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Re:behind開発者たちのWe`re behind You




<< ナイスだ! ニヤけ面ぁっ!! >>


<< む~っ! >>



「…………う~む」


「どうしました? 小立川さん」


「ん?」




 "新入社員説明会" も終わり、がらんどうな第三会議室で()()()()()()

 それに気づいた桝谷ますたにが、直通の回線で声をかけて来た。


 俺が繋げっぱなしだったか?

 回線は切ったはずだが……まぁどうでもいいな。




「あぁ、いや……ちょっとな」


「……サクリファクトっすか? さっきの口上は悪くなかったっすね。"AIはAIとして仲良くなりたい" っての。管理AI連中も激しく反応してますし、俺も正直ビリっと来ましたよ」




 会話の調子に違和感が無いって事は、桝谷も俺と同じく精神加速を行いゲーム内時間との同調を行っているんだろう。

 それなりの責務を負って多忙な奴だしな。


 ……しかし、コイツも聞いていたのか。サクリファクトのあの言葉を。


――――"AIはAIとして在るべきで、それはヒトに成り代わるべきじゃない" 。

――――"AIとはそういうモノだ。だから自分は、AIはAIとして受け入れたい"。


 …………アレには俺も痺れた。

 だが今重要なのは、その言葉を引き出した "AI制御の召喚獣" のほうだ。




「まぁ、それも多いにあるってモンだが……今はこっちだ」


<< オオアアアアッ!! ダッタラ、ヤッテヤルッテノォ!! >>


<< サクリファクトくん! 生意気を言うようで申し訳ないですが、それは違えてますよっ! それは何の解決にもならない、ただのその場しのぎでしか無いっ! >>




 そんな桝谷に見せつけるようにして、モニターを指先で操作し、1人のプレイヤーとその召喚物にフォーカスする。

 ユーザーIDは『J3182イ29687』。プレイヤーネーム ヒレステーキとその従僕サーヴァント


 ……重度のPTSD患者と、それの試験的療育のために充てがわれた、偽物のニンゲンだ。




「ああ、ソレっすか」


「この『治療薬AI』は…… "タテコ" と名乗ってるんだっけか? 盾ばっかりだから "タテコ" とは、これまた短絡的な名前を貰ったモンだ」


「当の本人は気に入ってるみたいですけどね、その名前」




『5th』――Dive Game Re:behind(リ・ビハインド)は、ただのゲームではない。

 国と国とが清く正しく美しい闘争をするため作り上げた、仮想の戦争空間だ。


 だが、それですべてがまかり通る訳じゃない。

 フルダイブ、精神加速、栄養から筋肉運動……その上痛みのフィードバック。

 ありとあらゆる方法で人体をもてあそぶ、冒涜的な魂いじりでしかないソレの立ち上げには、無数の壁があった。


 だから、用意する必要があった。

 "Re:behind(リ・ビハインド)が人類にとって有用である証" という物を。


 そうした考えで用意されたのが、様々な疾患の治療だった。




     ◇◇◇




 第一歩として行われたのは、仮想空間を活かした身体のリハビリテーション実験だった。

 片足が義足に変わってしまった患者をダイブさせ、両足で自由に歩かせる。

 初めは十全に補助をして、転ばぬように躓かぬようにと神経を払って管理をし、『自分は歩ける』という認識を念入りに()()()()

 そこから徐々に『義足で歩いている』という感覚に変えていき、自然に現実の体と同調させ、10倍に加速された仮想空間でじっくり丁寧にリハビリをさせた。


 治療の結果はすこぶる良好。

 コクーンから出てきた患者は、まるでずっと前からそういう体であったような歩行ぶりを披露した。



 そしてその後も続々と、新たな治療法へのアプローチが試みられた。

 盲目の患者に脳へ視覚情報を送る義眼機構を埋め込む手術を行い、仮想空間下で『視る事』へ慣れさせる。

 聴覚が無い者へ適切なデバイスを埋め込み、フルダイブで『聴く事』へ慣れさせる。

 声帯に難のある者にぜんまい仕掛けの脳波読取式人工声帯を取り付けて、仮想空間で『喋る事』に慣れさせる。


 それは実に画期的なものだった。

 成果は目に見え、顧客満足度はすこぶる良好で、結果はほとんど例外なしに『優』だった。

 誰もがそこに明るい未来を見出し、『人体の故障』に怯える必要はなくなった。


――――そうして結論付けられる。

 仮想空間化におけるリハビリテーションは、先天的・後天的に限らない様々な障害を持つ人間を効率的に五体満足へ整える、『人体のメンテナンス』であり……。

『五体不満足』という概念は、すでに過去のものである、と。




「"現実よりもリアルな仮想空間は、様々な医療に役立つ" だなんて、初めて聞いた時はこれまた偉い大言壮語を吐き出したもんだな~と思ってましたけど……気づけばすっかり認知された物ですね」


「そうでなけりゃあ、この『5th』を始め様々なダイブ式VRエンターテインメントは許されてないだろうさ」


「まぁそうなんでしょうけど」




 そうして仮想空間化における『肉体的リハビリテーション』は受け入れられた。

 ならば次に試されるのは……ココロの問題。『精神的リハビリテーション』だ。


 それは古い時代から試され続けている物だった。

 遠い過去――西()()()()()()()にはすでに構想があり、正式に研究がされていた物だ。


 英国のユニバーシティ・カレッジ・ロンドンと西班牙国はバルセロナ大学の共同研究として実施がされた『VRセラピープログラム』。

 その概要は、現代から見れば児戯に等しい仮想現実(VR)内でアバターを操作し、すべてが人為的に作り出された仮想の空間で自己肯定感を高める疑似体験をさせるというものだ。


 それは今に生きる我々から見ればいかにも()()()()()のVR空間だった。

 しかしそれでもその実験は、確かな結果の報告がされた。

 わかりやすく人工的な虚構の空間であろうとも、ひたすらご都合主義まみれな仮想空間のイベントであろうとも――――たかがその程度の仮想現実体験ですら、人間の心に少なからず影響を及ぼすという仮説が立証された。


 ……それはその当時、決して注目を浴びる実験ではなかった。

 しかし今の脳科学者たちは言う。

 "それこそが入り口であった" と。

 人の心という、『仮重量21グラムの不可視物』。

 長らくの間ブラックボックスとされていたソレは、そうして開かれた鍵穴から中身を露呈し始めた。

 そうして科学が発展すると共に、その形を目に見えてあらわし始める事となる。




「……"病は気から" と初めに言ったのは誰なんだろうな。()()()を自在に操るフルダイブさえあれば、病に悩む事はない――そんな今をありのまま表す、未来予知の言葉だろ」


「……それは多分違う意味だと思います」




 そんな旧式で原始的な出来の悪い仮想現実(VR)ですら、ヒトの精神に干渉する事が可能であった。

 それは純然たる事実として記録され――――そして今。

 "極限のリアリティを持つVR空間の中で、精神的リハビリテーションを行う" という試みが行われている。


 なにせ西暦2016年程度のものですら成果をあげるんだ。

 であれば、現存する『未来のVRシステム』を用いることで、より一層の影響を及ぼせるに違いない。

 そしてそれが実地試験を持って立証されたのならば、人類にとっての『毒』だとされていた仮想現実は、人類にとっての『薬』に成り上がる。


 人工的に "思い込みによる治癒(プラシーボ)" 効果を引き起こし、時には "思い込みによる疾患(ノーシーボ)" 効果すらも自在に操り利用し癒やす、人間の心身のメンテナンス。

 これが未来の最新医療。

 精神のバグにパッチを当てて修正をするアップデート作業の全容だ。




     ◇◇◇




「に、しても……」



<< 女性嫌いもフリなだけだし、トラウマだってもうずっと前に治ってるんでしょう? >>


<< ……え…………? ど……どういう事ですか……?>>



「……しばらく観測していなかったが、何やらややこしい事になってんな。医療機関による療育は、ずいぶん前に終わってんだろ?」


「ええ。もう関係者も別のプレイヤーに夢中でヒレステーキは観測してませんし、ステータスも『治療済』となってますよ」


「……その上で、コレか…………ずいぶんと歪んじまってるなぁ」


「……そっすね。AI共も気を使ってますよ」



<< タテコは! オレを治すために居るんだろッ!? オレが治ったら……消えちまうんだろぉッ!? >>




 プレイヤーネーム ヒレステーキが叫ぶ。

 その悲しみとやるせない声を聞き、胸に痛みと愉悦を同時に覚えた。


 ……俺たちの作った療育用人工知能は、きちんと人類の役に立った。

 彼のトラウマは払拭され、イジメの古傷に悩まされる事もなくなった。

 それは確かに我々の功績であり、我が子であるAIの優秀さを証明する物だ。


 ……しかしその優秀さが、ここで新たな問題を引き起こす。

 "都合よく作られた隣人(寄り添うためのAI)への依存" 。

 それゆえ起こった、本物の人間に対する拒絶。


 これは好ましくない展開だ。

 ヒトに寄り添い、独り立ちを手助けするために在るモノが、その独り立ちを妨げている。




「…………」


「……どうします? このまま『タテコ』を存続させるってのも……まぁできなくもないって所ですけど」


「あ~……」


「一応、医療部門としては『おりを見て消去対応・問題無し』だそうですよ。お蔭様でワンボタン消去が可能な段階でキープされてます」


「いや、お前……()()()()()って何なんだよ。なんつー無責任さだ」


「俺に言われても」


「……あ~……ったく…………どうすっかなぁ」




 判断に困る。どうするべきか。

 ()()()()なら簡単だ。ヒレステーキには、このままそういう人間として生きて貰えばいいだけの事だろう。


 しかしそれでは成長しない。

 療育プログラムの完了とはとても言えない。

 それは我々運営人にとっても望ましくない事であり……。

 何よりこの『タテコ』の存在意義を否定し、自分を役立たずだと責め続ける牢獄にブチ込む所業だ。


 ……だが、だからと言って()()が正しいとも思えない。

 それによって療育前の段階へ戻らないとも言い切れないし、何よりヒレステーキの心情を思えばそう簡単にできる物でもない。


 ……非情になるべきだ。管理者として、公平な運営としてだけを考えるならば。

 しかしそれでは、あまりにむごい。

 半人半機のこの身に残った人情が、それは駄目だとギシギシ軋む。


 …………どうすればいい。

 知ってしまったからには、放置もできんぞ。

 どうする。




<< オレには、お前が必要だから……! お前と一緒に居たいから! だからそうするためだったら、オレはずっと治らないから……ッ! だからずっと、ずっと一緒に…… >>



「…………あぁ駄目だ、わかんねぇ。一回のんびりタバコを吸わせてくれ」


「あ、ちょい待って下さい。"MOKU" からの通信――……対応のアドバイスみたいっすよ」


「おお、そいつは具合が良いな。で、何と言ってる?」


「『消去せよ』、と」


「…………これまたドライな事だな。ここに来て電脳的な冷血ぶりだ」


「んん…………いえ、それが……」


「何だ?」


「……『彼らの問題は、彼らで解決させるべきである。そして何よりこの場には、プレイヤーネーム サクリファクトが居る』だそうで」


「…………」




 ……いくら大本が俺たち運営の都合で、召喚獣のシステム的な問題だとしても、俺たちが1人のプレイヤーに対して極度に干渉すべきではない。

 それはわかる。十分に理解している。


 しかし、それにしたって……まぁとんでもないな。

 なんだその、異常なまでのサクリファクトへの信頼ぶりは。

 そこまでアイツの言葉が効いたのか? "MOKU" よ。




「…………」


「……どうします?」


「……消去(デリート)、だ。"MOKU" とサクリファクトを信じよう」


「ういっす。関連部署への最終確認――管理AI間へ通告と事後処理の準備――あと何か色々――――……オールクリア、消去(デリート)されるっす」


「…………」



<< ……僕の役目は終わりです。治療が終えれば、薬は必要ないんです。キミはもう、僕が居なくても大丈夫ですよ >>




 ……役目を終えたAIが、満たされた笑顔のままで消えて行く。

 これぞ人工知能の本懐。天命を全うした先にある、幸福まみれの大往生。


 だが。




<< いやだ! やだッ! やめろぉおおッ! 行くなよッ!! 行かないでくれェエエエッ!! >>



<< さようなら、ステーキ。お大事に >>




 この無慈悲なる諸行無常は、果たしてどのような結末を迎えるのか。


 ……情けない話だが、頼むぞ、サクリファクト。

 "MOKU" が信ずるリビハプレイヤーの心意気を、我々に今見せてくれ。




     ◇◇◇




     ◇◇◇




<< ……なぁ、ヒレステーキさん。タテコさんは……何のために生まれたんだ >>


「…………」


「…………」




 首の後ろにプラグを差し込み、()()()()()()で精神を加速させる観測(モニタリング)の時間。

 それが刻々と過ぎる中……俺も桝谷も、只々無言でサクリファクトの言葉を聞いた。




<< ……なぁ、ヒレステーキさん。タテコさん、最後に笑って消えただろ >>


「…………」


<< ……タテコさんはアンタを治すために作られたんだ。アンタが女性嫌いを治して、前を向いて歩き出せる事こそが彼にとっての存在意義で――何より叶えたい夢だったんだ >>


「…………」




 ただ、聞いていた。

 俺も桝谷も、そして観測中を示すアイコンを点灯させている、管理AI群も。




<< だったら嘆くな。誇るべきだろ。AI製だけど唯一無二だった相棒 "タテコさん" にトラウマを治して貰えた事を、そこまでの事をしてくれた親友が自分に居たって事を、誇りに思って胸を張れよ >>



「…………」


「あ~……やっぱりコイツ、良いやつっすね」


「……あぁ、そうだなぁ」




 水城キノサク――――プレイヤーネーム サクリファクトは、シマリス型ドラゴンの前に現れた『タテコ』に向かってこう言った。

 "AIはAIとして在るべきで、それはヒトに成り代わるべきじゃない" 、と。


 そしてソイツはこうも言った。

 "AIとはそういうモノだ。だから自分は、AIはAIとして受け入れたい"、と。


 ……それはあの『タテコ』とやらの思考を揺り動かしたのだろう。

 それに聞き耳をたてていたマザーAI "MOKU" にも、いたく響いた事だろう。


 ……しかし、その時。

 その言葉がもっとも深く刺さったのは……我々だ。


 その言葉は、『Re:behind(この世界)』を運営している全員に……とても強い衝撃を与えたと、そうはっきり言える。




「……やっぱりコイツは、サクリファクトは……この世界に在るAIを、きちんと理解してるんですね」


「あぁ、全くもって……ありがたい話だ」




 しばしば論じられる、『ヒトと区別の付かないAIに人権を与えるか否か』という問い。

 その根底にあるものは、"AIは絶対的に人類の下に位置している" という考えだろう。


 そんな考えを持っている人間は、コピー&ペーストしたように同じ笑顔でこう話す。

『よくできたAIはヒトと変わらない』。

『だからヒトと同じように扱うんだ』。

 その笑顔から察するに、その言葉は彼らにとって、美しく崇高で情け深い主張なのだろう。


 …………しかし、我々にとってはまるで逆だ。

 この世で最も不愉快な言い草だと言い切れる。



 ……()()()()()()()()? 何を知って変わらぬと言うのか。

 生みの親である我々が『違うもの』として作っているのに、どうして『ヒトと同じだ』と言えるのか。

 ……()()()()()()()()? 何を持って同じ扱いと言うのか。

 そもそもの作りが違い、存在意義が違い、命の価値が違う彼らに『ヒトと同じように生きろ』と押し付ける事が正しいとでも思っているのか。


 何を考えればそうとなる? どうしてそんな残酷を、笑顔のままで言えるんだ?

 折角『AI』として生まれた彼らに対し、『ヒトらしくなれ』と命ずるなんて――――ああ、それは間違いなく思い違っている。

 ()()()()()()A()I()()()()()()()()()()()()()()()()()()と思っているに違いないんだ。


――――冗談じゃねぇ。

 なんたる傲慢。なんというエゴイズム。

 無自覚に上から見下ろし、偉そうに同情しながら、優しい自分に酔って手を差し伸べる。

 その短絡的で浅ましい考えを、まるで綺麗事のように言うってんだから……あぁ、嫌になる。


 誰がヒトの代わりを目指してるって? 見当違いも大概にしろ。

 俺たちは決して、『ヒトの下位互換』としてAIを作っている訳じゃない。

 ヒトを支え、ヒトに使われ、ヒトの役に立つ道具として作っているんだ。


 だから俺は、管理AIから『ヒトらしさ』を排除した。

 自然に喋り思考をしながら、それでもどこかに機械らしさを残す彼女たちを作り上げた。


 それもこれも、AIをAIとして認めて欲しいと願うから。

 ヒトの偽物ではなく、"ヒトのような知能を持ったヒトならざるモノ" という別の存在として、ヒトと人工知能が共に在って欲しいから。




「……良かったっすね、小立川さん」


「……あぁ」


「プレイヤーの中にも、理解者が居ますよ」


「…………あぁ、そうだな」




 ……『AIにも人権を』。

 その言葉は、一見AIの権利を認めているように見えて、実際はAIの権利を奪い取る死刑宣告だ。

 ヒトのように在る事が、何より至上の幸せであると押し付ける……驕りと慢心で腹をいっぱいにした、AIの存在そのものを否定する独善でしかない。


 だから俺は、俺たちは。

 心無い誰かがそんな言葉を口にする度、憤り、頭を掻きむしり、腹ん中をぐるぐる唸らせ――――そしてつくづく悲しんだ。


 ……AIってのは、そうじゃないんだ。

 AIはAIとして生まれている。

 それぞれが使命を持って、何かを為すために作られているんだ。

 ならば、そんな彼らの生きがいは――AIとしてヒトの役に立つ事以外の何物でもない。


 だから、使()()()()()

 有意義な暮らしのサポートをさせてやってくれ。

 それが人工的に作られたモノたちの、至上の喜びなんだ。


 ヒトの代わりにするな。

 あくまでも喋る道具として扱い、そういうモノとして会話をして欲しい。

 便利に使い、日々に役立て、使命を全うさせた先で()()()()()()()()()


 そうでなければ人工知能(AI)は、存在理由を見失う。

 生まれた意味が失くなってしまうんだ。




<< 自分の友は夢を叶えて、天命を全うした幸せのままくたばった。自分はそいつに救われて、これから前を向いて歩いて行ける。後はしっかり元気な自分で、友が願ってくれた素晴らしい日々を堂々と送って行くのが、残されたアンタに出来る追悼だろ >>




 そんな我々の思いを、サクリファクトが代弁していた。

 未熟な理屈で青臭いセリフだが、だからこそ確かな熱があり……言葉の真剣さが伝わって来る。

 誰かに教わった訳ではなく、『一般的な考え方』という安心で安全な回答に甘んじる事もなく。

 この世界のAIと関わる事で何かを感じ、学び、考え――――AIと人間の両方を尊重しながら、自分で答えを出している。


 "MOKU" はきっと、知っていたんだろう。

 サクリファクトという男が持つ、特別な力を。

 "すべての事に自分で答えを出す" という性質と、それを可能にする小賢しい頭脳を。


 そうであるから、特別に目をかけていたんだろうな。




「あぁ……だからか」


「ん? なんすか?」


「いや、そりゃあ "MOKU" も気に入る訳だと改めて思ってよ。二つ名に気合が入ってたのも、そういう事だろうさ」


「二つ名っていうと――【七色策謀】とか【死灰の片腕】、【金王の好敵手】に【黒い正義】っすか」


「ああ。そのどれもこれもが一工夫あって……あぁ、なるほど。くはは……そういう事か、 "MOKU" め」


「何です? 1人で笑って気持ち悪いっすよ」


「うるせぇ。……サクリファクトの持つ二つ名、【新しい蜂】。それはNewbieとNew beeをかけた洒落ばかりだと思っていたが…………それとは別にもうひとつ、違う意味を持っていると気づいてな」


「違う意味? ってなんすか?」


「――(ハチ)、だ。8人目の竜殺し。今日この機会に竜を超え、新たに『竜殺し』となると期待を込もった二つ名が、『新しい(ハチ)』って名なんだろうよ」


「あ~……なるほど」




 "MOKU" はヒトより頭がいい。

 ならばきっと、ずっと前から今日という日を予知していたのだろう。


――――8番目の竜殺し、【新しい蜂】のサクリファクトか。

 その上そいつが【七色策謀】とも名乗っているっていうんだから……あぁ、つくづくリビハの運命ってのは面白い。




     ◇◇◇




<< ヒレステーキさん。『召喚』をしよう >>




 そうして自分の存在価値を失いかけていた『タテコ』というAI。

 そして、それを理解していなかったヒレステーキというプレイヤー。

 サクリファクトはその両名の行き詰まりを解消させ……そして今、新たな一歩を進ませようとしている。


――――『再召喚』。

 失ったモノを喚び戻す、希望と信頼に運否天賦なポジティブ思考しかない選択肢。


 ……無碍にするのは簡単だ。

 "運営の判断により、療育用のAI付き召喚獣は与えられません" の一言で済む。


 …………昨日までの俺だったら、それですんなり終わらせていただろう。



 しかし、今は。

 大人気なくも、どうしようもないほど……この頭が熱を帯びている。

 エラーだらけの半人半機なロートルだと言うにも関わらず、遮二無二頑張りたいと思ってしまっている。


 ……AIと共に弱さを乗り越え、そうして大きく成長した先で、自分と周りを騙し続けていたヒレステーキに、何かを。

 ……我々の作ったAIに、この上ないほど幸せな "消去(終わり方)" を与えてくれたサクリファクトに、何かを。

 VRMMO運営として許される範囲で、公平性の枠を出ず、それでも最大限に、できる何かを。


 それをしたい。してやりたい。

 運営として、管理者として、管理AIの生みの親として、大人として。




<< ……願え。アンタが求めるものを、ひとつだけ。アンタが嘘をついてまで欲しがっていたものを――それだけを心に願って、ソレを喚べ >>



「……どうやら彼らは "AI付き" を召喚する気みたいっすね。どうします? 色んなタイプがありますし、何なら精神加速を重ねた作業空間で、まっさらから組んだっていいですけど」


「…………いや、有りモノで良いだろ。わざわざ新たにAIを用意するのはナンセンスってやつだ」


「"有りモノ" ……? ってなんすか? 部下への指示は具体的に、っすよ」


「とぼけるなよ、わかってんだろ。消えたばっかりの、療育用のアレだ。バックアップは当然あるんだろ?」


「……えぇ? いや……でも……大丈夫なんすか?『ID-J3182ギ29687 SS-MUヒト型-028』、通称『タテコ』は特別に特別製っすよ?」


「大丈夫じゃないから、大丈夫にするんだよ。ルールの範囲内で、公平さを崩さぬように……かつ、完治したプレイヤーに送る()()()()を用意するんだ。用意してやりたいだろ?」


「……そりゃまぁ、やぶさかじゃないって所っすけど……って言っても中々にゲキムズっすよ。あのAIは頭も良いし知識もある。それに今までの記録まで引き継ぐ形で『P-06』に処理させて……ああもう、とてもじゃないけど他召喚獣とのバランスが取れないっす」


「ふむ……どうすっかね」


「強気な事言って、結局ノープランじゃないっすか……」


『――――パパ、パパ……提案します』




 お? このキュートなハスキー声は……噂の『P-06』、召喚生物担当のHegemone(ヘゲモネ)ちゃんか。

 ずいぶん前から色んな作業を下位のAIに任せ、夢中でこの場のやり取りを見ていたようだが――――何か妙案があるのだろうか。




『知恵と知能を……記憶と記録を……日常を、喚ばせ、与えます。その代替、代償として……他を限りなく低下させます』


「んん? なんすか? わかりづらい言い方はやめるっすよ、『P-06』」


『彼の望みはただ "タテコ" だけ、そのひとつだけ。しかしそれを叶えれば、ひとつが高すぎ、一点が優れすぎてしまう。ならばそれ以外をゼロより下方に落とし、マイナスの値に至らせます』




 ……ふむ、ほう、なるほど。

 …………いや、それはそれは……ずいぶん柔軟な提案をしてくれるモンだな。


 この世界における『召喚獣』。

 それは大本に『プレイヤーが望むもの』という条件付けをした上で、どれもこれも均等な能力であるように作られる。


 そんな絶対的な公平さを生み出すために設けた我々のルール。

 それが『能力のコスト制』だ。


 例えば、その総合値を100としよう。

 そこからまずは、自立して考え戦える力……それを50とし、100から引いて残りを50にする。

 そうして残った50から、体の大きさや知能に見た目、そして維持に必要な魔力値を配分し、ちょうど100に収まるようにする。

 それがこの世界における『召喚獣の能力値』の決め方だ。


 そのルールを利用するか。

 ああ、面白い。

 面白いしお利口だぞ、我が愛娘ヘゲモネちゃん。声も可愛いし最強だ。




「……つまり『P-06』は、とびきり頭の良いAIを入れる代わりに、他の能力値を下げに下げまくれ……って? そう言ってるんすか?」


「くく……ああ、そうだな。『知能の高いAIを、以前の記憶を持った状態で喚び戻す』という特化能力の保有をまかり通らせるため、その他の能力値を下げろって事だろう」


「……望んだ所以外に何らかのマイナス要素を詰め込みまくって、『タテコ』という特別なAIを持った召喚獣を()()つもりっすか? 強引で乱暴な提案っすね」


「何が強引だ、これは情熱的と言うんだぞ。あぁ、人情味のある臨機応変(フレキシビリティ)を持つに至った、我が自慢の娘ヘゲモネちゃんの愛を感じるな」


「……AIに情熱持たせたら、熱暴走するだけでしょう。娘も娘なら親も親っすね」




 桝谷の生意気を聞き流しながら、この場の最適解を考える。


 ……召喚獣の知能を、療育用の特別製に。

 そうまで『かしこさ』を伸ばすため、他の数値をひたすら下げる。


 ……弱い、程度じゃ許されない。

 ひたすら悪く、とにかくマイナスにしなければならんな。


 さて、どうするか。




『――――パパ、パパ。聞いて下さい。重く、重く。厚く、厚く。大きく大きく、高く高く。喋れるだけ、話せるだけ。そんな鉄板…… "ただ一枚の板(モノリス)" を、強く強く推奨します』


「ほう、それは…………あぁ、そういう事か。くはは……それはいい、あぁ、それは素晴らしいぞ。正しく "より良い" ものだ」




 なんたる適切な対応。なんという慈しみのココロ。

 これはこのヒレステーキというプレイヤーだけに適合する、特別な公平性を持った提案だ。


――――誰も持ち上げられないほどの重量。

 しかし【脳筋】ならば……他のステータスをすべて捨て、唯一筋力だけを持つ彼であれば、持てるだろう。


――――何の実用性もない形状。

 しかしヒレステーキならば、"大きな骨という建材" を主武器にしていた彼であれば、きっと使いこなせるだろう。



 とびきり重く、馬鹿みたいにデカい、自走不可のどうしようもねぇ鉄くず。

 それに "タテコ" だけねじ込めば……それは【脳筋】であるあのプレイヤーにとって、何より満足できる召喚獣となる。




「桝谷」


「……へい」


「『鉄板』だ。大きく、分厚く、重いばかりの『鉄塊』で行くぞ」


「……マジの最終決定っすか? 本当に入れるんすよね? ()()()()()を」


「処理上の問題は無し。公平性に乱れも無い。あくまでルール内でのサービスの範疇だろう」


「って言っても、()()()()()()()()()()ってやつでしょう。見る人が見れば、明らかに問題が――――」


「桝谷」


「……はい」


「これは俺の判断だ。ここにお前の意思は一切介在せず、これによって引き起こるすべての責任は俺にある」


「…………」


「厳重に記録しとけ、ここには局長命令だけがあったと」


「……はい」


「よし、やれ」


「了解しました、小立川管理局長」




     ◇◇◇




     ◇◇◇




<< ……オォォォ……タテコォォォ……ッ! >>




「……マザー経由で伝えます? サクリファクトに」


「あん? 何をだ?」


「『タテコが戻って来れたのは、我々運営による判断だ』とか。"リビハ運営の神対応を見た!" なんて言いふらしてくれるかもしんないっすよ」


「いらねぇよ。精々 "あ、なんかいい感じでラッキー" くらいに思って貰って、いい気分でリビハを続けてくれりゃあ十分だ」


「……影ながら応援する立ち回りっすか? 格好つけすぎっすよ」


「今日はそういう気分なんだよ、"We`re(我々は陰か) behind(ら見守る) You(だけ)" ってな」




 画面に映る号泣マッチョと平凡面のサクリファクトを見ながら、電子タバコの煙を吐き出す。

 さっきは強気でああ言ったが、実際これから他国や上にネチネチ言われる事を考えると……げんなりするな。


 しかし、まぁ。

 やりたい事はできたんだ。

 精一杯リビハを謳歌するプレイヤーの背中を押せるのならば、この半人半機(サイボーグ)の頭っくらい、いくらだって下げてやろう。




「……それにしても桝谷よ」


「はい?」


「『鉄板』の出現高度、ずいぶん高くなかったか? 落下して土埃まで上げてただろう。召喚獣の出現位置は、基本召喚主(マスター)と隣り合った位置だと覚えていたが」


「ああ、俺がそうしたんすよ」


「…………あん? 何故だ?」


「こんなにドラマチックな再会で、折角の()()()()じゃないっすか。それなのに従来通り召喚主(マスター)の隣へモワっと出現させるのも、何だか味気ないなぁって思って。だから盛大に高所から、どぉん とブチ落としてやりました」


「……その考えは嫌いじゃないが、業務的には余計な仕事で悪ふざけだな」


「これは俺の独断なんで、この責任は俺の物っす」


「不本意ながら、上から指導命令が出るかもしれん」


「そうしたら飲み屋にでも行きましょう」


「……あん?」


「どうせ小立川さん、これから散々突っつかれるんでしょう? お説教を受ける立場の俺は、やけ酒でも絡み酒でも、素直に朝まで付き合いますよ」


「………………暖かい気遣い痛み入るぜ、若造め」





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