……大丈夫?
真っ直ぐ西へと進路を取る。魔力操作を使った走り方は非常に快適で、持久力の減少しない小走り程度のスピードでも時速四十から五十キロくらい出てるように感じられる。そんな速度で駆け抜けて行けば荒れ地もあっという間に抜け出して草木がまばらに生える辺りへ、さらには生い茂る草原へと到達した。
風に混じる青臭い緑の匂いが何となく心地良くて、深呼吸しながら進む。東京生まれの東京育ちだから、こういう場所とは縁遠くてすごく新鮮な気分。
天気も良いし、日向ぼっこで昼寝でもしたくなるね。
『たちまち魔物に食われてしまおうがな』
「残念極まりないです」
人里なら大丈夫だろうし、それまで我慢だなあ。
ちなみに魔峰を離れてからここまで、まだ一戦もしてない。魔物はあちこちにいるし追いかけては来るんだけど、全速力じゃないと併走もままならないみたいなんだよね。こちらは小走りなのに。
何て素晴らしい移動手段なんだろう。
おかげで移動してる限りは安全。走ってる内に向こうは疲れて、諦めて足を止めてしまうからね。楽々だよ。
…………なんて、思ってたんだよなあ。
窮地に陥った理由は、まさに油断だったと思う。けど、僕だって見えていれば油断なんてしなかった。
一番の理由は、この草原だ。生い茂る草木が不利となる方向に働いた。
いや、上手く使われたと言った方が正確か。向こうが有利となるように動いてたんだ。
つまりは待ち伏せだ。魔物が魔物を狩ってたようなんだけど、そこにまんまと足を突っ込んでしまった。そんな間の抜けた話だ。
幾つもの魔力の反応が集まって来るのを捕捉出来た時には手遅れで、僕は既に包囲されていた。
姿を現したのは醜悪な顔付きの大柄な人型の魔物。端末のウィジェットの表示によればホブゴブリンだ。けど、ただのホブゴブリンじゃなかった。ファイターだとかアーチャーだとかシャーマンだとか名前に付いてる。その階級は軒並み五。数は順に四、五、一。一匹だけのシャーマンがこの一団のリーダーらしく、他の個体よりは遠くにいる。
ともあれ、非っ常に困った。アーチャーは既に弓の狙いを付けてて、ファイターは槍でこちらの動きを制限する役割だ。言葉はわからないけど、シャーマンの指示でそのように動き出した。
五匹のアーチャーは五角形を描く配置にいる。僕に目掛けて矢を射かけても反対側に味方がいない位置だ。四匹のファイターは四角形。アーチャーの射線を遮らない位置で得物を構えている。じりじりと包囲の輪を狭めて、近付いて来る。
そしてまず、矢が二本放たれた。魔力感覚で来るのがわかっているから、避ける事自体は難しくない。続けて別のアーチャー二匹が矢を射る。これも転がるようにして何とかかわした。
けど最後の一発にはこの隙を突かれてしまった。転がった瞬間の、足が地に着かない僅かな時間を狙った矢が僕の身体に迫る。とは言え僕には魔力操作がある。強引に身体を動かす事で紙一重の回避を行う。致命的な矢は僕に当たらず、地面へと突き立ってその役目を果たせずに終わった。
反撃に刀身を飛ばそうとしたけれど、そこへファイター四匹が殺到する。まだ体勢を整えられていない僕をまず二匹が突く。これも強引にかわしたところへ続く二匹の穂先。一方は斬り払えた。しかしもう一方は肩口をかすめた。
弓と違って、槍は直ぐ様次の攻撃に移れる。このままでは一方的に殺されるばかりだ。
意を決し、僕は大きく跳んだ。ファイターの上を越えて、アーチャーの一匹に向かって宙を舞う。当然矢が待ち構えていた。それもシャーマンの声によるものか、ばらけて五本が飛来する。正面から来る一本だけが真っ直ぐに僕を狙い、周りから来る四本は僕の進行方向を潰すように射られていた。偏差射撃だっけ?
多分ジャンプ力に優れた獲物との戦いを想定した訓練もこなしてるんだ。さっきから連携の精度がすごいし、シャーマンの指示もよく飛んでる。随分組織立った連中だけど、この階級でホブゴブリン達が生き残るには必要な修練なんだろうね。
けど僕はジャンプ力だけじゃない。空中で急減速しつつ身体をひねり、同時に剣を振って刀身を飛ばした。
瑠璃色の刃がアーチャーの一匹を襲う。ところがこれは避けられてしまった。何だか全く良いところが無いよ、この刀身飛ばす攻撃。ゴーレムにもブーレイにも効かなかったしさあ。
まあ今のは、避けられたのは仕方ないか。次こそは当てて何とか倒そう。
『なかなかの反射神経であったと思うぞ。しっかりした訓練をよく積んでおるのだろう。ただのホブゴブリンではないという事だの』
そんなのが十匹もいるんだから、戦ってる僕は堪ったもんじゃないよ。
それから幾度もの攻防を重ねたけど、結局まだ一匹も倒せていない。対して僕はと言えば、矢を二発食らって生命力が残り二点になった。当たりどころが左の腕と肩だから、これが良かったと言えば良かったんだろう。それぞれ二点のダメージで済んで、命に関わるような重傷を負わなかった。
とは言っても左腕は使えなくなってる。このゲーム、こういう仕様もあるのね。力を入れてもうんともすんとも言わなくて、現実だったらショックが大きいと思うんだけど違うからちょっと面白い。なかなか出来ないし、したいとも思えない体験だ。
しかし、本当に困った。どうにも勝てる気が全くしない。格上なのに十匹とか無理ゲー過ぎて苛立ちもしないね。負けイベントみたいだよ。
そう言えば、殺されたらどうなるんだろ?
大抵は町とかに戻されてペナルティを受ける事になる。でも僕、町にすら辿り着けてないんだよね。ファリアと会った追放の玄室に戻されたり? あり得るなあ。またあそこからは正直面倒臭い。ブーレイみたいな魔物とも遭遇するかもしれないし、出来れば戻りたくない。
また何か考えないと。ああでも、攻撃が激し過ぎてそんな暇が無い。矢を避けて払って何とか凌ぎ、槍を掻いくぐって反撃に転じるもタイミングを潰されて攻守が戻り、また矢を凌いで……。
何度こんな事を繰り返せば良い?
『お主今、何気なく矢を払わんかったか?』
魔力感覚の範囲内から射掛けられた矢ならタイミングも軌道も完全に把握出来る、なんて思ってやってみたら本当に出来たよ。矢のスピードに慣れた事ももちろんあるね。
それはともかく、目まぐるしくて余計な事を考えていられない。戦いはやっぱり数だったんだよ……。
まあ、格上だから基本的な実力でも負けてるんだけどさ!
『……ん? 何か近付いて来ているぞ。魔力感覚によれば人族のようだが』
人? こんなところに? もしかしてプレイヤーかな?
言われて気にしてみると確かに人族、女性みたいだ。耳が長いから、エルフ? それにこの人……刀だ、刀を持ってる! 完全に日本人じゃん!
それに速い! 全力疾走かもしれないけど、僕よりも速い!
魔力感覚で捕捉してから二秒程度で戦闘に参加して来た。そしてアーチャーに一太刀入れ、その一撃で真っ二つにしてしまった。続けてまた別のアーチャーに斬りかかり、こちらも同じく一太刀で斬殺。さすがにそこでホブゴブリン達も動いて、慌ててそちらに戦力を割いてる。
それに対して女性は反りの緩い刀、打刀を正眼に構え、視線は魔物に据えたまま一言。
「……大丈夫?」
息も乱さずにそう気遣った言葉は平坦で、感情は込もっていないように聞こえる。けれどそんな事は関係無い。僕はたった今、助けられたんだ。感謝しか抱けない。
安心するにはきっとまだ早い。でも気を抜かなければ、僕は生き残れるはずだ。
こんなタイミングで駆け付けてくれるなんて、滅茶苦茶格好良いなあ。完全に主人公だよね。惚れちゃうよ?
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名前 ラン
種族 ハーフエルフ
性別 男性
階級 三
筋力 六
敏捷 一四
魔力 一八
魔導器 属性剣
魔術 魔力操作 魔力感覚
技術 看破 軽業
跳躍
恩寵 旧神ナルラファリア
ID 〇二六〇〇〇〇〇〇一
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