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クリソプレーズの瞳 ~ルービンシュタイン公爵夫人は懺悔して夫と娘を愛したい!  作者: 星野 満


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85. ロットバルトとエリザベス

2025/5/18 修正済み

※ ※ ※ ※




雨と霧の林道に現れた貴公子は、エリザベスの毛嫌いするロットバルト伯爵だった。



『あなた、何故ここにいるの?まさかわたくしの後を付けまわ……』



『おやおや失敬な! 偶然ですよ。流石にあなたを四六時中(しろくじちゅう)付け回すほど、僕は暇ではないんでね。これでも一応色々と多忙な身です』


ロットバルトは言葉を(さえぎ)って、さも“心外だなあ”とでも言いたげに薄い唇を(とが)らせた。



『あなたならやりかねないわ……』


エリザベスは負けずにやり返した。



ネロとマルコが不思議そうに二人の様子を見て


『あの〜奥方様、この方とお知り合いなんですか?』


マルコが訪ねる。



『あ、ええまあ……彼はロットバルト伯爵。ガーネット王国からきた留学生よ』


『え、留学生が農園──?』


弟のマルコが驚く。


『留学生でこの国で薬草農園なんて所有できるのですか?』


ネロも驚いて矢継ぎ早に尋ねる。



『う~ん、普通そう思うよね〜僕は大学で錬金術師の講師もしていて、学生たちに薬学も教えてるんだ。実はこの国にきた理由の一つに、珍しい薬草があるのを知って、実験と研究を兼ねて農園を王室から借りてるんだ。』



『へえ、薬学まで学生さんに教えてるなんて凄い方なのですね〜』


『本当だよね~兄さん』


二人はにこにこ顔で、ロットバルトを尊敬の眼差しで見つめる。



──ちょっと、ネロとマルコったら!


ロットバルトに丸め込まれないでちょうだいよ!


こいつは悪魔なんだから!



エリザベスは人の良い兄弟が心配になってきた。



ロットバルトがマルコの左肩をじっと見て──


『おや、マルコ君といったね。君は肩を強打しているみたいだな。──とても痛そうだ。農園に良い湿布薬があるから早く塗った方が良い!』



『え、よく肩を打ったってわかりましたね。実はそうなんです、最初打った時よりズキズキして痛くなってきました。でも、これくらいたいしたことないですよ』


とマルコが手で筋骨隆々の左肩を揉みだした。



『ああ、()んではいけないよ! そうだ確か、私のマントに湿布薬が残ってた。これをあげるから、肩に貼って今直ぐに冷やしなさい』


ポケットから袋を取り出して、二つ折りになった布をマルコに渡した。


開くと円い布は、緑色の草を潰したものが附着していた。嗅ぐとハッカと臭い草の香りがする。



兄のネロがマルコの服を脱がせて、湿布剤を肩に貼ってあげた。


『あ〜、なんだかひんやりして痛みが軽くなったようです』


マルコは少し痛みがとれて嬉しそうだ。



『とりあえずの応急処置だからね、動かせるなら骨は大丈夫だろう。とにかく早く農園へ行こう』



『そうですね、先ほどよりは雨脚が弱まってきました。奥方様、お手数ですが早くマントを着て、馬車から出て今のうちに出発致しましょう』


とネロは、エリザベスに(うなが)した。



『でもネロ、この人は……』


『奥方、君の従者のマルコ君がとても苦しそうだよ』

また、ロットバルトがエリザベスの話を(さえぎ)る。



『伯爵、心配してくれてありがとうございます。でも俺のことはいいんです。それより馬車の馬だとヘタれて、2人乗りできません──伯爵さまの黒馬はとても立派でいなさる。伯爵さまが奥様を乗せて先に行ってくださいませんか。俺は足があるんで馬の後を追っかけますから』


マルコが(うやうや)しくいった。



『それはお安い御用だよ』とご機嫌なロットバルト。


『ちょっとマルコ!』


エリザベスはマルコの言葉でびっくりする。



『奥方様、この状況では致し方ございません、どうかお願いします』


兄のネロまでマルコに加勢する。



『ほら、奥方殿、従者君たちのいう通りだ。いつまでも馬車の中にいても仕方がない、素直にマントを着なさい!』


『分かったわ……マルコの肩に何かあったらわたくしの責任だもの』


と、エリザベスは何かしら理由をつけて、自分に言い聞かせるようにいった。



青いフード付のマントをはおり、ロットバルトが差し出した、黒皮のグローブの手を掴んで馬車から降りる。



※ ※



外へ出てみると、馬車の左の車輪はそうとう穴に挟まっていて、左斜めに馬車も傾いていた。



エリザベスは雨具用のブーツを履いていたが、足首まであるドレスは泥を跳ねて泥濘(ぬかるみ)だらけの道で滑りそうになった。



『おっと、危ない!』


すかさずロットバルトが彼女の身体を支えた。


『奥方、そのドレスだと、この道では汚れてしまうね~』


といって、エリザベスを軽々と抱きかかえる。



巷でいう“お姫様抱っこ”だ。



『ちょっと、離しなさいよ──!』



『動かないで、これが一番いい方法なのですから、いい子にしていて下さい』


とエリザベスの話も聞かずに、ロットバルトは黒馬の方までスタスタと歩いていく。


()()()!』と黒馬を呼ぶ。


ハデスと呼ばれた黒馬は、ロットバルトの方へ歩いてきて目の前で止まった。



『よしよしいい子だ。どうです、これが私の愛馬の“ハデス”です。とても可愛い()でしょう』


『ヒヒヒーン!』と


とエリザベスに挨拶するかのように(いなな)く。




近くで見ると黒鹿毛(くろかげ)で黒味がかった赤褐色の馬だった。


黒目だけを見ると、とても人懐こそうで可愛い。


額から鼻付近まで菱形(ひしがた)の流星が真っ白なムーンストーン(月長石)をつけてるようだ。


漆黒の(たてがみ)が雨に濡れてキラキラ輝いていた。頭が小さくが、四肢がスマートで美しく、非常に馬体が大きい。


(ゆう)に550㎏以上はあるのではないか。




──まさに、おとぎ話に出てくる神話の冥府の神(ハデス)が騎乗しそうな黒馬だわ。



エリザベスはこんな立派な馬はみたことがない、というくらい()()()()()見つめてしまった。




『では()()()()()()()、私の失礼な振る舞いお許しを!』


『え、何、キャッ──!』


ロッドバルトは、お姫様抱っこをしたエリザベスを、そのまま軽々と上に持ち上げて、馬の背に荷物と同じように()()()()彼女を乗せた。



『いやあああゃっ──!』



エリザベスはあろうことか、うつ伏せ状態で黒馬に乗っかった状態だ。


すぐさま、ロットバルトが(あぶみ)に足をかけて軽々と騎乗した。

そして、馬の背に必死に捉まっているエリザベスをくるりと回転させて、自分の前にスッと横座りさせた。


ほんのあっという間の出来事である。



『あ〜あなたね〜、なんて乱暴な……』


とエリザベスが顔を真赤にして怒るが、ロットバルトが遮る。



『乱暴で申し訳ない、じゃじゃ馬はこうでもしないとね。ほら、しっかりと私に捉まってないと泥の中に落ちますよ。さあ出発しましょう──マルコ君たち用意はいいかい?』



『『はい、大丈夫、いつでも行けます!』』


ネロとマルコの兄弟は同時に返事をした。



ロッドバルトはパカパカと馬を並足させてゆっくりと進む。



そして『ではいくぞハデス、ハッ!』


と手綱を持ち、愛馬ハデスの腹をしっかりと蹴って合図を送った。


ハデスは合図とともに、軽やかに駆けだした!



『ひぃっ……!』


エリザベスは怖くて、悲鳴をあげた。


回りの林の景色が鮮やかにどんどん跳んでいく──。


降りしきっていた雨も徐々に小雨となっていたが、走るスピードにフードで隠した顔にも、雨粒がぴしゃぴしゃとあたる。




エリザベスとロットバルトを乗せた黒馬のハデスは、もっと速く走りたいが、ロットバルトの手綱がそうはさせない。


後に続く馬車馬に騎乗した、ネロとその横を走るマルコに歩調を合わせているからだ。



雨は、小雨になってきたが依然として霧が深い。



『エリザベス嬢、僕にしっかりとつかまってくださいよ、ハッ!』


ロッドバルトは、紫の瞳を輝かせながら笑顔でいう。

いつしか、エリザベスのウエストを支える手に力が入った。



『!?』


エリザベスはびくっと身体を固くした。



『ちょっと、余り()()()()しないで頂戴!』


『はいはい、振りおとされないように、貴方は僕に体を預けないと危ないよ』


と、ロットバルトは少し意地悪く緩めようとしたが、


『あ、危ないじゃないの、もっとしっかりと支えなさい!』


『ははは、お姫様はとんと我儘だな!』


エリザベスは顔をあげてロットバルトを睨み付けるが、ロットバルトはとても朗らかに笑う。



まるで今までみたことのない少年のような笑顔だ。



その笑顔が爽やか過ぎて、エリザベスは自分でも思いがけないほど()()()()()()と心音が上がっていった。





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