19 復讐の炎(ウェインガイル視点)
夜、王都の一等地にある屋敷――。
そこがウェインガイルの標的であるロデリック子爵の邸宅だ。
五年前、自分たちを面白半分に焼いたあの放蕩貴族は、いまや若き当主になっているという。
復讐の時が、来た――。
ウェインガイルは大きく息を吐き出し、屋敷の正門に向かった。
「なんだ、貴様!」
屈強な門番たちが立ちはだかる。
「ここはロデリック子爵様の邸宅だぞ! 平民が気安く近づ――ぎゃあっ!?」
その言葉を最後まで言えず、彼らは炎に包まれた。
問答無用だった。
炎はさらに火勢を増し、彼らの背後にある鉄の扉をアメのように溶かしていく。
完全に溶け落ちると、ウェインガイルは屋敷の敷地内に入っていった。
「何事だ!」
「侵入者め!」
兵士たちが次々に駆けつけてくる。
「――どけ」
ウェインガイルは彼らを次々に炎に包んでいった。
「ぐわああああっ!」
「熱い、助け……」
あっという間に焼け死んで全滅する兵士たち。
ウェインガイルはなんの感慨もなく彼らの死体を踏み越え、屋敷の中に入っていく。
さらに大勢の兵士たちや魔術師たちまで出てきたが、いずれもウェインガイルの敵ではなかった。
この五年で――独学ながらウェインガイルは恐るべき魔術師へと成長している。
兵士は出てきた瞬間に燃やされ、魔術師たちの攻撃魔法は炎の壁にすべてのみ込まれる。
ただ炎を放ち、ただ焼き殺す――。
相手が兵士でも魔術師でも、それだけだった。
ウェインガイルは屋敷の中を進み、客間に足を踏み入れる。
そこに、憎むべき男がいた。
「だ、誰だ、貴様!」
ロデリック子爵――。
彼の顔はこの五年間、一瞬たりとも忘れたことはない。
記憶の中のロデリックよりも、目の前の彼は随分と大人びて、立派な青年へと成長していた。
「五年前、お前は王都七十七区にある貧民街を焼いた。覚えているか」
「五年前? 七十七区の貧民街だと?」
ロデリックは眉根を寄せた。
「なんの話をしている? それより曲者だ! 出会え出会え!」
面倒くさそうに顔をしかめた後、部屋の外に呼びかけるロデリック。
が、反応は返ってこなかった。
「無駄だ。屋敷を守る者は一通り殺してきた」
ウェインガイルが告げる。
「お前を守る者はもういない――さあ、さっきの質問の答えを言え」
「はあ? そんなもん知るかよ!」
彼の態度から、当時のことを完全に忘れていることが分かった。
ごうっ!
ウェインガイルの全身から、抑えきれない怒りの炎が吹き上がった。
「覚えてすら……いないのか」
彼の方はこの五年間、一瞬たりとも忘れたことはなかった。
燃え盛る炎の中で苦しみもがいた妹の顔を、断末魔の叫びを、片時も忘れたことはなかった。
なのに、この男は――。
「あの日、俺の妹が味わった苦しみを……お前にもたっぷりと味わわせてやろう」
ごうっ!
ロデリックの顔が炎に包まれる。
「お……ごぉぉ……」
呼吸ができなくなる苦しみと炎で焼かれる痛み。
その両方から、ロデリックは声にならない苦鳴を上げた。
――ぱちん。
しばらく、そうやって燃やした後、ウェインガイルは炎を消す。
「はあ、はあ、はあ……」
顔にひどい火傷をロデリックが、その場に崩れ落ちた。
殺しては、いない。
そう簡単に殺すつもりはない。
「お、おのれ、俺の顔を……貴様ぁ!」
「顔がなんだというんだ。妹や貧民街の連中は全身を焼かれた」
ウェインガイルがロデリックを見下ろす。
「俺も火傷を負った……お前にもそれを味わわせてやっただけだ。だが……もちろん、この程度で終わるわけじゃないぞ?」
にいっ、と口の端を吊り上げて笑う。
復讐は、まだまだこれからだ――。
「ひ、ひいっ……」
ロデリックは怯えたように後ずさる。
と、そのときだった。
「お兄様!」
客間の扉から、一人の少女が駆け込んできた。
年は10歳くらいだろうか。
可憐な顔立ちが、五年前に死んだ妹の面影と重なった。
「だ、誰ですか、あなたは!? お兄様に何をするつもりです!」
「下がっていろ、デイジー! そいつに近づくんじゃない!」
ロデリックが叫び、妹をかばうようにウェインガイルの前に立ちはだかった。
「早く逃げろ、デイジー!」
「嫌です! 大切なお兄様を置いて、私だけ逃げるなんてできません!」
デイジーは健気に叫んだ。
その姿を見て、ウェインガイルは悟る。
自分にとって憎い仇であるこの男も、デイジーにとっては、かけがえのないたった一人の兄なのだ。
と、
「た、頼む……助けてくれ……」
ロデリックが突然、その場に平伏して懇願した。
「俺には……俺にはこの通り、大事な妹がいるんだ……!」
「お兄様、何を!? 誇りある貴族が、このような者に頭を下げないでください!」
「お前を守るためだ! 誇りなどいらん!」
ロデリックは怒鳴り、額を床に擦りつけた。
「妹は、俺が守ってやらなきゃいけない……両親が早くに死んで、こいつには俺しかいないんだ……だから……」
「家族が大事だ、と?」
ウェインガイルは、唇を強く噛みしめた。
「そ、そうだ――」
「……お前は」
ウェインガイルは苦々しい気持ちでうめいた。
「同じ境遇にある者たちを、今までどれだけ殺してきたんだ。ただの面白半分に。何の罪悪感を抱くこともなく。覚えてすらいないまま――」
ごうっ!
ウェインガイルの全身から、先ほどとは比較にならないほどの巨大な炎が吹き上がった。
「ひ、ひいっ……」
その圧倒的な威圧感に、ロデリックがおびえて後ずさる。
「た、助け――」
「俺の妹も、そうやってお前に命乞いしたんだ!」
ウェインガイルは叫び、復讐の炎を放った。
「ぎゃあああああああああああああっ……!?」
炎はロデリックの体を一瞬にして飲み込んだ。
「その炎は決して消えない。お前の命が尽きるまで、それが何日かかるか知らんが……じっくりと苦しむがいい」
ウェインガイルは燃え続けるロデリックに冷たく言い放ち、背を向けた。
「い、いやっ、お兄様! いやぁぁぁぁぁっ!」
背後でデイジーが悲痛な叫び声をあげる。
思わず振り返ると、そこには憎悪に燃える瞳があった。
「悪魔め……!」
可憐な少女の顔が悪鬼のように歪んでいた。
「お前を許さない……!」
ウェインガイルは無言で、ふたたび背を向けた。
そして――胸に小さなしこりのような痛みを感じつつ、今度こそ振り返ることなく、燃え盛る屋敷を後にしたのだった。
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