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第四十六話 The world is your oyster 3




     ◇◇◇




「いやマジで! さっきも言いましたけど、アンタの二の腕はまるで大岩のようっすよ!」


「おお……そ、そうだろぉ?」


「そうっすよ! もこりと膨らんだ存在感! 機能美を内包した力強さの象徴! その完成度たるや、男とはかくあるべしって感じっす!」


「オオ……まぁ、な! そりゃあそうだろっての!」


「サクリファクトくん……? キミは一体何を言い出すのですか」




 ヒレステーキさんの召喚獣であるタテコさんが、"何言ってんだこいつ" と言わんばかりの……っていうかモロにそう言いながら、正気を疑う目つきで見てくる。

 だけど気にせず、更に言おう。

 俺は確かめなくちゃいけないんだ。




「あとはその……ええと、腹筋! 腹筋もバッキバキのゴリゴリだしっ! それに背中の筋肉なんて、ローマとかそういうアレの彫刻的なアレみたいっす!! パワー的なアレがすげえアレっすよ!!」


「オオ、オオ!! そうだろう!? ああ! そうなのよ!! オレは、パワーなのよッ!!」


「ああ、ホントそうっすね! パワーがすごくパワーっすよ!」


「…………」




 ヒレステーキさんが顔を上げ、タテコさんが顔を下げる。

 先程とはまるで対照的な2人だ。


 確かに俺の行動は、突拍子もないアホ行動だろう。

 って言っても俺は別に、嘘やおべっかを言っている訳じゃない。

 ヒレステーキさんの筋肉はすごい。それは紛れもない事実だ。

 そして俺は、それを素直に格好いいとも思っているし、羨ましいとも思ってる。

 だからそれをそのまま言ってるだけだ。




「いいっすよね~、筋肉! 俺ももうちょい鍛えたい所っすよ!」


「なんだよなんだよ! サクサクもわかってんじゃねぇの!!」


「…………」




「……あ~……でも…………」


「おん?」


「正直な話、胸の筋肉に関しては……リスドラゴンのほうがいい感じっすね」


「…………なんだと?」




 俺がそう言った途端、急激にトーンダウンする重機のような大男。

 普段があけすけで快活だから、こうして機嫌を損ねた時の迫力が凄まじいな。

 触れてはいけない部分に触れた、って感じで。


 ……ああ、そういえば。

 海岸地帯で俺たちが女連れだと知った時も、こういう底知れぬ恐ろしさを感じた覚えがあるぜ。

 ほんの少しの時間だったけど、あの日の事は鮮明に思い出せるぞ。それほど印象深い出来事だったから。




「いや、なんつーか……リスのほうがモリモリ? だし…………"隆起してる"、とか言うんすかね? そういう感じっすよ。そりゃあもう鬼のようにムキムキっすもん、ヒレステーキさんと違って」


「…………」


「それにほら、リス自身も言ってますよ。"オレの胸筋はレベルが違う。密度もサイズも、そして硬度もヒレステーキとは段違いだ" って」


「……なにぃぃぃ?」


「サ、サクリファクトくん……!?」




 タテコさんが困惑顔で俺を見る。

 いかにも "何を言い出すんだ" とでも言うような、そんな顔で。


 ……俺も自分でそう思う。

 ヒレステーキさんに合わせた馬鹿さ加減で、ナンセンスな事を言っているって事くらいは、わかってるんだ。


 だけど、これが俺なりの解決策だ。

 今の俺に出来る最善で、ヒレステーキさんとタテコさんをどうにか良くする一番の方法だ。




「……ん? おいおい、聞いて下さいよヒレステーキさん。このリス野郎がほざいてますよ。"例えばその、巨大なハンマー。それでオレの胸筋を叩かれても、オレはまるきり屁でもない" って」


「オオオ!? なンだとォォオッ!?」


「更にはこうも言ってます。"この刺さりかけの剣だって、オマエの胸筋ならすっかり根本まで刺さっただろう。だけれどオレの分厚い胸筋は貫けないし、そのハンマーで杭を打つようにしたってビクともしないぞ" 」


「アアアアアアアッ!? ホントカァ!? ソレ、ホントウナンダナァァァアアッ!?」




 ……俺には、彼らの葛藤がわからない。

 それを聞けるほど仲良くないし、知れるほど一緒に過ごした訳でもないからだ。


 だから俺が今出来るのは。

 知らないままで受け入れる事。

 そして、知ろうと努力する事だ。




「オオアアアアッ!! ダッタラ、ヤッテヤルッテノォ!!」


「サクリファクトくん! 生意気を言うようで申し訳ないですが、それは違えてますよっ! それは何の解決にもならない、ただのその場しのぎでしか無いっ!」




 ああ、そうだ。

 これは今この時を良くする、その場しのぎ。

 そして――――ヒレステーキさんへの()()だ。


 そんな俺の狙い通りに、ここには2つの成果があった。

 ひとつは『ドラゴン殺しのための誘導』。

 そしてもうひとつは……『彼がどういう人物なのか知る事』。


 そのどちらをも、俺はここに得た。




「オオオオアアアアアッ!!」




【脳筋】ヒレステーキさん。

 彼は脳みそまで筋肉だ。

 筋肉狂いで知性ゼロ。勢いが付けばまともな日本語さえも失って、獣のように咆哮する。

 およそまともとは思えない、本能と手足が直結しているかのような単細胞。

 それはもう、そこぬけにわかりやすく、わざとらしいほどあけすけにすげえ馬鹿だ。


 ……そうだ。

 彼の馬鹿っぽさは……どこまでも()()()()()()んだ。

 それはまるで、無理やり馬鹿を演じているかのように。



「…………」


「ス、ステーキっ!!」




「……よし」





 ……ただまぁ、とりあえず今はこれで良い。

 彼らの苦悩を解決するため、それに必要な物を積み重ねるだけでいい。


 だからひとまずこの場では、ヒレステーキさんが()()()()()()()()】と、目いっぱい一緒に戦おう。

 余計な事は考えず、筋肉至上主義のままで動いて貰うんだ。


 彼がそれを望むなら、俺はそれを尊重する。

 何が間違いって事もない。その人がそこに価値を見出すなら、外野がとやかく言う事じゃないんだ。




「……タテコさんっ!」


「――なんですか!? サクリファクトくん! キミは何なんですかっ!! どうしてキミは、いたずらにステーキを焚きつけるような真似をするんですか!? 馬鹿なステーキを言葉巧みにごまかして、それで根本的な解決になる訳が…………!」


「ヒレステーキさんを守ってくれ!!」


「は……なん……っ!?」


「役目だろ! やれよっ!」


「――ああもう! 言われずともわかってますよ!! 僕はそのために生まれて来たんだっ!!」


「オオオオッ! パワァァアアアーァァッ!!」




 馬鹿を演ずる筋肉男が、望んだ自分らしさのままで、俺に――俺の後ろに居るリスに向かって突進してくる。

 これでいい。今は、そうしているべきだ。


 ……そして、俺が今すべき事は、もうひとつ。

 リスドラゴンの方を向き、その向こう側に居る()()に声を届ける事。




「――――クリムゾンさんっ!!」


「は……はひっ」


「そっからキック! 真っ直ぐ、全力で!」


「え……で、でも! リスは打撃が効かなかったのだぞ!? それならまだ、剣のほうがいい感じのような気が……!」


「いいから! 早くっ! いつものアレをやって下さい!!」


「だ、だけど……私は、また【死灰】の足を引っ張るような事は……」




「…………ッ! うっせーっ!! つべこべ言わずにいいからやれぇええええっ!!」


「……ぅ……はっ! は、はいぃぃっ!『疾駆』ぅっ!」




 赤い鎧の小柄な彼女が、カタパルトで発射されるがごとくに加速する。

 こちらへ向かって真っ直ぐに、リスの背中に向かって一直線で。




「パァァァアアアア!! ワァァアアア!!」




 筋骨隆々の大男が、黒いハンマーを肩に担いで、土煙を上げながら駆けて来る。

 狙うはリスの大胸筋。刺さった『魔剣』を打ち付けるため、本能で生きる野獣のように。




「ギギィィゥゥァアアッ!!」


「――ステーキは僕が守るんだっ!」




 正面から襲い来る敵を裂こうと、リスが爪を突き出して、それを弾いた盾がある。

 自分の主に降りかかる害を、残さず排除する事を望んだ召喚獣が、自分の生まれた意味を叫ぶ。




「ギギ、ヂゥゥッ!!」


「逃がすか、ば~か。耐荷重5トンのバケモノロープ、千切れるもんなら千切ってみやがれ」




 リュウの知り合いである腕利き裁縫師ウィーバー、『ちくちくさん』。

 そんな彼女に作って貰った、『首なしキリン』の筋で出来た紐を使い、リスの左足と地面で縫い付ける。

 行動阻害はローグ()の本領だ。

 俺の行先を邪魔する奴には、息を吸って吐くように、悪態ついて中指を立ててやる。




「……足掻くな、詰みだ。てめぇが出来るのは死ぬ準備だけだぜ」


「ギ……ッ!?」




 そんなリスの足のもう片方は、『灰の手』によって拘束された。

 地の底から無数に伸びる禍々しい手は、死してなお恨みを募らせる亡者のように蠢いて。




「マッチョマッチョオラァァァァアアアアッ!!」


「食らえ邪悪なリスドラゴンっ! たぁーっ!!」




 前からのハンマー。後ろからの正義なキック。

 およそRe:behind(リビハ)で最大の力を持った2人による挟み撃ち。

 その力を前後から受ける『ツシマの魔剣』は、力が逃げる先を失って、リスの胸元に深く突き刺さる。




「――――ギ…………ッ!」




 リスドラゴンの胸に半分刺さっていた魔剣はそうして、板に釘を打ち付けるがごとく、ずぶりと根本まで沈み込んだ。


 込められたのは『眩暈(イリンクス)』。痺れを与える道化師(ピエロ)技能(スキル)

 狙った場所は胸部の奥の心臓部。【聖女】の『ヒール』で仕掛けた罠で、ならず者(ローグ)の俺が刺した場所。


 見上げるほどの茶色い巨毛玉に紫電が駆け巡り、大きくバチンと音がした。


 そして最後はビクリと震え、恐怖のドラゴンは動きを止める。

 死因は食中毒、ついでに不運な心臓麻痺だろう。




「……ィィ…………」




 "尻尾7本状態(第4フェーズ)" クリアだ。


 それと同時に俺は、今の自分に出来る精一杯をした。



 マグリョウさん、クリムゾンさん、ヒレステーキさん、タテコさん。

 それとチイカにツシマ。


 この場のRe:behind(リ・ビハインド)を楽しくさせる、頑張る俺の策謀は、まだまだこれから。

 始まったばかりだ。


 覚悟しとけよ。

 俺が全員、笑わせて―― 最後は一緒に笑ってやるぜ。




     ◇◇◇




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