80. アンナと和やかな晩餐会
2025/5/16 修正済み
◇ ◇ ◇ ◇
王都の夕暮れ時──。
各大通り沿いにもガス燈が次々に灯っていく。
貴族専門のホテル蛍石。
一階のレストラン&バー店内。
ここは、完全予約制で貴族しか入れない。
店内は豪華で、バロック調の家具で統一して広々としている。
ルービンシュタイン公爵家の家族3人と、メイドのアンナが丸いテーブルを囲んでディナーを楽しんでいた。
品格のある制服をきた給仕が次々と料理を運んでくる。
リリアンヌは、大きなピンクシフォンのリボンを付けた、白地に黄色とピンクの水玉が可愛い膝下までのドレス。
襟元や袖には何重にもなっている、フリルのレースが愛らしい。
メイドのアンナも、家族の晩餐に急きょ参加となったが、その着るドレスがない。
急きょ、グレースがお店の顧客のサンプルとして、数着あった服を提供してくれたのだ。
その中から、オーガンジー生地の胸の開いたクリームイエローのカクテルドレスと、若草色シフォンのケープボレロを着用した。
首には大きな真珠と、その周りに小さなダイヤを散りばめた黒のチョーカーをつけている。
チョーカーはグレースが身につけていたものだった。
アンナのトレードマークの茶色のおさげ髪をほどいて、ケープと同じ若草色のカチューシャで、前髪を止めておでこを出していた。
着衣した服とアクセサリーは、グレースがアンナにプレゼントした。
なれないドレスを着たアンナは酷く緊張していた。
最初は、ドレスも何度となく断ったのだが、グレースとエリザベスが許さなかったので、根負けしてありがたく頂戴することにした。
『アンナ嬢、せっかくお洒落したんだから、少しお化粧もしてみよう』
とグレースがアンナに薄化粧までしてくれた。
元々、顔立ちの可愛いアンナなので、軽く白粉をはたいて、アイラインを引くと灰色の瞳がよりぱっちりとして、唇は薄紅のルージュリップを塗っただけでも、随分と大人っぽくなった。
※ ※
『わあアンナ、かみのけおろすと、おひめしゃまみたいよ!』
とリリーが隣にいるアンナを見て笑顔で褒める。
『そうだねアンナ。まだ子供だと思っていたら、女の子は着る服で変わるなあ。お世辞でなくとっても綺麗だよ』
とエドワードは赤ワインを飲みながら上機嫌である。
『ありがとうございます、エドワード様。リリアンヌお嬢様、今夜は夢のようです』
『アンナも、もう13歳なんでしょう。もっとお洒落したほうがいいわよ。リリアンヌの付き添いでグレースのお店に行く時、これからはあなたの服も何着か注文しなさい。いい、これは命令よ! ねえ、いいわよね旦那様!』
と、エドワードに有無をいわせないエリザベス。
『ああ、いいよ。お安い御用さ』
『奥様、それは私には余りにも勿体ないです!』
びっくり仰天するアンナ。
『いいのよ、いつもリリーの世話をしてくれるお礼よ。こういう時は素直に受け取りなさい!!』
と、いい方はキツイが、珍しくエリザベスはアンナに優しい。
『はい、奥様、本当にありがとうございます!』
アンナは、エリザベスの思いがけない優しさに、頬が紅潮していた。
本来、アンナは下級貴族でもメイドだ。
主従関係が同席するのは貴族社会ではありえないことだった。
つまり、今夜はイレギュラーのディナーとなる。なぜアンナがディナーに同席させたのか。
リリアンヌが今夜はどうしてもアンナと外食を食べたいと、両親に懇願したからだ。
アンナを共にとお願いした理由は、リリアンヌが母親のエリザベスが苦手だからだ。
リリアンヌは父母と3人だけで食事するのが堪らなく怖かったのだ。
日頃、リリアンヌはタウンハウスへ来ても、母のエリザベスとは殆ど顔を合わせない。
エリザベスは、朝は遅く起きて朝食もリリアンヌたちと別が多い。
それに夕食時も夜会やオペラなど出かけてて家にいない。
エリザベスが真夜中に帰宅する頃には、リリアンヌは寝入っている。
夏の期間のも、公爵領本邸にエリザベスが滞在しても、それほど大して変わらなかった。
リリアンヌにとっては、エリザベスは父親の妻であり、自分の母親という感情が乏しい。
娘が言うには、たまに会う親戚の綺麗な婦人程度にしか思っていない。
なので、こうしてたまに外食を3人ですると子供心にリリアンヌは、とても緊張してしまう。
これは母親の責任を負うところが大きい。
エリザベスが、娘の足のケガ以来、敢えて自分の子供と距離を置いてきたためだ。
エドワードも、今回はアンナと共に食事することを同意した。
アンナは日頃からリリアンヌの面倒を良くみてくれるご褒美もあるが、昼間のリリアンヌの無断外出の大騒ぎも、アンナから直接話を聞いたことが大きかった。
むろん、アンナは金髪の紫色の眼をした男のことは何も知らない。
ただ、若い男がリリアンヌと公園で遊んだとしか、エドワードの耳には入れていなかった。
今日、アンナはリリアンヌを外出させた責任でメイドを辞めると、エドワードに伝えたが彼は即答で拒否した。
逆にエドワードは、正直に話すアンナの心根の優しさを褒め称えた。
『君は何も悪くない、いつもリリーを大切に守ってくれてて感謝してるよ』
と、エドワードは泣きながら経緯を説明したアンナを労わった。
実はあの後、エリザベスもアンナに再度謝ったのだ。
『昼間のリリーのことはわたくしも気が動転してたのよ。キツく言い過ぎて悪かったわね』と。
アンナは思いがけないエリザベスの優しさに、逆に恐縮したほどだ。。
なのでアンナにとって今日の一日はとてもぐったりした日となった。
まさに地獄から天国の如く精神的に落差がありすぎた。
そしてアンナはつくづく1人で、リリアンヌ様をお守りするのは容易ではないという再認識も実感した。
急にアンナは叔母のミナがとても恋しくなった──。
アンナは、ここにミナが一緒にいれば、どんなに良かっただろうかと思った。
※ ※
アンナの気持ちをよそにエリザベスは、好物のほろほろ鳥のステーキを頬張りながら、アンナとリリアンヌを注視していた。
──やはりアンナはお洒落をしていても流石はメイドね。
リリアンヌの口元についた南瓜のプディングを拭いてあげたり、食べにくい魚など細かく切り分けたり、甲斐甲斐しく世話をしてるわよ。
ふふん、こうしてみると、少し年の離れた姉妹に見えるくらいだわ。
エリザベスは2人を見ながら、ボンヤリと妹のマーガレットを思い出した。
──わたくしも、もう少しマリーに姉らしいことしてあげてれば良かったのかもね。
お母様がマリーばかりネコ可愛がりするから、癪に触ってあの子をイジメてばかりいたけど……。
どうしてわたくしは、昔から自分がないがしろにされるとイラつくのかしら?
我ながら子供っぽすぎて嫌になるわ。
エリザベスは気が強くて我儘だが、内心は気弱な一面があった。
1人になると、あの時はああすればよかった、こうすれば良かったと反省はするのだ。
だが、いざそれを実行に移すのがとても苦手なタイプだった。
ふと、エリザベスはアンナと眼があった。
アンナは気まずいと思ったのか、彼女にペコリとお辞儀してすぐに目をそらした。
エリザベスは、その仕草がとても可愛くて思わず微笑んだ。
『アンナ、そのクリームイエローのドレスよく似合ってるわ。流石グレースの見立てはぴったりだわね』
『は、はい、奥様、お褒めいただき大変恐縮です。ドレスもおっしゃる通り、グレース夫人の見立ては最高です!』
とアンナはドキドキしながらも、エリザベスが機嫌が良さそうでホッと安堵した。
『そうそう思い出したわ、旦那様。今日グレースがご子息の誕生パーティーに、家族で来てくださいと招待されたわ。明後日の午後なんだけど出席できるかしら?』
『ああ、王都にいる間はなるべく仕事を入れてないから空いてるよ。グレース夫人の息子さんか、幾つになったんだね?』
『えっと、確か10~11歳だったかしら?』
エドワードは『そんな大きい子がいるなんて見えないね』
『そうね、彼女はいつも若々しいわ……』
とエリザベスはグレースをエドワードが褒めてくれたので嬉しかった。
今ではグレースはエリザベスの親友といってもいいくらいの仲になっていたから。
『時々、男装してる姿見ると、女にみえないけどね~』
とエドワードは少し酒が入りすぎたのか、いつもより饒舌だ。
『あ、旦那様、それってグレースには褒め言葉だわ。ご子息はどっちに似てるのかしら、楽しみになってきたわ──親戚の子供たちも沢山くるらしいから、リリアンヌにも友達できるといいわね』
『そうだな、リリアンヌもたまには、よそのお宅へ行くのもいいだろう』
『うん……かわいい、ちやいろのポニーがいるってグレースおばしゃまがいってたから、リリーもたのしみ!』
と珍しくリリーが、他家へ行くのが嬉しそうだ。
リリーは片足が悪いせいで、ほとんど家から出たがらない。
だから友達も限られてる。
今宵、家族の晩餐はアンナがいたお陰で、珍しく3人の会話が弾んだ。
エリザベスも、昼間の嫌な気持ちも忘れて朗らかに笑った。
※ 公爵家もたまには、楽しいひと時があって良かったです。
※ 追記:4/4.am10:00にタイトル&追加修正しました。
変更箇所はアンナのドレスをレンタルからグレースからのプレゼントとしました。
このエピソードはアンナが主役かなと思ったからです。毎話タイトルをつける時悩みますが、タイトルをしっかりつけると話が書きやすくなります。




