69. 仮面舞踏会と突然の大嵐
2025/5/8
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3人が楽しんだ秋の仮面舞踏会の幕が閉じた。
時計の針は既に深夜0時を過ぎている。
エリザベスたちも2部が終わって、直ぐに自家用馬車で帰る予定だったがアクシデントが起こった。
悪天候である──。
夜の深夜近く、王都周辺に大きな雨雲が立ち込めたと思った途端、突然の大粒の雨が降り出し、ピカッと鋭い閃光が炸裂した雷が落ちた。
それ以来ずっと止むこともなく、暴風雨となっている状態だ。
王都の中心部に位置するパール宮殿周辺も、いやおうなく横殴りの雨と強い風で、まさに荒れ狂った狂気のような有り様であった。
ちょうど、仮面舞踏会から帰宅する招待客たちの時間帯と重なって、彼等に大きな影響を及ぼした。
王都の歓楽街の酒場や宿屋もこの雨では、客足が遠のくだろうと早々に看板を閉じた。
既に街道には人っ子一人見当たらなかった。
もう人や馬が立っていられる状態ではないのだ。
それでも、無理やり帰宅しようとした何人かの招待客の馬車が、強風にあおられて横転してしまった。
中に乗っていた従者や招待客たち、そして馬までも大怪我したと通報があり、警察や消防署からパール宮殿の仮面舞踏会の主催者に、強制的に客を宿泊させるよう運びとなった。
9月の王都ならば、台風の季節だとわかるが、10月半ば過ぎの台風は季節はずれであった。
幸い宮殿にはオペラやバレエを地方から見に来る来客や、王侯貴族の為の宿泊部屋がたくさんあった。
エリザベスたちも、3人だけのバストイレ付の個室を依頼した。
彼女等の依頼はすぐに通った。
招待客のステータスで、主催者は部屋のグレードを割り振っていったからだ。
グレースとエリザベスは公爵夫人なので、最上階の王族が泊まる部屋を宛がわれた。
幸運なことに、道化師の仮装をしたライナス王は嵐が来る寸前に、無事に王宮へたどり着く事が出来た。
※ ※
パール宮殿5階の大きな外付けのバルコニーがある豪奢な部屋。
王族用の特注の天蓋ベッドがある。
悠々4人が一緒に寝れる余裕があるくらい、大きいベッドだ。
壁には有名な音楽家の彫刻や、踊り子の絵画が飾られており、全ての調度品が一級品であった。
窓から浮かない顔のエリザベスが、どしゃぶりの景色を眺めていた。
『外は野獣のように荒れ狂ってて怖いくらい、来た時はまだうっすらと夕焼けも見えたのに、おかしな天候だわね』
真っ白い長袖のパジャマ姿のエリザベスが呟いた。
着ている者は全てパール宮殿の宿泊部屋のものである。
──きっとサマンサはおろおろと心配しているだろう。
『まったくたね、ほんの2,3時間前までは、星と月が見え隠れしてた空が暗雲になるとは予想もしなかった。あ、また雷の音が聞こえた、おお恐っ!』
グレースが雷の音で両耳を両手でふさいだ。
男っぽくても雷は苦手らしい。
『でもお2人のおかげで、こんなに素敵な部屋に泊まることができて、とても幸福ですわ、私一人だったらきっと2階の狭い部屋だったにちがいませんもの』
ティンカ嬢が、大きな光沢が美しい枕を抱えながら、夢見心地でいった。
ティンカ―ベル嬢こと、本名はテレサ・リーズン 18歳。
一応男爵令嬢だが、家系は領地がないため、家族はそれぞれ王都の高位貴族の屋敷で従者として働いている。
テレサ嬢も、王都にある伯爵貴族の屋敷に従事しているという。
父親がお金にだらしのない人で、家族は苦労しているとのことだった。
そのせいなのか結婚願望はないそうだ。
今回、仮面舞踏会の為に貯金して、わざわざ休みもとって参加したそうな。
なので2人が公爵夫人と知り、すっかり仰天してしまった。
『それはないよ。だって曲がりなりにもテレサ嬢は貴族関係の招待客だし、パール宮殿に残念な部屋はないはずだよ──まあ平民たちはスタンダードの大部屋に通されたけどね、これだけの人数で泊めてくれるだけありがたいよ』
と、グレースは仮面舞踏会の常連らしく詳しかった。
『テレサ嬢なんておこがましいです。どうかテレサと呼んでください。ローズ夫人』
『ちょっと、ローズ夫人なんて虫唾が走るからやめてよ、気色悪いよ、シンドバットかグレースでいいからね』
『ええ、さすがにシンドバットは本名を知ったら、言いづらいかも……』
『もう、テレサったら急にかしこまらないでくれよ!』
枕を投げつけるグレース。
『キャッハ、痛いですう!』
なんのかんのと、2人は更に仲良くなっているようだ。
──でも、テレサはシンドバットがローズ公爵夫人(=女)と知って失恋したかもね。
エリザベスは風呂上がりの銀髪を、タオルで乾かしながら思った。
『ねえ、みてくださいよ。このフカフカのベッド!』
テレサはポンポンと跳ねながら、ベッドにダイブする。
よほど美しいゴージャスな部屋に泊まれて嬉しいようだ。
『ねえ、せっかくだからこの際、夜のパール宮殿を探索してみない?』
グレースが七色の瞳を煌めかせながらいう。
『ええ〜、真夜中の廊下とか怖いですよ! それに私は踊り疲れたしもう寝たいですう』
テレサは口を尖らせて断った。
エリザベスも『わたくしも疲れたから、すぐに休むわ』
『なあんだ、つまんないの』
『グレースって本当にタフね、おやすみ』
と云ってるうちに、エリザベスはベッドに入りそのまま眠りに落ちていった。
『早! リズったらもう寝息たててる。雨音や雷が気にならないのかな?』
グレースはテレサに聞いたが、エリザベスの隣のベッドに潜りこんだテレサも、すぐに寝息を立て始めた。
『はぁ、やれやれ、わかったよお2人さん、お休み』
といってグレースもベッドの脇のスタンドの灯りだけを残してベッドに入った。
※ ※
ピカッ、ゴロゴロ──。
ふとエリザベスは大きな雷の音が煩くて目が覚めた。
ベッドから上体だけ起きて窓を見上げると、まだどしゃぶりの雨がザーザーと、唸りをたてて降っている。
隣りで寝ているテレサとグレースはすやすやと寝息を立てていた。
エリザベスは起こさないように、そおっとベッドから起き上がる。
テーブルにある水差しの水をグラスについで、口をゆすいだ。
その時、ドアの扉が少しだけ開いていることに気が付つく。
──あれ、何かしら?
グレースがドアを閉め忘れたのか不用心ねぇ。
エリザベスは入口のドアまで歩いていき、閉めようとドアノブに手をかけた
その瞬間だった!
突然得体の知れない大きな黒い手が、エリザベスの口をぐっとふさいで、身体ごと部屋の外へ無理やり押し出された。
エリザベスは咄嗟のことで抵抗できなかった。
『!?』
『しっ、黙って!』
エリザベスを後ろから羽交い締めのように、抱きしめたのは真っ黒いマントを着た大男だった。
上から見下ろす男は黒い仮面をつけて、落雷の闇夜に光るその紫の瞳は、まるで毒々しい悪魔のように煌めいていた。
『レディ、とうとう貴方を見つけましたよ』
男は微笑んで、そのままエリザベスを強く抱きしめた。
※ 謎めいた黒マントの男が動き出しました。




