ。




「……………………」






 ……でも。






「…………………………」







 それでも、俺は。







「……チイカ」


「…………?」


「ここにいろ。俺がなんとかする」




「え……っ!?」


「……んふ~」


「サクリファクト……?」






 例えそれしか正解がなくても。


 それでも俺は、それをするのは、間違っていると思うんだ。




     ◇◇◇





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