変則商社:青龍寺院
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西暦1896年(明治29年)3月18日
清国長安某所…青龍寺院。
長安は黒い雲に覆われて、雨が降り続いている。
昼間だというのに、雨のせいで夕方と然程変わりない明るさだ。
降りしきる雨の中、黒い雨具を着た者たちがぞろぞろを束を連ねて青龍寺院のある山を登っていく。
あるものは中国刀を、またあるものはドイツ製のGew88ライフル銃を清国でライセンス生産された漢陽88式小銃を担いでいる。
武器や装備は皆バラバラだ。
今、この青龍寺院は襲撃を受けようとしている。
清国政府内部で力を増している列強諸国からの排外主義思想の影響を強く受けた武装組織が、清国を離れる決意を固めた蒼龍を抹消するべく、清国の大物政治家から『裏切り者』の始末を任されて青龍寺院を包囲しているのだ。
彼らは『仁義会』という民兵組織ではあるが、その実情は中国沿岸部で活発化している欧米列強の支配からの解放を呼びかけている組織である。
ここ数年に渡ってキリスト教牧師の誘拐や殺害、イギリス人やドイツ人などの資産家への襲撃事件を度々犯すほどの過激派であり、列強諸国が清国に対して圧力を加えるほどに危険視されている組織である。
主な構成員は貧困層の市民や農民が中心であり、彼らは欧米列強による圧力などをうけて清国の権威が弱まるのを危惧しているのだ。
現に清国の権威は日本に敗北したことによって日に日に衰えており、そんな清国を内側から武力革命を使ってでも変えようとしている組織である。
清国の内部でも、現在の状況に満足している者はごく一部であり、大半は欧米列強の食い物にされているという事に対して苛立ちを覚えている政治家や企業家も多い。
そういった大物から金銭などをサポートしてもらい、拳法や近代軍に見習って徹底した軍事教練を行っているのだ。
来るべき国家の威信回復の為に。
「全員揃ったか?」
個々にグループを分けて、集合場所に到着したリーダーは身体中にお経の刺青を入れており、これは官僚の試験である科挙を覚える為に自ら入れたのである。
その名残は現代のレーザー治療を使わない限り一生消えないものである。
男は自らを邱と名乗り、青龍寺院襲撃を仁義会から一任されている。
邱は各グループの班長に確認を行う。
黒い雨具を付けているので、班長の者が名乗り出てリーダーに報告を行う。
「一班、全員揃っております」
「二班、一人が崖から転落したため一人を引き返らせて安否確認を行っております」
「三班は二名が傾斜面に設置されていた害獣用の罠に掛かり負傷したものの、救護処置をしたので動けます」
「四班、全員武装を整えております、いつでも命令をどうぞ」
一つの班につき10人、崖から転落して引き返した者を除くと合計38人…それに邱が自ら率いている班の人数を合わせると合計48人…。
大規模で攻撃を行うと寺院側に感づかれてしまう恐れがあるので、少人数による奇襲攻撃を行うことにしたのだ。
今日は雨が降っているので、足音を消すには絶好の機会であることに変わりない。
「今は雨が降っている…襲撃には絶好の機会だ。清国の裏切り者に神罰をくれてやるのだ…いくぞ!!!」
邱は背中に括り付けていた長槍を取り出して青龍寺院に続く階段を一気に駆け上がる。
それに続くように各班の者たちもそれぞれの武器を取り出していつでも襲い掛かれるように階段を一段一段駆け上がっていく。
邱が一番初めに青龍寺院の門にたどり着くと、すでに門は開かれていた。
こんな雨が降りしきっている最中だというのに、門番の姿は何処にもない。
門が開かれているものの、その先の寺院に人のいる気配はないのだ。
「なぜ門が開いたままなのだ…?今朝密偵が来た時には門は閉じており、門番もいたと言っていたではないか…まさか、勘づかれたのか?」
邱の脳裏に浮かんだ言葉は『失敗』の二文字である。
見張りの門番がおらず門が開いている状態…つまり拠点を放棄した証拠をあからさまに見せつけられているのだ。
どう考えても青龍寺院を襲撃する事に失敗してしまっている。
後ろに立っている部下たちも不安そうな素振りを見せている。




