87. ロットバルトの薬草農園(2)
2025/5/19 修正済み
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アドリア薬草農園の山荘内。
居間でロットバルトが、エリザベスの左手首に薬草の湿布を丁寧に貼っていた。
『とてもひんやりするわね……』
『そうでしょう、ハッカの成分と自家栽培のセンキュウやオオバコなど、数種類の薬草をブレンドしてる。この湿布は打撲によく効くんだよ』
流石に医者というだけあって、ロットバルトは包帯をクルクルと手慣れたように巻いてくれる。
すでに弟のマルコは、ロットバルトが先に肩の打撲の治療を終わらせていた。
肩は骨折ではなかったが、相当の打撲で匂いのきつい強力な湿布薬に張り替えた。
肩から胸までぐるぐるに包帯を巻かれた、マルコの姿はひどく重症に見えた。
マルコは治療が済んで安堵したのか、微熱が出てしままう。馬車の修理が終わるまでは、痛み止めを飲ませて別室で少し休ませた。
マルコは大したことないと口ではいっていたが、ずっとやせ我慢していたのだ。
兄のネロは、出された水と紫蘇のハーブミルクティーを一気に飲み、薬草ビスケットを口に放り込むようにして馬車の修理に出かけた。
他に農園の従者をお供に付けてもらう。
工具も借りたので短時間で、修理は終わるだろうといって、ネロは出かけた。
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窓の外を見ると幾分、雨も小降りになってきた。
馬車の修理が終えれば、夜までには王都へ帰宅できるだろう。
グリーン村から、タウンハウスまでは2時間あれば、着く距離だった。
居間にはエリザベスとロットバルト二人だけ。
従事者たちには、エリザベスの治療だからといって、ロットバルトが下がらせた。
──とても大きな手だわ。
エリザベスは自分の手を治療してくれる、ロットバルトの姿をじっと凝視していた。
指が細長い。白く筋張ってはいるが美しい手。
漆黒の髪は今日は巻き毛でなくサラサラしてる。
紫水晶の瞳、背は185㎝はある。
まっすぐな鼻筋、薄い口びるは男性にしては赤い。
目の色は違うが、少し雰囲気が叔母のアドリア妃に似てる。
この男、化粧したかのように唇が赤い。
色白だから余計目立つ。
もしかして口紅でも塗ってるのかしら?
近くで見るとよくわかるけど女顔ね。
女装させたらさぞや、妖艶な美女になるのではないかしら?
それに、髭をそると大分若くみえる。
仮面舞踏会の時に、襲った人間と同じに見えないわ。
と、エリザベスのこの男への脳内妄想は炸裂している。
それだけロットバルトを間近で見て、改めて美しい男だと認識していた。
緑の瞳は瞬きもせずに、吸い寄せられるかのようにロットバルトの顔を見続けた。
さすがに、エリザベスの余りにも、自分を見つめる不躾が気になったのか、ロットバルトは。
『なんですか、エリザベス夫人! そんなじろじろと僕の顔を見て、レディとしては、少々失礼だと思うけどね』
ロットバルトは不機嫌そうな顔で口を尖らせた。
だが表情とは裏腹に内心、エリザベスの深緑の瞳で凝視されると、ロットバルトはどうにもむずむずと落ち着かないようだ。
そんなロットバルトの注意にもお構いなしに
『伯爵、あなたって幾つなの──?』
唐突にエリザベスが口を開いた。
『は?』
『いや、見れば見るほどお顔が綺麗よね〜、おまけに年齢不詳過ぎて、噂では25~30歳て聞いたんだけど』
ロットバルトは拍子抜けした表情で──
『はぁ〜何言うかと思えば……ふふ、遠からず当たってるよ。僕の年齢は25歳。レディあなたこそ幾つなんだい?』
『わたくしは23歳と年相応でしょうよ。でもあなたは髭をそった顔だと、もっと若く見えるわ。それからリリーを誘拐した時は、なぜ金髪だったの?』
『誘拐だなんて人聞きの悪い、お嬢さんとはたまたま公園で会って、遊んであげただけだよ──レディと違って、とても素直な可愛い娘さんだったよ。金髪は単に染めただけ。いわゆる新しい薬草の人体実験さ!』
『へぇ~染めたの? てっきりわたくしの目には変装してリリーをかどわかす気満々と思ったけど……」
エリザベスは白目を向いていう。
「やめてくれよ、誓ってそんなことはしない、たまたま可愛い子がいたからじゃれただけだよ」
「どうだか、あのおかしな風船使ってリリーを誘導したくせに。たまたま会ったとは怪しすぎよ。だけど人体実験て何?』
『やれやれ、さっきから聞いてるとこれは尋問だよね〜。どうやら僕は相当、君から信用を失ったようだな。まあ、あの夜の接吻はやりすぎたと後から反省したよ』
その言葉にエリザベスは顔をしかめた。
ロットバルトは無視して続ける。
『──なにせあの日の、仮面を取った君は余りにも……こうなんていうのか、とても美しくて見えたんだ。『僕の探し求めていた女神が見つかった!』ってね──何せ舞踏会でみた緑の女神の仮装コスチュームが、本物のように似合っていたし。今考えると既婚者なのに、大変失礼なことをしたと思ってる」
「いいえ、たとえわたくしが未婚だろうが、結婚してようがレディに対して失礼極まりないわ。突然、見も知らずの仮面の男に襲われた、わたくしの身にもなってちょうだいな!」
「はい、仰る通りですレディ。ほとほと面目ない、あの時の僕は本当にどうかしてました。君は許してくれないだろうが、心から真剣に謝るよ。本当に申し訳なかった』
ロットバルトは降参したのか、深々と頭を垂れた。
頭を差し出すように項垂れている。
少しカールした黒髪の中のつむじが見えて、なんだか子どもっぽく見えた。
──あらまあ、可愛いつむじだわね。
この男、意外だけど、素直に謝ることも出来るんじゃないの!
エリザベスはロットバルトの真摯な態度に、内心ちょっと可愛く思った。
だが、顔つきはキツイ表情のままで言った。
『あの夜の仕打ちは、許せることではないけど……こうして手首を治療してくれた医者のあなたなら許してもいいわ。だけど二度と、あんなことはしないと約束して頂戴!本当に怖かったのだから!』
『わかった、わかった、もう二度としないよ! これからは良き友人と接してくれたなら嬉しいがどうだろう。できるなら、こうしてたまに僕と会ってくれると嬉しいかな』
『──まあ、たまに会うくらいならいいわよ。でもリリアンヌには会わないでね、あの子に何かしたら、二度とあなたを許さないわよ』
『わかった、僕は何もしやしないさ。ただあの子は少しだけ足を引きずってたけど足が悪いのかな?』
『あ……ええ、赤んぼうの時に、走行馬と接触して事故にあったのよ。走る事が少しできないけど……』
エリザベスの声が少しだけ震えた。
リリーの足のことは、誰にも余り触れられたくなかったのだ。




