東京入居:来客
出来立ての雑穀煎餅を袋に詰めて、それを客に渡す。
1銭硬貨が山のように積もっていく。
大金…塵も積もれば山となる、その言葉を具現化しているぐらいに売れている。
硬貨投入口の下に設けられている箱の中には、頑丈な袋を敷いているので、その袋が一杯になったら別の袋に交換するのだ。
だいたい25円分が貯まると袋が一杯になるので、その袋は銀行に持っていって貯金しているのだ。
お昼ごろと夕方ぐらいに一杯になるので、誰かに盗られないように警備をする人達を銀行側が送ってくれるぐらいだ。
中々の上客だと思われているんだろう。
さて、そろそろ休憩を取るか…。
休憩時間は午後1時から午後3時までの2時間の間で必ず1時間休憩を取るように定めている。
さらにトイレ休憩や、たばこ休憩を取ることを許可している。
無論、私を含めて従業員に徹底させている。
上が休まないと下も休んではいけないという理不尽な社会ルールというものがはびこっているので、私が積極的に休憩を使うのを見ていれば、自然と従業員も休憩を取るようになるのだ。
休まずに働き続けてしまってはいつか倒れてしまう、無理せずに体調が悪い場合には必ず申告するように言っている。
今の時刻は午後2時…ちょうどお昼時を終えて客の人数もまばらになる時間帯だ。
私は二階で昼食と仮眠を兼ねて休憩を取ることにしたのだ。
「では、私は休憩に入ります。それまでに何かありましたら二階にいますので知らせてください」
「了解です!!旦那様、ゆっくり休んできてください」
「旦那様ァ!!!ここは俺達に任せてください!!」
従業員の人達が私のことを「旦那」と言って笑顔で答えてくれると、私は早速二階へと上がっていった。
年齢的にも若旦那あたりが妥当かと思うが、若旦那とは本来商家の跡取り息子の事を若旦那と言うらしいので、この事業を始めた私は旦那と呼ばれるのが正しいようだ。
二階には畳をびっしりと敷いた和室が一部屋置かれており、その和室で座布団を敷いてちゃぶ台の上で、昼食を取ることにしている。
気になる昼食だが、やはり事前に出前を取っていたのだ。
といっても、現代のように電話一本で頼めるわけではないし、出前を取るなら予め店に赴いて予約をしなければならない。
昼食休憩の際には外出を許可しているが、外出時に酔っ払って帰ってきたなんて事がないように、流石に飲酒は仕事が終わるまで厳禁にしている。
それに、昼食時の時間帯だとお店が昼時を終えた頃合いになってしまうので、一旦店を閉めているケースが多い。
なので、予め頼んだ出前を召し上がる…というわけだ。
「おっ、早速食べますかぁ…」
そんな訳で注文して予約した「江戸蕎麦」を私はこれから食べることにした。
横浜にいた時も蕎麦を食べていたが、その理由としては直ぐに腹に入るので時間が無い時に最適な食事である事と、出前で食中毒になるリスクがほとんど無い食品であるからだ。
麺を作る際に熱湯で茹でているので、炎天下で一日中直射日光をモロに浴びた代物でなければそういった心配をしなくていい。
忙しい身になった私を支えてくれている食事だ、無論…蕎麦も健康にはいいが、これだけだとバランスが悪いので、夏の時期に旬のキュウリとナスを和えた野菜サラダもどきを小皿に持ってバランスの極力取れたものを食べる。
キュウリとナスのみずみずしい味を噛みしめながら、蕎麦をそばつゆに浸けてからずるずると胃の中に流し込む。
「おお、蕎麦も美味いが…やはり今旬の野菜を食べるのもいいなぁ!!!無農薬だからすっごく美味いな…」
柔らかい蕎麦の温もりと、ぬるいそばつゆの相性が良くて夏バテ対策にもなりそうだ。
蕎麦を啜っている今は嫌な事を忘れることが出来そうだ。
蕎麦を味わいながら啜っていると、誰かが二階に上がってくる音がした。
上がってきたのは従業員の女性だった。
なにかトラブルでもあったのだろうか、そこそこ深刻そうな顔をして申してきた。
「旦那様、お食事中の所申し訳ございません。今お店に軍人の方が二人お見えになったのですが…旦那様とお話がしたいと申し出ております」
「軍人…?えっと…お名前は伺いましたか?」
「はい、海軍軍医総監の加賀美光賢様とそのお連れ様の高木兼寛様と申されておりました」
「か、海軍軍医総監?!す、直ぐにこちらにお通しください!!!」
海軍軍医総監だって?!
総監っていえばかなり位の高い地位にいる人の上に、高木兼寛は脚気対策を行って海軍のみならず脚気患者を撲滅するために全力を尽くした人だった筈…ああ、そうだ間違いない。
食品の歴史を調べる上でも重要な人物だ、ビタミンB1の項目で彼の名前を見たことがある!!
たしか海軍でカレーを食べるように指示を出したのもこの人だった筈だ。
いきなりの大物登場にかなり面を喰らったが、私は彼らと話をすることに決めたのだ。
何を言われるか分からないが…多分大丈夫だろう。
口コミで雑穀煎餅の評判が広がる→外出許可を貰った兵士の間でも話題になる→軍医の間でも話題になる→海軍軍医総監の耳に入る→今ここ




