79 リゼッタと帝国の猛者たち
アストリア城塞の攻略戦は終了した。
周囲には兵士たちの鬨の声が響き、まだ戦闘の熱気が色濃く残っている。
僕は本陣に戻り、休息を得ていた。
ちょうどリゼッタ先生と出会い、僕は足早に近づいた。
「アストリア攻略に大きく貢献していただきました。ありがとうございました、先生」
リゼッタ先生の剣は冴えに冴えていた。
僕が見た中で最強の剣士だけのことはある。
最前線で敵を蹴散らし、薙ぎ払い――おかげで多くの兵を勇気づけ、勢いをつけてくれた。
「私はただお前の力になりたかっただけさ」
先生が柔らかな笑みを浮かべた。
先ほどまで鬼神のような剣を振るっていた剣士と同一人物とは思えないほど、穏やかな笑顔だった。
「ですが、少し前まで滞在していたメルディアを相手にするのは、先生にとって心苦しくありませんか?」
僕は気になっていたことをたずねた。
彼女がメルディア王国で剣術指南として活動していた期間は短くない。
そこで築いた人間関係も少なからずあったはずだ。
リゼッタ先生は僕の力になりたいと言ってくれたけど――結局は僕が彼女に無理をさせているんじゃないだろうか。
その不安は、やっぱり消えない。
「私はもともと傭兵だった。昨日の友が今日の敵になる状況など慣れている」
リゼッタ先生は淡々と答えた。
その瞳は澄んでいて、いっさいの迷いを感じさせない。
強いな、と思った。
剣技はもちろん、本当に心が強い。
「それに……メルディアの真実を知った今では、その思い入れも薄れてしまったさ」
うつむいた先生の横顔に憂いの色が浮かんだ。
「戦場での略奪や虐殺、数々の犯罪……なまじ長く滞在して、それなりに親交があっただけに、な」
「……それは僕も同じです。帝国の人間になり、実際にメルディアの戦場での行いも目にして……失望感は大きくなりました」
僕も自分の心境を正直に吐露する。
メルディアは祖国だけど、僕を裏切り、処刑した憎むべき国でもある。
愛憎が相半ば――いや、今では憎しみの方がずっと大きい。
「ただ、その失望は僕が王族や王国に恨みを抱いているせいもあります。でも、リゼッタ先生は違う」
そう、僕の戦いは個人的な感情に根ざしている。
それだけじゃないけれど、個人的な感情を抜きには語れない。
でも、リゼッタ先生はどうなんだろう?
「大して変わらないさ」
先生が微笑み、僕の肩に手を置いた。
その手のぬくもりが、僕の心に染み渡る。
「私のことをまず考えてくれるのは、お前の優しさだ……そういうところは何も変わっていないな。安心したよ」
「先生……」
僕は気持ちが癒されていくのを感じて、あらためてリゼッタ先生を見つめる。
と、そのときだった。
「おお、こちらにいらっしゃったか」
ドルファ将軍がやって来た。
僕に一礼した後、ドルファはリゼッタ先生に向き直り、
「あなたのお噂はかねがね……今回の戦いでの活躍ぶり、まことに感服いたいたしました」
と、心からの称賛を口にする。
「恐れ入ります。私も名将ドルファ閣下の名前は聞き及んでおります」
リゼッタ先生が丁寧に礼を返した。
「どうでしょう、私の部下たちにご指南いただけませんか? 高名なあなたの剣を、ぜひ部下たちに学ばせたい」
ドルファが提案した。
彼の配下には帝国で有数の騎士が何人もいる。
先生の圧倒的な剣技を学ぶのは、いい機会だろう。
「リゼッタ先生、僕からもお願いします」
と口添えする僕。
「ふふ、ドルファ閣下に加えてクレスト殿下からもお願いされては、お断りする理由がありませんね」
リゼッタ先生が悪戯っぽく微笑む。
「私でよろしければ喜んで」
訓練場では、帝国騎士たちが汗を流していた。
彼らは皆、帝国で名前を知られた手練ればかりだ。
そんな彼らとリゼッタ先生が試合をした場合、果たしてどのような結果になるのか――。
僕としては非常に興味がある。
「なんだ、私の実力を推し量るつもりか?」
リゼッタ先生が僕に耳打ちした。
「まさか。先生の実力はよく知っていますよ」
僕は肩をすくめた。
「ただ、彼らも強いです。いずれも帝国の騎士の中で上位の序列の者たち……僕だって一筋縄にはいかない相手ばかりですよ」
「それは楽しみだ」
リゼッタ先生がニヤリと笑う。
「さあ、剣の稽古を始めようか。誰でもいいぞ」
「――いや、ちょっと待て。まるでお前の方が格上で、俺たちを指導するかのような物言いだが」
騎士の一人が進み出た。
「俺たちは帝国でも序列二十番以内の者ばかり。お前はその俺たちより強いというのか?」
「そうだな。お前の言葉を借りるなら――」
リゼッタ先生が笑みを深める。
「はるか格上、といったところだ」
「ふざけるなよ!」
その言葉がプライドを刺激したのか、彼は怒りの声を上げて打ちかかってきた。
「くらええええっ!」
木剣がうなりを上げる。
「なるほど膂力は十分。剣速もかなりのものだ」
リゼッタ先生は動じない。
かきんっ。
乾いた音とともに、騎士の木剣が宙を舞った。
リゼッタ先生がカウンターが見事に決まったのだ。
「さすがだな……」
僕はあらためて感嘆する。
リゼッタ先生は『後の先』を極めた剣士だ。
あらゆる攻撃を見切り、紙一重の神がかり的なタイミングでカウンターを放つ。
先日、僕が手合わせしたときは中断することになったけど、そのまま続行していたら、勝負はどう転んでいただろうか――。
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