第六十七話 Dragon Slayers 9
◇◇◇
タコやカブトムシ、それに恐竜軍団。
そんな色々が入り乱れる滅茶苦茶な戦場を、私たち【竜殺しの七人】とサクリファクト、そしてガチ勢たちは駆けていく。
あのタコはどうしてあんなに大きいのかな?
まめしばさんはカブトムシと喋れるのかな?
沢山の恐竜はもしかして、リザードマンの軍勢かな?
……疑問は尽きないけれど、今はただひたすらネズミの群れを抜けることだけ考えて。
私たちは一生懸命、自陣めがけて必死に走った。
「はははは、カブトムシだのクソデカ蛸だの、とんでもねー事になってんな、ははは」
「うむ! 正義たる私にも、何がなんだかさっぱりだ!」
「……まぁ、何はともあれ道は開きましたし、さっさと下がりましょう。行くぞ、チイカ」
そんな混沌とした敵中突破は、それからも続いて。
他にも色んなことがたくさん、本当にたくさんあった。
◇◇◇
「隊長~!」
「むむ……この声……?」
「隊長! ご無事でしたかっ!!」
「……冒険者隊員! どうしてここに!? 君は戦闘が不得意なはずでは……?」
「いや、そうなんですけどね。ただコイツが……」
「い、言わなくていいよぅ」
「む……? その少女は……?」
「俺のフレンドで、うちの隊員ではないんですけど……どうしても隊長を助けに行きたいって言うもんで、仕方ないから俺も一緒に来たんですよ」
「い、いえ……その、あの……わ、私っ! あの! 恩返しがしたくって……!」
「……その声、その姿……まさか、君は…………以前私が助けた子かな? 森林地帯のほど深い所で、変態2人に追われていた……」
「お、覚えていてくれたんですか!? わ、私、ずっとあの日の恩返しがしたくって……!」
「そっか……うん、そっか…………それは……うん……嬉しい。とっても、とっても嬉しいことだぞっ!」
『どうやらあの子は、過去に【正義】クリムゾンに救われた子みたいだね!』
『首都南の森林地帯は東奥湿地で、悪いプレイヤーにひどい事をされそうになってた所を、【正義】クリムゾンに助けて貰った子みたいだよー!』
『そんな子が【正義】クリムゾンを助けに来るなんて、胸アツだね!』
『彼女は安全志向の低レベルのヒーラーみたいだよー? ここまで来るのにどれだけの勇気を振り絞ったのかなー? 胸キュンだねー!』
――――例えばそれは、とある日リビハのヒーローに救われた少女が、その恩を返すため、ヒーローを救いに来た話とか。
◇◇◇
「死灰ぃ……てめぇコラ、腑抜けてんじゃねぇぞボケナス」
「ぁあ? 何だお前」
「ドラゴン如きに腑抜けやがって、ざけんじゃねぇ! てめぇが竜やらネズミやらに負けるクソ雑魚なら、そんな雑魚に負けた俺がもっと雑魚になっちまうだろうがよぉ! あぁ!? しゃきっとしろよてめぇ!」
「…………っせぇな。場が軽戦士向きじゃねぇんだよ」
「だからこうして場を開けてやったんだろうが! これでもう言い訳は出来ねぇぞオラ!」
「あ~……そうかよ」
「わかったか? てめぇは俺以外に負けんじゃねぇ。わかったなコラ」
「……当たり前だ。【死灰】はお前以外にも負けねぇし、当然お前みてぇなクソ雑魚にも負けねぇよ」
「上等だてめぇ! コトが済んだらブチ殺しに行くからな! "死ぬ準備" して待ってろボケが!!」
「……あぁ、いつでも来い。楽しみにしててやるよ――"タイシ"」
「…………っ!? お、俺の名前……!?」
「良かったなぁ~タイシぃ~【死灰】に名前覚えてて貰えてよぉぉぉ~?」
「おぉん? なんだか顔が赤いんじゃないかお~?」
「恋する乙女かよ、草生える」
「あの女プレイヤーと正義ちゃんの関係と何も変わらんな」
「ほらほらタイシ、あの子みたいに "覚えててくれたのぉ~!?" ってはしゃいで見ろよほら」
「……てめぇら全員殺すわ」
『【死灰】マグリョウは、名前が売れているからね! しょっちゅうPKに狙われたり、決闘を挑まれたりしているんだ!』
『"マグリョウ殺し" ともなれば、それはひといきに有名になれるからねー! 特に対戦ゲーム出身のゲーマーたちには、常日頃から命を狙われてたんだよー!』
『そんな理由もあって、あのガチ勢クラン所属の軽戦士 "聖徳太子" は、マグリョウに何度も挑んでいたみたいだね!』
『首都の裏通り・南のダンジョンの入り口・あとはこの荒野なんかでも、正々堂々1対1での同職PvPをしたみたいだよー! と言っても彼の場合 "名前を売りたい" というよりは、軽戦士の中の一番を決めたかったみたいだけどねー!』
『だけれどその軍配は、いつでも【死灰】マグリョウにあがっていたみたい!』
『だからプレイヤーネーム 聖徳太子は、"自分が【死灰】マグリョウに一方的に敵意を燃やしてる"、"自分のことをマグリョウは一人のプレイヤーとして認識していない" って思っていたみたいだよー!』
――――例えばそれは、【死灰】マグリョウの苛烈な日々と、その中で生まれたガチ勢クラン『ああああ』のメンバーとの、深い因縁の物語だとか。
◇◇◇
「サァァァァクの字ィィィィィッ!」
「……リュウ」
「応ッ! サクの字ぃ! 無事かぁ!?」
「あぁ、お陰様でな。あの翼竜、お前が動かしてたのか?」
「あ~……俺っちっつーか、俺っちのダチっつーか……まぁ大体そんな所よ!」
「ふ~ん……ん? おいリュウ、なんか上から落っこちてきてるぞ?」
「おっといけねぇ! ったく、あいつはいっつも無茶しやがんだよなぁ!」
「あいつ……?」
「――――ピュルルゥゥゥ♡♡♡」
「……っとぉ!」
「ピュルゥ♡ ピュルリィ♡♡♡」
「ちょ、ま……よしやがれぃ!」
「……いや、え? なんだそれ。その抱っこしてる黄色いリザードマンって……前に俺らと戦ったメストカゲだろ? 水晶玉持ってたやつだよな?」
「あぁ、『シャルロッテ』だか何だか言う、小洒落た名前のガイコクジンらしいぜぇ?」
「……そのガイコクジンさんが、どうしてお前にベタベタしてんの? すげえキスとかしてるけど」
「ピィ♡ ピィィ♡ ピルゥ~♡」
「そりゃあよう、ほら、キキョウとトカゲの交渉の席があったろぃ? そん時になんやかんやでコイツを守ってやってから、妙に懐かれちまってなぁ。キキョウが言うには『【素敵な結婚】の相手を見つけたようデスヨ』って事らしいけど……正直よくわかんねぇわな!!」
「ピィィ~……ルルゥ~♡♡♡」
「ジィィィィ……! ジィィィィィ……!! ァァァアア゛ア゛ア゛ア゛………………!!」
「……いや、結婚って…………つーか隣の緑トカゲもめっちゃキレて……怒りのあまりちょっと泣いてるじゃねーか。大丈夫かそれ」
「いや、そうは言ってもよぉ? やめろっつっても離れやしねぇし、緑ウロコに何とかしろって押し付けた所で、俺っちに向かってブチギレるだけで話になりゃしねぇのよ」
「無理やり剥がせばいいんじゃねーの? 力づくでさ」
「……おっとそいつは出来ねぇな。ほれ、コイツは一応メスで……女だろぃ? だったらこのリュウジロウ、強引に剥がしたりすんのも性に合わねぇってもんだぜ」
「……あぁ、そう」
「ピィ~♡♡♡」
「ジィィィァァアアアア……ッ! アァァー……ッ……」
「クックックッ! クルロロ……!」
「……そんでもってこの黒トカゲは、キレてる緑ウロコの隣で野次馬根性キメこんで、こうして愉快そうに笑いやがるしなァ……。キキョウも『良いじゃないですか、国際交流。仮想世界で禁じられた愛を儚く育むなんて、後世に詩として残るかもしれませんよ、フフフ』とか言いやがって取り合ってくれねぇし……そんなこんなでどうにも参っちまってんのよ」
「そ、そうか……」
「……シ」
「おぉ、青ウロコも来たか。……それにしてもなんつーか……リザードマンにも色々あるんだなぁ」
「……シィ」
『あの黄色いウロコのリザードマンは、過去に【七色策謀】サクリファクトや【金王】アレクサンドロスを襲ったリザードマンパーティの一員みたいだね!』
『【七色策謀】サクリファクトが攫われた時の、あの一件の亜人種たちだよー!』
『その後とある日、【エチゴヤ】キキョウとリザードマンの交渉の席を、ラットマンの軍勢が襲撃したみたい!』
『そこで【ハラキリ】リュウジロウが、黄色ウロコのリザードマンを、その身を挺して庇ったみたいだねー!』
『二つ名【エチゴヤ】の効果で敵愾心が薄められていた所に、リザードマンとは言え女性に傷をつけさせまいと立ちはだかった、男一匹【ハラキリ】リュウジロウ!』
『黄色ウロコの目に映る、異形なれども気概を感じた、自分を守る漢の背中! それに黄色ウロコなリザードマンちゃんは、うっとりキュンキュン来ちゃったみたいー!』
『それから黄色ウロコな彼女は、大切なのは見目の良さや姿格好なんかじゃなくて、その魂と心意気――つまりは男気だった! って知ったみたい! レーちゃんもそれには激しく同意だよ!』
『言葉は通じ合わなくたって、通じる気持ちがあったんだねー! それは素敵な事だって、ダーちゃんは強くそう思うよー!』
――――あとはやっぱり、翼竜で参上した、サクリファクトの一番の友達リュウジロウくんと……その翼竜を駆る亜人種の援軍であるリザードマンの、女の子(?)との話とか。
……多くのネズミと援軍の合間をくぐり抜ける退却の道端で。
色彩豊かな物語の、その片鱗が見え隠れするワンシーンが、幾度も繰り返されていた。
◇◇◇
……混沌としか言いようがないほど、ひといきで起きたたくさんの出来事。
だけどそんな短い間にあったものは、どれもが記憶に色濃く残る、膨大な背景を持ったものばっかりだ。
そしてそんなアレコレの全部が、今日起きたことじゃなくって。
例えるなら……そう。
まるでどこかで始まったお話の続きを、途中から見せられているような感覚なんだ。
「…………」
そうして思う。
きっとそういう物語は、この戦場のプレイヤー全員に必ずあるということを。
…………うん、そうだ。
この戦場は、そしてMMOっていうのは、きっとそういうものなんだ。
ここに居るプレイヤーたちは、今日生まれた訳じゃない。
このイベントに参戦をするため生まれた、なんて……そんなことは絶対なくて、今までずっとどこかで生きていた。
そして、ここに来るまで各々の思いと理由があって――――だからそのお話の先で、『今この場所に来た』という展開があるのだろう。
……そんな考えの中で思い返すのは、プレイヤーたちがここに来たあの時。
一人ひとりが口を開いて言っていた、それぞれの個性的なセリフだ。
<< 撃て! 射れ! ぶん投げろぉ!! >>
<< 金の事なら気にすんな! 経費は落ちるって小林が言ってた! >>
<< 言ってねぇぞ!? >>
<< ……小林ィィィィ!! >>
<< お、おれかよマスター!? 言ってねぇって!! >>
――そんな風に会話をしていた一団がいた。
経費がどうとか言っていたのは、経営が危ないクランってことなのかなって思う
そしてあの『小林さん』というプレイヤーは、そのクラン内ではイジられ系として愛されているのかもしれない。
それはきっと、そんな物語。
<< 行くよ、らんらんっ! 準備はいいっ? >>
<< ラルゥラルゥ! >>
<< ちょっとツラいけど我慢してねっ! 調教師技能!『けものかみのみたま』っ! >>
<< ラァァ……ルゥー! >>
――そうして『らんらん』という名のイノシシに、技能を使って強化をした調教師の少女もいた。
そのセリフと信頼関係から見えるのは、きっとあの子はペットをとても大事にしていて……だからこそあの『らんらん』は、ああまで張り切っているのかもしれない。
それはきっと、そんな物語。
<< 行くぞバケツ頭の騎士たちよ! 我らが槍で明日の陽光を取り戻すのだ! ウー、ラー! >>
<< ウーラー! >>
<< ウーラー! >>
――そんな変な掛け声を挙げて突撃をしかける、全員バケツをひっくり返したような装備の、一風変わった騎士隊がいた。
お揃いのテーマな装備に、自分たちだけにわかる掛け声。
きっとあの人たちは、今までずっとああいう風に、仲良く一群となってリビハをしていたのだと思う。
そんなチームワークと固い結束を、あの声と行動に強く感じた。
だからそれはきっと、そういう物語なのだろう。
……あの時から、今この時も。
戦場のあちこちで繰り広げられる、十人十色なプレイヤーたちが歩んできた、それぞれの日々の延長線上にあるやり取りが感じられて。
一つ一つに焦点を当てていたら、とてもじゃないけど語りきれないほど、一人ひとりの濃密な歴史。そんな深くて個性的な物語を、ここにいる誰もが持っているんだと強く感じる道中だった。
「――――よしっ! 抜けられるぞっ! ありがとう、冒険者隊員とヒロインの少女、そして『ああああ』の戦友たちよ!!」
「と、とんでもないですっ!」
「流石にキャラデリはキチーからな、あとはヨロシク、竜殺し共」
「あぁ! 後は任せろっ!!」
「クリムっちゃん! ふくらはぎの約束、忘れるんじゃねーお!!」
「う……うん!」
――――『群像』、という言葉がある。
たくさんの人々がそれぞれ生きる姿を集めた絵画なんかを指す言葉だ。
だからきっと、今ここにあるのは、正しく群像なのだろう。
同じだけ生きて来た人は居るけれど、同じ人なんていない。
みんな一緒なのは『時の流れ』のひとつきりで、その中にある指針も、願望も、選択も、行動も、全部がそれぞれ違うから。
だから、みんなが同じ開始地点のゼロ・スタートな世界でも。
そこから少しの能力の差や、選択の仕方や性格の違いで、大きく道が変わって行って。
そうだからこそ、今日までこのゲームをしてきたみんなにそれぞれ、過ごした時間の分だけ思い出は作られている。
何から始めて、誰と出会って、どんな事をして、その時何を思ったか。
そういう自分の大切な、かけがえのない自分だけのシナリオを、このMMOをするみんなが持っている。
そしてそんな『無数の主人公たち』の展開の先で辿り着いたのが、この大戦場なのだと思う。
……だから私は、つくづく思うんだ。
『目立った人』は居る。
『すごい人』だって必ず居る。
だけど……『同じ人』なんて誰も居なくて、『なんでもない人』だってどこにも居ないんだって。
あぁ、面白い。楽しいよ。これがネットゲームの在り方なんだ。
現実みたいに『決まった生き方』を押し付けられることもなく、誰かの敷いたレールを歩く必要もなくて。
やりたいことをやりたいだけして、好きなことをめいっぱい好きになって、そこぬけに自由な生き方で、自分だけの物語を紡いでいく。
出会いと別れを繰り返して、ファンタジーな生活と冒険の日々を夢中で過ごして。
そうしていたくありがちな、だけれどとっても刺激的な思い出を、プレイヤー全員が毎日どこかで作り続けてく。
そんな風に進んでいくのが、MMOというとても大きな『群像』の劇なんだ。
「で、サクの字よぃ。俺っちはどうしたらいい?」
「……リュウはまめしばを見に行ってやってくれるか? ちょっと心配だし。あとはついでに、タコの上に居るロラロニーと、どっかに居るキキョウも」
「応よ!」
「それが済んだら……そうだな。そのリザードマンと一緒に怪鳥に乗って、ここの周りのネズミを散らしててくれればいい」
「おいおい、サクの字ぃ……このリュウジロウを見くびってんのか? サクの字がドラゴンと喧嘩するってんなら、俺っちも一緒に消える覚悟くらいは、とっくにして来てんだぜぇ?」
「いや、違うって。お前がそうしてドラゴン戦の舞台を作ってくれたなら、俺たち八人は必ず勝てるって話だよ」
「へぇ……? つってもやっぱしよぉ、頭数を並べたほうがいいんじゃねぇかぁ?」
「……聞け、リュウ」
「なんでぃ?」
「リビハは俺たちが必ず守る。だからお前らは、俺たちを必ず守れ」
「…………かかっ! なんでぃなんでぃ、こんにゃろう! 粋な啖呵を切りやがったなぁ!!」
「ピュルゥ♡」
「よぉし! あいわかった! そういう事なら俺っちぁ、リザードマンと連れ立って周りをブチのめしてくらぁ!」
「あぁ、頼むぜリュウ」
「……シ」
「……青ウロコ、お前も頼む…………そして、見とけよな」
「シ」
「俺は変わった。強くなったぞ。お前にやられたあの頃の、弱い俺とは違うんだ。だからお前は空の上から――俺の勇姿を見てやがれ」
「……シィ」
――――びび、と来た。
ネットゲームの素晴らしさを噛み締めていた私の耳に、サクリファクトの "空の上から" という言葉が入って。
…………見つけた。
今からすること。やりたいこと。私にしか出来ないこと。
『スピカ! 周辺の安全が確保されたよ!』
『シマリス型ドラゴンも向かってきてるよー! 戦闘準備、行ってみよー!』
「……ん」
彼らプレイヤーたちの、個性あふれる生き様を改めて想う。
……うん、そうだ。
それは私の愛した『星』とまるで一緒だ。
何にも縛られることはなく、広い宇宙の一箇所で、それぞれ個性的にしっかりキラキラ瞬く星と同じなんだ。
それはもちろん、一等星みたいに強く光る星もあれば、六等星みたいに控えめな主張をする星だってある。
だけどそれは決して『優劣』なんかじゃなくて、ただの『違い』で代えの効かない『オリジナル』。
それぞれ全部が違っていて、全部に代えの効かない独自のストーリーがある。
――――そしてそんな星たちが、今ここで竜殺しを支えてくれている。
……そんなたくさんの星々がまたたくこの戦場は、私はとっても綺麗だと思う。すばらしいものだと思う。かけがえのないものだと思う。
私はそんなこのゲームが、この世界が本当に大好きだって……そう心から言えるのだ。
だから、私は。
スピカとして、デザイナーとして、粕光乙女として、【天球】として。
そんな思いを、この溢れ出る情動を……そのまま真っ直ぐ形に変えて、この世界の空を彩りたいって思うんだ。
◇◇◇
「正義さん、頑張って!」
「下手こくんじゃねぇぞ、クソ死灰ぃ」
「ウオオオオ! ヒレステーキィ!! 仕上げてけぇ!!」
「頑張ってくださいませぇ~アレク様ぁ~」
「行け、殺界。PKらしくいつものように、邪魔な奴らをぶち殺せ」
「チイカァ! あたしはここで見てるからなぁ! 終わったらまたいつものベンチで、アタシのポーション飲んで……そんで頭をスッキリさせろよな~!」
「スピカちゅわぁ~ん! デュッフゥ~!!」
「周りの雑魚は任せとけ! だからあいつは頼んだぜ、サクの字ぃ!」
たくさんの声援を贈りながら、私たちから距離を取っていく援軍たち。
そうして開けた視界には、押し合いへし合いの戦場の中で、ぽっかり開いた空間だ。
これが日本国のプレイヤーが作ってくれた、邪魔の入らない決戦場。
そこで足を止める私たちの目に映るのは――――私たちが倒すべき、リスのドラゴン。
「……ふんす」
『あ! 杖を使うの!?』
『わ! ついにお披露目ー!?』
取り出すのは、魔宝石の芯だけを削り出して黒く染めた、地味な短杖。
ずっと昔に作っておいて、ずっと使わず……ううん、使えないまま取っていた宝物。
これが私のとっておき。
『羽根ペン』の形をしている『魔法杖』であり、『制御棒』だ。
……今までずっと必要なかった。
既存の星座をなぞるだけなら、この指ひとつで十分だったから。
それに、現実の私をリビハで見せるのは、今までずっと避けていたから……ずっと取り出せないままだった。
でも、今は違う。
使う必要があって、扱う意思もある。
そして何より。
今から私は、このペンを持つ必要があるんだ。
「ギヂュヂヂヂヂヂィ!!」
「……早速『体毛飛ばし』かよ、やる気満々だな」
リスの針が飛んでくる。
それを発射したリスの体毛が剥げていないのは、きっとサクリファクトが言った『超再生』の力による所なのだろう。
そんな針を守る星座を頭の中に思い浮かべて、その線の通りに光球と羽根ペンで描き始める。
「スピカっ!『春空』で防御を頼むっ!」
「…………」
…………『春空』はもう使わない。『冬空』だって描かない。
だって、この世界に季節はないんだもん。だからそんな空の形は、この世界にはそぐわないんだ。
……私はスピカで、粕光乙女だ。夢見る元ファッションデザイナーだ。
だから私は、模倣はしない。誰かの後は追わないし、偽りの形は描かない。
私は生む者、紡ぐ者。
この目で見たものと、そこから得たインスピレーションだけを頼りに、0から1を生み、その1を無限に広げる……『作る者』。
だから今から描くのは、私が見てきたオリジナル。
本当にあった伝説の――――その生き様の星座たち。
「……あ、あれ? スピカ?」
「…………」
「は、早く防御を……!」
……『光球』を並べ、その間に『羽根ペン』で線を引く。
この世界では初めて試す、下書きのない一発書き。ぶっつけ本番のフリーハンド。
だけど私に、迷いはない。
今の私には、すっかり自信しかないのだ。
だって答えは、頭の中にしっかりあるから。
「まずいぞ……! 針が来るっ!」
「おい、スピカ。お前……何してやがる?」
今から私たちを守るのは……すでに私たちを守ったもの。
現実世界の『春空』じゃなく、この世界には存在しない『冬空』でもなく、この世界で見た『守ってくれる存在』。
「……『廃人』」
デザインするのは、私たちを守ったガチ勢『ああああ』の人たち。
"春の星座で守護をする" なんていう抽象的なものじゃなくって、実際にここで私たちを守った精鋭の姿の写実的な背格好。
それを『光球』と『ペン』で描いて、空に飛ばして守護をさせる。
「おん? なんだお、あれ? なんかぼくたちに似てないかお?」
「……つーか普通に俺たちじゃね? ほれ、あの白いのとか完全に "****" だろ」
「はははは、なんだよ、俺型の星座? ははは、何か照れるな、はははは」
――――そして針は防がれる。
空に浮かんだガチ勢の姿を模した星座が、自由に乱暴に動き回って、ひとつ残らず防ぎ切る。
うん、これは当たり前だ。
だってあのガチ勢たちは、私たちをしっかり守ってくれたもん。
だったらソレを模したこの星座こそ、この地で一番堅い守りに決まってる。
「――ギッ!? ……ギィィィ…………ッ!! ギガギギギィーッ!!」
『ステーキ! 突進が来ますっ!!』
「オオッ!!」
リスの突進。構えるのは【脳筋】ヒレステーキ。
だけど強化が多重にかかったあの突進は、きっと受け止めきれないだろう。
だからあのタンクな脳筋に、加護を。
何があっても一歩も引かぬ、不退と前進を強化する加護を与えよう。
「……『戦騎』」
デザインするのは、気高く吠える大狼と、それに乗る2人の姿。
私たちの元へ命を捨てて駆けつけた、『両腕ドリル』と『めごめごちゃん』の勇姿。
何があろうと絶対退かず、鋼の意志を貫き通した英雄。
それを『光球』と『ペン』で描けば、そういう効果の『強化』になる。
「オォン……? 何か急に……筋力がみなぎりまくるってのよ!?」
『大狼を駆る騎兵の星座……? そんなもの僕は聞いたことが…………いえ! 形はともかく、これは素晴らしい強化ですっ! ステーキ! 持ちこたえますよ!』
「なんかわかんねーけど、これなら余裕っぽいってのよォ!!」
……うん、これも当たり前。
これがこの地で一番強い、『一歩も引かない意思』の形。
そういうことを実際にした英雄の姿の星座だから、そういう効果の強化になる。
「地ィッ……地地地地ィィィッ!!」
「……『大蛸』」
リスの足踏み。中国武術の震脚だ。
それに合わせて作る星座は、ロラロニーちゃんが連れてきた白い巨タコ。
八本足を描く『光球』と。それで全員を空に浮かせれば、地面の揺れは私たちに影響を与えない。
「うお、危ねっ! なんか浮いたぞ!?」
「わぁ~、『光球』に高い高いされちゃった」
「……ははっ! 足の裏に『光球』を潜り込ませて一瞬飛行させたのか。面白ぇ……地震回避に空を飛ぶってのは、大昔のRPGからド定番だからな」
……【竜殺しの七人】とサクリファクトで、丁度八本。
それを "なんて都合のいい!" なんて、私は決して言わないんだ。
こうしてデザイン元の姿形を上手く利用して、完成形に "それじゃなくては駄目だった" という説得力を持たせるのは……本職デザイナーの真骨頂。
だから都合は自分で付ける。それこそデザイナーが身につけて当然の技術なのだ。
「ヂァァアアアッ!」
「……チッ、トゲに震脚と来て、今度は砂かけかよ。ウザってぇ真似しやがるな」
「……『兜虫』」」
リスの砂かけ。それがマグリョウを襲う前に、砂粒の前に立たせるカブトムシの星座。
その翅を広げて受け止めさせれば、ショットガンのように飛んだ砂も勢いを失い ぽさり と落ちる。
「お、これは………………ははっ! あぁ、こいつも悪くねぇ! 写真撮って飾りたいくらいにはクールだぜ」
どうしてそこでカブトムシなのかと言えば、それはもちろん、マグリョウがムシを好きだからだ。
着るものに合わせてデザインを選ぶのも、これまたデザイナーに必要な能力だしね。
「ギヂィ!!」
「おおっ!?」
「……『蜥人』
リスのひっかき。その苛烈な一撃は近くのサクリファクトを狙い、命を奪おうとする。
それは『光球』じゃ耐えられない。だから、避けさせる。
デザインは、空飛ぶトカゲとソレが持つ縄。
いつか動画で見た、『トカゲの縄で攫われるサクリファクト』のイメージ。
それをここで今一度繰り返し、爪から空へと逃げさせた。
「――――おわっ! ……何だこれ? リザードマンと怪鳥の星座……? つーかこの縄みたいなの、すげえ嫌な記憶が蘇るやつじゃん……」
作るのは簡単だ。だって実際にあったことなのだから。
空を飛ぶトカゲも、そのトカゲが持つ縄も、そしてその縄でぐるぐる巻きにされる情けないサクリファクトだって――私はこの目で見たことがあるんだから。
だからそういう星座を、『光球』と『羽根ペン』で描くことくらい、プロの私には造作もない。
「……『獅子』、『呪木』、『鬼角』」
「ギッ!? ッヂィィィ……ッ!!」
「トカゲが消えて……今度は……ん?『鬼角牛』? あの牛の星座が、リスを突き上げたのか?」
「ふむ……サクリファクトよ、それだけではないぞ。あちらに居るのは『燃えるライオン』、そしてこっちは『太根っこの化け大木』だろう。それらが星の獣となりて、我らを守り、そして戦っているようだ」
「へぇ……なんか……いいじゃん。うん、いいな。リビハらしいし、かっこいい」
『白鳥座』は作らない。白鳥はリビハに居ないから。
だからここに浮かぶ星座は、『体が燃えているライオン』という実在幻想生物の姿。
『大熊座』も描かない。大熊はリビハに居ないから。
私が作る星座の形は、この地で生きてる生き物の形。
それらの力で、強化と守護と補助をするのが、私が見てきたこの場所の事実。
「オオオオオッ! 強化のおかげでオレの筋肉が絶好調だッ! 何がなんだかよくわからんが、とにかく負ける気がしねェってのォ!!」
「こ、これは……! 私が助けたあの少女が、私を見守り……そしてサポートしてくれているっ!?」
「……ぁん? これは……強化か? それにしてはずいぶんと効くな。俺の体もよく動く」
ここは現実世界じゃない。
ここはRe:behindで、ギリシア神話は語られない。だから『勇者座』は空にないし、どこかの誰かが作った英雄だって描かない。
……私は見た。
実際に命を捨てて何かを成し遂げ、誰かを救った英雄たちを。
だからこの世界の空に輝く英雄の形は、『メドゥーサ殺しの英雄ペルセウス』なんかじゃなくて――――『この世界に生きる英雄たち』であるべきなんだ。
「……『英雄』」
そうして私が見てきた『一番強い英雄の形』を空に描写して、この場のみんなの強化に変えれば、Re:behindの星空は作られる。
「なんだろう、初めて見るのに初めてじゃない……そんな形の星座ばっかり。スピカちゃん、何か変わったねぇ」
「…………『教官』」
「え、今度はあのハゲの……"ここは俺に任せて先に行けー!" って言ってた、【新人教官】ウルヴの形? ……んふふふ! すごいね! そんなのもあるんだぁ!」
「うん」
「んふ、いいね。これはとってもステキやよ。ボク、こういうの大好き」
空を彩れ、混沌な個性。私が見て来たリビハの星たち。
そうして世界を守る彼らに、その生き様から生まれでた加護と、強化と、守護を振りまけ。
この地の実在の『生き物』と、本物の『英雄』と……そして本当の『物語』を、星座にして語り継ぐんだ。
「ね~? スピカちゃん?」
「…………?」
「あのさ。春の星座を並べる陣は、『春空』って名前でしょ? 冬の星座だったら『冬空』だし……あとはほら、前のリス戦でやっていた、『琴座』や『射手座』『てんびん座』で作る極大補助魔法陣には『英雄』って名前がついてたよね?」
「……うん」
「んふふ、じゃあさぁ……今日の星座を浮かべる陣は――――なんていう名前なのかな?」
……【殺界】に聞かれたことは、もう頭の中に浮かんでる。
事実の神話を辿り、真実の伝説を模し、本当にあった英雄譚を紡ぐ、Re:behindだけの星群の最強補助魔法陣。
――――これは私の人生だ。
私が見て来た英雄を、仮想と現実で出来た私のすべてで、この大空に輝かせる。
これが私の生き様、私の全部で、そのものだ。
だからこの『星座を並べる魔法』の名は、私の持つ名と同じもの。
すなわち、この星空こそが――――
「――――『天球』」
「んふ、だと思った!」
これが天球。Re:behindにあった真実の神話。
だからこれがこの世界の、天球。
◇◇◇




