42 皇女フラメルと三魔剣(前半メルディア兵士視点、後半フラメル視点)
SIDE メルディア兵士
夜の月明かりが帝国の穀倉地帯ガレンドを青白く照らしていた。
広がる平野の先に、ガレンドを守る要塞のシルエットが浮かび上がる。
そこから一キロほど離れた丘に、メルディア王国の一部隊が潜んでいた。
先ほど、彼らを指揮するために、六神将イオ配下の三人の幹部――【氷嵐の三魔剣】が到着したところだった。
兵士たちは戦慄と畏怖を交え、彼らを見つめる。
中央にいるガストンは、下卑た笑みを浮かべた巨漢だ。
攻撃魔法で女をいたぶることを何よりも好む、残忍な男だという。
右隣には、拘束魔法の使い手である女魔術師ベスティラが立っていた。
自分が獲物と定めた相手をなぶることを楽しむ、これまた残忍な女という話だ。
左隣には、まだ年端もいかない少年魔術師のロヴィンがいた。
無邪気な顔とは裏腹に、彼は精神魔法でじわじわと相手を衰弱させることを得意としているそうだ。
いずれも恐るべき魔術師であり、いずれ劣らぬ残虐さで味方からも恐れられている三人だった。
さらに――、
ずしん……ずしん……。
彼らの背後から、地響きを立てて巨大な岩の兵士たちが姿を現す。
その数は全部で二十。
王国秘蔵の魔導石像型兵器――ゴーレムだ。
「イオ様からお預かりした古代の超兵器……くくく、せいぜい暴れてくれよぉ」
ガストンが楽しげに言い放った。
「帝国軍は基本的に皆殺しでいいけど~、フラメルだけは殺しちゃだめよぉ」
ベスティラが妖しい笑みを浮かべる。
「彼女は僕らが捕らえて王国に連れていくからね」
ロヴィンが念を押すように付け加える。
生きて捕らえられたフラメル皇女が、彼らの手にかかればどうなるか……想像するだけで身震いした。
「まず、あの要塞を落とすところからだ。こちらが攻勢に出れば、帝国の切り札である【黒騎士】クレストと【癒しの聖女】フラメルが迎撃に出てくるだろう。さあ――いけ」
ガストンの指令とともに、二十体のゴーレムたちが一斉に進み始めた。
※
SIDE フラメル
皇女フラメルは帝国随一の治癒魔術師だ。
その卓越した治癒魔法の能力は、これまでにも多くの兵士たちを救ってきた。
そして彼女の下には、治癒や防御、補助魔法に特化した魔術師たちの一部隊がある。
通称を『聖乙女部隊』。
いずれも女性の魔術師たちで構成されたこの隊は、時にはフラメルとともに、時には彼女とは別行動で戦場に赴き、フラメルと同様に多くの兵士たちを救ってきた。
その聖乙女部隊の詰め所に、フラメルはいた。
「クレストくんとシェラ姫……今ごろは二人っきりで過ごしてるのかな」
ぼんやりと空を見上げながらつぶやく。
先ほどから思い悩んでは仕事の手が止まってばかりだった。
二人はどんな会話を交わしているのだろう。
二人はどんなふうに笑い合っているのだろう。
二人はどんなふうに触れ合っているのだろう。
二人は――。
胸の中がざわめき続ける。
「どうして、こんなに気になるの……?」
フラメルとクレストに、血のつながりはない。
そして魂においても、クレストはもともとメルディアの王子アレスなのだから、完全に他人同士といっていい。
だが、公には姉と弟という関係だ。
まして恋人同士というわけでもないのに、この胸騒ぎは一体何なのだろう。
(そもそも、クレストくんはあたしのことをどう思ってるんだろう――)
彼がリビティアに出立する直前、どちらからともなく顔を寄せ合った場面が思い浮かんだ。
あのとき、レミーゼが現れなければ、あのまま彼と口づけを交わしていたかもしれない。
(あたしは、彼のことを――)
と、
「さっきからずーっと思い悩んでませんか、フラメル様?」
隊員の一人が声をかけてきた。
あどけない顔立ちの少女だ。
他の隊員たちも集まり、フラメルを囲んだ。
いずれもフラメルを心配してくれているようだ。
彼女たちはフラメルにとって、実の家族よりもよほど近しい存在だった。
「フラメル様、けっこう分かりやすいですよね」
「もしや――恋ですか?」
部下たちの言葉に、フラメルは顔を真っ赤にして慌てた。
「ち、ちょっと待って! 彼は、その……」
言いかけて、口をつぐむ。
とたんに部下たちが一斉に『にまっ』という笑みを浮かべた。
「やっぱり……」
「フラメル様もお年頃ですよね」
「ま、待って、あの、本当に違うから! あ、いえ、違わない……かもしれないけど……」
ますますフラメルはうろたえる。
そんな彼女を見つめながら、部下たちは真剣な顔になった。
「フラメル様には幸せになってほしいんです、私たち」
純粋な好意と親しみの視線に、フラメルは胸が温かくなるのを感じる。
「……ありがとう」
フラメルは、はにかんだ笑みを浮かべた。
「あたしも、君たち全員に幸せになってほしい」
と――そのときだった。
「フラメル殿下!」
伝令兵が詰め所に飛び込んできた。
息を切らし、真っ青な顔で報告する。
「ガレンドが……ガレンドが奪われました!」
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