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クリソプレーズの瞳 ~ルービンシュタイン公爵夫人は懺悔して夫と娘を愛したい!  作者: 星野 満


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49. ルイスメイヤーと乳母車

※ 2025/5/2 修正済


※ ※ ※ ※


その五月の見事に晴れた日、突然事件は起きた──。


本邸内のパドックで厩務員のキースが、葦毛(あしげ)の馬のルイスメイヤーの手綱をしっかりと持って歩いている。

馬のルイスメイヤーの背には、エリザベスが不満げな顔をして騎乗している。


『ねえキース、こんなゆっくりと引かれて乗っててもまらないわ。いい加減手綱をわたくしに渡してちょうだい』


『ほんでも、奥様〜危ないでさぁ、まだまだ油断はできませんぜ』

馬を引いているキースは首を横に振る。



『大丈夫よ、ねえ、()()()もそう思うでしょう?』


エリザベスはルイスの首を()()()()と優しく撫でる。


ルイスメイヤーは気持ちよさげに、黒く可愛い左目をバシバシと(まばた)かせた。

気難しい馬といわれた割には、エリザベスにはとても従順だ。


『まあ、奥様は馬に好かれるタイプだな。騎乗してる時の()()()()()、あと馬を支配してる度胸も貴婦人らしからぬしの…』


『まあ、減らず口叩くわね。でも褒められたってことよね。いい加減に手綱を渡してちょうだいな』

とエリザベスは更に背筋をふんぞり返って傲慢にいう。


『やれやれ、今日はせいぜい速歩(はやあし)だけにしてくだせえね』

と根負けして手綱を離した。


早速、手綱を握りしめたエリザベスは、水を得た魚のように、ルイスメイヤーを自由に速歩させた。



『ヒヒーン、ヒヒーン』

と楽しそうに()()()()()()()、軽やかに速歩するルイスメイヤー。


『さっき乗ったオルフェも良かったけど、ルイスもいいわね。景色がとても高く見えるわ!』


エリザベスは、柵にぶつからないようにと手綱と身体を上手く使って綺麗に右に曲がっていく。



『ほお、奥様は手綱の持ち方がとてもいいさな。どうやら扶助(ふじょ)(合図)を体感で理解してるようじゃ』


エリザベスの騎乗姿を見て感心するキース。



『あら、やっとわかったの?わたくしは5歳の時から仔馬ポニーに乗って、森の中を駆け巡ってたんですからね』


『あははは、なるほどな。5歳とは、相当な()()()()()じゃのぉ!』


『なんですって!私に向かって()()()()()()()()!!


エリザベスも酷い言い方だが、顔は笑っている。


エリザベスはキースみたいな、ズケズケ遠慮しないタイプはけっこう好きなのだ。



※ ※


一方庭園では──。


『シャ――! シャーッ!』


水しぶきが空に舞うように、勢いよく飛び跳ねていく──。


庭師たちが花壇や芝生の手入れで、大きなジョウロやバケツから水撒きを一斉にしていた。

水滴がキラキラと、日差しに反射して芝生の緑が鮮やかで眩しい。



ちょうどその時間、ミナが屋敷の玄関から()()()()と音を立てて乳母車を引いていた。


リリアンヌも5月で生後10か月が過ぎた。


ますます活発になってきてハイハイもだが、つかまり立ちや、つたい歩きまでできるようになった。


ミナが目を離した隙に、リリアンヌがベッドから降りたり、ドアが少しでも開いてると廊下にでてしまって、あちこちと動きまわることも幾度となくあった。


ミナはほとほと困り果てていた。


お昼寝もなかなかしてくれないので悩んでいたところサマンサが助言してくれた。



『午前中に外へ出て、芝生の上で散歩させたらどうかしら。奥様も赤ちゃんの時から活発で、午前中に、沢山遊ばせたら昼は良く寝てくれたものよ』


それはいい考えだと、ミナは早速実行に移した。


天気がいい午前中に、乳母車で庭園を散歩させて、リリアンヌにお花や葉っぱを見せたり、色々と興味をもたせる。

テラスハウスに着くと、乳母車からリリアンヌを出して、芝生の上を自由にはいはいさせた。


お日様を浴びて、芝生に手をついて歩くリリアンヌは『キャハハッ』と笑ってとっても楽しそうだ。

その効果は覿面てきめんで、午後の授乳した後には疲れてすやすやと眠ってくれた。


※ ※


『さあ、リリアンヌ様。今日もお外に行きましょうね〜!』

とミナはいつものように、はりきって木の籠で作った乳母車に入れたリリーに話しかけた。


『う、うきゃ、()()()……』


リリアンヌは、ミナの名前をいって嬉しそうに笑っている。


玄関口で、ミナの右側の遠くのパドックで乗馬しているエリザベスの姿に気が付いた。


──奥様は今日も乗馬ですね、もうすっかり体型は元に戻られたのに頑張ってらっしゃるわ。


ミナはエリザベスに向かって手を振ったが、パドックと庭園の距離はけっこう遠いせいか、エリザベスはミナたちに気が付かなかった。



※ ※


『ふう、ルイス、ちょっと休むわよ──どうどう……』

とエリザベスは、少し疲れたのか、手綱を引いてルイスメイヤーをゆっくりと止めた。



──ああ、それにしても今日は暑いわ……とポケットからハンケチを取り出して汗を拭ったその瞬間。



納屋の方から従者たちの騒ぐ声が聞こえた!



()()()──!』


『大変だ──納屋のカイバや枯れ木が燃えてるぞ!!』


『おーい、火事だ、誰か早く水もってこねえか!バケツだ!バケツに水を汲め!』


何人かの従者が、火事に気が付いて大声で叫んだり怒鳴ったり、バケツリレーをして火を消そうとしていた。

見れば黙々と()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()──!


『こりぁ~大変だ!』


キースもびっくりして、血相変えて納屋の方へ走っていく。


()()()()()()()()()()()!』


厩舎にいる馬車用の馬たちと、オルフェが鳴き声をあげて怖がっている


『厩舎に燃え移ったら大変だ! だれか馬を外につれ出せ!早く!』

キースが叫ぶ!


厩舎にいた怖がる馬たちを、従者が次々と外へ連れ出していく。


焦げ臭い匂いがどんどん納屋から充満してくる。


エリザベスは真っ青になって、ルイスに騎乗したまま納屋に気を取られていた。


その時だった──。


『ドッカーン!  パーン!』


と納屋の方から凄まじい大きな爆発音がした!



()()()()()()!』


『あっ!』


ルイスメイヤーが、突然の爆発音に驚いて前足を大きく地面からのけぞらせた拍子に、エリザベスがルイスの脇腹を()()と強く蹴ってしまった。


『ヒヒーン!』


鼻息荒いルイスメイヤー、それを合図と判断したのか、右眼のオッドアイの金色が閃光を放って瞳がギラギラと輝きだす。


突如、凄い脚で一気にパドックを走りだした!


『!!』


エリザベスは振り落とされそうになって、前傾姿勢になる!


お構いなしにどんどん駆けていくルイス!


『ルイス!止まって──!止まりなさい──!!』


エリザベスがきつく手綱を引いてもルイスメイヤーは止まらない。

パドックの高い柵を一気に軽く飛び越えてしまった!


『──⁉!』


───! この柵を飛び越えるなんて!


エリザベスは、驚愕した!


駄目だわ、手綱を引いても、一向にルイスメイヤーのスピードは止まらない。


馬は頭を低くして、どんどん庭園に向かって突進していく。



『──!?』


エリザベスが前方を見た!



目の前に乳母車を引いているミナがいるではないか!



『ひえぇ──奥様!』


『ミナ───!』


その時、ミナはエリザベスが騎乗した馬が突進してきたことに気が仰天して、()()()()()()()()()()()()


『!!──危ない!』


慌ててミナは乳母車を掴もうとしたが、無情にも乳母車は擦り抜けてしまう。


ミナは地面に転んだ!


地面の傾斜で()()()()()()()()()()()()()()




──あ、ぶつかる!!


エリザベスは、ルイスが乳母車にぶつかるのを避けたい一心で、手綱を右に強く引く!


ぎりぎり右側に曲がり、衝突は免れた!


だが、馬の脇腹と足が乳母車と接触して、その反動で乳母車が宙に飛ばされる!


『ヒヒーン!!』


『ガッシャー─ン!!』


乳母車は空から落ちた──。



リリアンヌは空中に放り出された後、()()()()()()()()()()()


『キャ──ッ!!』


ミナが叫ぶ──!


そのままルイスメイヤーは右に旋回して大きな垣根に突進して、横転しエリザベスも花壇に放り出された。


『ヒヒーン……』


『うっ──つ!』


エリザベスは腰を打ったのか痛そうだ。




『大変だ──!!』


庭園内にいた、庭師やミナ、そしてキースたち従者も慌てて駈け寄ってくる!


エリザベスの目の前には、3,4m先に飛ばされたリリアンヌが芝生に横たわっていた!



リリアンヌの泣き声が聞こえない……。


『リリー!!』


エリザベスの緑色の瞳はリリーを見て絶叫した。




   

※ 火事の爆発音でエリザベスが騎乗した馬が暴走してしまいました。

  リリーとエリザベスは大丈夫でしょうか?

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あぁ、リリーちゃん…大丈夫でしょうか…?
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