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クリソプレーズの瞳 ~ルービンシュタイン公爵夫人は懺悔して夫と娘を愛したい!  作者: 星野 満
最終章 エリザベスを巡る人々

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225/241

221. エリザベスの懺悔と不安

2025/7/19 修正済み


◇ ◇ ◇ ◇



公爵領本邸ホームハウス



ロバート王太子が王都の宮殿から行方不明になった知らせは、クリソプレーズ全土に内密に通達された。

セルリアン領主エドワード公爵の元にも届いた。


屋敷内のサロンでエリザベスと一緒に、ティータイムを楽しんでいたエドワードは、王室からの密書を読んだ途端、真っ青な顔になった。



「旦那様、どうかしました?」


エリザベスは大好きなアップルティーの香りを、心地よさげに嗅ぎながら訊ねた。


()()、ロバート殿下が先月末に王宮から、突然失踪したそうだ」


「ええ──?」


思わずエリザベスは、こぼれそうなくらいティーカップを強くテーブルに置いた。


慌てて席を立ち、エドワードの側に近づいて王室からの密書を見せてもらう。



「なんてこと、とても信じられないわ。ロバート殿下はどうしたのでしょう?」


「私にもわからん、サマーフェスの舞踏会以来会ってないしな。ただ、あの日の殿下は舞踏会に遅れてきてたよ」


「確かそうでしたわ。そういえば遠目でしたけど、なんとなくロバート殿下のお顔がいつもより、精彩(せいさい)を欠いていたように感じましたわ」


「私も同じだ。それにあの殿下が、君と一度もダンスを踊らなかったじゃないか。あれもおかしいなと思ったんだ。てっきり、殿下は公妾の話が流れて気落ちしたくらいに思っていたんだが……」


思わずエドワードは本音をいってしまう。



「気落ちしたって旦那様……わたくしと殿下は何もありませんわよ。それよりマリーとも踊らなかったわ。せっかくあの子が元気になってダンスまでしたのに。そうそう、あの時マリーがなぜ、フレデリック王子様と踊ってたのかしら?とずっと気になってました」


エドワードは少しだけ無言になった。



──リズは、()()()()()を知らないからな。


彼女と殿下はもうだいぶ長いこと関係を続けている。

いくらマーガレット様がお元気になっても、お2人の仲は多分元に戻らないだろう。


愛人のエバを実際に見たエドワードは、いつぞやの『ラピス・ルージュ・ラズリ』のロバートのデレデレぶりを久しぶりに思い出していた。



「旦那様は、ロバート殿下の愛人のことをご存じなんですか?」


「え、なんだ急に──?」

エドワードはエリザベスに心を見透かされたかのようで、思わずドキッとした。


「いいえ、ただわたくしロバート殿下が心配なんですの。その娼婦の女は、そうとう殿下を手玉にとっていると感じますもの。万が一殿下の身に何かあったら怖いと思いまして……少々不安ですわ」



エリザベスがが案じたのも無理はない。


彼女は()()()()自分が貴族牢に入っていた折に

『ロバート殿下が娼婦館の女に切り付けられて片腕を失った』と聞かされたのを思い起こされたからだ。



──もしその切りつけ女が、ロバートの愛人だったら? 


とエリザベスはロバートの身を案じた。



「はは、さすがにそれはないだろう。いくら娼婦でも相手はか弱き女だ。俺も知っているが、()()()()()()()だったよ」


「妖艶で凄い美女──?」


エリザベスは、エドワードの『美女』という言葉にひっかかった。



「ああ王都でも有名な娼婦館があってな、そこの売れっ子の娘だ。名はエバという。漆黒の長い髪と金色の鋭い瞳で、豊満でロバートの好みの女性だった」


「まあなるほど……旦那様もその()()()()()にお逢いしたのですね。どのくらいの頻度で館に行かれてましたの?」


「え……?」


エドワードは思わずエリザベスの顔を見た。

彼女の表情はかたく強張っていたが、瞳は濃い緑色にギラついていた。



──まずい、べらべらしゃべりすぎたとエドワードは気付く。


「誤解だ。俺は娼婦館など言ってない、いや……独身の頃はその何度かはあった。まだ殿下の護衛してた頃な。あ……でも結婚後一度はあったかな?」

エドワードは慌ててぎこちなく訂正した。



「別にわたくしは旦那様に娼婦館に行くなとはいってませんわ。それに、あの頃はわたくしだって旦那様に、追い打ちをかけるような酷い暴言を沢山吐いてましたもの。でも……」


「でも……?」


「………」


「でも、どうした?」


エドワードはエリザベスの様子がおかしいと思った。


「うっ……」


エリザベスは、突然ぽろぽろと泣きだした。



「おいおい、どうした?」


慌ててエドワードはエリザベスの両肩に手をかけた。


「う、ごめんなさい。なんだかわたくし、昔のことを思い出しましたの。なんでわたくしは、貴方に二度と子供を産まない!とか側妃を作れ!とかその女に子供を産ませろ、などと酷い言葉を……沢山……投げつけたんだろうって……わたくし心底悪妻……で……ひっく旦那様……申し訳…ありま……」


エリザベスはそのまま、エドワードの胸の中で懺悔するように泣きじゃくってしまう。


思わず抱きしめるエドワード。


「ふふ……馬鹿だなぁ……もう昔のことじゃないか」


エリザベスの懺悔の言葉を聞いて、エドワードの蒼い瞳も心なしか少し滲んでいる。



エドワードも、当時の様々な2人の思い出が頭の中に去来した。


リリーの足のケガのショックで別居を決めた2人。

それでも戻ってきてくれと、エドワードが懇願した日々が続いた。


時にはお互いが(ののし)りあって、お互いに傷つけあった日もあった。

時にはもう駄目だと、孤独な絶望を感じたことも何度となくあった。



(でも、今、こうして愛しい妻は、自分の胸の中にいるじゃないか)


エドワードの金色のサラサラの前髪が少しだけ揺れた。


「リズ、顔をあげて──」

エリザベスは泣いているぐしゃぐしゃの顔をあげた。


エドワードは、彼女の頬をつたう涙の雫を指でそっと拭ってあげる。


そのままエリザベスは睫毛を閉じた。


口づけをするエドワード。


その後でエドワードはいった。


「約束する、君だけだよ。()()()()()()()()、こんな美しい緑の女神の妻を娶って、浮気なんかしたら神々から罰を被るさ──誓って私は浮気などしない」

と優しく笑って、エリザベスを抱きしめるエドワード。


エリザベスの頬には、また涙が流れ落ちた。




──ああ、わたくしはなんて幸せなんでしょう。

だけど旦那様、わたくしはどうやら“本物の緑の女神”のようなのです。


もしそれを貴方様が知っても、今のようにわたくしをずっと愛してくれるでしょうか?



エドワードに抱きしめられても、エリザベスは一抹の不安を隠せなかった。




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