227. エリザベスと転移魔法
※ 2025/8/21修正済
◇ ◇ ◇ ◇
セルリアン領クィーンズ地区も2月となり、この2,3日はしんしんと雪が降り続く。
公爵領本邸夫婦の寝室。
エリザベスは窓辺のそばで外の雪景色を見眺めていた。
「旦那様、明日もこの分だと雪が止みませんわ」
「ああ、そうだな。明日の遠い村の視察も中止になりそうだ」
エリザベスは側でワインを飲んでいるエドワードに言った。
部屋の暖炉は赤々と燃えてとても居心地のよい温かさだった。
彼女は風呂に入った後で、暖かなガウンを纏っていた。
既にリリアンヌは子供部屋で寝ており、久しぶりに夫婦水入らずで夜酒を楽しんでいた。
壁に飾ってある白い梟の形をした飾り時計が「ボーン、ボーン!」と11時を指して鳴った。
エリザベスは子供の頃から白梟が大好きで、夫婦の寝室を作る際、時計屋に頼んで特注で作らせた時計だ。
白ふくろうは霊力があり“幸運を呼び込む吉鳥とクリソプレーズ王国では云われている。
エリザベスもそう信じていた。
彼女は子どもの頃、叔父の家に遊びに行ったとき、雪の降りしきる中で白い梟が針葉樹林で、ブナの木から白い羽を拡げて、羽ばたく姿を見た。
──まあ、なんて雄々しくて美しいフクロウでしょう。まるでこの白い森の主のようだわ。
幼いエリザベスは白梟を見て一目で虜になった。
「旦那様、わたくしは白フクロウが大好きですの。見ているだけで心が清らかになりますのよ」
エリザベスはそういって、自分の部屋から持ち出した色褪せてシミも所々ある、白梟のぬいぐるみ“シロフクちゃん”を抱きしめてぬいぐるみを撫でた。
「ふふふ、エリザベス、その失礼だが──君は子供の時に聞いた迷信やお伽話を鵜呑みにするタイプなんだな」
「あら、旦那様は迷信やお伽話は信じない御方ですの?」
エリザベスはエドワードの言い方にカチンと来たのか、夫の座っているソファにどんと音を立てて隣に座った。
エドワードはほろ酔い気分だったので、エリザベスの態度に気付かないのかニヤニヤと笑う。
地元名産のマラカイト・グリーンワインをグラスで飲みながら、いつになく本音を漏らした。
「ああ、緑の女神信仰はともかく……私は現実主義者だ。文明の化け学は大いに興味はある。もちろん錬金術学も大好きだ。だが絵本にある魔法とかは、ふふちょっとね──リリーが好む“女神様”とか“聖女様”が突如現れて大地を豊かにしたり、人々を治療する話はお伽話としては面白いが、現実にありえんだろう?」
とエドワードはちびちびと、マラカイトワインを美味しそうに飲みながら答えた。
彼の顔は紅潮して既にいつもの慎重な態度はなかった。
「まあ……そうですわね……」
エリザベスは同調しながら内心は失望を禁じ得ない。
そんな思いを飲み込むかのように、テーブルに置いてあった果実酒を口につけた。
──そうね、確かに旦那様の意見はまっとうだわ。
でも旦那様。今、あなたの隣にいるわたくしが『緑の女神』の子孫で、病いを治す魔力がある魔女だと知ったらどうします?
エリザベスの心は少々曇りがちだ。
何故ならエリザベスはまだエドワードに自分の秘密を明かしてはいなかった。
自身が魔力が使えると妖精のモック爺たちから知らされた後も、娘のリリー以外知る者はいなかった。
その魔力は夫どころかサマンサにも、本邸の家令たち誰にも見せなかった。
むろん魔力ポーションは暇を見ては温室でせっせと作成してはいるが、魔力とはいわず薬草の調合だと彼等は思っていたし、飲むのはエドワードやマーガレット、そしてサマンサや家令のみだ。
彼女自身、魔力を使うことにためらいもあった。
エドワードに何度も秘密を打ち明けようと試みたが、自分に魔力があると知ったエドワードの態度が豹変するのは怖かったのだ。
魔法など信じないエドワードに、自分が魔女だとわかったら旦那様の愛情が冷めてしまう恐れを感じてどうしてもいえなかった。
なのでエリザベスが、ここにきてから唯一魔力を使用したのは、夫と共に近辺の村を視察した際、具合の悪い村人を見て思わずエリザベスは「私と握手しましょう」といって、手を握って体調を良くしたくらいだった。
後は地元のグレースの店に来ていたアーサー坊やが、鼻水をたらして風邪気味だというので、エリザベスは「アーサーまた逢いましょうね」といって帰り際にアーサーを抱きしめて、そっと魔力を彼の体に流したくらいだった。
そのおかげでアーサーはすっかり風邪は治ったが、エリザベスの魔力のおかげとは露知らず、薬を飲んで良く寝たからだと思い込んでいる。
◇
「ふう……」
エリザベスは思わず諦めの溜息をついた後、手に持っていた果樹酒を一気にぐっと飲みほして言った。
「旦那様。それでも私やリリーちゃんは絵本のお伽噺が大好きですから、その辺は私たちを大目にみてくださいね」
「え? ああもちろんさ。どうしたリズ? リリーや君が魔法に夢見るのは女性らしいし、可愛いさ。私は大いに好ましく思うよ」
「うふ、お褒め頂いて嬉しいわ!」
とエリザベスはにっこりとリズ・スマイルをする。
「お、いつ見てもいいね。リズ・スマイルは」
と、エドワードは蕩けそうな笑顔をエリザベスに向けた。
彼はワインの飲み過ぎで、いつになくふにゃりとした閉まりのない笑顔になる。
最近エドワードはエリザベスと2人きりになると少年のように無邪気になった。
エドワードは、エリザベスの横顔を自分に向かせた。
バラ色に濡れたエリザベスの唇に口づけをしようとする。
その時だった──。
突然、寝室中に金色に輝く光がぱあっと放たれた!
「!?」驚く2人。
一瞬、光が眩しすぎて思わずエリザベスとエドワードは目を瞑った。
その輝いた光の放出の後、大きなドシーン!と響き渡る音と共に目の前に男が床に落ちてきた。
「なんだ、なんだ!?」
エドワードは大声をあげた。
「うっ、痛ってぇ……!」
エリザベスとエドワードの眼の前に姿を現したのは、黒マントを纏ったロットバルトであった!
「ロット!」
「パイロープ伯爵!」
同時に2人は叫んだ!!
「あいたたた……あ、あれぇリズ?──エドワード公も。あはは、もしかして僕はうまく成功したのかな?」
2人を見て、ロットバルトは嬉しそうに笑った。
どうやらロットバルトは床に落ちた時、頭を打ったようで、とても痛そうに片手で頭を押さえていた。
「「…………」」
エリザベスとエドワードは、狐につままれたような顔をして、ぽかーんとロットバルトを凝視していた。
そんな気まずい雰囲気の後、
「あ、ははは。失礼だけど、ここは公爵本邸の温室じゃなかったかな?」
ロットバルトは恥ずかしそうに、顔をポリポリと掻きながら訊ねた。
エリザベスはようやく我に返る。
「ここは私たち夫婦の寝室よ。ロット、あなた一体どこから入ってきたの?」
「あ~リズ、そうか夫婦の寝室だったのか!──もしかして温室の座標軸、僕、間違えちゃったかな?」
と考え込むロットバルト。
「き、君は一体なんなんだ、なぜこんな夜中に私たちの寝室にいる?」
口をあんぐりと開けっぱなしだったエドワードも、ようやく正気を取り戻した。
「あ……エドワード公、申し訳ありません……夜半に突然──。実は僕が造った『転移魔法』で王宮から、ここにやって来たんですよ」
「「転移魔法……?」」
エリザベスとエドワードが同時に口を開く。
「はい、そうです。せっかく夫婦水入らずのお楽しみのところ、本当に野暮で申し訳ないが、その……一時だけリズを僕に貸してくれませんか?」
「はあ~貸すって?妻を? 一体、突然さっきから君は何をいっている──?」
エドワードは信じられない、といわんばかりに口をあんぐりと開けたままだ。
彼にとっては、突然ロットバルトが目の前に『転移魔法』とやらで出現したこと自体、とうてい信じられない光景だった。
すでに飲みほした4杯分のマラカイトワインのほろ酔い気分は、ロットバルトの出現で完全に醒めていた。
しかし隣にいたエリザベスは、これは只事ではないとすぐに察したのか、エドワードの呆けた姿も忘れて尋ねた。
「ロット、わたくしを借りたいってどうしたの? ……まさかマーガレット王太子妃に……」
エリザベスの顔が一気に青ざめた。
「いやリズ大丈夫、マーガレット様ではない。実は留学中のフレデリック王子が、アベンチュリン王国で斑点病にかかってね、そうとう悪いんだ。だから君の魔力をぜひ借りたいと思って、転移魔法で瞬間移動してきたんだ。もっと詳しく説明したいけど余り時間がない、リズ、お願いだ。フレディを君の魔力でどうか治してあげてくれないか!」
「まあ、フレディ王子様が斑点病!?」
エリザベスの緑色の瞳がみるみるうちに大きく見開いていく。




