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彼女の歩む道は確定した

 瑠璃色の瞳を持つ少女のような少年と別れた後、リーフは魔峰と名付けられた山の土を踏んでいた。魔物の蔓延る森を抜け、その高い頂を見上げ、端末の地図を見て目標と定めていた場所に着いた事を確認する。


 メリアー大陸の中央に位置するこの魔峰周辺の魔物は、その多くが階級六から七。リーフの実力をもってしても危険を感じる事が頻繁にある、厳しい土地だ。


 探している場所がここに無ければ、さらに遠くへ赴かなければならない。北か南か、はたまた山の向こう側か。


 ふと、リーフは奇妙なものを見つける。それは山を登るように転々と続く何かの跡。魔物の足跡だろうかと考えるが、それにしては小さい。にもかかわらず、一歩が広かった。


 辿って行く内に、彼女の目にはそれが靴か何かによる跡に見え始めた。


 こんなところに靴の足跡。不可思議としか言いようが無い。自分以外にも誰かが来ていたと考えないわけではない。しかしそれだけの人物なら、自分同様人の口に上るはずなのだ。けれど聞いた事は無かった。


 さらに詳しく眺めていると、その向きに気付いた。これは山を登っているのではなく、下っている。爪先が下に向いているのだ。この足跡の主は、ここから去る際にこの跡を残している。


 そこまで考えれば、浮かぶ顔もあった。あの、ランという少年。何故あんなところにいたのか。その目的は、自分と同じくこの山だった? そして目的を果たして、帰途に就いていた? そんな疑問が思い浮かぶ。


 疑問の域は出ないのだが、リーフが確信するには充分だった。理由はわからない。しかし彼はここにいた。足跡の小ささも彼であれば納得なのだ。


 足跡を辿る歩みが自然早まる。彼の目的は何だったのか。それを知りたい。そんな好奇心が湧き上がり、抑えられなかった。




 果たして辿り着いた先は、長い洞窟と大きな円形の広間だった。洞窟と広間を繋ぐ入口は壁に開けられた穴、床には土塊と焦げた跡。何があったと言うのか。


 リーフは壁の穴に着目した。洞窟側よりも、広間側の方に多くの破片が飛び散っているのだ。一撃で開けた穴ならば、洞窟側からであろう。しかしこの壁は厚い。そして一撃で開けたにしては、周辺の損害が小さい。ならばどういう事なのか。


 これは広間側から、数度に分けて開けようと試みた結果ではないか?


「……あの子、まさか」


 リーフは勘違いを正す。


 彼はここへ来たのではなく……ここから来た。彼はここに閉じ込められていたのだ。


 しかし彼は端末を持っていた。間違いようもなくプレイヤーだ。何故そんな事になったのか。


 ともあれ、と一旦思索を打ち切る。この場所の写真を撮り、持ち帰らなければならないだろう。


 そう考えて端末に視線を移し、ふと思い付いて地図を開いた。そして目を見開き、リーフは確証をそこに認めた。


 地図にあったのは、『追放の玄室』と言う文字。


「……ここ。ここが、探していた場所」


 深く息を吐き、込み上げた達成感に打ち震える。既に玄室は暴かれていたけれど、目的は達せられた。そして暴いたであろう人物との繋がりは既に得ている。万事が上手く進んでいた。


「……早く帰って、フレアに教えよう」


 無表情は相変わらず。けれど何処か嬉しそうに、リーフは帰途を走る。その途中で彼を捕まえられたらと、ほんの少しだけ期待しながら。







 大きなイベントのあった日曜の翌日。この日も大人達との稽古に励んだ葉子は、またしても普段より帰りが遅くなってしまった。電車に揺られて最寄りの駅へ着いたのは、夕飯時をすっかり過ぎてしまった頃合い。


 両親への連絡は既に済ませてあり、特別問題も無い。そう考えて、いつも通りに帰途を歩いた。


 葉子は最寄り駅から徒歩で帰宅する。川沿いに整備された遊歩道があり、片道一時間程の距離を運動代わりに自ら課していた。


 百六十五センチという、女性にしては高い身長からすらりと伸びる長い脚で颯爽と歩く姿は、大層見栄えのするものだ。駅周辺では自然と視線が集まる。その中を全く意に介さず、葉子は遊歩道へと向かった。


 この遊歩道の人通りは少ない。とうに日が暮れてぽつぽつとある街灯が照らすのみの仄暗い道は、例え安全な日本と言えども不安を掻き立てる。


 今夜は月も見えなかった。曇り空の向こうに隠されてしまって、その色白な顔は僅かにすら覗けない。当然辺りの闇はより深く、女性が一人歩くには少々不用心に思える。そんな夜だ。


 そして葉子のさらさらとした黒い髪を撫で付けるような風は、奇妙に生温い。今はまだ四月の頭で、湿度の上がるような時期ではない。しかしねっとりと纏わり付くような空気が漂い、不快感を覚えるに充分。同時にこの夜は、何か悪寒めいたものをその胸の内に込み上げさせた。


 無意識に、握った手へと力が入る。


 そのような感覚は初めての事だった。剣道の稽古で格上の大人を前にした時とも、かつて変質者が立ち塞がり、痛打をこれでもかと与えてやった時とも違う気配。これを葉子の感覚は、得体の知れない何かが放つおぞましい空気だと、そのように捉えた。


 何かが違う。


 そう考えながらも、結局は根拠の無い不安だと断じて頭の片隅へ追いやってしまう。ここは日本。基本的には平和で、危険の少ない国。以前出くわしたような変質者が再び現れるのだとしても、同じように叩きのめして警察を呼べば良い。


 そう安易に考えて、彼女はそのまま歩き続けた。







 その判断は、やはり間違っていた。


 しかしある意味では、それで良かったのだとも言えた。運命を決定付ける瞬間であったと同時に、激流へと抗う可能性を手にするきっかけでもあったため、自分には必要な出来事だったと後の葉子は振り返っている。


 鬱蒼と木々の生い茂る山のそば、民家の途絶える極めて短い区間。人の気配の無いそこへ差しかかったこの時に、彼女の歩む道は確定した。


 帰宅に向かう彼女を待ち受けていたのは、恐るべき姿を持った邪悪そのものだった。その影の屈み込んだ足元に、その手の先に、仰向けで倒れる人影が見える。


 それが誰かなのか、葉子にはわからない。全く見も知らない男性だ。しかし身動きせずに赤を溢れさせ、舗装された遊歩道を染めていた。その顔はひしゃげており、服装から知らない人物だと判断したものの断定までには至らない。


 偶然視線を合わせてしまった彼女は、胸の奥底で重い感覚を覚えるとともに呆然と立ち尽くす。


 布の破れる音、何かの折れる音、砕かれる音、びちゃびちゃと滴り落ちる音。連続する不可解な耳への刺激と同時に繰り広げられている現実離れした光景。日常の中に突如として顕現した非日常としか、頭が受け付けていなかった。


 けれど彼女の意識は、その目が向けられた事で覚醒する。


 鋭い、これまでの然程長くはない人生で一度たりとも味わった事の無い視線。そして圧倒的な負の気配。これまでに向けられた中でも最も強く、悪意を感じさせる眼光。


 常人であれば、それをただ脅威と認識しただろう。恐ろしい姿に悲鳴を上げるか、あまりの恐怖に飲み込まれて立ち竦むか。


 どちらにしろ抗い難い脅威に直面したとして、ただ残酷な死を迎える未来しか存在し得なかった。まさに今貪られている男性のように。


 しかし葉子は、それを敵と認識した。立ち向かい、打倒するべき敵だと、身構える事が出来た。


 反射的に肩から提げていた鞄を投げ捨て、ここ最近続けていたものの中で習慣付いていた動作を取った。左の腰に手をやってそこに無い物を掴み、右手も同じくそこに向け、やはり同じく無い物を握る。


 その瞬間に、しまったなどと思う暇も無くそれは引き起こされた。


 初めには解放感があった。閉じていた場所から解き放たれて広く明るい場所に出たかのような、心の大きく開かれたような感覚。止められていた川の流れが堰を切って溢れ出したかのような、怒涛の如く迸る感覚。


 続いたのは、集まり束ねられる感覚。それは剣において力を束ねる様に似ていて、葉子には馴染み深いものだった。


 直後。葉子は左手に、そして右手に、その感触を確かめていた。掴み慣れた鞘の、握り慣れた柄の、ここには無いはずの……それの感触を。


 躊躇わずに引き抜く。


 血のような紅の下緒を結び付けられた鞘は漆のような黒。同じ黒の糸をきつく巻いた柄を右手に握り、解き放った刀身は街灯の明かりを照り返して銀光に輝く。


 緩く反った刃には炎のような乱れた刃文が浮き上がる。その色は翡翠。夜の闇の中で揺らめいて光を宿す。


 そして葉子の瞳もまた、一瞬の閃光を放ち翡翠色に煌めいた。


 直感的に悟る。


 理由はわからない。けれど自分は、あの力を得た。あの仮想世界で与えられた、現実には無いはずの、魔導器と魔術の力を得ている。葉子はそう理解した。


 何故そのような事になっているのか、もちろん彼女には皆目見当も付かない。しかし、今やるべき事はその翡翠の瞳が明確に捉えていた。


 目の前にいる化物を、魔物を……赤いオーガを打倒する。


 それは力を発現させた彼女にとって、容易い事だった。


 オーガは魔導器を前にして怯んでいた。何故ここに、日本に魔物がいるのか。その理由や原因は憶測すらも難しい。けれど怯んでいるのなら、このオーガにとって魔導器を持つ者との遭遇は、力ある存在との邂逅は想定外だったのだと考えられた。


 そしてその隙は、一瞬と言えども致命的であった。


 上段に構えられた打刀の翡翠を纏う刃は、まだ十数歩もの距離があるにもかかわらず振り下ろされる。到底届く間合いではない。


 しかし魔導器には魔術があった。翡翠の輝きは膨れ上がり、溢れんばかりに力の奔流となって迸る。袈裟斬りに振り下ろした刀と同じ太刀筋に力は放たれて、瞬きの直後オーガを飲み込み濁流に包む。強い衝撃がその身体を手酷く打ち付け、さらには光の持つ力が崩壊させてゆく。


 レッドオーガと言えども葉子の得た力には抗う事すら出来ない。光の消えた後に、見るも無残なあり様となって倒れ伏すのみ。


 葉子は、それを『気』の属性だと聞いている。生きとし生ける全ての者が持つ生命の力を魔力によって引き出し、物理的な影響を及ぼす。そんな魔術だと、他ならぬ旧神フレーティア自身から説明されていた。


 そしてこの力は、混沌に属する魔物とは相反している。魔を滅ぼす事の出来る力。それがリーフとしての葉子に目覚めた魔術だった。


 何故かその力が、現実世界に顕れている。


 魔物が現実にも存在しているのなら、この力は自衛の役に立つ。身近な者を守るためにも使えるだろう。


 敵を打ち倒して光を消した刀身を街灯の光に照らして眺め、葉子は湧き上がる漠然とした予感めいたものに身震いする。


 それは平和に生きた者の不安から来るものか、それとも剣を志したものの武者震いか。


 葉子自身にすら、判別出来なかった。




 ぐずぐずと崩れ落ちるオーガの消滅する様を見届けたところで、葉子はかちんと刀を鞘に収めて消し去る。


 単にゲーム同様魔物の死体は残らないのか、それとも気の力の作用によって滅ぼされたのか、それは彼女にはわからない。けれど、今の日本で魔物の存在が明るみに出る事は相当な混乱を招くのではないか。


 そんな意味では、好都合と言えた。


 自分はただ、ここを通りすがっただけの一般人。事情聴取はされるだろうけれど危険物は何一つ持ち合わせていないし、凶器となる物も見つからない。疑われる事は容易に予想出来る。しかしそれもすぐに晴れるはず。


 そんな事を考えながら、葉子は警察へと連絡した。







 魔物が現れる事の意味を、彼女はまだ知らない。




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  名前 リーフ・セルティウス

  種族 エルフ

  性別 女性

  階級  五


  筋力 一六

  敏捷 二〇

  魔力  八


 魔導器 強化打刀

  魔術 練気放出   練気強化

     練気治療


  技術  剣     格闘

     軽業     看破

     抵抗力


  恩寵 旧神フレーティア


  ID 〇二五〇〇〇〇〇〇一

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ラン「僕より格好良くないですか」

ファリア「明らかに主人公しておるの」

ラン「はっ! ……もしかして僕も同じ事が!?」

ファリア「ずーっと先に、そんな話もあるやもしれんと作者のあやつは言うておったな」

ラン「ずっと先!? しかも、かもしれない!?」

ファリア「予定はあるそうだからの、首を長ーくして待つのだ。まあ、予定は予定だ。無くなる可能性もあるが」

ラン「そんなー」


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