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クリソプレーズの瞳 ~ルービンシュタイン公爵夫人は懺悔して夫と娘を愛したい!  作者: 星野 満


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92. 噂好きな侍女たちとマーガレット

※ もう少しマーガレット妃の話が続きます。

※ 2025/12/12 加筆修正済み

※ ※ ※ ※




5月も下旬となると、王都は初夏の暑い風が吹く。

王宮殿の庭園も新緑が鮮やかに包まれて、木々や草花が一番輝く季節(とき)だ。


マーガレットは、自分の宮殿の庭園内に日傘を刺して佇んでいた。


彼女の側には初老の庭師と、専属メイドのキャリーがいる。

3人の目の前には、赤い薔薇を全て摘み終わった薔薇の木があった。


マーガレットが数年前に、王太子妃になった記念に薔薇の木を植樹した木であった。


毎年、この薔薇は、見事に真っ赤な大輪の薔薇が見事に咲き誇っていた。



あの頃のマーガレットは、姉のエリザベスが熱望していた王太子妃に自分が選ばれたがために、負い目を感じていたのか、記念にと薔薇の木を何本か植えさせたのだ。



毎年、美しい真紅の大薔薇が咲くたびに、マーガレットはエリザベスのことを思い出していた。


赤薔薇を愛でながら、マーガレットは幼い頃の思い出が蘇った。


『マーガレット、ほら見事な赤薔薇でしょう! あなたは薔薇の蕾が好きだから早めに摘んできたわ!」



──そういえばとても幼い頃、私が弱ってると、エリザベスお姉様は薔薇の蕾を摘んできてくれたこともあったわ。



ほとんど悪態をついていたイメージのエリザベスだが、幼い頃は仲良い姉妹として遊んだ頃もあったのだ。


時は流れて、エドワード公の妻になった姉。


妹はロバート王太子の妻になった。


マーガレットは姉には馬鹿にされてはいたけれど、やはり離れて暮らすと、長年暮らしていた姉妹の情も溢れてくるものだ。



王宮に入ってから、再び、姉妹の交流を再開したのも、マーガレットは無意識に、姉が恋しかったのかもしれない。



王妃が姉をロバート王子の公妾にと云わなければ、姉妹はこのまま楽しく過ごせたのかもしれない。



マーガレットはふっと苦笑して呟いた。


『──もういいわ。この赤い薔薇は二度と私には必要ない……』



※ ※




『王太子妃様、本当にこの見事な薔薇の木を切ってしまっていいのですか?』


 初老の庭師は再度、マーガレットに訊ねた。


『ええ、思い切って切って引き抜いて頂戴。終わったらこの箇所は白いマーガレットの花壇にしたいの』


庭師はさも勿体なさげに尋ねた。

『ですが、こんな見事な赤薔薇、このまま切り戻しをすれば、また来年も見事に咲きますよ。せっかくの大輪の薔薇の木なのに、少々勿体ないかと⋯⋯』


『いいのよ! あなたは黙って私のいうことを聞いてくださいな!』


口調は上品だったが、珍しく声を荒げたマーガレット。



『は、はい、わかりました』


マーガレットの有無をいわせぬ言葉に驚く庭師。


口答えするのを止めて、作業の取りかかりを始める。

無言でパチパチと(はさみ)で茎や枝を切り取っていく。



『王太子妃様……』


少々驚いたのは専属メイドのキャリーだ。


キャリーは最近のマーガレットの変化に気づいていた。



──なんだろう、王太子妃様は、最近少し雰囲気が変わられた気がする。


以前のような弱々し気で、儚い優しそうな表情はなく、時おり、何か思いつめたようなお顔をなさる。


先週の高熱の後からベッドに()せっておられたが、最近はこうして晴れの日はよく庭園を散歩するようになったことも驚きだ。


それに、食べることに執着しなかった御方なのに、ここ数日は料理長に、料理の注文を自らリクエストするなどして、積極的にパンもお肉や魚、嫌いな野菜料理も食べている。



『キャリー、どうかして?』


前を歩いていたマーガレットが後ろを振り返る。



『い、いえ、何でもありません』


『今日も日差しが強いわね。喉が渇いたわ、早くテラスに行きましょう』


『かしこまりました』


キャリーは慌ててマーガレットの後を追う。



※ ※



マーガレットは日陰のテラスで、好きなミルクティーを飲んだ。



『王太子妃様、お茶のおかわりは如何ですか?』


キャリーがいつもの様に尋ねた。


『いただくわ、このチョコクッキーも美味しいわ。もう2,3枚お願い』


『あ、はい……』


キャリーは花柄のティーポットから、ティーカップにお茶注ぐ。マーガレットの様子が気になって仕方がない。


『…………』


『なあにキャリー、さっきから私の顔をちらちら見て、どうかした?』


『いえ、最近の王太子妃様はずいぶんお元気になられて良かったなと……』


『そうね。あなたにはそうみえるのね』


『え?』


『キャリー、私ね。もう我慢するのは止めようと思うの』


『王太子妃様…………』


『ふふ、そう思ったら庭に出たくなったし、お腹も空くようになった、それだけよ』


『左様ですか、それはまことに良かったです!』


『あなただけよ、私の味方は…………』マーガレットはボソッと呟く。


『王太子妃さま……?』


 キャリーはマーガレットの表情が少し淋しげに思えた。




その時、王太子妃宮殿の近くの渡り廊下から、侍女たちの騒ぐ声が聞こえた。



『あはは、また王様が~! 知らなかったわ!』

『本当らしいわよ!』

『王妃様も怒りカンカンよ!』



この3人の侍女は廊下の壁や棚や床を磨きながら、よくおしゃべりをしている。



『また、あの子たち! 喋りながら掃除はするなといってるのに!』


キャリーは腹を立てた。



『いいわよ、別に……』


長い睫毛を伏せて、2杯目のミルクティーを静かに飲むマーガレット。


マーガレットも内心、(うるさ)い侍女たちに嫌悪感は以前から抱いていた。



──そう、あの侍女たちのはしたなさの原因は、私が今まで侍女たちに注意をしなかったからだ。


だからこの王太子妃宮で、噂話を平気でする彼女たちの格好の穴場と化したのだろう。


多分、王妃宮殿だったらこうはいかない。


あそこには王妃より怖いと評判のロザリ―侍女長がいる。

彼女に目を付けられたら即クビか、謹慎処分で減俸ものになるから。



マーガレットは、昔から表面上は波風立てたくない性質なので、下々の噂話だと敢えてほっておいた。


それでもおしゃべりな侍女たちは、マーガレットの気持ちなどお構いなしと、言わんばかりに話を続けていく。



『昨日もアドリア宮にお渡りだったらしいわよ』

『わあ、ここんとこ毎晩じゃないの?』

『王様も、お元気よね~』


『だから王妃様が最近、ご機嫌が悪いのね。王妃付きの侍女たちがビクビクして仕方ないって』


『わ~お気の毒だわ』


聞こえてくるのは、いつも王宮内の王の妃同士のバトルの噂ばかりだ。



──それにしても、どうしてこう王宮の侍女たちは毎日、同じ話ばかり飽きずにするのか?



マーガレットは、いつもの様に、彼女らのおしゃべりをそのままにしておいた。


だが今日はなぜか、侍女たちの噂話が、メルフィーナ王妃がイラつく話をしていたので、心地よいなとマーガレットは感じた。



『それにしてもアドリア様って、いつ見てもお美しいわね。』


『本当、第2王子のフレデリック様は、男子学園に入学されてるのよ!』


『とても大きな王子様がいる母親にはとても見えないわ』


『あの方はご自分の薬草農園を所持なさってるのよ! 化粧水や石鹸、全て薬草ハーブで作ってるらしいもの』


『この前はアラン伯爵夫人がアドリア妃から購入したらしいわ。凄いお高い値段で購入して目が飛び出たそうな!』


『ええ、王の側妃がそんなご商売して叱られないの?』


『王様はアドリア様にメロメロだもの。それに夜の方も、どうやら()()()()()()()()()()()()を使ってるらしいわよ』


『え、そうなの?』

『もう、その効き目が抜群らしくて、王様は週末はアドリア宮に入りびたりですもの』


『やあねぇ、王様もまた御子ができるかも!』

『キャハハ、さすがにそれはないわよ!』



その時だった──。



『ねえ、そのお話とても興味深いわ。もう少し私にも詳しく聞かせてくれないかしら?』



『え……!?』

『ひっ、王太子妃様──!』

『王太子妃様!』


3人は突然、目の前に現れたマーガレット王太子妃に驚愕した。



マーガレットの表情は微笑んでいたが、ダークブラウンの瞳は決して笑ってはいなかった。



『お、お許しください、不敬なことを申しました!』

『申し訳ございません!』

『お許しを~!』


3人は慌てて、マーガレットに頭を下げて(ひざまず)く。



侍女たちにしたら、せいぜい王太子妃は庭園のテラスで静かにお茶を飲んでいるだけ。

自分たちの噂を聞き流すばかりの御方だと思っていた。


つまりマーガレットを軽んじていたのだ。


まさかその王太子妃が自分たちに近づいてきて、話しかけるなど今まで一度たりともなかった。


さすがに、噂好きな侍女たちもやりすぎたと思った。


しかし、当のマーガレットは涼しげな顔をしている。



『ふふ、3人ともお顔をあげなさいな。私があなた方を叱るとでも思ったの? 大丈夫。心配しなくていいのよ。ただ、先ほどのアドリア様の化粧と薬のお話を聞きたいだけよ──だ・か・ら、もう一度、私に詳しく教えてくださらないかしら』


とマーガレットの口調は穏やかだが、顔は笑っていなかった。



侍女たちは、いつものマーガレットとは違う()()を感じて恐怖で震えた。




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