大きく深い穴が地下の奥底へと口を開いていた
部屋から坂道を下った先にあったのは石造りの迷宮。石材のブロックを組み合わせて造り上げた複雑な迷路で、通路は横に三人が並んでぎりぎり戦える程度の幅、天井まではその幅と同じ程度の高さがある。洞窟部分はただのエントランスで、こちらこそがトリシア迷宮の姿というわけだ。
追放の玄室を出る時に確かめた事だけど、魔力感覚は壁や床の向こう側まで対応している。構造やそこにいる何者かの情報など魔力でわかる範囲の全てを教えてくれるんだ。このおかげで迷子にはならないで済みそう。
周りに人は……いるね。後ろから来てる。僕と同じく、迷宮探索に来たんだろう。先に行って、距離を取ろうか。
分かれ道を曲がったら刀身は消し、真っ暗闇にする。魔力感覚のおかげで全く問題が無い。このまま進んで奇襲を基本に戦うやり方なら、僕一人でもやって行けるはず。
まずは一階を踏破しようかな。構造が地図の機能に書き込まれるかも確かめて……書き込まれないのね、残念。メモの機能に自分で書く事は出来たので、それで我慢だ。端末の明かりの設定を最小、周りに光が見えないレベルに落として、魔力操作で地図を書きながら進む。
これ、精巧な地図も書けそうだ。手に持っておく必要も無いし、魔力感覚で得た情報を全て反映してしまえる。恐ろしく楽ちん。
攻略サイトとかを見れば既にこんな浅い階層の地図なんて載ってるんだろうけど、こうして自力で書いて回るのも風情があって良いよね。遥か昔のゲームを思い出すなあ。
……おっと、また鼻歌が。ここでこれはまずい。しっかり注意しとかないと。
それからしばらく。今のところ倒した魔物はゴブリンやコボルド、爪や尻尾の発達した犬型の魔物などなど。階級一の弱い魔物ばかりだ。犬の魔物は匂いで気付くから不意討ちが難しいけど、そうでなければさくさく狩れた。多少群れていても多くて三匹。奇襲して二匹は仕留めてしまえるから、ほぼ一方的だ。
犬の魔物は多少厄介だけど、それも比較しての話。近付かれる前に刀身を飛ばして倒せてしまえる。尻尾から体毛を針のように飛ばして来る種類がいて驚いたものの、避けても良いし風の盾でも簡単に防げる。
さすがにこの一階で苦戦する事は無かった。
そうして順調に地図を広げていると、一ヶ所奇妙なところがあった。壁の向こうに通路が存在していて、その先に部屋が確認出来る。つまり、隠し扉があるんだろう。
ここは久方ぶりの、看破の出番だ。このために選んだ技術だからね!
壁を眺めてみると、気になる部分があった。積み上げられた壁の天井際、その一ヶ所に気を引かれる。僕のジャンプなら届く高さだ。
跳び上がって触れてみると、横に動くような形で軽く開いた。引き戸の扉みたいだ。ほんの僅かに隣が出っ張っていて、そこに収納されるようになってる。開けてみればそこは空洞で、反対側も閉じてた。
早速中に身体を滑り込ませたら、扉は一応閉める。それから奥へと這うように進んだ。
反対側の扉も作りは同じだ。そっと開いて覗き込む。特に気配は無いし、さっさと出て床に降りた。
果たして奥の部屋には、大きく深い穴が地下の奥底へと口を開いていた。広さは十メートル無いくらいかな?
覗いても底は見えない。魔力感覚の端まで真っ直ぐ続いてるし、剣をぎりぎりまで下ろしてもまだ光は底まで届いていない。内側の壁は剣を突き刺すのに難儀しそうな硬さの石材で、くり抜いたように綺麗な表面だ。継ぎ目も無いし、以前魔穴へと降りた時に想定したような登り方は使えそうにない。
これは、降りるのに勇気が要るね。
『ふむ……。何であろうな?』
これがただのゲームなら、ショートカットなんだろうけどね。
『ショートカットとは何だ?』
近道だね。よくあるパターンは正規の道順で行った先に昇降機なんかがあって、起動させる事でそこまで簡単に行き来出来るようになる、とか。
もしそうなら、無事に降りる事さえ出来ればねえ。
『降りる手段と、そうでなかった時の事を考えると、か』
まず、降りるのが既に危険なんだよね。魔穴と違って壁が硬い。剣を突き立てても靴を押し付けても速度を落とし切れなくなったら、そのまま落ちて死んでしまう。魔力操作で落下速度を落としているけど、ゼロにはまだなってないんだ。加速はするはず。その加速を打ち消せるかわからない。
そして単純に、ショートカットじゃなかった場合。その先次第なんだけど、戻って来れない可能性が高過ぎる。最悪死に戻れば良いという究極的手段はある。でもそれを前提として動くのは間違ってると思うし、シンプルに好みじゃない。
別に今すぐ試さないといけないような何らかの事態に陥ってるわけでもないし、安全に降りる手段と戻る手段を手に入れてからでも遅くはないでしょ。
『うむ。焦る必要など無いからの』
ぎりぎりの状況はAS始めていきなり味わったからね、もう勘弁よ。
隠し扉を通って戻る。頭をひょいと覗かせたところで、何やら悲鳴が聞こえて来た。プレイヤーだったらオーバーなリアクションだ。でも良いロールプレイだね。そうでなかったら? こちらの人だよね。
急ぎ飛び出して、壁を蹴って飛ぶように向かう。幾つか角を曲がり、魔力感覚が捉えたのは消えてゆく人三人と、襲ったらしき六人。
消えてるから、やっぱりプレイヤーだったみたい。ほっと一安心。でも、この六人も人族だ。つまり、兵士さんが注意してくれた魔物でないもの。
そっと離れようとしたけど、その六人はこちらへと走り始めていた。急ぎ、逃げる。
何故気付かれたのかと考えた。僕と同じ魔力感覚を持っているとか別の索敵出来る魔術だとか、壁を蹴った音だとか心当たりは幾つかある。ただ、こうなってはどれでも大して変わらない。
追い付かれたら、六対一じゃまず勝てない。それだけははっきりしてる。逃げ場は幸い見つけてる。そこに飛び込んで籠城よろしく耐え忍ぶしかない。
入ったら直ぐ様閉めて、まずはやり過ごせるか試した。魔力感覚があの六人、PK達の接近を知らせてくれる。
既に走ってはいなかった。探るように歩きながら、周辺に意識を向けてる。索敵の魔術は無い? それなら助かるかもしれない。
「本当にこっちに来たのかよ?」
「音は聞こえたぜ」
「足が速いみたいだったからねえ。逃げられたかな」
「それなら手はず通り、とっとと分かれて出ちまった方が良いな。ここは一階だ。すぐに兵士だのPKKだのが来るぞ」
「んなもん心配してPKなんてやるなよ。返り討ちにするくらいの気概は見せろって」
「単純に数が違うだろ。二倍三倍は当たり前じゃないか」
「下らない話はそこまで。分かれて散るよ」
何とかばれずに済みそうだ。良かった。
「おっと、待った待った。最後にあそこ、調べておこうぜ」
げ。
「隠し扉か? 誰か行けるのかよ?」
「ピラミッド式で行けるって」
「マジか」
マジか。
肩に足を乗せるだろうから、少し高めに一人百六十センチとして、六人なら三段。少し届かないくらいかな?
「天辺はお前な、跳躍持ち」
「跳べってか」
「上手く槍で開けろよ」
何でそんなもの持ってんのさ! いや、そうだからこそ試そうと思ったんだろうけど!
……まあでも、そうまでしなければ届かないって事だよ。何とかなるでしょ。
ピラミッドは順調に組まれてるみたい。筋力の高い三人が下段、跳躍持ちが上段をやるとなれば、残り二人は中段だ。下段真ん中の一人に一番負担がかかるから、そこは一番筋力の高い人の担当だ。
……これ、待ってなくても良くない?
剣に魔力を投入、圧縮して短剣へ。ごたごたやってる内にそっと少しだけ開いて、そこから剣を外へ。立ち上がろうとしてるピラミッドへ、突貫!
直後、壁がすんごい揺れた。崩落しないよね? ……うん、大丈夫そう。
外からは悲鳴が響いてた。でも容赦しません。次弾装填、発射!
またも震動。これ怖いな。しかしさらに装填、三発目発射!
そっと覗くと、ぐずぐずに身体が崩れて消えるところだった。
……魔物と同じ消え方? どういう事? 悪人プレイヤーだから?
三点、三点、三点、二点の四連発には、PKと言えどもさすがに耐えられなかったらしい。ピラミッドなんてやって集まってたらさ、良い的だよね。
今日はもう帰ろー。魔力無くなっちゃった。
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名前 ラン
種族 ハーフエルフ
性別 男性
階級 三
筋力 六
敏捷 一四
魔力 一八
魔導器 属性剣
魔術 魔力操作 魔力感覚
技術 看破 軽業
跳躍
恩寵 旧神ナルラファリア
ID 〇二六〇〇〇〇〇〇一
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