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クリソプレーズの瞳 ~ルービンシュタイン公爵夫人は懺悔して夫と娘を愛したい!  作者: 星野 満


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83. 雨の中の事故

※ 2025/5/17 修正済み

※ ※ ※ ※



アーサーの誕生日会から数日後、ルービンシュタイン公爵夫妻は、ローズクォーツ公爵家に娘のリリアンヌとアーサーの婚約を承諾すると返事をした。


但し、リリアンヌはまだ5歳にも満たない年齢なので、現時点では仮の婚約として本人が7歳になった時に、正式に当人並びに両家の親族で再度、婚約を決定する旨を依頼した。


依頼を受けたゲーリー公爵夫妻もアーサー本人も了承した。



※ ※



5月の終わりに、エドワードとリリアンヌは例年通りセルリアン領に戻る日が来た。



馬車の前でエリザベスは、セルリアン領に帰省する夫と娘を見送っていた。

リリアンヌは既にアンナと一緒に馬車の中だ。


『君もいつもより早いが、一緒に公爵領本邸ホームハウスに来れば良かったのに……』


『いいえ、まだこちらにいますわ、来月また本邸でお会いしましょう』


『わかった、約束だぞ。待ってるからな』



エドワードはエリザベスの頬に軽くキスをした。



『道中、お気をつけて……』


エリザベスとエドワードは、お互いぎこちない空気が漂っていた。



アーサー子息とリリアンヌの婚約はルービンシュタイン家にとっては、僥倖(ぎょうこう)ではあるものの、リリアンヌの足の件で、エリゼベスがここ3,4日例の如くふさぎ込んでしまった。



あの日からエリザベスは、ほぼ夫と娘に顔をみせずに部屋にこもりきりになっていた。


今日、二人がセルリアン領へ戻る日となって、サマンサに急かされてようやく見送りにきたのだ。



エドワードは内心、心が穏やかではない。

妻はリリーの足に対して負い目を持ちすぎてる。

こればかりは周りがどうこうしても、本人が思い込んでいる限りどうしようもない事だと諦めた。



エドワードは馬車の中で、楽しそうにアンナと無邪気に微笑んでいるリリアンヌを見ながらも、エリザベスの心情を思ひ(はか)った。



馬車が見えなくなるくらい、エリザベスは門の前にずっと立っていた。



──ああ、この夏が冷夏だといいのに、さすれば公爵本邸にいかない理由ができるのに。



だが、エリザベスの願いもむなしく今年の王都は例年以上に酷暑となった。




※ ※



6月に入るとすぐに王都は梅雨の時期に入る。



今朝はめずらしく梅雨の晴れ間。

新緑の林道の中、馬車の轍が幾重にもついた跡を走っていく一台の馬車。


昨日も、一日中王都近辺は、雨が降ったせいで道がとてもぬかるんでいる。


エリザベスは王都の郊外を、御者が走らせているその馬車の中にいた。



一昨日、父のマクミラン侯爵の大叔父の米寿(88歳)祝いの帰りの道中である。


本当は、実家の母のセーラが行くはずだったのだが、セーラが風邪を拗らせてエリザベスが代わりに出席して外泊したのだ。



最近、王都では老人や子供、並びに婦人の夏風邪が多く流行っていた。


喉の痛みや微熱ならまだいいが、今夏は高熱と下痢と腹痛が主な症状だった。



母のセーラも同様に同じ症状で寝込んでしまい、エリザベスが仕方なく代理でいくこととなった。


父親のマクミラン侯爵と兄のカールも、大叔父が苦手で理由をつけて断ったのだ。



大叔父は御年88歳と高齢ではあるが、バレンホイム侯爵家のご意見番でうるさ型の人物だった。


親戚の間では相当疎んじられているお方だ。


だが、エリザベスに対しては非常に気に入っており、たまに会いに行くと涙を流して喜んでくれた。



『大叔父様は、ワシはもう駄目だなんていってる割に、まだまだお元気じゃないの。あれは卒寿(90歳)まで絶対に生きるに違いないわ』


とくすっと笑いながら独り言をいう。



本当はエリザベス一人では心もとないと、メイドのサマンサも同行するはずだったが、サマンサまで夏風邪を引いてしまった。


サマンサは、代わりのメイドを連れていくように勧めたがエリザベスは拒否した。



その代わり、エリザベスは護衛騎士兼御者のネロとマルコの二人を指名した。


二人共がっしりとした体躯で日に焼けた肌のたくましい若者たちだった。



まだ22歳と20歳だが、侯爵家の御者含め館内の従者として少年時代から奉公しており、執事のアレクからも信頼は厚かった。



『奥方様、やはり林道に入ると日陰で泥濘(ぬかるみ)が酷いです。揺れますからしっかりつかまっててください』


後ろの馬車の台に立っているフットマンのマルコが大きな声でいう。



馬車の窓は蒸し暑かったので開けていた。


少し湿った風が車内に入ってくる。



『わかったわ。今日中にはタウンハウスに着けばいいんだけど、雲行きがちょっと怪しくなってきたわね。少し急がせたほうがいいかもしれないわ』



『はい奥方様、了解しました。兄貴、馬をもう少し走らせてくれ!』


マルコは空を睨んで、少しヤバそうな顔をした。



『ああ、了解した、ほれ行くぞ、はっ!!』


と一頭の馬の手綱を取っている兄のネロが馬に合図をした。



馬車のスピードは先ほどよりも速くなってどんどん加速していく。


その内、上空の空に灰色の雲がどんどんと覆ってきた。


ポツリポツリと雨が降り出し瞬く間に本降りとなった。



『ちぇ、やっぱり降ってきたな、今日はなんとか一日もつと思ったが……』


とマルコが慌ててコートのフードを頭に被る。



兄のネロも着ていたコートのフードを被った。

馬の(たてがみ)がびしょ濡れになってきた。


そのうちに、林道は突然の雨で白い霧がたちこめ始めた。

だいぶ視界が霧のせいで見えにくい。



その時『ガツン!!』と大きな衝撃音が──。


『ヒヒーン!!』


『キャーー!!』


『うわああ──!』


突然の馬車の停止で、走っていた馬が(いなな)きをあげた!




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