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81 ルドーレ峡谷突破戦1

 それから二週間ほどの行軍が続いた。


 あれ以来、ブリュンヒルデはリゼッタ先生に師事し、剣を教わっている。


 たった二週間とはいえ、早くも成果が出ているようで、彼女の剣技には明らかに鋭さが増していた。


 そして――僕らはその日、二つ目の難所に到達した。


 ルドーレ峡谷。


 ここは険しい山岳地帯に位置しており、通過するためには狭い峡谷を通るしかない。


 だけど、左右の切り立った崖には王国の魔術師部隊が配置されている。


 自軍が峡谷を進むと、左右の崖から一方的に狙い撃ちされる――という厄介な場所だった。


「【吸収の魔眼】を使います」


 僕はフラメルに言った。


 ここは本陣から少し離れた森の中だ。


 人払いをしており、今は僕とフラメルの二人っきりだった。


「……自分の限界はちゃんと見極められるんだよね?」

「はい。それに先日【鑑定】した通り、僕の魂の定着率はかなり上がっています。今までより安定して力を使えるはずなんです」

「確かに――レイガルド防衛戦以降で、あんなふうに君が暴走したことはないけど」


 フラメルは心配そうだ。


「絶対に無理しないでね」

「仲間を信じ、頼る――この間、フラメルに諭されたことは、ちゃんと覚えていますよ」

「あのときはごめんね。説教くさかったよね?」

「フラメルはお姉さんですから。弟の僕を支えてくれてるんですよね」


 僕が悪戯っぽく笑った。


「そうだね。姉としても、女としても――」


 フラメルが僕を抱き締める。


「絶対に死なせないから」

「大丈夫。僕だって死ぬつもりはありません。フラメルと一緒に生きていきたいですから」


 僕はにっこりと笑った。


「あたしも同じよ」


 フラメルは真剣な表情だ。


「いつか君が破滅するかもしれない――いつも不安だけど、あたしの力で絶対に護ってみせる、って……そう思ってるから」

「フラメル……」

「あたしが防御結界で敵の攻撃を限界まで防ぐ。防ぎきれなかった分をクレストくんが【吸収の魔眼】で対処する。作戦はこれでいい?」

「はい、よろしくお願いします」




 そして、戦いが始まった。


 前回のアストリア攻略戦は敵の弱点をピンポイントに突く戦略だったけど、今回は完全な力押しといっていい作戦だ。


「【リアクトウォール】!」


 まずフラメルが防御魔法を発動する。


 長さ数百メートルはあろうかという長大な防御壁だ。


 とはいえ、さすがに30万の軍勢すべてを覆うことなんてできない。


 だから、今回は大半の兵は後方に待機させ、一部の兵だけを進ませている。


 王国軍の攻撃を引き付けるための囮だ。


 その中には僕もいるから、向こうは囮だと分かっていても狙ってくるだろう。


 総司令官の僕を討ち取れば、帝国軍に計り知れないダメージを与えられる――と考えて。


 だから、今回の戦いの構図は極めてシンプルだ。


 敵の攻撃を僕を含む兵たちが耐え、反撃を叩きこめば帝国軍の勝ち。


 逆に僕が討ち取られれば、帝国軍は敗走せざるを得ないだろう。


 ごおおおおおおおっ……!


 フラメルが張り巡らせた緑色の魔力壁と無数の攻撃魔法がぶつかり合い、爆音を響かせた。


 魔力壁が衝撃で大きく歪み、明滅する。


 それでもなお【リアクトウォール】は耐えている。


「さすがフラメルだ――」


 僕は感嘆した。


 少なく見積もっても数百人分の攻撃魔法を、フラメル一人が生み出した魔力障壁で受け止めているのだ。


「っ……! 駄目、そんなに長くはもたない……」


 僕の側でフラメルが苦しげに言った。


「できるだけクレストくんに負担をかけたくないのに……ごめん……」

「いえ、十分です。おかげで僕は力を温存できています」


 言って、僕は彼女を抱き寄せた。


「けれど、ここからは僕の出番です。フラメル――いえ、姉上は少し休んでください」


 周囲の目があるため、『フラメル』ではなく『姉上』と呼びながら、僕は彼女をねぎらった。


「はあ、はあ……う、うん、ありがと……」


 フラメルは荒い息をつきながら言った。


 魔力も体力もかなり消耗している様子だ。


【鑑定の魔眼】で見たところ、敵の魔術師部隊は大規模な攻撃魔法を連発し、かなり魔力を消耗しているようだ。


 フラメルの魔力壁が堅固で、なかなか打ち破れなかったことは、彼らにとって完全に想定外だっただろう。


 このまま勝利すれば、今回の最大の功労者はフラメルだな……。


 はあ、はあ、とかたわらで荒い息をついている彼女を見つめ、僕は微笑んだ。


 さあ、愛しい姉上の頑張りに報いなければ――。


 僕は一歩前に出た。


 そして【吸収の魔眼】を発動する。


 ほぼ同時に、敵の魔法攻撃がふたたび殺到した。


 ヴンッ!


 輝く魔眼が、そのすべてを吸収していく。


 敵陣に動揺が走るのが【鑑定の魔眼】を通じて分かった。


 さらに第二波、第三波、第四波――まで来たところで、魔術師部隊の動きが完全に止まる。


 魔力の消耗が限界に近づいてきたか。


「進軍!」


 僕は周囲に指示を出した。


 今こそ峡谷を突破する好機だ。


「行きましょう、フラメル」


 と、僕は彼女の元に近づいた。


「やっぱり、すごいね。クレストくんは」


 フラメルが微笑む。


「すごいのは姉上ですよ」


 僕は首を左右に振った。


【癒しの聖女】の手を取り、その甲に口づけする。


「勝利は、目前です」

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敵国で最強の黒騎士皇子に転生した僕は、美しい姉皇女に溺愛され、五種の魔眼で戦場を無双する。


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