59. グレースの結婚話
※ 2025/11/24 修正済み
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『リズ、私の結婚は公爵家の嫡男を産ませるために、親族同士が決めた結婚なのよ』
そういいながらグレースは、熱いダージリンティーを飲みながらエリザベスに打ち明けた。
王都もチラチラと粉雪が舞い降りた午後。
今日はエリザベスの公爵別邸でお茶会を催していた。
エリザベスはグレースを招待した。
この日のグレースは先日の晩餐会の男装とは打って変わり、黒のミンクのケープマントでシックなドレス、と女らしい装いだった。
ディール・ブルー色のドレスと、金褐色の髪のコントラストが見事に似合っていた。
グレースは女性らしい格好をしても中性的な魅力があると、エリザベスは感じた。
実は、もう1人エリザベスの取り巻きの夫人も来る予定だったが、風邪を引いたため2人だけの茶会となった。
◇
初対面のワルツを踊った日から、グレースとエリザベスは意気投合して、夜会や観劇など連れ立って出かけるようになった。
グレースはいたくエリザベスを気に入ったのか、自分の店のサロンに誘い、エリザベスのドレスやバッグ、靴など自ら見立てることもあり、姉妹のように瞬く間に仲良くなっていった。
『リズ、私は初婚だけど夫のローズ公爵は再々婚なの⋯⋯』
グレースはいった。
『夫の最初の奥様も2番目の奥様も病いで亡くなられて、生まれた子は両方共に3人ずつ。なんと全員女よ!』
『まあ凄い。そうなるとローズ公爵はお嬢様が6人もいるのですか?』
『そうよ。かしましいったらありゃしない。それに最初の奥様の3姉妹は私よりも全員年上。夫は20代で初婚だからね、おまけにその娘たちにも子供が5人もいるのよ!』
『まあ、5人!』
『ええ、当時で少なくとも5人はいたわ、2番目の奥様の娘たち3姉妹は、私と同じ20代──確か末の娘が今年他家へ嫁いだわ──どう、信じられる?』
エリザベスは目をパチパチ瞬かせた。
ローズ公爵が初老ともなると、義理の娘たちが同年代なのは、仕方がないとはいえ、3姉妹が2組とは目が廻りそうだなと思った。
『30も年上の公爵と結婚した17歳の私は、突然6人の義理娘と義理の孫5人も一気にできたわけ。笑っちゃうでしょう、わははは!』
その時、茶目っ気たっぷりに笑うグレースのはしばみ色の瞳が赤色に煌めいた。
──まあ、装いはシックでも笑い方は豪快ね。
あ、瞳が今度は赤色に変化したわ。
エリザベスは密かに彼女の七色の瞳の変化に気が付いて、内心嬉しくなった。
どうやらグレースの瞳は相手に何か真剣に訴えたい時に、七色の輝きが交互に変化するようだった。
──それにしても驚く話だ。
17歳で結婚は一緒でも彼女とわたくしとでは余りにも違いすぎる。
『グレース、凄いですわね~。もしわたくしがあなたなら耐えられずに卒倒しますわ、ローズ公爵家は女系家族だったなんて……』
『そうなの。でもね私の実家、バリー家は夫の領地の一部を代行している伯爵家。まあ伯爵といってもローズ公爵家の配下よ──私の父と夫とは従兄弟らしいんだけどね。ローズ家はそれぞれの領地に、沢山親戚がいるから私もよくわからないの』
とグレースは首を傾けた。
『お察しいたしますわ、なんだか聞いてるだけで複雑だもの……』
エリザベスはダージリンティーを啜った。
『それでね、なぜ私に白羽の矢が立ったかというと、おかしなことに我が家の家系は、ローズ公爵家とは逆で代々男ばかり生まれるのよ』
『まあ、それも珍しい!』
エリザベスは再び、目をパチクリさせた。
『うん、私の上には6人も兄がいて末の私だけ女だったの』
『まあ、グレースだけが女の子!』
『ええ、それで私の父が酒の席で「ローズ公爵様、嫡男が欲しいなら私の娘など如何でしょう。なにせ我が家系は代々男ばかり生まれます。末のグレースだけ例外です。多分、グレースなら絶対に男が産まれますよ?」と冗談でポロッといったの──そうしたら、おかしなことにローズ公爵が「それは名案だ」と承知しちゃったのよ!』
『ぐっ、うんまあ、何だかもの凄い唐突ですわね……』
エリザベスは、飲んだダージリンティーを思わず吹き出しそうになった。
『本当よ、初め父も酒の席で酔ってて冗談でいったのに、ローズ公爵は真に受けて勝手に決めちゃったの。そうなると父は従兄弟とはいってもローズ公爵の家令だから無論逆らえない。それからはもうとんとん拍子に事が運んだというわけ』
『ま、でもよくローズ公爵の嫁いだ6人のお嬢様たちがあなたとの再婚を許しましたわね……』
『まさか大反対に決まってるじゃない!彼女たちの母親は由緒ある名家の出で、私の家なんて雇われ貧乏伯爵で格が違いすぎよ』
ローズは憤慨するように言った。
『おまけに年が若干17歳の義理の母親なんて言語道断!と、ローズ公爵家一族がこぞって大反対したの!──でもローズ公爵は「既に持参金を持たせて嫁がせた者の意見などもってのほか、お前たちは私の再再婚に一切口を挟むな!」ってピシャっと突っぱねたの!』
『まあ……それは公爵様も凄いわ!』
『まあね、でもこんとは娘たちの夫の親族が何かと煩くて──このまま嫡男ができないと直系家系が無くなるから娘の孫か、しまいには娘の夫の自分に継がせろ、とかローズ公爵に滅茶苦茶いってきたのよ!』
『あらら⋯⋯』
エリザベスは目を剥いてローズの話に釘付だった。
『とにかく夫はローズ公爵家の爵位を娘たちだけには意地でも渡したくなかったみたい。なぜなら6人も娘がいると、後々相続で女同士骨肉の争いをするだろうと予想したからなんですって!』
とグレースは一気に捲し立てた。
──なるほど、娘たちの争いを避けるためにも、どうしても男子が産めるグレースと結婚して、嫡男を授けて後を継がせたかったのね。
エリザベスはグレースと6人娘の修羅場を想像して身の毛がよだった。
他家の遺産や跡継ぎ問題はよく王都でも聞くが、こうして身近な友から打ち明けられると、男子が生まれず姉妹だらけだと、いかに大変かを理解した。
──私の家はカール兄さんがいてよかったわ。あんなチャラい兄でもいるだけマシだったわ。
エリザベスは胸をなでおろした。
『だけどグレース、あなたのような自立性のある方が、何も反抗しないで公爵家に嫁いだのですか?』
エリザベスは、疑問だったことを尋ねた。
この男装すら気にせず王宮でも堂々と歩く女性が、親の言いなりにすなおに従うとは思えなんだ。
『リズ、私も最初は冗談だと思って本気にしなかったわ──だってローズ公爵って子供の時から知ってたけど、会えばお菓子をくれる優しいオジサマとしか思わなかった」
グレースは七色の瞳を紅茶のカップを見つめながら、過去をしみじみと思い出すように言った。
「私だってデビュタントしたばかりだし、悪いけどお父様より年上と結婚なんてピンとこないし内心は複雑だった──でも兄たちも父母も「これはお前にとって大チャンスだから意地でも結婚しろ!」って。あっという間に押し切られて結婚しちゃったのよ』
グレースは両手を上げて降参するようなそぶりをした。
『そうだったんですね……』
──なるほどね、貴族の結婚てやはり個人の力では太刀打ちできないものね。
エリザベスは納得した。
だが、肝心なことがまだ1つだけあった。
『あの~グレース、失礼なこと訊くけど……それで男の子はできましたの?』
恐る恐るエリザベスは聞いた。
『ああリズ、もちろんよ!しっかりとハネムーンベイビーで無事に男の子が産まれました!』
『まあ、それは良かったわ!』
──凄いわ、さすがバリー家は男系一族だわ。
とはいえ、何故グレースだけ女の子?
エリザベスには新たな疑問もわいた。
『そうそうリズ、あの時の夫の喜びようったらそれは凄かったわよ! あんなに万歳を何度もした殿方を私はいまだかつて見たことがなかったわ!逆に夫の娘たちはすごい苦虫をつぶした顔をしてたけど』
グレースはざまあみろとでも言いそうな人相の悪い微笑をした。
──まあ、グレースったら!
エリザベスも苦笑した。
男の子で何よりね。でもハネムーンベビーなんて、わが家とまるっきり同じじゃないの。
まあ、わたくしの場合は女の子だったけど……。
ああ、うちも男の子なら良かったわ。
エリザベスの顔は少しだけ曇った。
それにしても凄まじい親族同士の家系だ。
夫の家が女系家族で、妻の実家が男系ばかりとは珍しい。
いっそのこと、人数が揃ってるし義娘とグレースの兄たちがお互い結婚したら、さぞや面白かったのではないか?
何やらおかしな妄想が、ぽっぽっとエリザベスの頭をよぎっていった。
『何よリズ。ニヤニヤして⋯⋯私の家族の話そんなに面白かった?』
『ああ、ごめんなさい、面白いなんてもんじゃない、いや、その〜もしも公爵のお嬢様たちと、お兄様たちが6人ずつだからお互いに結婚したら、どうなったのかしら?と想像したのよ──ああ駄目、あははは!」
エリザベスは我慢できず大笑いをしてしまう。
『ひぃ……おかし……ごめんなさいグレース、はははは!』
エリザベスは、涙が出るほど笑いが止まらなかった。
自分の想像が余りにもバカバカし過ぎて、逆に可笑しくなったのだ。
それまでのエリザベスはグレースと会う時は貴婦人らしくしなくちゃと、おしとやかに装っていたのだが、グレースの結婚話と身内の極端のおかしさに限界が来ていた。
『あはははリズったら、ちょっと笑いすぎよ!でもそれ名案かも!──義理の娘も兄さんたちと結婚してたらどうなったかしら?』
最後は2人でお腹を抱えて大爆笑となった。
どうやらグレースとエリザベスはとても気が合うようだ。
扉の外の控え室で、ウトウトとうたた寝をしていたサマンサは、突然大声で笑う2人の声にびっくりして飛び起きた。
そんな2人の楽しいお茶会は夕刻まで過ぎても話が終わらず、結局グレースはディナーまでご馳走になっていった。
※ ガールズトークは楽しいです。
※ 次回は再びエドワード目線の回になります。
※ ここまで読んだ下さってありがとうございます。




