209. 波乱と歓喜の宮廷舞踏会(3)
※ 2025/7/13 修正済
◇ ◇ ◇ ◇
青い城の大広間。
高い天井から吊り下げたクリスタルのシャンデリアの煌めく洪水の中。
王室の音楽隊がゆったりとした、有名なワルツの曲の演奏が始まった。
宮廷舞踏会のファースト・ダンスは、国王と王妃のみのダンスから始まる。
中央ステージで、来賓客の見ている中で堂々たる踊りを披露する、ライナス国王とメルフィーナ王妃。
1曲目が終わると、2曲目から王太子を初めとする王族たちがダンスに加わる。
結局、ロバート王太子はファーストダンスの時間になっても会場に現れず、マーガレット王太子妃の相手は、第2王子のフレデリックがパートナーを努めた。
初めてのパートナーということもあって、マーガレットとフレデリックの踊りは正直褒められたものではなかった。
互いのステップがずれてたり、ターンではマーガレットがよろけそうになってちぐはぐなダンスであった。
通常ダンスはリードする男性が上手であれば、女性の踊りが不得手でもけっこう踊れるものだ。
どうやらフレデリックは絵の才能はあってもダンスは苦手と見えた。
だが彼が汗をかきながら、なんとか踊ろうとする必死さは伝わってきて、傍から見ていると微笑ましい若いカップルであった。
既に引退した大公夫妻が楽しそうに、マーガレット王太子妃とフレデリック王子のダンスを楽しく眺めていた。
「あなた、見て下さいまし。王太子妃と第2王子のダンス。ほっこりするカップルですね。」
「ああ、フレデリック王子は、ちと背が高すぎよの。王太子妃様が小柄で、大木にくっつく可憐な蝶々に見えるわい!」
「オホホ……大木と蝶々とは!」
老婦人が夫の言葉が“言い得て妙”として微笑した。
「しかしライナス国王に本当に似てるな、フレデリック王子はいくつになったんじゃ?」
「今年17歳になるそうですよ」
「ほお、まだ17歳とはな……すでに成人してるような恰幅のよさじゃ」
「まったく若き日のライナス国王に顔も少し猫背気味の姿勢といい、そっくりですわ」
「夫人もそう思ったか、ワシもじゃ。まさか側妃のアドリア様のご子息とはなぁ」
「本当ですわね。てっきりメルフィーナ王妃様の御子だとばかり思ってました。でも、なんだか見てると私たちの若い頃を思い出しませんか?」
「ああ、お前は当時ライナス王子に憧れてたからな」
ちょっとムッとする大公。
「あら、貴方ご存じでしたか。王様のお顔はまあアレでしたけど、私は明るいお人柄がとても好きでしたわ」
「はは、当時はわしも王子に嫉妬したが、今となって良い思い出だな」
と老夫妻は昔の思い出話に花を咲かせていた。
この夫婦と同じように、メルフィーナ王妃も懐かしい眼差しで2人のダンスを眺めていた。
──フレデリック王子は本当に王様の若い頃に生き写しだわ。
メルフィーナ王妃は、彼等を見てると若い頃、自分のライナスとの婚約から新婚までの、世界がメルフィーナを称賛しているような幸福な時を思い出していた。
現在のような国王とのマンネリ化したダンスではない。
お互いにドキドキしながら手を取り合った時代もあったのだ。
大昔は王様と今、踊っている2人のようにギクシャクしながらも初々しかった。
ああ、せめてロバートがフレデリックみたいに、王太子妃と仲睦まじくしてくれれば一番良いのに
……とメルフィーナの顔が少しだけ曇った。
◇
フレデリックは先ほどから、ターンとか上手く回れず、バランスを崩しそうになる。
──妊婦のマーガレットを転ばしたら一大事だ!!
最初、フレデリックはそればかり気をつけて踊っていた。
それでも2曲目からは慣れてきたのか、だんだんと様になってきた。
ようやくフレデリックの気持ちにもゆとりが持てるようになる。
「マーガレット様、すみません。僕のリードがへたくそで、さっきは大丈夫だったでしょうか?」
「フレデリック様のせいではありません。私も久しぶりのダンスで緊張して申し訳ないですわ」
「いや僕、実をいうとダンスはからっきし苦手なんですよ。ダンスの先生からも『フレディは才能ないね
』ってよく叱られてたし」
「うふふ、そんなこと……」
マーガレットは思わずカラカラと笑った。
フレデリックはマーガレットの笑顔にドキッとした。
「あ、あ……遅くなりましたけど、ご懐妊本当におめでとうございます」
「ありがとうございます」
「王様の懐妊の発言でびっくりしました。マーガレット様、ダンスをしても大丈夫なんですか?」
「ええ、まだ身軽ですし、それに最近は体調も随分良くなったので、久しぶりに踊れてとっても楽しいですわ」
「それなら良かったです……」
フレデリックは、マーガレットの華奢な腰を抱いている腕を少し強めた。
マーガレットは小柄で軽すぎて力を入れないと、このまま消えてしまうくらい儚く思えたのだ。
──ああ、マーガレット様とずっとこうして踊っていたいなあ……
心の中でフレデリックは、失恋したばかりなのに、うずうずした感情が再び沸き起こっていた。
「あの……マーガレット様、お願いがあるんですけど……」
「何でしょう?」
「僕、秋にはアベンチュリンへ絵画の勉強で、2年間美術留学する予定なのですけど」
「まあ、そうなのですか。アベンチュリンの留学とは凄い。絵の才能がとてもおありなのですね」
「いえ、そんなこと……それでもし良かったら……その時々、マーガレット様に手紙を書いてもいいですか?」
「え?」
「いや……僕、姉がいないからマーガレット様のような方と文通してみたかったんです。これまでは男子校で国内だったけど、アベンチュリンは遠いから──変な話、僕は自分でいうのも何ですが、図体の割にホームシックにかかりそうで……」
フレデリックは、顔が耳まで赤くなるほど赤面した。
自分でも何を言っているのか、よくわからなくなっていたのだ。
マーガレットはニッコリと微笑した。
「ええ、宜しいですよ」
「! 本当ですか──?」
「ええ、文通くらいお安いご用ですわ。だから花と芸術の都といわれるアベンチュリンの街並みとか人々の暮らしとか、お手紙に書いて私に教えてくださいね」
「あ、ありがとうございます! あ、返事は書かなくていいですよ」
「ふふ、それでは文通になりませんわ。返事はきちんと返します」
──おおやったぞ!
フレデリックは、天にも昇る様な気持ちになった。
思わず力を入れすぎたのか、マーガレットの上半身がふぁっと舞いあがってしまう。
「キャッ!!」
思わずびっくりして、マーガレットは着地でよろけた拍子にフレデリックに抱きついてしまった。
「あ~マーガレット様、失礼しました〜!」
マーガレットを抱きしめていた手を直ぐに放した。
「いいえ、ちょっとびっくりしましたわ」
と2人して見つめて、間があいたが思わずワハハと笑い合った。
マーガレットはフレデリックより5歳も上なのだが、傍からみてると兄と妹みたいな微笑ましいカップルである。
2人は3曲続けて踊った後、上席へと戻っていった。
本当いうと、フレデリックはずっと踊っていたかったが、王太子妃の懐妊というハンデを考慮した。
いつしかリズミカルな軽快なワルツの曲の演奏になり、高位貴族のカップルたちが何組も踊り始める。
その中にエリザベスとエドワード達もカップルの輪の中にいた。
こちらの2人もフレデリックの負けず劣らず幸せそうに軽快なワルツのリズムをとっていた。
彼等のダンスは輪舞の主役であった。
◇
ガターン!
大広間の上段の扉が開いてようやくロバート王太子が現れた。
汗びっしょりで、はあはあと息を切らしていた。
既に、舞踏会の開始から既に半刻は過ぎていた。




