56. 別居生活、そして2人は……
2025/5/3 追加修正済
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エリザベスが王都の公爵別邸で生活したいと希望した日から、エドワードは幾度となく別居を思い止まらせようと説得した。
だが、エリザベスの意思はとてつもなく固かった。
エドワードは、自分の説得が失敗したので、サマンサやミナにも協力を頼んだ。
2人もエドワードからエリザベスの別居提案を、聞いて驚いた。
慌てて娘のリリアンヌの為にも、母親のエリザベスが本邸に残るように懇願した。
特にミナは『リリアンヌ様のケガは自分の落ち度だから、奥様が別居するならば自分がここを出ていきます』
とまでいったが、エリザベスは全く意に介さなかった。
逆に『ミナが辞めたら強制離婚するわよ!』
とまさかミナに脅迫まがいの言葉まで吐く始末だった。
結局、エドワードは折れて彼女の気持ちが落ち着くまでという条件で、来年の春までは王都の公爵別邸に移るのを許可した。
エドワードも、さすがに夏になれば、真夏の蒸し暑い王都から涼しい公爵領本邸に戻ってくるだろうと高を括っていたのだ。
だが翌年の夏はあいにくと冷夏で王都も涼しく、エリザベスは一度も帰省しなかった。
ちなみに公爵別邸はメイドはサマンサだけがエリザベスの同行となった。
彼女しかエリザベスのメイドは務まらないのだ。
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一応、エリザベスの実家のバレンホイム侯爵家の両親には、別居の理由を書面で伝えた。
母親のセーラは一言だけ
『困った娘で本当に申し訳ありません』
と短い返事の手紙が来ただけだった。
セーラは『長女がひとたび決めた物事を覆すことは絶対にありえない
と昔から知っていた。
もうとっくに諦めていたのだ。
こうしてエリザベスは、ほとんどの季節を王都で一年を過ごした。
エドワードが時々、所要で王都に出向く度に帰ってきて欲しいと彼女に促しても、上手くはぐらかされた。
セルリアン領地に戻ってリリアンヌの様子をエリザベスに手紙に書いても、興味がないのか返事すら寄越さなかった。
仕方ないからサマンサに手紙を送って、エリザベスのタウンハウスでの様子を伺うと──。
『奥様はとてもお元気になられて、毎日楽しそうに生活しております。本邸とは打って変って夜会やお茶会や王都の街へ買い物にもよく行っております。エドワード様とリリアンヌお嬢様には、誠に申し訳ないが、奥様は都会の生活の方が水を得た魚の如く、とても生き生きとしてらっしゃいます。さしでがましいようですが、もう少しだけ奥様にお時間をいただけないでしょうか』
との返事であった。
──はあ、なんて事だ、水を得た魚だって!
サマンサ、それをいったらおしまいだよ!
エドワードはサマンサの手紙を読んで愕然とした。
どうやらエリザベスはセルリアンよりも、華やかな王都の暮らしが性にあっていて楽しくて仕方がないようだ。
どうしたものか、こうなったら自分と娘が王都のタウンハウスに住めばいいのだろうか?
とも考えた。
だが、公爵家を継いでまだ3~4年。
セルリアン公爵領地はとにかく広い。
首都のクィーンズ都市以外にも他市が2つと村が多数あり、視察や領地開発も途中の案件が多々ある。
領主の代行責任者たちとの打ち合わせは、王都のタウンハウスではとても不便だ。
王都とセルリアン領は馬車で早くても1週間はかかる。
冬の時期はもとより他の季節も往復は、なかなか困難を極める。
エドワードは悩んだ末に、転居は諦めた。その代り、春と秋の一定期間だけは娘と一緒にタウンハウスで過ごすようにした。
だが、エリザベスは王都でも娘に対する態度はよそよそしかった。
食事を共にしても、娘と夫にもほとんど挨拶程度の会話しかしない。
夜は晩餐会や観劇やらと何かしら出かけていた。
まるで、2人をあえて避けているかのように……。
王都に戻ったエリザベスは、独身時代の頃のように華やかで美しい姿を取り戻したが、夫と娘をないがしろにした態度は、妻としては最低だといえよう。
一応、表向きに夫婦同伴の社交生活をこなしはしたが、家での夫と娘との距離は遠のく一方だった。
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エリザベスは閨事も避けた。
夫とベッドを共にしないで自分の部屋で寝るのだ。
3,4年前と全く同じ場所だったエドワードとエリザベスの新婚時代の甘い時間は微塵もなかった。
あれは何度目かのタウンハウスの時だったか──。
エドワードが思い余って、夜、エリザベスの寝室へ訪ねたことがあった。
だがエリザベスは『体調が優れませんの』といって邪見にして追い返そうとした。
エドワードはその態度についカッとなった。
『公爵の妻なら嫡男をもうける義務が君にはあるはずだろう!』
と、彼女の手首を乱暴につかみ、問い詰めたことがあった。
エリザベスはエドワードの手を振りほどいて
『旦那様、無理強いはやめて下さいませ。それほど嫡男が欲しいなら、別にわたくしでなくても、公爵領本邸で側室を迎えればよろしいのではなくて?』
とエリザベスは緑の眼をギラリと濃くした。
これほどまで妻の冷淡な眼を、エドワードは今まで見た事はなかった。
『側室だと? 君は本気でいってるのか!』
エドワードも本気で怒鳴った!
『はい、そうですわ。旦那様、わたくしはもう二度と子供は欲しくありませんわ』
とエドワードの問いかけに、エリザベスは冷ややかに答えた。
エドワードがその場で体が硬直した。
──ああ、もう駄目だ。
もう私たちはあの幸福だった新婚時代の甘い生活には戻れない。
エドワードは生まれて初めて絶望した。
その夜、酒を飲んだがどうしても眠れなかった。
夜中、ひっそりとタウンハウスを抜け出して泥酔しながら、行き着いた先は王都の高級娼婦館だった。
エドワードはその門をドンドンと強く叩いたのだった。
※ エドワードには幸せになって欲しい。大好きなキャラです。
※ 次からは王都編でエリザベスを中心に、大きく環境が変わります。




