65. パール宮殿の仮面舞踏会
2025/11/15 修正済み
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クリソプレーズ王都国立オペラ座劇場。
通称はパール宮殿。
パール宮殿はバロック様式の建造物であり、王族の宮殿とクリソプレーズ大聖堂教会から直ぐ近くにあり、これらの建物は、王都の建造物の中でも屈指の美しさを誇っている。
王都民がオペラ座を“パール宮殿”と呼ぶのは、外壁が真っ白で屋根も白く丸いアーチ状になっており、遠方から見ると“白真珠”のように見えるからである。
室内は荘厳な神々の彫刻や、絵画で広がりや奥行を演出している。
アーチ形の天井や柱など至る所に、建築家が趣向を凝らして、人々がその空間の中に一歩足を踏み入れると、目の錯覚を覚えさせる不思議な造りとなっている。
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通常、パール宮殿で開催されるのは、国立舞踊団や国立オペラの公演、また王族主催の舞踏会等であり、主に貴族やブルジョワジーの社交場を目的とした劇場である。
これまでは、一般の王都民にはなかなか入ることすらできない、近くて遠い劇場でもあった。
しかし、今日の仮面舞踏会は毎年春と秋に開催されて、秋は仮装舞踏会も兼ねているので、平民参加もできる、貴族と平民が遊興できる稀な舞踏会であった。
国王のライナスは、平民にもパール宮殿を解放すべきだと提案して、年に1回は仮面舞踏会並びに仮装舞踏会を開催する運びとなった。
平民たちはそんなライナス国王の提案にを大いに称賛した。
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エリザベスとグレースの乗った馬車が、パール宮殿の正門へ入り中庭を抜けると、宮殿の入口に止まった。
エリザベスとグレースが馬車から降り立つ。
2人共、大きな羽根つきの仮面をつけていた。
鼻梁まで顔が隠れる仮面。
エリザベスが緑色、グレースは黄金色だ。
2人の仮装衣装はロングガウンを纏っているので、何を着ているのかはまだわからない。
『わあ、いよいよ来たね、リズ──』
『本当、凄い人だらけ、とっても混んでいるのね』
『ほら、早く並ばなくちゃ……』
『あ、ちょっと!』
エリザベスの手引っ張るグレース。
2人は幾分興奮しながら、大勢の仮面をつけた人々の列の中に溶け込んでいく。
彼等と一緒に連なる廊下の波の中へと、ゆっくりと一緒に進んでいくと、向こう側からも人がきて、どんどん大きな川のように横に拡がっていく。
金銀含めた色鮮やかな仮面を被った紳士淑女が、笑い合い囁きあって行進していく。
それはとても不思議な光景だった。
ようやく入口に到着し、2人の順番が回るとすぐに声がかかる──。
『いらっしゃいませ、ようこそ仮面舞踏会へ! こちらで招待状をお渡しください』
受付には背の高い王宮騎士たちが愛想よく、双方列の両脇で招待状を客から受け取っていた。
彼等の顔も仮面で覆い隠されていた。
入場してきたエリザベスとグレースは、招待状を案内係に渡すと、彼等から不思議な光を放つ光沢紙を渡される。
その紙には『177』と番号が書かれている。
グレースは『178』。
一緒に止めピンも渡される。
『これは何かしら?』
エリザベスが訊ねると──。
『はい、入場者順の番号札です。仮面舞踏会ですので本名でなく 偽名で通して頂きます』
『偽名?』
『はい、偽名も希望しない方は、この番号が名前の代わりになります──何方かと踊りたい時に、相手の番号をお呼びしてダンスをしたり、食事や飲み物を注文した時にも、給仕がこの番号でお呼びいたしますので、お手数ですが服の何処かに見えるようにつけてください』
エリザベスは番号札を見ながらグレースに──。
『面白いわね、番号札なんて……』
『招待状とセットなのよ、必ず招待者と番号をチェックしている。一応、不法侵入者を阻止するためのものらしいよ』
『ふうん、でも余り意味なくない?──もしも入口以外から侵入したら、番号札つけた紙を、服に貼ってもバレないのではなくて?』
『この光沢紙は特別製の紙だから、同じものは作れないらしい。あと宮廷内は王宮騎士団があちこちで警護してるから、変な行動すると直ぐに捕まるよ』
『なるほどね、だからキラキラと不思議な輝きなのね』
エリザベスは、光沢紙を見つめながら妙に感心した。
『お客様、コートをこちらで脱いで彼等にお渡しください、仮装衣装用のサーベルや短刀、おもちゃの拳銃でも持込みはできません、こちらで預からせていただきます』
直ぐにクローク係とみられる護衛騎士が傍にいる。
エリザベスとグレースはその場でコートを抜いだ。
これも身体検査も兼ねた入場検査の一貫なのだろう。
グレースはガウンを脱ぐと、アラビアの衣装で頭には白いターバンを巻いて、白のハーレムパンツスタイルだ。
腰には青いベルトに短剣をつけていた。
大航海を船出するようなシンドバット姿のグレースは益々男っぽい。
クローク係が
『申し訳ありません、短剣は預からせて頂きます』とグレースにお願いした。
『ええ〜!せっかくシンドバットに見合う短剣を骨董品店で探し当てたのに〜悔しい〜!』
とグレースは腰に差した短剣をクローク係にふくれっ面になった。
『ま、おもちゃでも駄目とはそうとう厳しいのね』
エリザベスも気の毒顔になってコートを脱ぎながらいった。
『申し訳ありません、マダム。規則なもの……あ!』
コートを受け取ったクローク係りの騎士は、エリザベスの仮装スタイルを見て度肝を抜いた。
クローク係りだけではない。
『おお!まさに緑の女神!』
『まあ、素敵なドレス!』
『信じられん、本物が仮装しているみたいだ!』
エリザベスの仮装姿をみて彼女の周りにいた人々までも驚く。
エリザベスの仮装は、クリソプレーズの守り神の緑の女神の姿だった。
腰まで届く長い豊かなウェーブの銀髪。
エメラルド色の宝石を施した黄金の冠。
宝石色と同じ色のコタルディドレスは、エリザベスの見事な身体のラインを美しく見せていた。
たとえ仮面をつけていても、エメラルド色の瞳まで隠せやしない。
緑の瞳を持つエリザベスが最も似合う仮装スタイルであろう。
内心、エリザベスはほくそ笑んだ。
──この衣裳いつぞやの怖い夢で見た、緑の女神が身に着けてる衣装を思い出して、同じデザインを希望したのよね。
わたくしがおおまかなデザイン画を描いてQueenビーのデザイナーが作ってくれたドレス。
ふふ、評判は上々みたい。
中々出来上がるまで大変だったのよ。
リズは、人々が讃嘆してるのを見て心から満足した。
『リズ、やっぱり緑の女神に扮して良かったね。とてもよく似合うよ』
『ありがとう、グレースのシンドバット王子も素敵よ、可愛いアラビアのお姫様が見つかるといいわね』
『へへ、そうなるといいんだけど──』
男みたいに鼻の下を伸ばすグレース。
“シンドバットと緑の女神”、これが仮面舞踏会での2人の仮装の姿であった。
2人が、更に大広間の大階段へ登ろうとしたその時。
『へい、リズ!へい!』
とエリザベスを呼び止める男性がいた。
『まあ、カールお兄様──?』
エリザベスが見つめた先に、兄のカールが立っていた。
すごい形相でこちらに向かって歩いてくる。
カールは、護衛騎士の恰好をしていた。
『ちょっとこっちへこい!』
とカールはグイッとエリザベスの手を掴んで、無理やり隅の柱側へとひっぱっていく。
『あ、お兄様、連れがいるんですよ!グレース、悪いけど階段の踊り場で待ってて!』
と、叫ぶエリザベス。
『わかったよリズ、そこら辺にいるからね~』
とグレースは戸惑いながらも、周りの人々に目移りしていて楽しそうだ。
──まさか、こんなところで兄と会うなんて。
お兄様ったら、仮面舞踏会にまで来てたのね。
相変わらず遊び人だわ。
カールにきつく腕をひっぱられながら、兄を見つめるエリザベスであった。




