206. エバの秘めた愛と秘密
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◇ ◇ ◇ ◇
クィーンズ市民のダンスパーティーは続いている。
人々が軽快な音楽の中、若者もお年寄りも綺麗に着飾ってダンスを楽しんでいた。
窓べからダンス曲が聞こえてくる中で、繁華街の高級ホテルにいる男と女。
伯爵家の次男のフレディその正体は、ロバート王太子。
娼婦でありその正体は、アドリア妃の間者のエバ。
ロバートはそっと優しく、エバのおでこにキスをした。
「明日には王都へ戻らねばならない。今日は本当に嫌な思いをさせて悪かった。また、ラピスラズリに行く。王都で必ず会おう」
といってロバートは白金貨を3,4枚テーブルに置いて足早に去っていった。
この国の白金貨の価値は1枚あれば、クィーンズ市民の半年分の生活が余裕でできた。
エバは娼婦館の中でも1,2を争う人気ある娼婦であり、その界隈でのステータスは高いので、たとえロバートに囲われなくても生活に困りはしなかった。
それを知ったうえで、ロバートは「好きな服でも宝石でも足しにしろ」といって常にお小遣いを置いていいく。
それはロバートのエバに対する“思いやり”だとエバは受け取っていた。
1人部屋に残されたエバは、白金貨を手に取って1枚1枚大切そうに袋に入れた。
舞踏会に遅れるなんて王太子として前代未聞じゃないのかしら?
多分、遅刻したフレディ様は王様に怒られるんでしょうね。
可哀そうな殿下。
エバは金色の狐色に輝く瞳を煌めかせて、いたずらっ子のように微笑した。
その時──ノックもせずにドアが開いた。
「!?」
エバは、とっさに髪につけていた髪飾りを手にした。
その髪飾りは、銀製でルビーを散りばめた『付け櫛』の形をしてるが、広げると鋭い刃がでてくる。
髪につけてるだけで携帯の凶器となる。
チータのようにしなやかな腕裁きのエバは、小型ナイフのように扱えた。
「慌てるな、俺だ!」
「! マスター?」
“マスター”と呼ばれた黒いマントの偉丈夫の男が突然現れた。
以前、未来でエバが間者としてロバートの腕を切断した後に密会していた男だった。
エバは驚いたがすぐに凶器をしまった。
男はドアを閉めて鍵をかけた。
「お楽しみのところ、悪いな」
「いえ、フレディ様は既に帰りました。それよりもどうしましたか? マスターがわざわざ直接くるとは何か急用でも?」
エバはこれは只事ではないと訝しがった。
黒マントの男と向かい合っているエバは、まるで別人だ。
先ほどまでロバートに接していた、妖艶な演技をする娼婦エバの姿ではない。
たとえ身に着けている衣装が、胸も露わなネグリジェだろうがお構いなしだ。
師であるマスターを前にするとアドリアの関者としてのエバの顔は、冷静で何も媚びない顔になる。
「あの方からの伝言だ。今後、王太子との接触は中止しろと!」
「え、今なんと?」
「何度も言わせるな、フレディとの接触は中止だ。お前はあの男と、閨の関係も持たなくて良い、長い間ご苦労だったな」
「そんな……突然どうしたのですか?──理由をお聞かせください」
「俺にもわからん。それに間者に理由など必要ない。全てはあの方の指示に従うまでだ」
「そうですか……」
エバの表情は暗く俯いてしまう。
「なんだ、あいつに本気で惚れたか?」
「! いいえ、そんなことはありません。ありませんけど……」
「エバ、あいつは若くて顔もいい。そして地位もある。お前は間者とはいえ若い女だ。情が入るのもわかるが所詮はこの国の王子だ。お前とは住んでいる世界が違う」
「わかってます。マスター止めてください!」
「はは、悪かった。とにかくあの方からの伝言は伝えた。当分娼婦稼業は止めて、隠れ家でのんびりしろとのお達しだ」
「はい、マスター。了解致しました」
「では!」
と、いつのまにか黒マントの男は音も立てずに、部屋から消えるように居なくなっていた。
エバは、そのままソファにゆっくりと腰を掛けた。
この部屋は今夜も泊まれる、既にフレディが宿賃を支払ってくれた。
──突然、フレディ様とお別れなんて……
エバはフレディがロバート王太子と知りながら、アドリアの敵と知りながら娼婦として近づいた。
アドリアからの指示で、いつてもロバートを殺す場合も覚悟していた。
だがエバは拍子抜けしてしまった。
何もせずに彼と離れろとは!
アドリア様に何かあったのだろうか?
エバもフレディと、いつかは別れはくると想定していたが、まさか今日とは!
「あいつに本気で惚れたか?」
先程言われたマスターの言葉に、エバはドキリとした自分を思い出した。
「そんなはずはない!」
エバは左右に首を大きく振った。
妙なこと考えるのはよそう、アドリア様の召使なんだから、自分の感情に身を任せてはならない。
マスターのいう通りだ。
こんな切なくなるのは何年も王都生活で気張りすぎて少々疲れたんだろう。
最近、体の調子も怠かったし……
少し里へいってのんびりしよう。
そうこうしてる内に、エバはお腹が減ってきた。
昼にフレディと一緒に食べようとした、シーフードピザがあるのを思い出した。
戸棚からピザを取り出して一口分ずつ切って皿に並べて食べ始めた。
「う!?」
食べた途端、エバは突然吐き気を催したので、慌てて洗面所へいって嘔吐した。
シャーシャーと水道の蛇口を捻って水をだしっぱなしにする。
口を何度も漱ぐエバ。
エバは子供の頃から、臭い匂いにとても敏感だった。
スラム街の据えた匂いは大の苦手だったが、間者のきびしい戦闘訓練でなんとかその匂いも我慢できるようになっていた。
──吐くなんて大人になってから一度もなかったのに……
確かに最近、稽古をするとお腹に鈍い痛みがあった。
そういえば月のものがここ最近、滞っている。
まさか?
エバの表情から一瞬、血の気がひいた。
そのままエバは慌てて自分のお腹を触りだした。
──もしかしてフレディ様の子供?
お腹を摩りながら、エバの頑なだった表情が、徐々に女の優しい顔に変化していった。
※ 2025/7/12 修正済




