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あれには、目をかけていたのだがな……

 リーフの養父リアンテイルの下へ、ゴラースティン家の当主であるジグラードより謝罪の文が届いていた。読んでみろと渡されてリーフも目を通す。


 そこにあるのは、確かに謝罪の文言だ。しかし、よく読み込めばそれだけではない。


「……子爵は、不満みたい」


「それだけではない。言外に口を出すなと込めているのだ」


 そしてさらには、脅しめいた言葉までもそこにはしたためられている。もちろん直接的ではなく、極めて遠回りな言い回しだ。ゴラースティン家の治める南方は温暖な気候で、様々な作物を育てている。今のところ不作でもなく、例年通りの実りがあると調査で明らかとなっていた。


 けれどそこには、今年は不作の気配があるとの文字が見られた。もしかしたら、値が上がるかもしれないと。そんな言葉を添えられて。


 しかし対抗するようにこちらからの物資の値を吊り上げる事は出来ない。南方の守りが弱くなっては困るからだ。それを見透かしての、この強気な態度である。


「……わたしは、余計な事をした?」


「いや。むしろこれは俺の責任だ。お前は正しい事をした。問題が無いからと見逃していた事こそが、失敗だった。下の者が上の者の権限を軽んずるような事があってはならん。よく正してくれた」


 ランドバロウを治める領主、リアンテイルは笑みを浮かべていた。


「先代は使える男だったが、後継者を誤ったな。力を蓄え自ら築き上げた者と、ただそれを受け継ぎ享受するだけの者と。たった一代でこれ程までにはっきりと差が表れてしまうとは。もう二代か三代は持つと思ったが」


 誇り高い事は、決して悪い事ではない。しかし行き過ぎては毒となる。それも、甘美な毒に。


「誇り高さは、自尊心は人が生きる上で必要なものだ。自らを誇れん者には、心から他者を思いやる事など出来んのだから。自らを貶め、そして自分がその位置にいるのだからと他者をも貶める。平等と言う名の、仲間意識でな。しかし行き過ぎた誇り高さや自尊心はまた違う働きをする。自らを上とするために、他者を下に置く。貴族が陥り易い過ち、まあ言ってしまえば罠のようなものだ。他者を見下す事に慣れ、全ては自分より下だと勘違いし、自らの持つものを当然だと思い込む。それが例え、不当に行使していた与えられていない権限であっても」


 それがまさに今の子爵だと、リアンテイルは語った。


 生まれながらに権力を持ってしまっていたジグラードは、父である先代とともに本国からランドバロウへと渡った。先代は有能だった。土地の気候も良かった。南方は先代のおかげで豊かになり、リアンテイルもその事によく報いた。


 ジグラードも決して無能ではなく、先代の後を継いでよく治めている。横柄であり、時に専横を行う事もあるがそれは武門の貴族にはよくある事。暴虐の輩でさえなければ、統治さえ問題無く行えていれば、民もさして文句など言わない。先代を見て育っているのだから、治める事に関しては問題など生じるはずもなかった。


 しかし、行き過ぎてしまったのだ。不満があるのは人として生まれたからには付き物、それは仕方のない事。けれど、領主を脅してしまってはこれまで。領主の権限への不当な介入に加え、脅迫まで行ってしまった。


 これもまた、武門の貴族には稀にある事だ。上の者の権限に手を伸ばし、認めさせようと動き、権力や武力をもって為そうとする。


「行き過ぎた自尊心は、傲慢へと容易く変わる。傲慢は罪を呼び寄せる。与えられていない権利を不当と信じ、自らの望みのためにあらゆる事を正当化する。俺達が常に心がけなければならない事。それが、これよ」


 事がここに至っては、ジグラードは終わらせねばならない。貴族へは見せしめとして、そして民へは正義の在処を示すため。そのまま捨て置く事は出来ず、またしてはならない事であった。


 リアンテイルはその笑みを陰らせる。


「あれには、目をかけていたのだがな……」


 リアンテイルはエルフだ。入植の時から代替わりしておらず、ジグラードの幼少もまだ記憶に新しい。リーフにもその事は察せられた。そしてその心中は、自分の身の回りの事に当てはめて見れば想像し易い。


 近所に住む少年がちょうど良い例だった。元気が取り柄の可愛らしい彼も中学二年生を迎えて様子を変えていた。横柄な態度を取り始めて、時に乱暴な言葉を使い、両親を困らせている。思春期にはよくある事だが、この事例をより悪化させたものがジグラードなのだろう……などと推測していた。


 そう考えてみれば、自然と悲しさや寂しさが込み上げる。


 少年の場合は思春期特有のもので、いつかは大人となって収まる類いの事だ。しかしジグラードは違う。既に謝罪で許される線は越えており、罪の大小はともかく裁きの免れない段階にある。もちろんそれはリアンテイルにとっても本来望まない事。苦々しい笑みがその事を物語っていた。


 目をかけていた少年が大人となって、自分勝手な理屈で牙を剥いた。その寂しさ、その悲しみは、察するに余りある。


 執務机の上には、ゲイルが回収した身元を証明する記章。そして捕らえた者達から得た証言を記す羊皮紙の書面。既に確認作業は終わっており、その全てがゴラースティン家の関与を示していた。


 最早疑う段階も調べる段階も過ぎている。残されたのは最後の一手、最後の一声。酌量の余地は無く、情けはランドバロウに禍根を残す。


 リアンテイルは領主として、ジグラードを裁かなければならない。


 自分は少年が悪い事をしたとして、同じように出来るだろうか。リーフは、到底そのようには動けないと思った。


「……領主って、大変」


「ふ……。まあ、そうだな。だが、それでもやらねばならん。俺の肩にはランドバロウに生きる全ての者が乗っているのだ」


 そこに私情を差し込むだけの余地は無い。リーフにもそれはよくわかっていた。


 結末がどうなるかはゴラースティン家次第。当主だけが暴走したのか、或いは一族全てがジグラードと同じ考えなのか。そして裁きに対してどう動くのか。


 今はまだ、リーフに判断出来るだけの材料は揃っていない。


「……これから南は、どうなる?」


「別の者に治めさせねばならんからな。混乱はあるだろう。……長男はなかなかの人物であった。しかしジグラードとの反りは合わなかったようだ。今どうしているかはリディオに探るよう命じた」


「……兄さんに?」


 リディオ・セルティウス。リアンテイルの次男で、放蕩息子として有名な人物だ。女性と見紛う程の美貌は母譲り、金の髪と朱色の瞳は父譲り。背丈はリーフより少し高い程度と、男性としては若干低い。体型も中性的でどちらにも見えてしまう。


 日頃は思慮深く、公明正大な人物。堂々とした振る舞いにしっかりとした所作からは立派な人物だと誰もが思う。


 しかしいざとなった時には生来の猪突猛進さが発揮される。そうなると物事を深く考えなくなり、その爆発力のみで事に当たってしまう短絡的な側面も持ち合わせている。奇妙な二面性を抱えた兄だった。


「案ずる事は無い。いつも通りにクリスを付けている。あれが上手く止めるだろう」


 リディオに専属で付き従う近衛騎士に、クリス・ボイドと言う男がいる。冷静沈着にして槍の腕前は一流という、アルベルト・ボイドの三男である。常に支え、守り、時に諫めと忙しないリディオに寄り添う、影のような人物という印象をリーフは抱いている。


 一度手合わせをした事があり、その際には辛くも勝ちを拾うという程の熱戦を繰り広げた。もう一度と願っているリーフだが、未だ叶ってはいない。


 そもそもリディオが城にいる事自体稀なので、必然的にその機会は訪れないという理由なのだが。


 それ程の腕なのだが、惜しむらくは魔術が使えない事。魔導器は当然持っている。しかしクリスには、魔術が発現しなかった。


 そういった者は稀と言うわけではない。アルス人は放浪者と違い、魔術の才に個人差がある。全く使えない者、修練により取得する者、放浪者同様初めから使える者。そしてその程度もまちまちである。


 クリスはこの内の、全く使えない者だった。しかしそれで尚リーフと良い勝負を行える程の腕前。それが、リディオの近衛騎士を任されている理由である。


「今はリディオからの情報を待つ。ゴラースティンへの沙汰はそれから決める」


 リーフは頷いて、それから一つだけ気がかりを口にした。


「……案内は、付けた?」


「案内? 何のだ?」


「……あの二人、どっちも方向音痴」


「……何?」


 リーフは……溜め息を禁じ得なかった。







 ヨーピテスと言う町があった。トリシアから宿場町を一つ越えたところにある海沿いの町で、漁業が盛んに行われている。漁師達の穫る海の幸はランドバロウでは重要な食料であり、自然とこうした町は賑やかになる。


 漁は朝に行われるため、町が最も騒がしくなるのもやはり朝方だ。商人達が自慢の目利きで値段交渉に挑み一喜一憂する姿は毎日の事である。


 しかし夕方を過ぎた時間では賑やかさも質を変えている。仕事を終えた者達の、一日の楽しみを過ごす時間だ。穫った物を使った料理、それとともに飲む酒、親しい者と歓談するひと時。平和を絵に描いたような風景が、そこにはあった。


 二人の人物が、そんな町の通りを歩いている。


 一人は金の長い髪を後頭部に紐でまとめた髪型の、黄みを帯びた赤の瞳を持つ美しい青年、もしくは男装の麗人。


 今一人は黒く短い髪を後ろに撫で付けた、黒い瞳の長身な男。気怠げな目は町の様子を怪訝そうに眺めている。


「……リード」


「どうした?」


「ここ、ヨーピテスだろ?」


「奇遇だな、クロス。俺もそう思っていたところだ」


「真逆だよな?」


「そうだな。まあ、来てしまったものは仕方ない。一回りして、明日戻ろう」


 リードと呼ばれた金髪の男は颯爽と通りを行き、匂いに誘われるまま一軒の酒場へと引き寄せられる。


 クロスと呼ばれた黒髪の男は深く溜め息を吐いてから後を追い、咎めるでもなく酒場に入った。




 しかし結局二人は、翌日も来た道を戻らなかった。


 何故なら二人ともが、方角を見失っていたから。




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  名前 リーフ・セルティウス

  種族 エルフ

  性別 女性

  階級  五


  筋力 一六

  敏捷 二〇

  魔力  八


 魔導器 強化打刀

  魔術 練気放出   練気強化

     練気治療


  技術  剣     格闘

     軽業     看破

     抵抗力


  恩寵 旧神フレーティア


  ID 〇二五〇〇〇〇〇〇一

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