66. 仮面舞踏会とカールお兄様
2025/11/16 修正済み
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仮面舞踏会のエントランスの大広間で、エリザベスは兄のカール子爵に呼び止められた。
──まさか、こんなところで兄と会うなんて。
カールお兄様ったら相変わらず、遊び人だわね。
エリザベス兄のカールに連れられて、ロビー端の大きな大理石の彫刻のライオン像の隅まで来た。
ライオン像が隠れて傍からは見えなくなる場所だ。
2人は仮面を外した。
『お前、なんだってこんな所にきてるんだ? もし母上に見つかったらどうするんだ!』
きょろきょろと辺りを見回すカール。
『あら、仮面舞踏会なんて破廉恥な場所に、お母様がくるわけないじゃいの』
『そんなのわからないだろう? 母上が来ずとも口うるさい親戚の婆さん連中がきてるかもしれんぞ!』
──まあ、婆さんとは…お兄様もお口が悪いわね〜。
エリザベスはケラケラ笑いながら言った。
『はは、口うるさい婆さん連中も来ないでしょうよ、それよりお兄様こそこんな所にいらして⋯⋯アバンチュールですか?』
『馬鹿、俺は仕事だよ、し・ご・と、よく見ろ!』
自分の仮装衣装?──いや、確かに仮装ではない。
良く見ると上着は青色で、下のスラックスは白で黒ブーツ姿である。
胸元の金バッチは燦然と輝き、上着の襟や袖にはクリソプレーズ国旗と同じ赤と緑と黄金色の縦縞が、キラキラと縁どられている。
どうやら本物の王族騎士団の制服だった。
『あ、本当だわ。つい仮装の制服を着ているのだと勘違いしたの。ごめんなさいね──でもこうして見るとお兄様の騎士姿も、なかなか素敵ですわ!』
『そうだろう、それに役職もあがったんだぞ。今年の秋から俺は副団長から団長に就任したんだからな』
と自慢げに言うカール。
『ああ、お母様から聞きました。王族騎士団長の昇進おめでとうございます』
エリザベスは、カールを褒めた。が──。
『ただ、王族騎士団は今年から東西に分かれたんでしょう、西の団長ならば、副団長と対して変わらないような…⋯』
と意地悪く言う。
『ふん、相変わらず減らず口叩くやつだな。それでも団長は団長だ。ケチをつけるな。だからお前は可愛くないんだ。エドワード公に別居させられたのもわかる』
『まあ!』
今度は、エリザベスが兄の言葉にカチンときた。
『違いますわ、わたくしから別居依頼したんです。それよりもお兄様こそ、いい加減に奥様をもらわないと──確かもう30歳におなりですよね。いくら若い時おモテになっても中年になると、令嬢たちは一斉にそっぽを向きますわよ』
とやり返した。
『お前ね〜俺は29歳だよ、兄の年くらいしっかり覚えておけ!』
『1つくらい対して変わらないでしょう』
『相変わらず、減らず口は結婚してもなおんねーな』
と口では怒りながらもおかしそうに『クククッ』と吹きだしたカール。
『フフフ…』エリザベスもつられて笑う。
──それにしても困ったお兄様だこと。
未だに兄は婚姻しない、実家の父母たちと会えば兄を嘆いた話ばかりだった。
本当にこんな軽薄で大丈夫なんだろうか?
バレンホイム家の家督を継いだら、由緒ある侯爵家が傾くのではないか?
せいぜい、お父様には長生きしてもらわないと──。
内心エリザベスは真剣に危惧していた。
『とにかく母上には黙っててやるが、2部になったらすぐに帰れよ、平民の中ではお前のこと知らないやつも一杯いるからな。仮面を着けてもお前の緑眼は目立つ! なにされるかわかったものではない』
『まあ、お兄様でもわたくしのこと心配してくれるなんて……』
とエリザベスは舌をだして仮面を外したりしておどける格好をする。
『やめろ、これでも俺は兄だ、お前のことは心配してるのさ』
急に真面目な顔になり、前髪の銀髪を手で払いながら、鋭く青い瞳がキリリッとなった。
普通にしてればカール子爵はスッとした麗しの貴公子になる。
──あら? お兄様、なんだか以前と感じが変わられた?
エリザベスは兄が真剣に自分の事を心配していると分かって嬉しくなった。
『素直にうれしいですわ。それよりお兄様に聞きたいことがあるんだけど』
『何だ』
『仮面舞踏会が王族主催って本当なの?』
『ああ、極秘だけどな。だから俺たちがこうして毎回、護衛に励んでるんだよ』
『なら、ロバート殿下も仮面舞踏会に参加してるのかしら?』
『来てる、ほら、丁度お見えになったところだ』
と入り口付近をエリザベスに促した。
『まっ?』
そこには仮面を付けた2人が連れ立って歩いていた。
1人はにこやかに笑ってスキップしてる道化師と、灰色の帽子と黒仮面、灰色ジャケットで黒ブルマとタイツの古商人風の男が歩いている。
『ええー! あの道化師がロバート殿下なの!』
思わずエリザベスは声を上げた。
『わ、バカ、殿下の名を口にするな、お忍びで来てるんだから…』
と慌ててエリザベスの口元を手で抑える。
『ぐっ⋯⋯でも、道化師なんて殿下の仮装は意外だったわ』
『違う逆だ、道化師はライナス国王。古商人がロバート殿下だよ』
と小声で囁くカール。
『ええー!王様まで来てるの!』
とエリザベスは更に驚き、まじまじと2人を見つめた。
『ちっ、おまえはすぐに王様とかいって⋯⋯今しゃべるなといったばかりだろう!』
カールが注意をする。
「だって……」
エリザベスが驚くのも無理もない。
ライナス王の扮する道化師は、帽子を被り顔を白塗りして鼻は真っ赤になっている。
目のみ隠れる緑の仮面と、赤く大きな弧を描いた口。
どう見てもピエロだ。
恰幅の良い身体に緑色の生地に、赤と青と黄色の水玉模様の道化師のライナス国王。
楽しそうにタンバリンを『シャンシャン』と叩いて歩いている。
その横、商人の格好のロバート殿下は相変わらず一文字のムスッとした顔。
ただ髪の毛は金髪でなく茶色である。
──殿下もなぜにあんな地味な古商人の仮装してるのかしら。
あれはカツラかしら?
エリザベスは彼等の仮装が滑稽すぎて、マジマジと2人を凝視した。
それにしても王様がピエロとは!
これまでエリザベスは、王様とは数回程しか謁見した事がないが、王冠を被った威厳ある国王の姿しか知らない。
道化師と王様──。
余りの落差に驚いてしまった。
『意外ですわ。王様ってとてもお茶目な方なのね……』
『まあ、酔狂なところもあるが、国王はたまにお忍びで市井も視察してる。俺もよく護衛するかこうして仮面舞踏会を開催したのも王だし、王都民の声を直に聞く方だ、素晴らしい方だよ』
と誇らしく言うカール。
『そうなのね、あ、いけない。グレースが待ってるからもう行くわ』
慌てて仮面をつけ直して去ろうとするエリザベス。
『待てリズ!俺も1部で交代だからな、お前も危ないから必ず帰れよ!』
『分かったわ、ありがとうお兄様!』
手を振ってエリザベスは、大階段の方へ足早に去っていった。
カールは緑の女神が慌てて走っていく姿を見つめて、何かエレガントにかける女神だなと呆れた。
だが、妹を見守るカールの顔は優しげだった。
『我が妹ながらどこにいても目立つ存在なんだよな……』
と微笑した。
※ ※
大階段の踊り場には、見事な彫刻が施された柱の側で、シンドバット姿のグレースとティンカーベルの姿をした小柄な女性が楽しそうに懇談していた。
『グレース、遅くなってごめんなさい!』
『あ、しい〜』
とグレースは顔を顰めて人差し指を口に当てた。
──あ、そうだった、ここは偽名を使う場所だったわね。
『コホン、遅かったね177番、こちらはミス・ティンカーベルさんよ』
『初めまして!わあ、綺麗な緑の女神様だわ~、ここでは私をティンカとお呼びくださいな』
と小柄な女性は可愛らしく、エリザベスにカーテシーをする。
『まあ、ご丁寧に緑の女神です。お見知りおきください』
とエリザベスも優雅にカーテシーをした。
ティンカーベルの仮装した淑女は、とてもキュートだった。
くりっとした大きな瞳も髪もライトブラウン。
顔のパーツにしては口が大きく、笑うとコケティッシュになる。
衣装はアップルグリーン色の、オーガンジーのミニドレス。
背中のワイヤーで止めた4枚の羽根も、ドレスと同色の生地である。
──まあ、とても可愛らしい娘ね。小柄でフワフワ軽やかな妖精みたい。
まさにグレースの好みのタイプだわ。
『そういえば偽名を考えていなかったわね』
とエリザベス。
『私はシンドバットで行く、君は番号呼びにしたら?』
『ええ~177番なんて嫌よ、私も緑の女神と呼んで欲しいわ』
『そうですよね〜せっかくこんなに美しく仮装したのだから、今日はなりきりたいですわ!』
と可愛ティンカーベルがエリザベスに加勢してくれた。
『わかったよ緑の女神様、もういいから踊りにいこう。好きなワルツの曲が始まってしまうよ!』
グレースはうっとうしいと言わんばかりだ。
『ええ、そうね』
エリザベスはグレースのふくれっ面を見ながら笑う。
『はあい~♪』ティンカも同意した。
3人はいそいそと階段を登って大舞踏会の大広間へと歩いていく。
※ ※
『へぇ、緑の女神とは──なかなか美しいではないか』
と背の高い黒マントの妖しき男が背後から3人を凝視していた。




