25. エリザベス・サイドの結婚式(2)
※ エリザベスの接してきた人へのモノローグが続きます。
※ 2025/4/26 修正済
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エリザベスとロバート王太子の目線がバチッとかち合った。
──んん、何なのかしら?
わたくしが知っている限り、ロバート殿下は、いつもうんざりした目線でわたくしを見ていたのに……。
ねえ、貴方様の今私を見る碧眼は、まるでわたくしに見惚れてる殿方たちと同じですわよ。
ふん、どうしちゃったの──?
まさか、いまさら他家へ嫁ぐのが惜しくなったとか?
いやいやいやありえない──。そんなの、もし思ってったらとんと遅くってよ!
よいことロバート殿下? 貴方様はこのわたくしを徹底的に足蹴にして、なおかつ事もあろうに実の妹のマリーを選んだんですからね!
心の中でロバートをあざ笑うエリザベス──。
だがおかまいなしにロバートの目線は、相変わらず潤んでるように見える。
やはり泣いてるわよね? もう、わたくしは王妃になりたかっただけよ!
どうかマリーと末永くお幸せにね、さようなら!
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エリザベスは、疎ましく自分を見続けるロバートの目線をそらして、隣のマーガレットを見た。
妹は婚約後、王太子妃教育の為に王宮に住むようになった。
なんだか久々にマリーを見た気がするわね。
以前のガリガリの痩せた身体から、少しふっくらとしたかしら?
ふうん、貴方の好きなベビーピンク色のロマンチックドレスを上手に着こなしてるじゃないの。
癪だけど王太子妃になって自信がついたのか、前より見栄えがよくなったわ。
マーガレットはエリザベスを見つめながらにこにこと、お行儀よく微笑んでいる。
そうねマリー、貴方はお行儀よくて、そうやって微笑むか泣きべそ掻くだけで、わたくしが求めていた者たちをいともたやすく手に入れたわよね。
お母様もそしてお隣に座しているロバート殿下も……。
本当はね、お母様がわたくしにもかまってくれたなら、わたくしだって貴方の事を……。
エリザベスは思考を止めた──。
それでも、少しだけだがマーガレットに微笑を返した。
※ ※
最後にエリザベスは、新婦席の一番前に座している母のセーラと兄のカールを見やった。
セーラは水色のシックな落ち着きのあるドレス姿で、いつもより前髪をボリュームアップにしたポンパドゥールヘアである。
とても華やかで周りでも目立つ美しさだ。
だがエリザベスは母の髪型よりも、その表情に驚いた。
あらま、驚いた。お母様がお泣きになってるなんて!
常にエリザベスには冷淡な母が、珍しくハンカチで目頭を押さえているではないか!
その隣で号泣きしている貴公子がいた。
『うう、リズウウウウ……めっちゃ綺麗だよおおおおおお……!』
はあ? 隣にいるお兄様……待って、号泣きしているわ! ひえ~!!
あはは、ダメよ、ちょっと笑える、お兄様、もう泣くのをおやめになって──!
エリザベスはぷっと吹きだしそうになるのを、必死で奥歯を噛みしめて押さえた。
──あはぁ…なんて事でしょう。
結婚式って灰色だった家族の世界を、突然、魔法で薔薇色の世界に変えてしまったのかしら?
2人の姿にエリザベスも、思わず心が震えてきて泣きそうになった──。
それでも──駄目よ駄目、マスカラが落ちるわ……我慢よ、我慢、我慢!
どうやら母と長兄の“鬼の目にも涙”を見て、彼女も涙腺が緩んだがメイクが落ちる恐怖で止まった。
──でも……お母様が泣いてくださったんだわ。良かった。わたくしの結婚を喜んでるくださったのね。
ふ、お兄様、まだ泣いている。意地悪で煌びやかなお顔が台無しよ。
だけど、侯爵邸から出たら、もうなかなか会えなくなる。
辛辣な兄妹喧嘩もできなくなるのね──。
それはそれで一抹の寂しさもあるなと、エリザベスは思った。
考えてみれば、この結婚式までの数週間は、わたくしに冷やかなお母様も、婚礼支度をかいがいしく手伝ってくれたのだ。
ちなみに、隣でエスコートしてくれている父親のマクミラン侯爵は、今の状態はエリザベスの事など全く頭中はなかった。
彼は大聖堂内の荘厳な空気に飲まれてしまい、ガチガチに緊張していたのだ。
父親がブルブルと震えている緊張感が、エリザベスにまで伝わってくる。
お父様って昔から気が弱いのよね。
我がバレンホイム家は元王族のお母様がいらっしゃるから、世間から舐められないで済んでるんだわ。
でも──いつもお父様は小言をいうお母様やお兄様から、わたくしを庇ってくれたわ。
優しいお父様──。
本当に今までありがとうございました。
組んだ手の感触の震えから、一生懸命エスコートをしてくれる父親に、エリザベスは涙があふれそうになった。
自由奔放に生きてきた17年間のエリザベス・バレンホイム侯爵令嬢は今日でお別れなのだ。
ようやくバージンロードを終えた2人。
今まで彼女が歩んできた少女時代の道は、無事に到着して別の道へと入り口に向かう。
新婦のエリザベスは、父親の手から離れて新郎のエドワードへと引き継がれた。
※ ※
彼女の視界はただひとり、目の前のエドワードただひとりに注がれた。
真近でみるエドワード公爵は、彫刻師が丁寧に精根込めて彫り上げたように精悍さであった。
顔は赤いが、憂いを帯びた蒼い瞳がエリザベスを眩しそうに見つめている。
『とても綺麗だよ……エリザベス……』
と、彼の声は少々上擦っていた。
『ありがとうございます……』
エリザベスもとびきりの“リズ・スマイル”で返した。
エドワードは更に真っ赤になって顔中ふにゃらけたが、司祭の鋭い視線に気付き、わざとらしく咳き込んで元の精巧な顔に戻した。
儀式はとめどなく続き、最後に2人は誓いの接吻となる。
エドワードがベールを持ちあげて、エリザベスの顔にそっと口づける。
──あ・ら・ら? この御方のキスは嫌ではないわ。
エリザベスは瞳を瞬かせて一瞬、びくりと体に電流を感じていた。
え? リズどうしたの、あなた何だか変じゃない?。
うん、何でもない……とりあえず良かった──。
夫となる方にキスされたり、身体に触れられるのは妻として当たり前だもの。
それを嫌悪するのは妻として失礼にあたるわ。
だが──そういう風に自分に言い聞かせても、エリザベスは生まれて初めて心の鼓動が、ドキドキするのを抑えられなかった。
なにか、今までにはない新鮮な感覚が身体の中を駆け廻ったのだ。
それもそのはずだった。
エリザベスは見た目の派手や取り巻き令息の多さで、ふしだらな淑女と噂されてはいたが、実はこれが初めてのファースト・キスだった。
※ エリザベスの初体験はこれからどうなっていくのでしょうか。




