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クリソプレーズの瞳 ~ルービンシュタイン公爵夫人は懺悔して夫と娘を愛したい!  作者: 星野 満


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93. 王妃と側妃の対立の中で

2025/12/16 修正済み

※ ※ ※ ※



クリソプレーズ王宮殿の現在の後宮は、王妃宮、王女宮、王太子妃宮、未成年王族と側妃宮の大きく分けて、5つの宮殿に分別されている。


また、側妃宮には現在3人側妃がおり、それぞれ広さは違えども居間や寝室、着衣室と衣装部屋、食堂テラス、侍女部屋等豪勢な屋敷を宛がわれている。


側妃の内、ライナス王が自身で選んだ側妃はアドリアのみである。

他の2名は、メルフィーナ王妃が後宮に上がらせた者たちだ。


メルフィーナ王妃があえて、自分のライバルになる側妃を2名も選んだのは、アドリア妃に対抗する手段が欲しかった。




国王夫妻はそれより10年以上前に結婚して、ロバート第1王子を含め一男二女と子宝にも恵まれた。


だがライナス国王がガーネット王国へ親善訪問した際に、宮廷でオペラを披露した18歳のアドリア姫の歌唱姿に、国王が一目惚れしてしまった。



当時、彼女は王女でありながら歌姫でもあり、貴族や平民の間で“赤い宝石(レッドルビー)”と絶賛されていた。


その美貌は近隣諸国まで知れ渡っていた。



ライナス国王は、あえてガーネット王国が有利になる条件で貿易など相互の親善条約を結んだのも、アドリア姫を己が娶りたい故だと噂されたほどであった。



ライナス国王は、押しの一手でアドリア姫の兄のピエール国王を説得して、そのまま彼女をクリソプレーズ王国に持ち帰った直後に娶ってしまったのだ。


王妃であるメルフィーナが嘆いたのは言うまでもない。

2名の側妃を後宮に迎えたのもその時だ。


その後、ライナス王とアドリア妃との間には、フレデリック第2王子と王女も授かった。

残念ながら2人の側妃には御子が出来なかった。


王妃の努力も虚しく、今もライナス国王の寵愛を受けてる側妃はアドリア妃だけだった。



メルフィーナ王妃とアドリア側妃の因縁は、その時から未だに続いており、互いに気も強く何かにつけて火花を散らしている。そのことは後宮の誰もが承知していた。


王太子妃であるマーガレットは王妃側である。



これまでマーガレットは、王族の儀式関係の行事は、常に王妃の側にいた。

口の悪い従事者たちは、マーガレット妃を陰で王妃の“腰巾着”と揶揄しているくらいだ。



それが今。


たった1人で、マーガレットは専属メイドのキャリーも連れずに、アドリア宮の客間に座っていた。


もしもこの事が誰かの眼に入り、後宮の噂になったら、メルフィーナ王妃からマーガレットは何をいわれるかわかったものではない。

だが、マーガレットは()()()()をして、アドリアの部屋にいた。



※ ※



アドリア宮の客間内。赤で統一したオリエンタル風の室内。


絵画などの調度品、豪勢な幾何学模様の上質な生地のカーテンと絨毯。

家具にいたるまで、エキゾチックな異国情緒漂う雰囲気が醸し出されている。



マーガレットは、その応接間に微動だにせず座っていた。

顔色がとても悪く見える。


緊張しているのか、無意識に歯をくいしばった表情である。


チクタクと柱時計の音だけが聴こえる。


もう、かれこれ30分は待っただろうか。

メイドが入れてくれた紅茶が、すっかりと冷めてしまった。



『あらあら大変、お待たせ致しました。王太子妃様』


ようやくアドリア妃が客間に入ってきた。


長い黒髪を後ろに結って黄金の大きな輪のイアリング。ウエストを締め付けない赤紫のドレスを纏っていた。


正式な儀式や親睦会の姿と違ってとてもラフな格好だ。



『突然の訪問お許しください。アドリア様』


慌ててマーガレットは立ち上がって恭しくお辞儀をした。



パフスリープの袖のエンパイアスタイル風の白いドレス姿。

茶色の髪を盾巻に肩まで垂らして前髪を下している。

年より幼くみえる姿だが、細い肢体のマーガレットには似合う。



『そんなかしこまらないでいいわ、座ってくださいな』

『はい、失礼いたします』


 おずおずと座るマーガレット。

 対照的に足を組みながら腰かけるアドリア妃。


『それにしてもあなたが来るなんて珍しい、一体どうしました?』


『あの実はご相談がありまして……』


『私はかまいませんが、あの王妃様が良くお許しになったわね』


『──いえ、王妃は知りません、今日は私一人の意思で参りましたの』


『まあ、それはそれは!で、何用かしら』


 マーガレットは何かを決意したのか必死の形相ではっきりと言った。


『単刀直入に申し上げます。アドリア様が使用されている媚薬をぜひ購入したいのです。どんなに高くても構いません、どうか私に売ってくださいませ!』


 といい終ると深々と頭を下げた。


『あらまあ……』

あっけにとられるアドリア妃。


『お願いします。私はロバート殿下の世継ぎがどうしても産みたいのです。ですが、お恥ずかしいことに殿下は寝屋に来てくれません!メルフィーナ王妃は今夏に殿下に公妾をたてるとおっしゃいました、私は用無しといわれたも同然なのです。このまま何もせずに、公妾を迎えるのは嫌です!』


 マーガレットは(せき)を切ったように話した。


『無礼はじゅうじゅう承知でございます。どうか私にアドリア様が、今使用している媚薬を、私に売ってくださいませんか?』


 

アドリアはマーガレットの切迫なる思いを聞いて唖然としたのか、彼女の赤い瞳は大きく見開いてまじまじとマーガレットを凝視した。


だが──急に目を逸らしてそっけなく言った。


『困ったわね、私の媚薬については、余り広めてはいないんだけど』


『⋯⋯その、侍女たちの噂を少し聞いてしまって……』


『いえ、そんなものはないわ!』


『え!』


びくっと顔をあげるマーガレット。



『オホホ、嘘よ、嘘。媚薬はありますわ。マーガレット様』


 とたんに高笑いをするアドリア妃。


『あ、そうですか……』


マーガレットの顔はみるみる青褪めた。


アドリアはマーガレットのおどおどした顔を見ながら優しく微笑した。


『うふ、ゴメンなさい!あなたが余りにも真剣でからかいたくなったのよ。ふふ悪かったわ』


『いえ……』


 マーガレットはアドリア妃が機嫌がいいと分かってホッと安堵した。


 

 その時、コンコンとノックの音がした。


『失礼します。アドリア様、紅茶をお持ちしました』

『入って頂戴!』


メイドが入ってきて、アドリアとマーガレットにも2杯目のティーカップを机上に置いた。


『まあ、先ずは冷めないうちに、お茶でも召し上がってくださいな。』


『ありがとうございます、いただきます──』


 マーガレットはアドリアの笑いで、緊張がほぐれたのか急に喉の渇きを感じて紅茶を飲んだ。


 アドリアもティーカップに砂糖を入れながら──

『その媚薬だけど王様もご存じで使ってるのよ』


『え、そうなのですか?』


『ええ、媚薬っといっても、匂いで相手にすぐにばれるわ。だから使う時は殿下に正直にいったほうがいいわ。結局、夜の営みは互いのムードが大事ですものね』


『⋯⋯そう……なんですね』


マーガレットの頬が少しだけ赤く染まった。



互いのムードか。だが果たして、ロバート殿下に伝えたとして()()()()()()()その気になってくれるだろうか?


マーガレットは不安で仕方なかった。




アドリアは紅茶を飲みながらマーガレットを上目づかいで見つめていった。


『ねえ、気を悪くしたら謝るけど、殿下ってあなたのことほったらかしなの?』

『い、いえそんなことは……』


 マーガレットは慌てて否定した。


『あ、殿下はお茶や食事の時はいつもとても優しいですわ。でもそれだけです』

とマーガレットは少し気持ちが萎えていく。



 ──私なんて……殿下が愛してるのは、昔からエリザベスお姉様だもの。


 そうよ私は利用されたに過ぎない。


 それでもマーガレットの本心は、初めて出会った頃、ロバートの笑顔は真実だったと信じていたかった。



そんなマーガレットの様子を、アドリアはじっと凝視していた。


『いいわよ、媚薬をあなたにあげましょう!』

『え?』

『あなたの正直さと健気さに心が打たれたわ。媚薬がどこまで効果もつかは不明だけど使ってみたら?』

『あ、ありがとうございます!』


マーガレットはとても嬉しかった。



『あと、せっかくだから、妊娠に効果がある薬も上げるわ。あなたの顔色とても悪すぎるもの。血行がよくなる薬だから、今日から毎日一粒、朝晩だけ飲んでみなさい』


と、アドリアは棚から何やら小さな錠剤の入った瓶を机に置いた。


『そんな薬もあるんですか?』

『血行をよくする薬草やハーブを調合したものよ。私もこれを飲んでたら子供ができたわ』


『ありがとうございます! でも何故そこまで……』


『う~ん、気まぐれかしらね。公妾なんて、いわゆる子ができたら王妃をすり替えちゃうって話でしょう。さすがに義理の娘に、メルフィーナ様は冷たすぎると思ってね』


『ありがとうございます。アドリア様。本当に感謝しきれません』


 マーガレットはすっかり舞い上がっていた。


『どういたしまして、また何かあったら私に相談しなさいな』

『はい、そう致します』



媚薬と思いがけない血行薬までもらったマーガレットは、嬉しくて帰りも何度もアドリア妃にお辞儀をして帰っていった。



※ ※



『あら、ロット?』


アドリアがマーガレットを見送った後、応接間に戻るとソファーにロットバルトが腰を掛けていた。

口には細長い煙草をくわえている。


『アドリア姉さま、あんないたいけな王太子妃を騙していいのかな?』


ロットバルトはにやっと笑って、口にくわえた煙草にマッチで火をつけて吸った。



『ま、いつの間に来たのよ……私にも吸わせて!』


アドリアは、ロッドバルトが口にくわえていた煙草をさっと取り上げて、そのまま口にくわえて吸ったあと──。


『人聞きの悪い、別にだましてないわよ、でも“飛んで火に入る夏の虫”ってあの娘の事をいうのね、ちょっと面白くなりそう……』


煙草を美味しそうに吐きながら、アドリアも妖しげに微笑んだ。





※ せっかくマーガレットが勇気をふるいだして会ったのに、アドリア妃は何か企んでいるようです。

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