東京入居:脚気対策には雑穀煎餅
……▽……
西暦1895年(明治28年)8月30日
「いらっしゃいませ、ご注文はお決まりですか?」
「味噌味雑穀煎餅4つ頂戴!!」
「かしこまりました。お会計は4銭となります。先にこちらの硬貨投入口に4銭いれてください、そしたら右の商品受け取り口で味噌味雑穀煎餅を受け取ってください」
「あら、もう出来上がっているのね…それじゃあここに4銭入れるわね」
「はい、ありがとうございます。それでは味噌味雑穀煎餅4つ、受け取ってください。次のお客様どうぞ~」
横浜で培ってきたノウハウがここでも生かされている。
買いたい商品のお金を用意して、そのお金を投入すればすぐに商品を客に渡すシステム…ファーストフード店に近いシステムを組み込んだこの方式によって今、浅草では急速に変則商社の名前が広がっている。
人の出入りが多いということもあるが、何より『脚気対策には雑穀煎餅』と広告を打ち出したことが大きい。
以前にも触れたかもしれないが、江戸時代から大正時代に掛けて何かと白米ばかり食べている江戸っ子は脚気になりやすかったという。
死因要因としても脚気が上位を占めていたこともあってか、庶民はもとい、日本軍でも脚気にならないように様々な努力をするようになる。
海軍においては西洋食を食べている兵士が脚気に殆どならないことに着眼して、艦隊勤務を行う水兵などに洋食を食べるように指示をした結果、海軍内での脚気患者が激減したという。
だが、まだ脚気がビタミン不足によるものであるという原因が突き止められていないので、民間療法として様々な脚気対策が講じられた。
お寺で念仏を唱えたり、味噌汁を多く飲んで間食を止めれば治るなど…2010年代後半から2020年代前半にかけて医療的根拠がないにもかかわらずメディアなどにも取り上げられて如何にも健康に良いと宣伝されていた”水素水”ブームのようなものが東京中で広まっている。
心理悪用治療法として、厚生労働省や警察庁などが医療的効果の検証データの開示や治療取締規定などを2020年代半ばに強化した結果、そうした悪徳系療法は宗教関係を除いて大幅に激減した。
しかし、この時代においては口コミによる伝達手段が情報収集の要であるので、そういった紛い物の療法が後を絶たない。
その中で、私だけが恐らくちゃんとした脚気対策並びに民間療法程度だが治療に貢献しているのではないだろうか?
宣伝もさることながら、実際に医者から脚気気味と言われたが雑穀煎餅を食べるようになってから、身体の調子が回復した…という声を少なからず聞くようになった。
そうした人達から直接私に対して「ありがとう」と言われると、心がジーンとしてしまい、思わず一度店頭で泣いてしまった程だ。
やはり、誰かの役に立っていると実感すると嬉しいし、それが私にとって大きな励みになる。
そんな嬉しいレビューを頂いて、開店から僅か2週間で雑穀煎餅の製造が追いつけなくなるぐらいの売れ行きになってきたのだ。
特に、硬貨1銭で買えるという安さと回転率の高さも相まって、店の中も外も行列ができるほどだ。
煎餅は軽い、そして量も実はあまり無い。
その甲斐あってか、まとめ注文が入りやすいのだ。
包み袋が無くなれば従業員が裏手にある紙屋から包み紙を取りに行くほどの売れ行きだ。
どのくらいの売上になるかというと、材料費や家賃、そして私の元で働いてくれている従業員の人達の日給を引いて一日で純利益が50円だ。
50円…生産態勢も人手を増やしているとはいえ、50円は大金だ。
大卒の国家公務員の月賦が約50円といわれているので、毎日の利益が50円…週に最低一日は清掃などを含めて定休日を設けているので、一か月の変則商社の純利益は1260円となる。
これだけの利益が継続でるのであれば、建物自体を買い取れる余力も半年までに完成できるほどだ。
無論、これでうぬぼれていては没落してしまう事も十分考えられるので、新レシピ及びセットメニューの本格的な開発も進んでいる。
同時に従業員の人達へのケアや指導も忘れてはならない。
昼食休憩、トイレ休憩は勿論のことだが、ブラック企業化しない為にも労働規則と労働時間などをしっかりと決めて、労働に見合う賃金を出しているつもりだ。
従業員は先日入った人を含めて8名いて、各従業員ごとに作業の割り振りを分担してもらっているので、それぞれが専門の知識を身につけてくれるはずだ。
煎餅を焼いたり仕入の作業を手伝ってもらったりしているので、大いに助かっている。
それに、私が彼らよりも年下であるにも関わらず、下手に突っ張ったりするような人ではないのが有り難い。たぶん馬鹿一郎のせいもあるかもしれないが、指示を的確にこなしてくれる人達が本当に有り難いとつくづく実感した。




