僕はこれで良かったんだ
地図を開いて現在地を確認すると、山の北側にいるみたいだ。この山には名前が無く、ただ『魔峰』とだけ表示された。不吉な名前だね。雄大だったり神聖視されたりしてる山を霊峰とは言うけど、それの良くないタイプ? 魔剣みたいな?
ともあれ、とっとと移動しよう。目指すは西だ。
この山から真っ直ぐ西に向かえばトリシアに到着出来る。でもどのくらいの距離があるのかわからない。大陸と言うくらいだから、数千キロは覚悟だよね。
となると、何らかの移動手段が欲しい。人間が徒歩で一日に移動出来る距離なんて、三十から四十キロくらいだ。百日とか? 冗談でしょ。
山を下りながら考える。
僕の手札は魔導器と魔術と技術のみ。具体的には属性剣、魔力操作、魔力感覚、看破、軽業、跳躍だ。ただし、一見使えそうな軽業や跳躍も超人的な効果は持ち合わせない。頼みとするなら、魔力を使うものだ。要は魔導器と魔術ね。
魔力を使う……ね。そちら側から取りかかるべきだろうなあ。
『どうするつもりなのだ?』
「要はやっぱり、魔力操作だと思うんですよ。属性剣や魔力感覚は移動手段たり得ないわけで」
他に候補なんて無いんだよね。
魔力操作は、『魔力を動かす』魔術だ。効果を及ぼす対象は魔力限定で、他の物には一切作用出来ない。この説明だけなら、移動手段として使う方法なんて無い。
いや、厳密に言えば一つだけある。柄を両手で握って、魔力操作で上に引っ張るという方法が考えられるんだ。ただしこれは、僕の体力的な問題で断念せざるを得ない。
一応、試すだけ試そう。握った柄を操作して上へと引っ張る。やってみると思ったよりも力があって、身体を浮かす事は出来ないもののジャンプすれば落下速度がかなり緩やかになった。ゆっくり、本当にゆっくり落ちる。
悪くはない。ただ、予想していた通り僕がぶら下がりっ放しでいられないという体力的問題がある。なので、ボツだね。
浮遊とか飛行とかの魔術だったら楽だったのになあ。そういった魔術なら効果は身体を対象とするはずだ。こんな風に、自分の身体能力が枷になったりしない。
……効果は身体が対象、か。自分の考えた事に閃きを誘発された。これは良い事思い付けたかもしれない。
重要なのは魔力感覚を試した時に教えられた知識だ。魔力とはエーテルに個人の権限を付与したもの。ファリアはそう僕に教えてくれた。
それじゃ、エーテルって何?
エーテルとは創造のエネルギーで、何もかもの源だ。だから魔力感覚を使うと辺り一帯にある全てからエーテルの反応を感じられる。山を形成する土にも頬を撫でる風にも、懸命に生きようとしてる雑草にもエーテルの反応はある。何もかもが全部、エーテルから創られてるんだ。
魂を持つ生きとし生けるもののみならず、ありとあらゆる物質すらもエーテルから出来てる。このアルスにある存在は全てそうなんだ。
そしてその中には当然……僕の身体も含まれる。
肉体もエーテルを根源としてる。そしてこの肉体は僕という個人のものであり、肉の身体という形に変質してはいても個人の権限を付与されたエーテルである事に何ら変わりは無いんだ。
僕の思い通りにならない理由が無い。
ああ、何だ。そういう事か。すごいじゃないの、魔力操作。
『納得したぞ。面白い事を考えたものだ』
柄で引っ張り上げる必要なんて無かった。この身体もエーテルなんだから。
荒れて乾いた山肌を駆け下りる。同時に魔力感覚で身体をしっかり意識の内に収め、魔力操作による制御を開始した。力の方向は上。正確には斜め前方。そうする事で重力に逆らい、間接的に重さから解放する。そんなイメージだ。
すると途端に身体が軽く感じられ、その影響をもって魔力操作の働きを実感する。
跳ぶような走り方になったからか、跳躍も効力を発揮し始めた。浮き上がるようにかかる力の向きを魔力操作によって変化させ、前方への推進力とする。身体のバランスは魔力操作と軽業の併用で整え、驚く程のスピードを実現させた。
その速度は車に近い。さすがに高速道路を走るような速さには到達してないけど、一般的な車道を普通に走るくらいは出せてるように体感した。山を下ってるから尚更なのかもしれない。
森が瞬く間に眼前へと迫る。僕は反射的に思い切り高く跳んでいた。その高さは十メートルを遥かに越えていると思う。そしてそのまま、森の上を浮いた状態で進んだ。
耳に風を切る音が強く聞こえている。髪は後ろへ撫で付けられるように靡き、ぼろぼろのブラウスはその裾をばたばたとはためかせる。
頬を叩く風に、眼下を過ぎ去る光景に、高い視点を身一つで行くこの状況に、胸の高鳴りは否応なく激しさを増す。鳥になった気分を味わう事になるなんて、全く想定していなかった。楽し過ぎて頬は緩むし、流れる風が心地良くて感動的だ。
飛んでいると言えなくもない。ただこれは滑空みたいなもので、高度を上げる事は出来ない。今の魔力操作の力では、僕を上へ運ぶに足りないんだと思う。でも、充分だ。ほんの少しずつ高度は落ちてるけど、森を越えるだけのスピードは確保出来てる。このまま行けば、再び土を踏む頃には向こう側にいるはずだ。
昂揚し、興奮が頂点に達しようと高まり続け、それを食い止める事に苦心させられてしまった。平静でなければ危うい。制御を失うなんて失敗はしないと思うけど、危険性が全く無いわけでもない。
森の中には、結構な数の魔物がいるようだ。ほとんどの魔物がこちらには気付かず、稀にいる気付いた魔物は飛び上がったり物を投げたりして来る。でも僕のスピードには追い縋れないらしく、また投げた物の軌道予測も魔力感覚が役に立って容易い。避ける事も斬り払う事も出来た。
鳥系の魔物には遭遇しなかった。この辺りにいないのか、それともたまたま運が良かったのか。さすがにその手の魔物に襲われたら危険だったから、どちらにしても助かった。
当然森の中も普通に通り抜けようとしたら、僕は殺されてた。群がられて対処出来ないまま仕留められてしまっただろうね。もし魔力操作を持ってなかったら、もし一般的に求められるような攻撃の魔術を選んでいたら。きっと数と階級の差の前に、当然の如くやられていた。
だからこうして丸ごと飛び越えられてしまうのは本当にありがたい。魔力操作は頼りになるね。僕はこれで良かったんだ。この選択は間違ってなかった。
森を越えてしばらく走り、距離を取ったところでようやく一息吐く。追って来ていた魔物も諦めたのか姿を消して、見渡す限りに僕一人となった。
『上手い事やったものだの。このように飛ぶ事が出来ようとはな』
「冷静になって考えてみたら、アイデアが湧いたんですよ。これもエーテルの事を教えてもらえたおかげです」
『そうは言うが、閃いたのはお主だ。それが無ければ為し得なかったであろう』
「それでは、二人で協力したからって事で」
『まあ、そうしておこう』
今はもう遠くなってしまった森と山を振り返る。青い霧のようなものの中に消えてゆく姿は不可思議で、これがゲームなんだという事を再確認させられる。地平線は無く、代わりに遠くの景色はそうして見えなくなるんだ。
さすがに遠過ぎて、描画されないって事だろう。
『よくわからんが、あれはエーテルのせいだぞ? 霧や霞のようにエーテルが少しずつ光を遮り、あのように隠すのだ』
「そうなんですか」
描画の限界じゃなかったんだね。
これもまた、地球との違いの一つか。知れば知る程様々なところに違いがあって面白いね。そうなると今は真上にある光の領域ことソールも、この大地自体も、あちらとは全然違うのかもしれないな。
例えば、球体の世界じゃなくて平面だったりとかね。
『平面ではないの。こちらも球体だ』
「そこは同じでしたか。それじゃ、ソールも大地の周りを回ってたり?」
『ソールは動かぬぞ。あちらのソールは動くのか?』
「え? そうしないと昼夜が無くなりません?」
『ソール自体が光量を変えておる。昼は明るく、夜は弱く照らすようになっているぞ』
ほー。そうしてるんだ。でもそしたら、球体の反対側は夜のままじゃない?
『反対側? ……なるほど、あちらは球の上の世界であったか。ならばこちらとは逆よ。アルスは球の内側にある世界だ。球体内部の外側に大地が存在し、重力は外向きに働き、ソールはその中心にあって世界全体を照らす。それがアルスの姿だ』
「あー、納得です。変な食い違いはそれが原因でしたか」
あちらは太陽があって、その周りを地球含めた惑星が自転しながら公転してるんだ。その全部が球体で、重力はそれぞれに内向きで働く。重力の強さは質量によって違い……などなどをファリアが知りたがったので、わかる範囲で教えた。
ここまで違うとは思わなかったな。でも成り立ちが全然違うんだから、形も違ってて当たり前だったね。
『お主のその知識は、一般的な範疇なのか?』
「ですよ。あちらの人なら大抵知ってます」
『こちらでは我ら神々しか知らぬような知識ばかりであったが、それを解き明かして広く知らせたというのか。凄まじいのう……。ああいや、今はわからぬか。四神が教えておるやもしれんし、人族があちらのように突き止めておる可能性もある』
だねえ。早く人里に行って、その辺りも聞いてみたいね。
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名前 ラン
種族 ハーフエルフ
性別 男性
階級 三
筋力 六
敏捷 一四
魔力 一八
魔導器 属性剣
魔術 魔力操作 魔力感覚
技術 看破 軽業
跳躍
恩寵 旧神ナルラファリア
ID 〇二六〇〇〇〇〇〇一
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