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80 リゼッタと女騎士ブリュンヒルデ

「な、なんだ、今のは……俺の木剣が一瞬で……巻き上げられて……」


「お前のパワーと攻撃力は十分に一流だ。ただ攻撃が直線的で読みやすい。攻撃の軌道が分かれば、それをいなすのも、防ぐのも、そして反撃を加えるのも――ある程度以上のレベルの者には難しくない」


 リゼッタ先生が先ほど木剣を叩き落とされた騎士に言った。


「――参りました」


 彼は深々と頭を下げた。


「それと先ほどはご無礼を申しました。平にご容赦を」

「構わないさ。お前たちから見れば、私など得体の知れない傭兵風情だろう?」


 リゼッタ先生が微笑む。


「私は確かな素性を持たない。だから代わりにこの剣で私自身の価値を証明する。さあ、次は誰だ?」

「では、俺が!」


 と、次の騎士が打ちかかった。


「さっきの男より速いな。だが、今度は重さが足りないぞ」


 とんっ。


 彼の木剣が振り下ろされるよりも圧倒的に速く、リゼッタ先生の木剣の切っ先が彼の前に突きつけられた。


「くっ……参った!」

「今度はあたしが!」


 継に名乗り出たのは二十代半ばの女騎士だ。


「これなら――」


 前後左右に揺れ動く幻惑的な動き。


 フェイントを得意とする剣術スタイルのようだ。


「なるほど、なかなか巧みだな――だが!」


 かしいん。


 一瞬にして、その女騎士の木剣が跳ね上げられ、そのまま地面に転がった。


「フェイントに少し頼りすぎだ。見破られたら隙だらけだぞ。正攻法でも戦えるような攻めのパターンも持っておけ」

「は、はい……ご指南ありがとうございます」

「次は誰だ」


 リゼッタ先生が周囲を見回す。


 力でも、速さでも、技でも――。


 ドルファ将軍配下の名だたる騎士たちがあっけなく敗れ、さすがに他の騎士たちは尻込みしているようだった。


 やっぱり、先生はすごい――。


 僕は内心で舌を巻いた。


 間違いなく、大陸でも五本の指に入る剣士だろう。


「どうした、お前たち。それでも私の直属の部下か!」


 ドルファ将軍が発破をかけた。


「確かにリゼッタ殿は強い。だが、だからこそ闘志を示すべきであろう」


 と――、


「将軍の部下ではありませんが、私にもご指南いただけますか」


 凛々しい顔立ちをした美しい女騎士……ブリュンヒルデだ。


「ほう?」


 リゼッタ先生が値踏みするようにブリュンヒルデを見つめた。


「私は、もっと強くなりたいんです。王国は私の家族を殺した憎い敵。その敵を討ち滅ぼせる力を――」


 ブリュンヒルデは熱を込めて語った。


「特に今回は王国との一大決戦です。私も、この剣を存分に振るいたい。そして一人でも多くの敵兵を討ちたい」

「お前が戦う理由は憎しみや敵討ちか? それとも国や民を守るためか?」


 リゼッタ先生がたずねた。


「……まさか『復讐は何も生み出さなない』などと説教するつもりではないでしょうね」


 ブリュンヒルデの表情が険しくなった。


「私が王国と戦う理由は、復讐心です。もちろん民を守りたい気持ちもありますが、心の中心には常に復讐という目的があります」


 と、言い切るブリュンヒルデ。


 戦う動機が復讐――か。


 僕自身も、戦う動機の一つは前世で自分を処刑した王国への復讐心だ。


 だから、彼女の動機を否定する気はない。


 復讐が何も生み出さないとも思わない。


 ただ、リゼッタ先生はどう思っているんだろう?


 リゼッタ先生は今の返答にどう応えるんだろう?


 僕は固唾をのんで、先生の次の言葉を待つ。


「私は、別に復讐が何も生み出さないとか、復讐が愚かな行為だというつもりはない」


 リゼッタ先生は淡々とした口調で答えた。


「戦う理由など、人それぞれさ。大事なのは種類ではなく純度だ」

「純度……」

「私が強いのは、その純度が誰よりも高いからさ」


 ぴたり、と木剣を構えた姿にはまったく隙がない。


「――あなたが戦う理由とは?」

「私に勝ったら教えてやろう」


 リゼッタ先生が悪戯っぽく笑い、僕をチラリと見た。


 ん? なんだろう?


「いいでしょう」


 ブリュンヒルデも木剣を構える。


「いざ――勝負!」




 かしいん。


 一瞬にして勝負はついた。


「ぐっ……」


 ブリュンヒルデは木剣を取り落とし、右腕を左手で押さえている。


 そこは、今ほどリゼッタ先生のカウンターの一撃を浴びた場所だ。


「何も……見えなかった」


 ブリュンヒルデは悔しげだ。


「――いや、いい線いっていたぞ」


 リゼッタ先生は感心した様子だった。


「粗削りだが見どころがある。よかったら、進軍の間に鍛えてやろう」

「本当ですか!」


 ブリュンヒルデが顔を輝かせる。


「また弟子を持つのも悪くない」


 言って、チラリと僕を見る先生。


「私は天涯孤独の身でね。今回の戦争で生き残れるとは限らない……だから、一つくらい何かを残すのもいいと思うんだ」

「残す……?」

「お前に、私の剣を残してやろう」


 リゼッタ先生が微笑んだ。


「……先生、まるでこれから死ぬみたいな不吉なことは言わないでください」


 僕はさすがに眉をひそめた。


「ん? 戦場に出る以上、私は常に死を覚悟し、背負っているが?」

「無敵の先生が討ち死にするところなんて想像できませんよ」


 僕は軽口風に言った。


 が、内心ではわずかに嫌な予感を覚えていた。


 先生の言うとおり、戦場では何が起こるか分からない。


 誰にだって平等に死の可能性はある。


 それは先生だけじゃない、僕だって、フラメルだって、誰にだって――。

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敵国で最強の黒騎士皇子に転生した僕は、美しい姉皇女に溺愛され、五種の魔眼で戦場を無双する。


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