65 黄昏の中、黒騎士と聖女は――
「クレストくん、補助魔法を受け取って!」
後方からフラメルの声が響いた。
「【アクセラレート】! 【プロテクション】!」
ポウッ……。
僕の体に淡い光が宿り、速度系の身体能力が強化された。
同時に見えない魔力の障壁が僕を包み、防御力も強化される。
【癒しの聖女】と呼ばれるフラメルは、補助魔法に関しても達人だ。
並の魔術師が使うそれの数倍の効果を持つ補助魔法を受け、僕はさらに加速した。
「はああああああああああっ!」
気合いの声と共に超速で突進して剣を振るう。
防御力が強化されているから、多少の反撃ダメージは無視して、とにかく一秒でも早く、一人でも多く切り殺すことを優先した。
「ぎゃあっ」
「ぐあっ」
「うわああっ」
次々と上がる悲鳴の中で無数の王国兵が蹂躙されていく。
「ば、化け物め……囲んで殺せ……っ!」
敵の指揮官らしき男が叫んだ。
「させるか!」
包囲網が完成するより早く、ブリュンヒルデの部隊が突撃してきた。
「メルディア王国――私の家族を奪ったお前たちを、一人残らず地獄へ送ってやるぞ!」
勇ましく叫んだブリュンヒルデの剣がうなる。
彼女や他の兵たちもフラメルの補助魔法を既に受けているらしく、その動きは鋭く、力強かった。
王国兵がさらに押されていったところで、ロッツ率いる魔術師部隊が追撃の攻撃魔法を放つ。
空から降り注ぐ炎や雷が、残る王国兵を焼き尽くした。
「ひ、ひいいいっ。もう駄目だ」
「逃げろぉぉぉっ」
奴らは総崩れで逃げ出した。
まさしく、圧倒的な勝利だ。
戦闘が終わり、僕たちは生き残った村人を救助していた。
既に多くの犠牲者は出ていたけど、全滅は避けられた。
「感謝します、クレスト殿下――」
「あなた様がいなければ、私たちは皆殺しにされていました……」
村人たちが涙ながらに感謝を述べた。
「くろきしさま、ありがとう」
一人の幼い少女が進み出て、僕に一輪の花を差し出す。
「……君を助けられてよかった」
僕は花を受け取り、彼女の頭を優しく撫でる。
人々の感謝が、僕の荒れた心を静めていく。
「がんばったね、クレストくん」
隣にフラメルがやって来た。
「後のことは部下に任せて、君は少し休んで」
「じゃあ、姉上も一緒に……」
僕は彼女を伴い、周囲から離れた場所に移動した。
村はずれの森の中だ。
「あなたの魔法のおかげで、早く決着をつけることができました。感謝します」
「クレストくんがいきなり飛び出していくから心配したよ」
「……すみません。奴らの非道を見ていられなくて」
僕は唇をかみしめた。
「素直でいい子だね、クレストくんは」
フラメルが微笑む。
「ちゃんと謝れて偉い」
「……ちょっと今、子ども扱いしませんでしたか」
「あたしの方が年上だし」
軽くにらんだ僕に、フラメルは余裕の笑みを浮かべた。
「二つしか変わりませんよ」
「あたしたちの年代の二つは大きいでしょ」
「まあ、そうですけど……」
僕はチラリとフラメルを見て、
「年下はお嫌ですか?」
「えっ――」
フラメルが息を呑むのが分かった。
「ち、違うよ!? そういう意味じゃないから。あたしは年下でも、別に――」
きょろきょろと周囲を見てから、顔を寄せてくる。
ふわり、と優しい感触が僕の唇に重ねられた。
「大好きだよ、クレストくん」
一瞬の口づけの後、フラメルは恥ずかしそうに微笑んだ。
こんな穏やかな時間が、ずっと続けばいい。
僕は心からそう思った。
――ぞくり。
ふいに、背筋に悪寒が走った。
昨晩の悪夢が脳裏によみがえってきた。
僕が魔王となり、大勢の人を手にかけた光景。
そして、愛しいフラメルまで、僕の手で殺してしまった――まさに悪夢だった。
『お前が歩むのは、血塗られた道だけだ』
夢の中の黒幕の言葉が、脳裏に響く。
「クレストくん……?」
フラメルが心配そうに僕の顔を覗き込む。
「どうしたの、顔色が悪いよ」
と、僕の腕に触れようとした。
「――っ!」
僕は、その手を振り払った。
ほとんど、無意識の行動だった。
「え……?」
フラメルの瞳が揺れる。
驚きと、悲しみの色が見えた。
「あ……ごめん、なさい……」
僕は慌てて謝った。
違うんだ、フラメル。
あなたを拒絶したいわけじゃない。
ただ、あなたに触れられると、僕があなたを不幸にする気がしたんだ。
ちゃんと理由を説明したいのに、言葉が喉に引っかかって出てこない。
昨日の悪夢を、フラメルに言いたくなかったのだ。
言えば、それがいつか現実になりそうな気がして――怖かった。
「……あたしこそ、ごめんなさい。もしかして、いきなりキスをしたのが気に障った……? 本当にごめんなさい――」
フラメルが頭を下げる。
違う、違うんだ……。
僕は言葉にならない思いで、顔をしかめる。
僕らの間に、気まずい沈黙が流れた。
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