180. 緑の女神の秘密(2)
※ 2025/6/28 修正済み
◇ ◇ ◇ ◇
「そうさのぉ……あやつは魔人の子孫じゃ……」
「ひぃ……魔人の子孫って、大魔王の手下でしょう。魔人てまだいたの?」
エリザベスは悲鳴に近い声をあげた。
無理もない、神話では魔王は王国を蝕もうとする「巨大な魔物」として描かれている。
特に魔王や魔人といったら子供の頃、母親が子供を叱る時、必ず「悪さをすれば魔人が来ますよ!」と脅かすくらい子供には怖い存在だった。
魔王と魔人。
突如としてクリソプレーズ王国に現れ、森を焼き、田畑を荒し家畜を殺す。
そして人の住む街や村や、城を破壊するくらいの威力を持った悪魔の化身とされている。
絵本の中では、黒い大きなディモス(悪魔)のような牙と光る赤い眼を持ち、人間では描かれていなかった。
「心配いらんよ、魔人といっても、あ奴の魔力は微力じゃ。お前の魔力とは比べ物にならん」
「え、わたくしに魔力があるの、嫌だ、わたくしまで魔人みたいじゃない?」
エリザベスはぞっと身震いした。
魔力と聞くと、自分まで恐ろし気な魔人になった気持ちになる。
「ほぇほぇほぇ、リズや。さっきワシがお主は緑の女神の子孫と》といったじゃろう。己が無意識でもパワーは秘めてるじゃよ」
モック爺は、声を吸いながら笑った。
よほどエリザベスの間抜けな返事に呆けた笑いだ。
「でも全然、実感ないのよ。それよりロットが魔人てどうしてわかるの?」
「そうさのぉ、あ奴の眼じゃ。あの紫の瞳が証拠じゃな……それも時おり怪しげに赤紫に燃えとる。元々、ガーネット王国は紫の瞳を持つ者は、王族の証じゃが。あ奴の眼は紫水晶のようにとても強い。光る威力が他の人間とは違う。それも赤紫色にな。大昔、王国を脅かした魔人たちと同じ色じゃ」
「そうなのね……ガーネット王国と魔人は関係があるのかしら」
「実はあるのだよ。ガーネット王国は元々クリソプレーズの中の一つの領地だった。だが少し異質な領地で、そこには元々黒髪の種族が住んでいたのじゃ。茶色や色素が薄い民が多いこのクリソプレーズ国では、黒髪の人間は彼等から『黒人』と疎まれていたので、仲間たちはひっそりと集団で住んでいたのじゃ──そしてある時、魔王が勇者と戦った際に、緑の女神の盾と矛で敗れた」
「黒髪の種族?そんな祖先がこの国に居たなんて初めて知ったわ」
「まあそうとう大昔じゃからな……」
モック爺は口髭を触りながら言った。
「勇者に敗れた魔王の体は、バラバラに分散されて幾重にも散った。その残骸でしぶとく魔王が逃げおおせた場所がガーネットの土地だった。だが魔王は力尽きて死んでしまう──魔王の弟子たちも勇者に殆ど退治されたが、僅少の弟子たちが生き残って、魔王の逃げた場所へと辿りついたのじゃ。それがガーネット王国の始まりなんじゃよ」
「へえ、確か古書でガーネット王国は、昔この国の一部だったと読んだ記憶はあるけど、ガーネット王国の祖先の中に、魔人の生き残りがいるとは知らなかったわ」
「そりゃガーネットは、100年以上もこの国の友好国じゃて。不味い真実は隠すものじゃ。今ではガーネット王室の1部の者しか、祖先の秘密は知らないがな。ロットバルトはきっと王族の1人で、錬金術師でもあるから、己の祖先の歴史をひも解いて知っっていたのじゃろう」
「なるほどね、それにしてもモック爺は歴史をよくご存じね。感心するわ、まさか何千年も生きているとか?」
「こらリズ、モック爺を馬鹿にすんなよ!──こう見えても妖精の長老なんだぞ。元祖・緑の女神様が生まれた時から生きてる凄い爺なんだからな!」
モック爺の隣りにいたハックが怒る。
「そうよ、リズ。私とハックはもう少し後に生まれたけど……それでも魔王を間近で見たことはあるし。私たちも、緑の女神の祖先たちをず~っと支えてきた下僕なんだから」
花の精のヨックも自慢げにハックに同意した。
「ひぇ~!そうなんだ。3人とも気が遠くなるくらい長生きしてたのね。それはそれは御見それいたしました」
エリザベスは慌てて深々と3人の妖精を前に、カーテシーをした。
まさかこんな小さな妖精たちが、そんなの長く生きてるとは想像すらしなかった。
「リズ、魔人のロットバルトはそんなに怖がらずともよい。あ奴はお前が目当てなだけじゃ。それよりもお主は自分の力をもっと信じることじゃ。さすればせっかく時を戻せたのじゃ。きっと全てが善の方向へ導いていくじゃろうよ」
モック爺は日頃の、のほほ~んとした言葉とは違って大真面目に諭した。
「はい、モック様。肝に銘じますわ。わたくしも、悲惨な目にあった未来を回避する為に過去に戻ってきたのです」
「うぉほほほ、リズや、そう畏まらんでよい。いつも通りに気楽にモック爺と呼びなさい」
「ではモック爺。あなたたちは未来のわたくしが、牢獄へ入ったのも知ってるの?」
「ああ分かるとも。過去に戻ったお主と、今こうして相対してるリズの記憶がワシらの中にも精霊伝達するんじゃよ。ワシらはリズの下僕じゃからな。主人の悩みは下僕が共有するようにできている。お主の悩みを知る分に、夫と娘以外に妹の王太子妃が心配なんじゃな?」
「その通りだわモック爺。わたくしの公妾の問題もそうだけど、何よりマリーの懐妊後の身体がとても心配なのよ。かといって未来の様に堕胎薬なんて飲ませられないし。どうしたらあの子を無事に出産することができるのかしら?」
「それは、さっきも言った通り、お主は緑の女神の眷属じゃ。お主自身の力で妹も生まれ来る御子も助ける力を持っておる!」
「わたくし自身の力?」
「そうじゃ、緑の女神は自然を治癒する力がある。自然の中には人も動物も含まれておる──リズは気づいていないが、ワシにはお主が常に七色の光を纏っているように視える。以前は微弱にしか光ってなかったが、今は、ほ~れこの通りじや!」
モック爺がスッと立ち上がる。
白眉毛に隠れていた小さな茶色の瞳が強く輝き始めた。
そして、手に持つ木杖を上に向かって高く放り投げた!
空中に投げ出された小さい木杖は、みるみる大木となり、エリザベスに向かって凄い速さで飛んできた!
「キャッ!?」
咄嗟にエリザベスは避けようとしたが、飛んでくる大木が速すぎて、間に合わず眼を瞑った!
「!?」
だが──エリザベスの身体に衝撃はなかった。
きつく瞑った目を開けてみると、不思議なことにエリザベスの身体から、七色の光が溢れてモック爺の木杖は小さくなって地面に落ちていた。
「あ、これは?」
リズは、自分の手や体をきょろきょろと眺めた。
──不思議、なんとなく身体がとても温かいわ。
それに何だろう?──とてもみなぎる力を感じる。
「ほれ、リズや。それがお主のパワーじゃ。己や愛する者に危険が察知した時は、お主の魔力が自然と発動して危険物を回避するのじゃ、今、お主は何をしたかというと、瞬時に己の周りに壁を貼り、大木も元の小さな杖に戻したのじゃぞ!」
「え、そんな力がわたくしにあるの?──信じられない。でも、さっきから体内から力がみなぎっているような気分になってるわ」
「わあリズ!とっても綺麗な壁だったわよ。七色光線ね。やはりリズは緑の女神と同じ魔力を持ってたんだわ」
ヨックがパチパチと大きく手を叩いて褒める。
「へへ、本当だな。ちょっと頼りない女神だけど、魔力は流石だな~!」
ハックも、エリザベスの七色に光輝く姿を見て感嘆した。
「そうさの、その力があれば、妹と世継ぎの御子の命も守ることができる。だがリズや。その力を使う時は一つだけ気をつけねばならんこともある」
「何を気を付けるの?」
モック爺は「よっこらしょ」といって羽根をヒラヒラさせながら空中に飛んで、エリザベスの耳元まで来ると止まり、こっそりと囁いた。
そのモック爺の言葉を聞いたエリザベスの顔色が、みるみるうちに蒼白になった。




